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僕の夏の休暇・1

 僕にとってルンドで迎える百十八回目の夏が来た。帝国は地球で言う所のヨーロッパの中部以北の気候に近いので、セミは鳴かないし、スイカも一般的じゃない。海水浴はレイリアの南端にでも行かないと無理だ。


 無論、あの美保の伝えて来た「では十八歳の夏に、必ずどこかで会いましょう」というメッセージを僕は片時も忘れた事は無い。つい先日、ヤタガラスがいきなりやってきて、モナが「夏祭りにグスタフの真のつがいを呼んだ」と言っていたと伝えたのだ。

 ヤタガラスとケツァールは昨年の祭りに遊びに行って、非常に楽しかったらしい。


「今年は美保の生まれ変わりが来るはずじゃ。ケツァールがモナに頼まれて呼びに行ったのじゃから間違いなかろうよ」

「どこまで行ったんだ? アイリュのどこかか? ミズホか? それとも大君主国か?」

「ネタバレはせんようにと、モナに釘を刺されておる。いや、実際我は知らんしの。知っているのはモナとケツァールだけなんじゃ。我はグスタフには嘘をつけんから、あえて聞かなんだ」


 確かに、ヤタガラスは僕に嘘をついたことは一度も無い。どうやら嘘などつけないらしいのだ。


 結婚以来、毎年夏を一緒に過ごしてきたガブリエルには悪いが、この夏は「モナに呼ばれたので」と言う以外特に説明もせず、僕はモナの移住先へ出かけることにした。そのガブリエルも五十代になってきて、自分の老化と僕の肉体的条件とのちぐはぐさが近頃は非常に気になり始めているようだった。自分の息のかかったと言うかレイリア王家に縁の深い家からそこそこきれいな女性を選んで、僕に宛がおうなんてした事も有ったが、やめてもらった。


「たとえ限られた時間しか付き合えないにしても、僕は僕なりに納得の行く付き合いがしたいんだ」

「ですが私は五十を越えましたし、トリアのお二人は六十を超えておられますよね、でも陛下はお若いままですから何やら申し訳なくて」

「結婚を決めた最初から分かっていた事だし、美保はもう転生している。会ってはいないけどね」

「まあ……そうなのですか?」

「子供たち、特に娘たちの手前も有る。テージョでガブリエル以外の女性とベッドを共にする気は無いよ」

 それ以降、女性を世話する話も美保の話もしていないのだが……薄々察しているようだ。と言うより美保の事は考えないようにしているようだ。だから僕もテージョでは良き王配として、父としての役目に徹している。幸い子供たちが成長してきて、母親を支えようとしてくれているのが有り難い。


「父上、母上の事は御心配無く。ヤタガラス様やモナ様と夏を過ごされるのですね。百年以上も誰かを待つことなど、僕には出来そうもないですが、それだけ特別な、大切な方なのですね。今すぐとはいきませんが、いずれは僕もお会いしたいです。どうぞよろしくお伝えください」


 出かける前にセバスティアンと電話で話した時の会話は穏やかなものだった。近頃では次期王位継承者としての自覚を持って、危なげなく母親の補佐役が務められる様になっている。

 

 モナは先ごろ、本当にスコウホイを離れ、新大陸の北部に移り住んだ。スコウホイには厳冬期にちょっと顔を出す程度だ。どう言うルートを辿るのか知らないが、流氷を操るには寒い時期の方が都合が良いらしい。


「大きな森と凍りつかん港と、穢れていない空気と大地、真っ直ぐな気風の人々、良い所じゃ」


 幾度かそんな感想を夢で伝えて来た。そうした夢は電話が使えないモナとの定期連絡のようなものだ。一時期途絶えていたモナとの話が以前に近い状態に戻ったと言う事は、モナの気分なり体調なりが良い状態になった事の表れだろう。


 モナの今度の住まいは、地球で言う所のアラスカの南部かカナダのブリティッシュ・コロンビア州の沿岸部に相当するだろう。新大陸の太平洋側で最北の不凍港から半日ほど歩くと到達できる場所らしい。真夏の最高気温は摂氏十八度程度という涼しさというか、寒さだ。夜明け方は夏でも普通に氷点下十度以下になるらしい。ちなみに温度の単位として我が帝国ではセルシウス度、つまり摂氏を最初から採用させている。そもそも他の国に温度を測る単位など存在しないので、ルンド全体で摂氏を用いていると言うべきか。

 今回は行きは大西洋岸に海路をたどり、そこから陸路を取る。途中にホテルが有るわけじゃなし、当然テント生活なのだ。そうした訳で夏の休暇を過ごしに行くのに、まるで探検隊の装備を用意している感じなのだった。


「陛下、本当にもう私どもにはお気遣いなさらなくても十分ですのに」

「二人とも六十代も後半に差し掛かりましたのに、黄金宮にどっさり居ります年若い美人に浮気もなさらないでいて下さいましたもの」

「でも、陛下はお若いままなのですから」

「ましてや美保様はずっとお若いままの方なのですから」

「やっぱりこの夏はお出かけになりませんと」

「モナ様が呼んだとおっしゃるなら、きっとほんとにお会いになれるでしょうから、是非」


 美人のトシエ・マサエでも、近頃はどうしたってお姉さんには見えなくなってしまった。それでも健気な可愛い婆二人は、僕を気持ち良く送り出そうとして、細やかに配慮して荷造りなど手伝ってくれている。


「美保様が私達に十八年の猶予を与えて下さった事、本当に有り難く思っております」


 以前、チラッとそんなことも言っていた。多分二人とも本気でそう考えているのだ。


 それにしても、手土産類が大変な量だ。モナが好きなのではないが、モナと仲良くなったあちらの部族の連中が甘い物を好きなので、キャンディーの類を手土産として多めに持って行く。ドライフルーツやナッツ類も欲しがるものが多いらしいので詰め込む。新大陸でも大人気だと言うTシャツ、僕とラルフさんが熱望してようやくできた物だが、発売されるや否や大ヒット商品となったものだ。そのTシャツも色々な色やサイズを取り揃えて持って行く。後は実用的な医薬品、電気が通ってない所が大半なので明るいロウソクも喜ばれる。学校の子供たちへのノートや筆記具、幼い子供たちへの絵本類、どうだろう、一昔前の交易船一隻分の荷物にはなってしまったが、専用の軍艦で新大陸の東海岸までは行くのだし、その後は人手も有るから、どうにかなるだろう。


 僕と一緒にトリアから最新型の軍艦で出かけるのは新大陸北部出身の軍人たちだ。夏の長期休暇も兼ねて、故郷に戻る者を募って一団を編成した。僕を入れて総勢百五十名ほどなので、まさに中隊一個分と言う感じになっている。メンバーの大半は二十代前半の若者だ。後は新大陸での学術的調査を希望する生物・植物・地質などの専門家たちだ。こちらも三十代前半までの人が多い。


「親兄弟に負担をかけず」「広い世界を見られる」ので軍人になった者が多いようだ。一般大学に進学しても少数民族出身者には奨学金が支給されるが、兵士になればもらえる給料は確かにその倍は有る。更に帝国独自の制度で、各自の出身地とは全く状況の違う土地に新兵は赴任させトレーニングを積むので、きついと言えばきついが、見た事も無い土地で暮らし、外国語も勉強できると言うか無理にでもさせるのだが、それが冒険心に富む彼らには良いらしい。


「ドーン大陸の暑さにはたまげました。よく自分の体が茹であがらないなと、不思議でした」

「色鮮やかな花には感動しました。妹の土産に押し花を作りました」

「バナナって美味いですね。生は無理でも乾したのは持つので、土産に買いました」

 

 若い彼らのこれまでの苦労話や家族への想い、これからの希望などを聞きながら、彼らと一緒に給食形式の食事を食べた。朝は雑穀のパンケーキかシリアル、チーズかヨーグルト、果物か野菜、卵か肉・魚という感じだが、昼は一皿と決まっている。パスタ類、パエリア・ピラフなどの場合が多いが、日本風のカレーライスと牛丼・親子丼は僕の提案で軍のメニューに採用された。カレーライスは大好評らしい。この船でもカレーライスは一杯だけ許されているおかわりを希望する者が多い。僕も大好きだ。欲を言えば、もうちょっと辛い方が好きだが。


「え? 陛下も我々と同じ物を召し上がるんですか?」

「うん。我が帝国軍の給食はなかなかの物だろう?」

「それはそうですが、驚きました」

「食器以外は、普段僕が食べている物と大差無いよ。ああ、外交的な晩さん会などは御体裁も必要なんだがね、煮込み物なんかは大人数分をまとめて作る方が美味かったりすると思うな」

「ああ、確かに軍に入って初めてシチューを食べた時、美味くて驚きました」

「そっか、俺たち陛下と同じような飯を食わせて頂いているんですね。こりゃあ、もっと働かなきゃ」

「俺は元から懸命に働いているから、お前みたいには考えないよ」

「ウソ言ええ」

「ハハハ」


 一方で夜は学術系のグループに加わって食事をする事にしている。船医もいるのでついでに健康チェックもして貰うのだ。

「これは……元はミズホの料理なのですか? 味付けに醤油を使っているようですが、いけますね」

 まだ醤油系が苦手という人は、多いみたいだ。僕としては残念だが。

「肉じゃが、と呼ぶ料理だが、本来はコンニャクが入る。トリアではコンニャクを仕入れても割高だし不人気だとか聞くよ。だから、これにも入ってないね」

「コンニャク、って甘くないゼリーのような食品ですね」

「ゼリーと言うよりゴムを連想してしまって、何が美味いのかわかりません」

「ミズホの料理ですと焼き鳥なんかは好きですが、コンニャクは苦手でした。納豆ほどではないですが」

「この肉じゃがに、コンニャクですか。本来は入るのでしょうが、やはり無い方が食べやすいです」


 コンニャクは本当に不人気だった。トリアで玉こんが食べられる日なんて、永遠に来ないかもしれない。それでもまあ、コンニャク抜きの肉じゃがは好評だった。メインのトンカツほど受けていなかったが。


 研究者の連中は外国語も話し、海外に一時的に住んだりした経験も有る者たちばかりだが、異文化の理解と言うのは、それほどに難しいと言う事だろう。

 無論食べ物談義ばかりしていた訳では無い。新大陸の北部をこれからどうするかについて、真剣に話をしていたのだ。随分と色々な分野に関して話したが、自然の宝庫で少数民族が平和的に共存する現状を、可能な限り温存すべきだと言う事で大方の話はまとまったように思う。中には金鉱や油田の開発を本腰を入れて行うべきだと言う意見も有ったのだが、この船の中では少数派だった。だが……トリアではそれが多数派だろう。


「開発するとして、土地所有に対する概念が異なる現地の人たちに納得して貰えるとは思えないし、彼らの霊地・聖域と言った場所に入り込むのは、やめておきたい」

「たかが蛮族の迷信ではないですか。開発すれば大変有望な事が明らかな鉱脈を、放置するんですか?」

 僕よりはるかに若い地質学の学者だが、人間の事はちっとも見ていないようだ。

「自分と異質な存在をすぐ蛮族だと言って片付けるのは、いい加減止めてほしいと僕は思う。まあ、良い。今夜はこれでやめておこう」


 僕が本気で怒ったのだけは、伝わったのだろう。


「僕はね、君の言う蛮族の夏の大祭に参加するのが目的で、この船に乗ったのだと言う事は、承知しておいてくれ」


 内心『蛮族』という言葉に対する僕の反応が過剰だと感じていたらしい連中が、息を飲んだ。


 気まずい事が有ってから、僕は夜も兵士たちと一緒の大食堂で食べるようになり、やがて船は大西洋岸の港に到着した。そこからモナの住むあたりが故郷の二十人余りの兵士と、同行を希望していた研究者五名でグループを作り、キャンプしながら西海岸を目指すのだ。


「陛下、お願いがございます。私もその中にお加え下さい」

 何とあの蛮族発言で、僕を怒らせた男が一緒に行くと言うのだ。

「僕は如何なる部族も蛮族とは呼ばないし、呼びたくない。君が蛮族と呼ぶ民族出身の者たちとその故郷に向かうのだ。君が加わる事で、楽しい祭りがブチ壊しなどと言う事は無いかな?」

「そのような無神経な行動、発言は厳に慎みます」

「研究課題の方は、良いの?」

「はい。一度見た場所を再び確かめるのも大切ですが、初めての場所を観察できる良い機会ですから」


 二十一世紀でも横断鉄道で四泊五日とかかかる距離だ。二か月かそこらはかかると覚悟している。馬を疾走させればもっと短くて済むが、荷物も多いし、方々の部族との接触も有るだろう。


「確かに、カヌーを使える場所では使い、馬でかけられるだけかけても、四十五日かかるでしょうね」と言うのが地元出身者の意見なのだから、まあ、そんなものだ。


 すると初日の湖の畔でのキャンプにひょっこり客人が現れた。現地の大酋長的な立場に居るお婆様らしい。


「北の果てから来た白い狼の弟じゃな?」

「ええそうです。今夜一晩だけ、この場所をお借りします」

「それは構わんが、あまり呑気にしておると肝心の客人とすれ違うぞよ」

「ええ? そうなんですか?」

「何なら、カヌーであの大きな山のふもとまで送ってやろうか」

「ああ、でも馬はどうしましょう」

「馬は、人を乗せん状態の方が当然ながら早く走るぞい。カヌーを降りて待っておれば、馬も荷物も日暮れまでには届けてやれる」

「じゃあ、お願いします」

「子分どもは、どうかの? ワシの申し入れを信じるかの?」

「僕は信じます」 


 結局、僕と現地出身の若い兵士たちは『お婆様』の提案を受け入れ、学術関係者らは信じなかった。お婆様の言葉が若い兵士たちにはおぼろげながらも真実だと感じ取れたからだろう。逆に学者たちは、そうしたセンサーは働かないようだった。結局学者六人は独自行動をとる事になった。

 夜が明けてから、お婆様がカヌーの漕ぎ手として連れてきた屈強な若者たちも、馬を誘導してくれる若者たちも、皆僕の背景に光が見えると驚き、約束は必ず果たすと請け合った。


「貴方の物を盗んで取ったら、皆生涯悪運に苦しむだろう。逆に貴方を助ければ、我が部族は当分安泰だ」

 お婆様の孫だと言う、いかにも戦士風の男性はそう言い切った。


「さあ行くぞ、光を背負った男の船出だ~」


 どこか日本の大漁節を思わせる節回しの即興の歌を一人が歌いだすと、他の皆がホウ、ホウ、ホウという合いの手を入れる。巨大な湖を大型カヌーは滑るように進み、明るい内に『大きな山』のふもとに無事についた。そして、馬も荷物だけを積んで夕方にはちゃんと到着した。


 漕ぎ手の若者たち、馬を連れてきた者たちも加えて、皆でその夜は賑やかにアルコール抜きで歌って踊った。そして翌朝、湖で別れる時に、僕は喜んで貰えそうな土産を渡した。華やかなプリント生地とか刺繍糸、縫い針、色とりどりのキャンデーなどだ。どうやら女が家長と言う部族らしいので、お土産もどちらかというと女性向けなのだ。良い土産を持ち帰れば、男たちの面目が立つらしい。


「この山の裾野を越えた所にいる、大クマの加護を受ける部族に聞けば、早い抜け道が分かるはずだ」


 そんな情報を僕らにもたらして、お婆様の所の男たちは歌を歌いながらカヌーを漕いで去って行った。





 

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