複雑すぎる僕の家庭事情・5
ええ、ちょっとR15です。本当にちょっとですが……
「まあ、殿下、ずいぶんと凝っていらっしゃる」
「ああ。結構気が張ったからな」
僕は風呂でユリエに体を洗ってもらってから、ベッドでマッサージをしてもらっていた。それこそ、体の隅々までやってもらうのだ。帝国ではこうしたマッサージは一般的ではない。ユリエの実家レーゼイ家の出身地・ミズホでは、割合と普通なのだそうだ。ユリエは実家に伝わる秘儀を尽くして僕の疲れを癒してくれている。大人なら相当にそそられる状態なわけだ。
まあ、こんな事を出来るのも、せいぜい後一年か。
概ねこの国の若い貴族や皇族は、身の回りの世話は同性の小姓なり従者なりにやらせるものだ。幼児期を脱すると乳母や、生まれた時からついてきたメイドに体を触らせる事はしない。まあ、子づくりをするために閨を共にする女に対するテンションというか、モチベーションというかが盛り下がってはまずいからだろう。
自分自身の功績で成り上がった場合は異性関係の自由度は高いが、何代も続く旧家・名家となると、当主には世継ぎの息子を得るべく最大限の努力が要求される。
皇族や大貴族にとって、正妻は愛情の対象と言うよりは、家を運営して行く上での共同経営者という意味合いが強い。確かにその両方の機能が一致した方が好ましいが、そんな実例は非常に稀だ。身分の高い家の正妻には優秀な跡継ぎを産むことのできる資質と高貴な血筋が要求される。だが、その結婚生活は優れた資質に見合わない、冷たい不幸なものである場合が多い。
父上が跡継ぎを得る義務を果たした途端に公式愛人のもとに走り、正妻の母上を放り出しているのも無理からぬ部分が有るが、母上にしてみれば良い面の皮と言う所なのだろう。息子の僕ばかりか宮廷内の様々な人間が、母上の「不機嫌」のとばっちりを受ける事も珍しくは無かった。だが、初恋の人である大宰相と公然と時間を共にできる仲となったのだから、これからは心身共に安定なさるだろう。
大宰相を母上の公式愛人とするにあたり、父上サイドからの強力な援護射撃が有った模様だが、それは一種の罪滅ぼしであると同時に、母上も「愛人との罪深い生活」に引きずり込む事で、自分のプライバシーを確保できるという思惑も働いているのは確かだろう。
ともかく世継ぎが出来れば、後は勝手にやるのは許容範囲なのだ。
皇族の場合はメイドの産んだ子であっても貴族に列するし、皇帝や皇太子が父親ならよほどの虚弱児でもない限り爵位を賜るのが通例だ。ただ、領地領土も限りが有るのだから、考えなしに子を産ませれば国が乱れるもとにもなる。実際、過去にそう言う馬鹿な皇帝もいた。その時はまともだった皇太子を廷臣たちが担ぎ上げ、皇帝は早めに退位させられた。
愛人に城や邸を与えるほどの財力・権力を持たない貴族の場合、気に入ったメイドに体の「すべてのケア」をさせている場合も珍しくない。そこそこの身分の貴族にはメイドに産ませた子供が幾人かいるのが当たり前、と言うか普通だ。そうした子供は領地の親戚筋にでも養子に出してもらえれば良い方で、大方は限りなく使用人に近い扱いを受ける。ひどい場合は教育も受けさせなかったりするわけだ。幾度か庶子にも十分な教育は施すようにという法令は出されているが、はかばかしい効果は無い。
そうした庶子にとって、実力で評価される軍人や官僚の世界はかなり魅力的なのだろう。考えてみれば僕の知る限り、出来の良い軍人・官僚は貴族の庶子が圧倒的に多い。大宰相もそうした庶子の一人だ。何とも意外な事に、大宰相にとって自分が嫡出ではないというのは、密かなコンプレックスなのだ。だから皇族・大貴族の血を色濃く受け継ぎ両親とも六代遡っても嫡出子ばかりという母上の血筋が、彼にとっては魅力的らしい。
実に下らないと彼を嗤う事は簡単だが、彼ほどの人物でも下らぬ世俗の価値観からは自由ではいられない。そういう事だ。
さて、僕はどうするべきだろう。僕自身は身分なんて糞喰らえなのだが、この世界における僕の置かれた特殊な位置づけはおいそれとは変更できない。革命を起こすにしたって、様々な条件が必要だ。
僕は六歳で、皇太子。ユリエは二十一歳のメイド。それは不可避の大前提になっている。それでも、僕はユリエが好きだ。愛している。ああ、間違いない。前世の婚約者・美保と良く似た容姿だからと言うだけではない。このルンドという世界に生まれ落ちてから、ずっと陰ひなたなく僕のために尽くし、慈しんでくれた。或る意味、母上よりも強いきずなが存在する。
「僕の本当の願い、ユリエはわかっているよね?」
「いえ……でも、何事も殿下の仰せのままにさせていただきますが……」
「諸々の厄介ごとに片が付いたら、ユリエを僕の公式愛人にしたい」
「……まあ」
僕の気持ちを察してはいたようだが、公式愛人にしたいという希望までは考え付かなかったらしい。
「迷惑で嫌だったら、今の事は忘れてくれて良いよ」
「そんな、そんな事はございません。でも、私は年が年ですし……」
「ユリエなら三十代でも四十代でも絶対綺麗だよ。寧ろ色っぽくなって、僕はメロメロになるかもしれない」
「でも……私は平民です」
確かに公式愛人は爵位持ちであるのが、前提条件の一つだ。現役の皇帝なら寵愛する平民女性に爵位を与えることぐらい容易いが、皇太子でしかもまだ六歳の僕に、そんな権限も権力も無い。
「じゃあさ、僕が顔も気立てもまずまずで、ユリエを大事にしてくれる爵位持ちの男を見つけたら、結婚しない? 何とか子爵夫人とか伯爵夫人とかになってくれれば、身分の問題は片付くよ。相手の男に財産が有れば、未亡人になっても気楽に出来るし……」
「でも、夫が生きている間の不倫は……」
「じゃあ、ハンサムだけど若くなくて、子供が居ない財産持ちを探そう」
「でも……それでは余りに……」
「得手勝手で、非道徳的で、許せない?」
「……本当に殿下がお望みなら、そのように致しますが」
「僕の初めてを、ユリエに貰って欲しい」
「それならば結婚などせずに、ずっとお傍におりましょう」
ユリエは無欲で、僕一筋に仕えてくれるだけに、申し訳ない気持ちになってくる。
「それは、確かにうれしい申し出だけど、ユリエの貴重な時間を更に五、六年は無駄に過ごさせてしまう事になる」
「毎日こうしてお仕えするのが、無駄などと思っておりません」
「無論、それはそうだ。でも、どうやら側妃を一度に二人迎える事になりそうだし、そうなればその妃連中の使用人やら何やら、ユリエも鬱陶しいだろう。そんなユリエを見ていなければならない僕も辛いだろうと思う。ユリエがどこかの貴族の夫人なら、もっとずっと自由がきく。正式な結婚で嫡出の子供も産んでおいた方が、長い人生を考えると安心じゃないか」
ユリエは、話している間もマッサージの手は休めない。やがてすべてが終わり、下着と寝間着を着つけてくれる。
「僕、本気だよ」
「殿下にお任せいたします」
「じゃあ、僕に任せて。本当はよその男にユリエの初めてを譲るのは癪だけど……」
感情が高ぶって、僕はユリエをベッドに引き入れて、キスをした。その後、互いに抱きしめあってと言うか……まあ、僕の気持ち的にはそうなんだが、現実には僕がユリエに抱きしめられた格好で、眠った。
「ユリエ、愛してる」
僕が初めてそう言うと、ユリエはフワリと笑った。
「存じております。私も心から殿下をお慕いしております」
その夜の夢の中で、僕はユリエと思うさま愛し合った。だが、目覚めた時、ユリエはいつもの様なきりっとした身支度を整えていて、朝食の支度が出来たことを伝えただけだった。でも、気のせいかいつもよりセクシーな微笑みを浮かべたように感じられた。
そんなこんなで、僕は側妃を迎える支度やら、ユリエに理想的な条件の婿を探すやらで、かなりあわただしい日々を過ごした。
セルマとは交換日記をすることにした。文学少女のツボにはまったようで、興味深い内容の文章を色々書いて来る。自然の観察描写がなかなかに細かい。だが、穿った見方をすると、小耳にはさむであろう政治的な色彩を帯びた話題はセルマなりに避けているようでもある。それでも、回数を重ねるごとに「差支えがありそうな話」も増えてきた。たとえば、こんな具合だ。
「殿下がお書きになっていた市中の微行先で召し上がった肉の串焼きのお話ですが、その美味しい味を想像いたしますと、私も是非そのうち頂いてみたいと思いました。幼いころの私は貧しい暮らしをしていましたから、食べる機会が全く無かったのです。いつも豆のポタージュかキャベツのシチューで、たまに骨付きのクズ肉を食べる事が出来れば上出来でした。それでも母が言うには、大半の農民はそうしたものすら毎日食べられる保証が無いそうです。その一方で今の私がいただく食事は、贅沢な料理が銀食器や高価な磁器に毎回盛り付けられて出てきます。でも、なぜでしょう。一つの鍋を囲んだ小さな貧しい住まいでの食事の方が美味しかったような気がするのです。かつて憧れた露店の串焼きは、今でも私には縁が有りません。露店に行って買い食いしたいと思っても、とても許してもらえません」
物質的な充足と精神的な満足は、必ずしも比例しない。僕の毎日の食事はユリエのお蔭で充実している。だが、セルマを迎えるころには、おそらくユリエは僕のもとを離れる事になるだろう。
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一部、年齢制限の関係で削除しています