表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/113

僕と黎明の大陸・4

 即位五十五年目にヤガー君が亡くなり、六十年目にキリャが亡くなった。二人とも僕の身近に最後までいてくれたし、僕も出来る限りの事はして見送ったから、悲しい事は悲しかったが、受け止めることが出来た。

 気が付けば、どんどんと美保との再会の時期は迫っているのだった。僕の気持を知ってか知らずか、レイリア女王ガブリエルはほぼ毎年のように僕の子を産み、既に十人の子持ちになった。マサエとトシエは相変わらず黄金宮で元気に働いている。


 太田さんは子爵となり芳子と結婚し、ラルフ・ヤングは帝国軍のトップとなり亡くなる直前のヤガー君自身の推薦も有り、宰相となった。

 ラルフさんは帝国におけるドーン大陸全体の責任者でもあってドーン総督兼マンディンカ侯爵となった。マンディンカは地球でのラルフさんの御先祖の部族名だが、ドーン大陸の西海岸にその名をつけた都市を築き、そこに総督府を置いたのはラルフさんの功績だ。


 南アフリカ・ケープタウンにあたる場所にマンデラ港、タンザニアのダルエスサラームにあたる場所にはニエレレ港が出来た。どっちも地球のアフリカで重要な役割を果たした人物の名であるのは言うまでもない。


 ラルフ・ヤングと太田正平の名コンビは帝国をますます豊かにしてくれた。おかげで蒸気機関車は出来るは、ピアノもギターも主な金管楽器に木管楽器は出来るは、無線通信が普通になるわ、電話が実用化し主要都市間で電話回線が通るわ、船舶用灯台も交通信号も普通になって、技術革新が恐ろしいほど進んだ。実はこれから大型の発電所をどうするか、で悩んでいる段階だ。これまでは比較的小規模な水力に、ほぼ限定していたので。それから……兵器は全部十九世紀の製品程度の段階に留めている。作ろうと思えば、もっと先に進めるわけだが……航空機と戦車は、構想だけだ。

 それでも、送電網が帝国内で一応完成した意義は大きかった。電灯の明るさ、電話の便利さにショックを受けた外国人も多くて、トリアはますます学問の都としても栄えている。

 

 太田さんは実現可能な新技術を全部をさっさと実用化したいようだったが、地球温暖化なんてものを知っている僕や、テクノロジーの導入は全世界的なバランスを見てと言うラルフさんの意見を無視はできなかったのだろう。その発明家魂は直接的には軍事に転用されにくい方面に注がれる事になった。

 ビール工場の近代化とか、清涼飲料水の発明とか、立ち遅れていた医療機器の改良とか、写真とか、電気冷蔵庫に洗濯機、掃除機、アイロン、ジューサー、ミキサー、コーヒーメーカーと言った家電製品の開発等々……小物だけどヘアドライヤーとか電気シェーバーとか、僕個人としては非常に嬉しい。


 僕の即位六十年目になって、ミズホのムツ地方で一度に三十人の二十世紀の日本人が保護された。全員が1954年というか昭和二十九年に起きた台風による大規模な海難事故の犠牲者だった。男性が二十人、女性が十人で全員が未婚の若者だった。男性十人はミズホに残る事を希望したが、男女各十人はトリアにやってきて、ラルフさんと太田さんの手伝いをしている。全員有能な人物ぞろいだ。彼ら彼女らのおかげで、帝国の産業・学問はまた、飛躍的に発展した。


 産業でも学術でも軍事でも、いわば帝国の一人勝ち状態であったので、逆に他の国家を刺激することは注意深く避けてきたが、我がテオレル帝国がドーン大陸で厳しく奴隷貿易を禁じた影響で、ドーン大陸北部の奴隷貿易を行ってきた大君主国の属国の幾つかが内乱状態になったようだ。


「各国の奴隷たちが集団で脱走を図り、武力行動から戦闘状態に入るケースが頻発しています。西の帝国の総督で宰相で有る俺の肌は黒いと言う事が広く知られるに至って、肌色による差別が不当だと言う声が高まっているようです」


 ラルフさんと相談して、僕は帝国領への逃亡民はすべて保護させた。大君主国側の奴隷商人たちの装備など、時代遅れの火縄銃に弓矢程度だったから、彼らの商品である奴隷を取り返しに来たって、鉄筋コンクリートでしっかり防護した近代的な要塞を攻め落とせるはずもなく、果ては『入るな危険』表示を無視して地雷原に踏み込み、散々な目に遭うと言う始末だ。

 敵の都市の攻略も接近戦は避け、化学迫撃砲を使って非致死性の薬剤を投入した。死者は非常に少なかったはずなのだが、原因不明の突然の激しいくしゃみ・吐き気・目の痒みなどはよほど気持ち悪かったらしい。マーチングバンドが奏でる軍楽と合わせて、帝国軍は『悪魔の軍』として恐れらている模様だ。


 そんなこんなで東大陸の西部、地球で言うとアラビア半島からインド以西の一帯を治める大君主国、正式の国号は『正しき神の代理人たる大君主が統治する神聖国』、面倒なので一般には大君主国とか、首都アルラトの名を取ってアルラト君主国などと呼ばれる事が多いが、その君主国の権威は大いに揺らぎ、大君主直属の騎馬軍団も近代的な化学兵器の前には何の効果も無く、ついにはドーン大陸から大君主国の勢力は一掃された。とは言っても、奴隷以外の商品を公正な手続きを経て取引するのは認めたので、元は大君主国に従属していた国々の商人の大半は、帝国での法を順守して貿易を続ける道を選んだのだった。


 最初に解放された奴隷たちが教員となり、その後女子修道会やモタ修道士の後輩やら弟子やらの活躍も有って、帝国直轄領の大陸沿岸部二十都市における識字率はおおむね七割に到達した。地方の小さな部族や国同士の争いには帝国は積極的には関与しないが、求められれば仲裁にあたると言う事を幾度も繰り返し、自発的に帝国領への帰順・繰り入れを望むと言うケースが相次いだ。中には先祖伝来の生き方を貫く部族も有るが、そうした場合も帝国の技術で深い井戸を掘って提供する、災害や飢饉の時は緊急援助物資を提供すると言った程度の『近所づきあい』は欠かしていない。

 そうした部族は十年二十年では無理でも、次の世代になると帝国領への編入を望むケースが非常に増えて、大君主国の勢力を駆逐した頃には、ドーン大陸をほとんど丸ごと、帝国の勢力下に収める事に成功した。といっても直轄ではなく、自治権を持った共同体の連合と言う感じだが。

 ともかく各部族出身の有望な若者はトリアに集め、部族間抗争をするような偏狭なナショナリズムに走らないように慎重に教育を施している。


 金やダイヤモンドのほかにアルミニウムの原料であるボーキサイトをドーン大陸から大量に産出するようになって、大いに助かっている。しかも電気を使う精錬法は今の所、帝国と友邦国限定の技術だ。目下、飛行機をどうするか、悩んでいるが、まだ奴隷が存在するのが前提条件のような後れた意識の国家と背中合わせである以上、まだ早いだろうと言うのが僕の考えだが。


「アルラト君主国の大君主が陛下を呪うとか、呪ってるとか言いますが、何をしてるんでしょうかね」

「僕そっくりの人形に釘を打ちつけたり、針を刺したり、燃やしたりしてるらしいよ。ストレスの解消にはなるのかねえ」

 僕が気のない返事をすると、ラルフさんは笑った。

「確かにそんな胸糞悪いだけの馬鹿げた呪いは効き目が無いでしょうが……気になる情報が有るのです」

「ひょっとして、陛下の御身内の誰かを奴隷にするとかしてやるとか、そんなふうに息巻いたと言う話でしょうか?」

「太田さんも聞いたか。あれ、どう思う?」

「んー、帝国本国とワッデン・レイリアにお住まいの皆さまは大丈夫でしょうが、他は危ないかもしれませんな。海上で海賊船にやられるとか、列車強盗に誘拐されるとか、そうしたやり方なら有り得ますから」 

 帝国内部での列車強盗はほとんどないが、一旦帝国領から外に出ると、珍しくないのが実情だ。

「そうだなあ。太田さんの言うように、きっちり警備体制を整えないといけないだろう」


 もう、御前会議はやらない。一院制の国会が開かれるようになったのだ。ラルフさんと二人で考えをまとめた後、太田さんも加えて話を詰める場合が多い。太田さんは三度の飯より実験が好きなのだ。今は僕とラルフさんが話をした、テープレコーダーの作成に夢中だ。

 議員の構成は貴族同士の互選で選ばれた者が三分の一、帝国本土の各地方の選挙で選びだされた者が三分の一、各自治州・友邦国で代表を出したいと希望した地域から選挙で選ばれた者が三分の一、僕自身の勅任がそれらとは別枠で十名となっている。

 選挙管理組合やら選挙の不正行為の監視やら、資金の透明性やら最初から僕もラルフさんもうるさく求めたので、概ね良好な状態で選挙が行われた。


 ドーン大陸風の彫刻や絵画、力強い民族音楽は西の大陸の芸術文化にも大きな影響を与えた。

「最近、トリアでも気の利いた音楽が聞けるようになって、実に嬉しいですよ」

 そのラルフさんの感想に、僕も賛成だ。それに最近はレコードに蓄音機も出来たし、それも嬉しい。


「そろそろラジオ放送なんかも始めちゃいますか?」

「ラルフさんの中ではボイス・オブ・アメリカみたいな感じを、思い描いてるの?」

「各自治州、友邦国にも陛下の声が届くのは悪くないでしょう。ニュースもやれるし、奴隷解放のためのプロパガンダにも使える。ご機嫌な音楽も流せるしね」


 まだ、技術的な課題がいくつかあるらしいが、皆の協力で数年の内に可能だろうと言うのがラルフさんの見解だった。


「どうもアルラトの大君主の動きがキナ臭いんで、ラジオ放送であの国を骨抜きにできたら、良いなあと思うんですよ。今のままだと戦争になりかねないと俺は思います」

「向こうは帝国側に領土を拡大出来ると、本気で考えているのかな?」

「大君主が命じれば、無理が通る国ですからねえ。軍人は皆無茶だと思っているんでしょうが、それを口に出しては言えないんでしょうよ」

 ラルフさんがそう言うと、太田さんも頷いてこう言った。

「ああした国の常で、佞臣と言うのでしょうな、おべんちゃらを並べて私腹を肥やす事ばかり考えている連中が大君主の周りを固めていると言いますよ。世継の王子の方は、父親よりましらしいですけどね」


「西の『不老の悪魔』の所為で、ハレムに色々な人種の女奴隷を揃える事が出来なくなったのが腹立たしい」

 そんな言葉が本当なら、大君主もとんだ馬鹿だと思う。アヘン中毒で頭がやられたのではないかと言う見方をする者もいるそうだから、本当かも知れない。


 そんな話をしていた所、緊急の無線が入った。


「スエズ海峡付近でスコーネ侯爵家のアティア姫のお乗りになった客船が海賊の襲撃を受けたそうです」


 アティアはかつて宰相を務めた亡き弟ヨハンの孫娘だ。美貌ぞろいの皇族の中でも、一・二を争う美少女だと言って良いだろう。それが第一報だったが……第二報を聞いて愕然とした。


「海賊ではなく、アルラト大君主国の軍艦多数の襲撃を受け、無線の遭難信号を受けて出動した帝国海軍の軍艦が到着した時点で、船長以下船員の男性は全員殺害されておりました。残っていたのは老人と子供が大半で、少年少女と若い女性は網袋をかけられてから、縛られ、アルラトの軍艦に乗せられた模様です」


 生き残った老女でアルラトの言葉を解するものが、アルラトの連中が『トリアの皇帝の身内』『テオレル帝国の姫君』を探していたと証言したらしい。


 トリアの各新聞はこの事件を大々的に報じた。

 翌日、僕は緊急に国会を召集した。


「アルラト大君主国との間の外交交渉が決裂した場合、戦闘に突入する可能性が高いが、皆の意見を聞かせてもらいたい」

 国会は罪なき船員たちをむごたらしく殺害し、若い男女を拉致したアルラト側を殲滅する事も視野に入れると言う過激な意見が多数を占めたが、僕はなだめ役に回った。


「生存している者は全員無事に帝国に帰還させるために、皇帝として最大限の誠実なる努力を払う。しかしあちらが、我が方の正当な申し入れを聞き入れないときには、必ずや断固たる処置に出よう」


 僕の宣言に国会議員は全員起立し、拍手で賛意を示した。

 外交交渉はやはり、決裂した。


「自国の領海に紛れ込んできた外国船をどう処理しようが、こちらの勝手」

 そういう言い草だった。明らかに船はドーン大陸寄りを航行していたのに、言いがかりも良い所だ。一応アルラト側の見解では、ドーン大陸の領土をテオレル帝国に不法占拠されていると言う解釈らしいが。

 それにしても、上質の白人奴隷が欲しいと言う大君主の馬鹿げた個人的欲求が一番の理由なのかどうなのか分からないが、ずいぶんと馬鹿な事をやってくれたと思う。だが少なくとも拉致された彼らの命が無事であることは確かなようだった。連日我が国は艦砲射撃を行い、ドーン大陸に面したアルラトの港の設備をほぼすべて破壊した。また軍艦と言わず漁船商船と言わず、アルラト側に停泊・係留中の船舶はすべて焼夷弾で炎上させた。無論それだけで済ますつもりも無かった。


「まずはこの八十年余りアルラトが実効支配している西大陸側の領土を、本来の持ち主であるタルソスに返還させよう」


 地球で言うとバルカンの南部を占めるタルソスは帝国より古いと言われる国家で有ったが、狭い海峡を隔てて隣接する大国・アルラト君主国に度々侵攻され、僕が即位するまではハッキリ言ってやられっぱなしだった。

 僕は即位後タルソス国王の要請により軍事顧問を派遣し、百年間の無料の租借権と引き換えに軍港を整備して、それ以上の領土の蚕食を防いだが、積極的に取られた領土を取り返すまでは踏み込んではいなかった。

 今回の騒ぎをタルソス国王は一種のチャンスととらえたのだろう。帝国に全面的に協力するので、領土の奪還に力を貸してほしいと申し出てきたのだ。

 早速タルソスの領海を無断で航行する大君主国の軍艦を軒並み沈没させた。相変わらず木造で可燃部分が多い大君主国の軍船めがけて、焼夷弾を数発打ち込めば十分だった。


 更には君主国と東部の間の地上の補給経路を完全に遮断し、兵糧攻めに出た。 無論大君主国側も幾度も反撃を試みたが、帝国軍の指導でタルソスは短期間のうちに海岸線を要塞化してはねのけた。

 当時鉄筋コンクリートの技術は帝国にしか存在しなかったため、わずか半月かそこらで頑丈なコンクリートの壁が出現し、大君主国の装備する旧式な大砲の攻撃ではびくともしないのを見て、大君主国側は「不老の悪魔のペテン」とか「幻術」とか言っていたらしいが、それだけ魂消たのだろう。


 僕ら帝国軍が参戦して僅か三か月で、八十年以上に渡ってアルラト君主国が実効支配していた東部タルソスを奪還した。それでも捕虜たちは返還されない。聞けば白人奴隷は大君主のハレムにおさめられたと言う。


 それと同時に、僕はナイチンゲールに代わる様な活躍をしそうな女子修道会のメンバーに野戦病院を作らせ、そこで敵方の捕虜も治療させた。更には思想教育も行い、アルラト側に送り返した。白人奴隷の帰還に貢献してくれれば、帝国から高額の褒賞を与えるとも言い含めてある。

 それとは別に、僕は密かにミズホ経由で中立的な立場のもう一つの東の大陸の大国・アイシン帝国経由で特殊工作員を送り込んだ。幾人かは大君主のハレムに下働きとして入り込んだり、王宮の衛兵に入り込んだりできたらしい。

 大君主の世継の第一王子がアティアを『成人の祝い』に賜りたいと願い出て、認められたが、寝所に召しだされる事が無いように工作をしている……そうした状況らしい。僕は密かに大君主国の宦官長に高額な賄賂と宝石を贈らせていた。今の所は星めぐりが悪いとかなんとか言って、アティアを守っているようだが、いつまでもそれでまかり通るとは思えない。だが、世継の王子の気に入りだけあって、アティアの脱出は難しそうだった。


「他の白人奴隷はどうにか抜け出せる目途が立ちましたが、アティア様だけが警備が厳重で、外にお連れできません」

 複数の工作員の報告は一致していたが、その後の意外な展開は、僕の予想を超えた物だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ