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僕と碧い鳥と大地の臍・2

「お話なさっていたような巨大な岩が内陸部に見つかりました」


 南方大陸に派遣した海軍の調査隊から報告が有ったのは、派遣してから既に半年が過ぎた頃だった。


「西よりの方に一番大きな岩が有るだろうが、それではないぞ。聖地はその大陸のほぼ中央部にある二番目の大きさのより形の整ったものだが、どっちだろうか?」


 一番でかいマウント・オーガスタスがこの世界にも存在したとしても、二番目のウルルじゃないとあの虹色の大蛇には会えないと僕は考えているのだが、どうなんだろう?


「我々が見たのは土地の人間が『大地の臍』と呼ぶ聖地です。西よりのもっと大きな岩と言うのは、確認しておりません」

「土地の人間と言葉が通じたか?」

「帝国の言葉を、アイシン帝国の言葉に訳し、そこから南洋諸島の北の部族の言葉に訳し、さらに南の部族の言葉に訳し、最後に南方大陸の住民と言う具合に通訳していきました」


 つまり質問は帝国海軍の軍人から、南洋諸島で稼いでいるアイシン帝国の貿易商人、南洋諸島の北部の人間、更に南部の人間、その次にやっと南方大陸の人間に言葉が届く。答えを聞き取る場合はその逆だ。地名ひとつ聞き取るだけで大騒ぎと言う訳なのだ。それじゃあ、なかなか話も進まないなあ。途中に誤訳やら勘違いやらも当然挟まるだろうし。

 金の笏の力発動で、僕が直接聞く方が間違い無いし、大君主国は現在の膠着状態を自分の方から破るとは思いにくい状況だし、たとえそうでもどうにかなるのは間違いないし、現在国内的には、特に不安要因は無いはずだから、国会に諮らず僕の独断で現地に向かう事にした。国会は有るが憲法は無い。僕が帝国の現制度の大半を作らせたと言う認識を皆がしているので、そうそう文句も言えないだろう。 


「軍事機密に属する事なので細かい事は言えない。来年になったら細かい報告をする」と国内的には発表して、僕は最新型軍艦三隻を連れて、発見されたウルルらしき場所をめざした。アルラトの大宦官長にはアティアが見つかる可能性が高い土地に出向くとだけ伝えた。軍艦を使ったのは多分それが一番早いからだ。ヤタガラスも一緒だ。僕が見た虹の蛇のヴィジョンが気になるようだ。


「我のつがいに会う事が出来ようかな?」

「ケツァールって人型を取った事は無いんだよね」

「ずっと鳥の姿じゃったなあ。人型を取ってもきっと美しかろうが」

「別れてから、ずいぶん会ってないんだよね。向こうが忘れてるとか記憶喪失とか、無いのか?」

「たとえそうでも、思い出させてみせるぞい」

「ヤタガラスの愛の力か、ハハッ」

「笑うな、グスタフ」

「虹色の大蛇と仲良くなって、ヤタガラスはお邪魔、とか言う事は有り得ないのか?」

 ちょっと意地が悪いかと思うが、気になる。

「そんなことは、わからぬわ。ともかく当たって砕けろじゃよ」

「砕けるなよ。帝国にもミズホにもヤタガラス信者は多いんだからさ」

「その時は、グスタフが代わりに面倒を見てやってくれ」


 むくれているので、御機嫌取りにせんべいをやる。醤油系の厚焼きだ。盛大にバリバリ食った後は、御機嫌が良くなった。わかりやすい奴だ、相変わらず。

 先ずはドーン大陸の西海岸経由で南端のマンデラ港に入る。東海岸はやはり大君主国との和平交渉がまだ始まっていない以上、思わぬ不都合が生じる恐れもある。

 漏れ聞こえる大君主国の内情は、宮廷内クーデターだか内紛だか、外部にははっきり伝わってこないが、世子派が邪魔な爺さん連中を叩きだそうと色々やらかしている最中なのは確実らしい。ならば大君主国軍の指揮系統にも乱れが生じていると見るべきで、外国人である我々は高みの見物を決め込む方が無難だろう。無論、各地の国境線はしっかり固め、日課だった艦砲射撃も含め、今はこちらからの攻撃は全て停止している。


 二か月かからないで僕は目的地に到達できた。まあ、上出来じゃないだろうか?


 途中で海軍の探検隊とは合流できた。小さな島、恐らく地球ならインドネシアのどこかになりそうな島の港で海軍の探検隊は待っていたのだ。港を仕切っているアイシン帝国の大商人はこのあたりの珊瑚と真珠で儲けているようだが、乱獲は感心しないのではっきり忠告した。儲けにどん欲な男のようで、忠告だけでは効果が無いのは目に見えているので、こんな条件を持ち出した。

「僕の言うように、海を汚さないように節度を持って採取してくれるなら、ドーン大陸のダイヤを東洋に売り込む代理店の一つにしても良い」

 するとアイシン帝国の辮髪ヒゲオヤジは、揉み手をしてニヤニヤしてから僕に三跪九叩頭の礼を始めたのには驚いたが、ダイヤビジネスに参加できるなら提示された条件を守る。そういう事だろう。ヒゲオヤジの出してくれた料理は本格中華って感じで、僕は美味いと思った。それから僕一人だけが「味の分かる方にしかお出ししない」とか言うお茶を振る舞われた。


「陛下は外国の方ですのに、お話しぶりといい、食事の召し上がり方といい、アイシン本国の皇族の方のように優雅で気品がお有りだ。まことに感じ入りました。御用の節はいつでも、我がイップ一族の治める港はどこでも自由にお使いください」


 海軍のメンバーに後から聞いた話では、ヒゲオヤジはニコニコニヤニヤしている割に、抜け目の無い油断ならない人物で、めったに人を信用しないらしい。


「初対面で秘蔵の茶を振る舞うのは、イップ大人が『終生付き合いたい』と願う相手にだけと言うのは南洋の島々で商売をする者の間では知られた話です。やはり、陛下は大人の目から見ても特別な方なのですなあ」

「あたりまえじゃ。グスタフは、あの業突く張りのイップ何某とかいうヒゲ男と格が違うわ」


 ヤタガラスに決めつけられると、話をしていた士官は、頭をかいて退出した。単にヤタガラスが眠たくて不機嫌だったせいなんじゃないかとも僕には思われたが、ともかくその夜は早めに寝た。


 その翌日は、もう目指す大陸に到着出来た訳だが、やはり、南方大陸の住人は元の世界で言うアボリジニの人たちと同様、素朴な狩猟採集の暮らしぶりだった。小さな部族ごとに言葉がかなり違うので、金の笏でも無い限り、短期間に神話やら祖霊やらの話は聞きだせなかっただろう。


「光の輪を背負った人が海から来ると、友達の精霊が今朝、蝶になって教えに来たので迎えに来た」


 僕をいきなり迎えてくれた沿岸部の部族の長老は、そう語った。彼にとっては精霊はすぐ傍にいるもので、敵の精霊も味方の精霊も色々いるらしいが、味方になってくれる精霊と良好な関係に有れば、かなりの災難は逃れられると信じているらしい。


「碧色の鳥の精霊の加護を受けている、外国の若い女を見なかったか?」

「そんな精霊も女も見た事が無いが、その走る鳥に聞こう」


 長老が口に指を突っ込んで、ポンとかボボンとか聞こえる不思議な音を立てると、ダチョウより一回り小さい鳥が同じようなボボンと聞こえる奇妙な鳴き声を立てて、走ってきた。動物の図鑑か何かで昔見た飛べない鳥エミューなんじゃないかと思う。ともかくも彼らは『走る鳥』の精霊から色々恩恵を被っているらしい。


「ボ、ボボン」

 奇妙な鳴き声を上げ、ギョロっとした目を、僕とヤタガラスに向けている。

「ン? ああ、我となら話がしやすいのか。グスタフ、お前ならこの鳥に意識を集中すれば意志の相通は可能じゃろう」

「女の子なんだな」

「ボ、ボボボボボッ」

 自分はここらでは一番の器量よしで、オスにモテモテだ、そう言いたいみたいだ。

「よろしく頼むぞ。碧の鳥の加護を背負った人間を探しているんじゃが、知らんか?」

「ボン、ボン、ボンボッ」

 自分は知らない。夜になると木の実を食べにやってくる大コウモリがいるから、それに聞けと言うことのようだった。僕の一言が、癇に障ったのかも知れない。鳥はすごいスピードで走り去ってしまった。


 僕は迎えに来てくれた長老の許しをもらって、その大コウモリが熟れた実を食べに来ると言う樹のそばに、野営の準備をさせた。海軍士官も、辮髪のアイシン帝国の大商人の番頭も、僕が特殊な言語も話し、鳥とも意思相通が出来るのを見て、驚いたらしい。

 

 大コウモリが来ると言う樹の下の闇で、僕とヤタガラスだけが待っていると、そのコウモリらしきものはカリカリカリカリ音を立てて実を食べ始めた。

(なんだ、お前らは? 何の用だ? 何処から来た?)

 実を食べながらテレパシーを使う。僕とヤタガラスが碧の鳥と大きな岩の事を聞くと、すぐに答えた。

(夜明けになったら巣に戻る。その方角に向けて真っ直ぐ進め。やがて朝日の中、黄金色に輝く『大地の臍』が見えるはずだ。虹色の大蛇のお婆とは、この頃話していないので碧の鳥の事は知らない。後はお婆に聞け)

大コウモリが食事を済ませるまで、僕らは我慢強く待った。いや、そういう感覚自体、ある種文明に毒された時間感覚かもしれない。ここの部族の人たちなら、何とも思わずのーんびり待つのかも知れなかった。それにしても夜明けが迫ると、昼間の焼け付く暑さが嘘のように寒い。毛布を持ってきていて正解だった。包まってもまだ寒いのだ。ヤタガラスと体を寄せ合ったら、温かくなった。するとヤタガラスは眠ってしまったので、僕が起きている他無い訳だ。

 エサを腹いっぱい食ったらしい大コウモリは、凄く大きな羽音を立てて飛び去った。

(ほれ、見えるか? 本当に黄金色だろう) 

 僕はヤタガラスを揺り起こす。

「ほら、『大地の臍』が金色に光っているよ」

「ん? なんじゃ? へそがきんいろ?」

 ヤタガラスはしばらく寝ぼけていたが、目が覚めると「まずは腹ごしらえじゃな!」と仁王立ちになった。

 チョッとあほくさいが、可愛げのある神様だと思う。


 イップ大人の所で葉っぱに米を入れて蒸した粽みたいなものを仕入れたので、それを炙って、ミズホの佃煮を添えてやった。

「うんまい! やはり、いざと言うときは米じゃのう」

 他の人間は僕も含めて、軽い塩味のオートミールにドライフルーツだ。皆、腹ごしらえして体が暖まった所で、目標の『大地の臍』に向かう。連れてきた馬の分も含め、水が乏しくなってきたが、大コウモリが言うには「尽きせぬ泉が有る」そうだから、大丈夫だろうか?

「水が心配だなあ」

「おう、そこの枯れたように見える大木の根元を掘れ。すぐに水が出るぞ。泥交じりで人は厳しいかも知らんが、馬には十分じゃろう」

 ヤタガラスの言うように皆でしばらく掘ると、水がにじみ出てきた。頑張って掘ると、連れてきた馬たちの飲む分には十分間に合うようだった。


 空になったタンクには布で越して水を詰めると、皆で一斉に目的地に向かう。


「それにしても、明け方は凍りそうに冷え込むのに、昼が近くなると焼け付くようじゃ。大変な土地じゃな」

「本当にアティアはいるんだろうか?」

「何やら我がつがいの気配が強まっているようじゃぞ」


 ほれ! とヤタガラスが指し示す方を見ると、確かに碧色の鳥が上空を舞っているではないか。

「先に行くぞ」

 僕らと一緒にちんたら地表を進むのがまどろっこしくなったのだろう。カラスの姿になると、あっという間に碧の鳥のいる方に飛んで行った。しばらく二羽が上になり下になり、アクロバティックな飛行を繰り返していたが、やがて人型に戻ったヤタガラスがもう一人、子供を連れてきた。碧の髪の毛かあ。初めてみるが綺麗なものだ。


「グスタフ、我がつがいぞ」

「初めまして」

 僕が一礼すると、その少女はぺこりと頭を下げた。真っ白いアイリュやテパネカの物と同じような貫頭衣にあちら風の赤いマントをしている。

「人型を取ったのは初めてなんじゃ。言葉を話すことはまだなれんが、聞き取りは出来るからの」

「それにしても、そっくりだ」

 思ったことが口をついて出る経験なんて、最近はめったに無いのだが……やはり僕は驚いていたんだと思う。だって、髪と眼の色は違うけれど、出会ってしばらくしてからのチャスカにそっくりなのだから。

「名前は……まんま、ケツァールで良いのかな?」

「はい」

 はっきり返事をしたその声も、チャスカそっくりだ。


 途中までヤタガラスが乗ってきた馬に、ケツァールも相乗りする。

 そこからは、もう大した道のりではなかった。


「それにしても、確かにでかい岩ですなあ」

「土地の連中が『大地の臍』と呼ぶのもわかる様な気がします」

 

 皆、元気が出て来たようだ。


「あれ? あれは虹ですか?」

「ややっ、動いている!」


 僕は『大地の臍』が聖地である事は話してあったが、虹色の大蛇の話は皆にはしていなかったのだ。まじかで見ると本当に大きい。


(来たかえ、お前のさがしていた子は、一番涼しい洞窟にいる。お前たちも泉の水を飲んでいいよ。ああ、そのウマとかいう生き物もね。ここからお入り)

(ありがとう。それでは、おじゃまします)

(良い子だねえ。お前にはあたしからの祝福をあげるよ)


 百歳までカウントダウンの年頃になって、良い子ってちょっと照れるが、大蛇さんは恐らく僕よりずっと年上なのだ。


 ここから、と言われた大きな岩の裂け目から入ると、中は涼しい天然の回廊になっていた。そして、どこかから水音が聞こえる。赤ん坊が機嫌の良い時に上げる高い声が聞こえたような……


「アティア! アティア、いるかい?」

「はい!」


 元気な声だ。ピタピタという足音がして僕の前で止まった。ああ、アティアだ。良かった。


「みなさん、ありがとうございます」


 さすがに、声が震えている。泣いているのだ。嬉し涙なのは間違いなさそうだ。

 大君主国風の白いダブッとした服を着て腕には赤ん坊がいる。黒い目黒い髪の元気な子だ。


「その子は?」

「私の息子です」


 さて、その子の父親は……どうするかな。

 


 

「昼間の焼け付く寒さ」訂正しました。脱力します。すみません

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