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僕の気がかり・2

 僕が百歳になってから初めての時空管理局との定期交信で、聞いておきたい事は山積みだった。


「モナが移住してしまうらしいんだが、どんな影響を考えておかねばならないかな」

「先ずは地域住民の心情的な喪失感に配慮すべきでしょう。率直に言いますと、ああした自然発生的な特殊な精神生命体については、我々も多少接触した事は有りますが、詳細は把握出来ていません。むしろ貴方がそうした存在と非常に親和性が高いのも我々の予想外でしたので、対策もむしろ自分で考えられた方が良いかもしれません」

「僕は既に百歳になったが、美保の転生は無事に済んだのか?」

「貴方に最も適合すると思われる資質を有した生命体は、既に無事にそちらに到着しています。その際、貴方のデーターから新たに得られた有益と思われた能力その他を強化したので、自発行動の率も当初の予定より高くなりますね。貴方の長期にわたるパートナーとして想定し派遣しましたが、具体的な彼女の行動については彼女自身の裁量の範囲なので、我々は関知しません」

「せめてどこで出生したのかぐらいは、情報をくれ」

「彼女はその情報の公開は拒否しています」

「じゃあ肉体的な外見はどうなんだ? あるいは会った時、美保の転生した存在だとわかるものなのか?」

「それらの情報も公開拒否です」

「なぜ?」

「彼女の希望に添う方が本来的な目的の遂行に、より好ましい結果を期待できると当局が認定したと言う事です。貴方の現状に対する配慮と言う側面も有るのだと御理解下さい」

「妻子持ちでややこしいのは御免だと、そんな感じ?」

「そのあたりは何とも。ですが、肉体の条件、特に老化に関する条件は貴方同様極めて特殊ですから、いずれは遭遇はすると我々は予想しています。では、来年またお会いしましょう。クリア・エーテル」


 ふん、何が「いずれは遭遇すると我々は予想しています」だよ。こっちは百年待ったって言うのに。最初と話が違うじゃないか。途中ではしごを外されたような、何とも不快な気分だ。どこでどうなったのかぐらい、教えたって減るもんじゃなかろうに。僕は例によって交信を強制終了した時空管理局に悪態をついたが、彼女自身が「情報の公開を拒否」しているなら仕方が無いのか……


 僕が二人の皇后の墓の脇でむくれていると、ヤタガラスとケツァールが手を繋いでやってきた。


「お手々繋いで仲良しこよし、結構な事だ」

 僕はちょっとばかりイラついているのが、自分でもわかる。

「グスタフも誰ぞと手を繋いで、散歩すればよかろうが。マサエとトシエと三人なら両手に花じゃろう。ああ、近頃では花と言うより婆かのう。まあ良いではないか。可愛い婆二人と手を繋げば」


 両手に婆……二人が聞けば目を白黒させるだろう。五十前でまだ孫もいないのに婆呼ばわりは、可哀想な気もする。何より二人とも、同年代の女性たちよりまだまだ美しいのだから。


 ああ、そうか。美保が今零歳児の状態だとして、十八歳まで待てば、あるいは二十二、三歳まで待てば、事情は嫌でも移り変わってくるのだ。ガブリエルもまだ今は三十代の後半だから……今遭遇するのは、波風が大きすぎる、そう考えているのか。


(美保、美保、僕の想いが感じられるなら返事ぐらいくれ。僕が身ぎれいになったら許せるのか? どうすれば会ってくれる?)

 僕はごろりと草の上に寝転がって、目をつぶり、最大級の思念の波動を放出した。……これだ! どうにか見つかった。美保の、紛れもない美保の波動を感じた。

(亮太、私たちが初めて二人きりでデートした時の事を思い出して)

(十八歳の夏休み、忘れるはずが無いよ)

(では十八歳の夏に、必ずどこかで会いましょう。今はそれ以外の約束はできないけれど)

(僕たち、また、一からやり直せるだろうか?)

(きっと大丈夫。では、再会を楽しみにしているわ)


 百歳の誕生祝いに関するあれやこれやが終了すると、ガブリエルはレイリアの都・テージョに戻った。九男と言うか、ガブリエルにとっては最初の子であるセバスティアンだけは黄金宮に残った。将来のレイリア王としての修行と言うか、学問・武芸その他もろもろを仕込むためだ。確かに平成の日本なら高校入学の年頃なのだから、母親の手元を離れるのに良い時期かもしれない。


「アルフォンソも一緒にと言う話は出たのですが、甘ったれですから、もう一年様子を見るようです」


 トシエの娘・ヒサエとマサエの娘・カナエはその甘ったれのアルフォンソと同じ年で、セバスティアンからすれば一歳年下の異母妹と言う事になる。ガブリエルの滞在中は遠慮させているのだが、それ以外の日は僕はヒサエ・カナエと朝食を共に食べている。それに新たにセバスティアンが加わった朝食の席は、明るくにぎやかだった。


 ヒサエもカナエも社交的な性格で陽気だ。そしてしゃべり出すとなかなか止まらない。従来の皇族の姫君たちは宮中に招いた家庭教師の下で学んだものだが、この二人はトリア市内の中学に通っている。制服は紺色が基調で日本の中学・高校のブレザーとジャンパースカートのタイプに似ているが、もっとスカート丈が長い。飾りのない革製の黒い靴を穿き、学用品を入れるランドセルよりも軍隊の背嚢に近い感じの黒いリュックというかバックパックというか、そんな鞄を背負う。


「姫様たちはやはり供の物に荷物をお持たせになるべきでは」


 そうした意見も有ったが、僕は一般の生徒と全く同じ身なりで登校させている。その代り通学路の要所要所に護衛を配し、尾行が得意な軍人十名を前後左右にそれとなく張りつかせてある。


 ヒサエとカナエは異母姉妹では有るが、生まれたのもわずか一日違い、顔もそっくりなので、殆ど双子のように見える。実際宮中でも間違えるものは多いのだが、セバスティアンはただの一度も間違えなかったので、二人は嬉しかったようだ。髪は褐色で目はグレーだが、容貌は僕に良く似ている兄の事を「やっぱりお顔が父上にそっくりでいらっしゃるから賢くていらっしゃる」などと言うのだ。


「あーあ。私達ってついてないわ」

「そうよねえ、理解されにくいとは思うけど、確かについてないわ」

「素敵な方が結婚できないような方ばっかりなんですもの」

「ほんとほんと。父上でしょ、兄上でしょ、叔父上方も素敵だけれど御年だし、結婚なさっているし……」

「生徒や先生方に素敵な人も居るだろう?」

「居ませんよ、兄上。無駄に美形の父上を見て育って、それが基準になっちゃってますから、どの男子学生も残念な顔の人ばかりだって、つい思っちゃいます」

「そんな男子学生たちに『一緒にお昼を食べましょう』とか、『学校の帰りにカフェに寄りましょう』とか誘われてもねえ」

「鬱陶しいだけよねー」

「追い掛け回されて困った事なんかは無いかい?」

 僕は心配になった。

「今の所、そんなに困った事は無いけれど、一人変なのがいるわ。どっかの公爵の息子」

「ああ、性格悪いよね、あいつ。今どきこの御時世で、何かと言うとすぐ身分を持ちだすし。勉強も出来ないのよね。男の子の友達もいないみたい。お祖父様の弟の一人の孫かなんか、なのかな?」

 父上の庶弟の一人で、廃絶しかけの公爵家の婿養子になった人物の孫らしい。性格が悪く、不細工と言う噂の公爵令嬢の所に婿に行かされて、その叔父が幸せだったとも思えない。それでも娘が生まれ、その娘がまた婿を取ってようやく生まれた男子が二人が言う所の『変なの』らしい。


 二人は皇族である事を伏せて通学している。学校側は無論僕の娘たちだと承知しているが。一般向けには警備の責任者である近衛軍の大佐の家から通っているように体裁を作っている。黄金宮内を抜けて、将校が家族と居住する官舎のエリアに行き、そこから徒歩五分程度か。 その大佐はレーゼイ家の分家筋の者でヒサエ・カナエの父親だと言っても十分通りそうな容姿・年代だ。実子は既に結婚した息子一人なので、娘が欲しかったと言う夫人は親身になってヒサエ・カナエの母親代わりを務めてくれている。無論大佐夫人と二人の実母トシエ・マサエとの関係も良好だ。


「レーゼイ大佐夫妻の意見を聞いておかねばいかんな。その『変なの』も含めてどうすべきか」

「でも父上、私達、皇族だってやっぱり内緒にしておきたいです」

「せっかくお友達もいっぱいできたのに、警戒されちゃうと、嫌だもの」

「……そうか。だが、本当の友達ならお前たちが皇族だと明かしても、友達でいてくれるとは思うけどな」

「かもしれませんが……」

「まだ、覚悟が出来ていません」

「ともかく、行ってまいります、父上」

「行ってまいります、父上」


 いっぱいしゃべっていたのに、ちゃんと時間内に食事を済ませ、パタパタと部屋を出て行った妹たちをセバスティアンはあっけにとられて見送っていた。


「にぎやかだろう?」

「ええ。でも、何だか可愛いですね。あんなにおしゃべりをしながら、ちゃんと学校に間に合うように食べ終わるのがすごいなと、ちょっと感心しました」

「お前もそのコーヒーがすんだら、身支度をしておきなさい。希望していた高校に編入してもらえるように話はつけたから、挨拶に出向かなくてはね」

「どなたと御一緒に伺えば……あ、私は一人で伺うべきかもしれませんね」

 一人で行く気になったセバスティアンを、ちょっと褒めてやりたい気分になった。

「明日からは一人で通学するわけだが、密かに護衛はつける。何しろお前はレイリアの次期王位継承者なのだから。だが、今日は僕と一緒だ。父親としては当然の役割だと思うしね」


 僕は世話になる高校にセバスティアンと一緒に出向き、挨拶をしてから、警護と表向きの親の役目をするフェデリコ・デ・ピリス中佐の所にも寄った。そう、あの昔僕を睨んだ、ガブリエルの幼いころからずっと警護の騎士を務めてきた人物だ。近代化されて行く軍を見て、騎士と言う存在の限界を思い知った彼は一念発起して学校に入り、正式に帝国の軍人となったのだ。出だしは遅めだったが、志望動機もしっかりしていたし勇敢だし勤勉だった彼は、各地で軍事だけでなく民生方面でも業績を上げ、このほど近衛に配属された。


「君の国家に対する忠誠心と、レイリアに対する愛情がセバスティアンを守るのに必要だ。よろしく頼む」

「はっ、命に代えましてもお守り致します」


 ピリス中佐はガブリエルが世話した女性と結婚し、現在大学に通う息子が二人いる。何と二人とも飛び級で入学しているのだ。その息子たちがいずれも優秀な人物なのも、彼を表向きの親に選んだ理由の一つだ。セバスティアンが良い刺激を受ける事を、僕としては期待している。


 僕はその夜、久しぶりにトシエ・マサエと一緒に風呂に入ってから、全身マッサージされていた。その日一日の出来事を思いつくままに話せる相手なんて、二人以外に無いのだが、時折そのせいで要らざる事まで口走ることが有る。まあ、僕が二人の愛情に甘えているからではあるのだが……


「十八年か……長いなあ」

「何ですの、十八年て……今年から十八年経つと、私達六十代の半ばになっちゃいますね」

「今でもヤタガラス様に婆呼ばわりされていますのに、あーあ」

「ひょっとして、ひょっとしますの?」

「何が」

「美保様」

「まあな」

「美保様、もう、お生まれになったのですよね」

「らしいよ。でも当分生まれた場所も明かさないつもりらしい」

「つもりらしいって、美保様御自身がですか?」

「ああ」

「それで、十八におなりになったら陛下とお会いになりますの?」

「多分ね」

「そこまで伸びてしまいましたのは……私たちと女王様の事をお考えになってでしょうか?」

「それ以外考えられないわねえ」

「ごめん。いらん事を言ったな」

「女王様には、内緒にしておかれた方が宜しいですわ」

「私もそう思います」

「うん。気を付ける」

「でも、私達の前では、うんとお気持ちを楽になさって下さい」

「そうそう。独り言でも愚痴でもぼやきでも、何でもおっしゃって下さい」

「美保様にお渡しする前に、ピカピカの若々しい陛下になって頂かなくてはいけませんもの」

「そうそう。私達の所為で御面倒と御迷惑をおかけするのは嫌なんですもの」


 いつも感心するのだが、こうした場合もこの二人の心の中に醜い波動は微塵も見いだせない。亡きチャスカの波動が一番似ているが、この二人の波動はどこまでも陽気で軽やかだ。そのくせ僕に対する真実の気持にあふれている。


「ごめんよ」

「陛下は何も悪くないですわ」

「百年もお待ちになったのに、更に十八年の待ちぼうけなんて、何とも申し訳ございません」


 その夜のマッサージは二人が腕によりをかけてくれたみたいで、特に気持ち良く感じた。

「ありがとう」

 寝所を出て行こうとする二人を僕は引きとめて、三人で久しぶりに寄り添って寝た。無駄にでかい皇帝用のベッドは三人で寝てもまだ余裕なのだ。


「可愛いねえ、二人とも。お前たちのおかげで、僕はいつも元気で幸せでいられるんだよ」

 もう眠っている二人は、僕の言葉に無意識に反応するように体をすり寄せ、安らかな寝息を立てている。


 ヤタガラスが言う所の可愛い婆二人は、本当に可愛い。考えてみれば、この二人と僕との関係は随分と変則的で、見方によってはふしだらで、でも不思議と安定している。彼女たちの気持ちを傷つけ無いためには、十八年の追加でも、まだ不足なのだろうか?


 美保の判断は、正しいのだろう。そう思った所で、僕の思考も途切れ、深い眠りに入ったようだった。


 

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