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僕の夏の休暇・2

 山の裾野に入ると大きなクマがいきなり迎えに来てくれたので、僕はびっくりした。

 最初暴れグマが襲ってきたと勘違いした兵士がライフルで打つ寸前に、テレパシーで話しかけて来たので、どうにか無事にやめさせたが。大クマの加護を受けた部族も親切で、簡単に大森林地帯を突っ切る道筋を教えてくれた。

 最初とは全く別の大きな湖に来ると、今度はデカい亀が居てびっくりした。すると亀がわざわざ湖から出て僕らを迎えたと言って、地元の人たちが一斉に出てきて、これまたカヌーを使って歌を歌い、馬は別ルートで走らせて、僕らを湖のもう一方の端まで送ってくれた。

 さらにまた、白い大フクロウの加護を受けた人たちは確実に海岸線に出る最短ルートを教えてくれた。

 天体から割り出す現在位置からすると、確実に西海岸に近づいている。それも予定より随分と早い。大フクロウの加護を受けた人たちの村で教えられたのだが、あの初日に遭遇したお婆様は『祖霊達と夢で話す女』として知られたシャーマンと言うか、巫女さんと言うか、そうした特殊能力で知られたこの大陸の有名人の一人だったらしい。


「その人の話なら聞いた事が有ります」

 若い兵士たちの大半が自分のお爺さん・お婆さんから話を聞いた事が有ると言うのだ。

「本当に祖霊たちと話が出来るって、この目で陛下と大クマや大亀の様子を見ないと、信じられなかったんですが……これからもっと年寄りの話を真面目に聞く事にします」

 彼らは軍隊に入って、悪い意味で文明の洗礼を受けてしまったのだろう。先祖伝来の能力があまり衰退しない事を僕としては願っているが、なかなかに難しいかもしれない。

 こんな具合で世話になった方々の部族にお礼のお土産を渡していたら、持ってきた荷物は半分ほどになっていた。代わりに不思議な波動を帯びた翡翠や石のネックレスや、温かそうな毛皮、デカい干し鮭、薬草なんかを貰った。


「驚きました。この分なら明日には海岸に出るのではないでしょうか?」


 毎日六分儀を覗き込む係の兵士が、びっくりしたような声を上げた。

 二か月かかってもおかしくないと思っていたのに、何と一か月で大陸を横断できそうだ。カヌーに二度乗せて貰ったのが大きいようだ。このあたりの湖は氷河湖らしく、皆非常に長い。その中でも特に無駄のないポイントポイントを皆さんのおかげで繋いだため、一度も迷わずショートカットで横断できたらしい。

 大フクロウの加護を受けた部族に別れを告げて、教えられた道筋を丸一日馬を走らせた結果、陽の高いうちに海岸線に出た。早速海岸で食べられそうな貝を拾う。そして火を焚いて焼いて食べようとしていた所、バサッと羽音がして、聞きなれたヤタガラスの声がした。


「おう、グスタフ、ようやく来たか。別の遠来の客人は既に祭りを行う村に着いたぞ」


 聞けば美保の生まれ変わりは船で直接太平洋側の村に一番近い港に入り、港からまっすぐ会場に来たらしいのだ。祭りの開始は明日の夜からだそうな。


「それまでに村に入りたいもんじゃのう。海が荒れん限り、大丈夫じゃろうが」


 後は海岸線に沿って、北上するだけだ。同行の兵士たちも皆、故郷の夏祭りが楽しみらしい。ちょうどころあいに焼けた貝をつつき、貰った鮭を焼き、兵士たちが目ざとく見つけて集めたベリー類を食べた。後は前祝だと言ってワインを何本か開けた。好まれるのはアルコール度数の高いスピリッツの類だそうなので、ウィスキーやウォッカの仲間を土産に残した。


 兵士の一人が夏祭りの時の歌だと言う歌を歌いだすと、皆がほろ酔い加減で声を合わせて歌う。ヤタガラスも相当適当な身振り手振りで踊る。するとそれを真似て、また何人かが躍り出す。


 突然、夕日で赤い海面に大きな水音が響いた。そして何かが跳ねた。汽笛のような何かの管楽器のような奇妙な音が長く響く。


「鯨だ、鯨が歌っている!」

「鯨が嫁を見つけたんだ!」

 夏祭りの前に鯨の歌を聞くのは縁起が良いらしい。意中の異性と思いが通じるそうだ。

「あやかりたい、あやかりたい」

「明日は祭りだ、祭りだ!」


 北国は白夜で夕暮れのような状態のまま夜が過ぎ、また朝になる。

 どんちゃん騒ぎの後、翌日はのんびり馬を進めて、僕らは無事に目指す村に昼の内に入った。


 客のための建物は男用と女用がそれぞれ別棟で用意されていた。木造の、ちょっとした学校の体育館ぐらいの大きさの建物で、建物の外には図案化された祖霊たちの姿が描き出されている。どうやら黒、赤、白、青、緑、黄色の六色が基本で、鯨やフクロウや狼がちょっとかわいい感じの表情で壁いっぱいに描かれているのだ。この部族は狼の部族らしい。だからモナが最初から受け入れてもらえたのだろう。


「この建物は、お前とお前のつがいだけが使って良い建物じゃ。他の者は入れるなよ」

「美保は? どこかな?」

「焦るなグスタフ。ちゃんとその、お前が言う所のトランポリンをやってからじゃ。一番高く、綺麗に飛ぶんじゃぞ。高く綺麗に飛んだ者同士がつがいになれば、この地の祖霊達の護りが十分に得られるからのう」 

 

 僕はモナの後について、モナのために立てられた建物の中を見せてもらった。シャワーは無いが清潔なタオルを沢山と水瓶にいっぱい水を用意したから体は拭けるようになっている、とか、炉にくべる薪は十分あるとか、温かい毛皮を敷いた上で寝れば夜明け方でも暖かいとか、朝食用の食べ物は用意しておいたとか、色々説明してくれた。それから二人で軽く腹ごしらえをした。祭りには色々な食べ物が出るらしいが「グスタフは食えんかもしれんから」と言われた。海獣の肉の刺身とか内臓とか、この地域特有の発酵食品とか食うのは、確かに無理かもしれなかった。


「とりあえず、今体を拭きたい時は?」

「そうそう。そろそろ身支度じゃのう。薬湯を作っておるトプサナの所へ行こう」

 モナが言うにはそのトプサナと言うおばちゃんは、薬草の取り扱いが上手く、一種の医者みたいな役割を果たしているらしい。特製のお湯と言うのが有って、凄く効くのだそうだ。


「別に薬湯は飲む必要無いと思うけどな」

「まーまー、入れ」

 ちっちゃな丸太小屋と言う雰囲気の建物の中はヒンヤリ乾いた外気とは全然違う。蒸し暑い感じだ。


「モナか。今、呼びに行こうと思うておった」


 金の笏のおかげで理解できるが、このあたりの部族の言葉はあのお婆様の所とは全然違っている。薄暗い部屋の中央に炉が有り、大人が入れそうな大きな瓶が火にかかっていて、様々な薬草の匂いがする。一心にかき混ぜているおばちゃんはがっしりした体つきで、白髪交じりの黒髪を三つ編み一本にまとめて後ろに垂らしている。


「何か出来たのか?」

「祭りの前にあんたの大事な弟を入れてやれば良かろうと思ったんじゃ。効くぞ」

「おお、そうか。ならばあの服も持ってこようかの」

「そうしなされ」

 モナはいきなり外に出た。

「おじゃまします」

 僕の声に反射的に、ものすごくいい笑顔をおばちゃんは返してくれた。

「おお、おいでなさった。この薬湯を行水に使って下され。下着とかタオルとかお気に入りの物がお有りなら、持ってきて下されよ」

「はい。着替えは下着類だけで十分でしょうか。折角の祭りだから……」

「上に着る皮の服は、モナがずいぶん前から用意してましたのじゃ。暖かでしなやかな良い服ですぞ」

 僕は下着類と体を拭くタオルを男用の宿舎に取りに戻ってから、再びトプサナおばちゃんの所に行った。

「湯に入って、この薬草の束で体を擦りなされ。その人に一番似合いの香りがしますからのう」

 皮の垂れ幕で仕切った場所に、巨大瓶から移したらしい薬湯が大人一人がしゃがんで入れる円筒形の木おけに半分ほど入っている。おばちゃんが渡してくれた薬草の束はきっちり草で結わえられている。湯に入ったらその束で体を擦れと言う事なのだった。湯に入る前に顔と頭をざっと洗う。爽やかなハーブティーみたいな香りがして悪くない。それから全身を浸して薬草の束で体を擦った。体を拭いて、下着を着ると、体が芯から温まっているのが分かる。

「下着を着たら、これを着ろ」

 そう、モナが声をかけてきた。モナが渡してくれたのは真っ白い革製の上下だった。革製のズボンは穿いてから柔らかい皮ひもを編んだ腰ひもで結わえて固定する。上衣はダッフルコートという感じだ。がっしりしたフードに、留め木の形がまさにダッフルで、真っ白な何かの動物の角を使っているらしい。対になるループは黒だ。ズボンにはサイドにフリンジが入り、上衣の背中にはヤタガラスらしき黒い鳥の大きな縫い取りが入っている。何と言うか、ある種の特攻服に見えなくもないが、強烈な護りの力を感じる。


「おお、ようにあう」

 背中のヤタガラスの縫い取りはモナがしたのだそうな。皮を裁断して縫ったのはトプサナさんらしい。

「大きさも体に合っておるな。いやあ、モナが弟が綺麗じゃと言う意味がようわかった。黄金を紡いだような髪と言うのは初めてみたが、その髪よりも背負った光の清らかさに皆、魅かれるじゃろう。昨日来た娘も銀色の綺麗な光じゃったが、こちらの金色の光はもっと強いな」

 どうやらその娘の方も白い皮の服を着ているはずで、背中にはケツァールの縫い取りをしてあるらしい。


「今年は皆高く飛ぶじゃろう。楽しみじゃなあ」


 おばさんが呟いたちょうどその時、急に太鼓の音が響いた。一つじゃなくて幾つもの太鼓だと思う。


「いよいよ始まりじゃあ」


 モナの声は弾んでいる。白夜の中で人々が集まり始める。皆が大きな輪を作って踊っているのだが、そのうち、輪が二重になる。適齢期の男女を輪の内側に入れ、その若い男女だけでまた輪を作る。太鼓の節回しに一定の規則性が有るようで、それに従いごく自然に二重の人の輪が出来た。僕は……実年齢はともかく、見た目で内側相当だと判断されたようだ。それから、非常に大きな皮の丸いシートと言うのか敷物と言うのか、それを内側の皆でピンと張るようにして持つ。


 ここから太鼓が変わった。今まで沢山の太鼓で一斉に規則的なリズムを刻んでいたのに対して、シャーマンと言うのか呪い師と言うのか、そんな感じのオジサンが朗々とした調子で歌いながら丸い木枠に皮を張った太鼓を緩やかなリズムをつけてバチで打つのだ。オジサンは非常に派手な色彩のフリンジだらけの皮の服を着て、頭には鳥の羽で飾った帽子をかぶり、首から丸い金属製の鏡らしきものを下げている。全身でリズムを取りながら、目は半眼状態にして神霊たちとの交霊に入ると言う雰囲気だ。


 歌の言葉は即興で有るようだ。どうも飛ぶべき若者を歌で呼び出しているらしい。ざっと見ると内側に呼びこまれた二百人以上の中からランダムに選んで飛ばせている。


「テクムセよー、テクムセ、高く飛べ、高く飛べ、うんとうんと高く飛べ、皆で皮を引っ張れ、ピンとピンと張りつめろー」

 僕も含め皆で皮を張っている間に、テクムセ君は思い切り高く飛んでいる。三度に一度ほどは空中一回転ぐらいは入れるものらしい。更に歌は続く。

「テクムセと高く飛ぶ乙女は誰だ、乙女は誰だ、共に高く飛ぶ乙女は誰だ~」

 そこで、合いの手のように「カテリ!」と言う声が何人かから上がる。

「カテリよー、カテリ、テクムセと飛ぶか? 共に高く飛ぶか?」

 すると当事者らしい少女が「飛びます!」と応じ、テクムセ君と一緒に飛び始める。弾みをつけて高く飛び、テクムセ君とハイタッチのような感じで手を合わせて高く音を立てる。すると外側の輪にいる年配者や子供連れがやんややんや拍手するのだ。

 そうやってペアで高く飛びハイタッチすることを三度ほど繰り返すと、次の男女が呼びこまれる。何というか皮を引っぱっている皆との間に、ある程度決まったカップルが想定されている感じだ。ペアを組む相手が居ないフリーの男女はどうなるのか、どうもよくわからないが。


 気が付くと僕の名が呼ばれていた。


「遠来の客よ、金の髪のグスタフよ、高く飛べ、高く高く飛べ、うんとうんと高く飛べー」

 僕も太鼓の拍子に合わせて飛ぶ。最初は無理だったが、六度目には空中一回転を入れることが出来た。すると拍手が起こる。

「遠来の客よ、銀の髪のエミナよー、グスタフと飛ぶか? 共に高く飛ぶか?」

 飛びます、と声がして、一人の女の子が僕と共に飛び始めた。ああ、美保じゃないか。銀色の髪だけど美保だ。間違いない。エミナって、大君主国の女の子の名前だな。誠実を意味する名前か。良い名前だ。


 僕と美保、いやエミナが上空で無事にハイタッチすると、ドッと言う歓声が興って、僕はびっくりした。

 一応、決まりらしいので三回ハイタッチして地面に降りると、僕らはどちらともなく手を差し伸べ繋いだ。その途端、太鼓の調子が変わった。


「金の光、銀の光、大地に降り注ぐあまたの恵み、祖霊たちの寿ぎ、めでたいかな、めでたいかな」


 シャーマンのオジサンの歌がアップテンポになると、外の輪の皆は無論、若者たちも皮のシートを下に置いて両手をかざし、オジサンに合わせ歌を口ずさみながら、熱っぽい調子で踊る。僕もエミナも一緒になって踊った。

 ふと見ると、空には沈まない白夜の太陽が柔らかな光を放ち続けていたのだった。

 

   

白夜は陽が沈まないですよね。おかしい所、訂正します

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