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僕と黎明の大陸・3

 レイリア女王ガブリエルがセバスティアンの年子の弟にあたる二人目の息子アルフォンソを無事に生んだ同じ年のうちに、トシエとマサエはそれぞれ僅か十日違いで娘を産んだ。トシエの娘がヒサエ、マサエの娘がカナエと名付けられた。 

 即位して五十三年目、五十四年目は新しい命と出会った一方で別れが相次いだ。大聖ニコロ・ネスタが亡くなったと思ったら、ワッデンのキルデリク十三世に王子が生まれ、亮太とマーシャの娘・シャルロッテが娘を生んだ。二人のひ孫が生まれた事で、自然の流れとはいえ、僕もれっきとしたひい祖父さんだ。凄く年を取った気がする。

 別れは……自分で予想していたように碧子との別れは辛く感じた。前もってヤタガラスが知らせてくれたので、遠いミズホでもどうにか死に目に会えたのではあったが……子に先立たれるのは、やはり悲しい。

 葬儀を終えて気分が落ち込み、帰国してからも立ち直れずにいたのだが、亮仁もそうした気持であったものか、寒くなってから引いた風邪がこじれたのがきっかけで、思いの外あっけなく亡くなってしまった。そして亮仁の葬儀には間に合わない事がはっきりしたので、碧子の一周忌に合わせて墓参りをする格好になった。


 ちょうど間の悪い事に、ドーン大陸で大陸の東海岸側、地球で言うタンザニア沿岸部の港を根城にしている東大陸の砂漠の大君主国の奴隷商人どもが帝国が調査管理しているエリアまで押し入ってきたのだ。住民の拉致監禁は概ね阻止できたが、それでも十数名が連れ去られた。麻酔銃で奴隷商人の親玉を捕獲したので、捕虜交換の形で最後は全員解放したが、その事件にかなりの時間と神経を費やしたのだった。


 ともかくもその大陸東海岸の奴隷商人をめぐるゴタゴタが片付いた後に、僕はミズホに渡り、ミヤコで親類・血縁にあたる人々との旧交を温めた。帝国の国内は特別の不安要因も抱えていないので、皇帝である僕が半年近くトリアを空けて、友邦国を巡っても恐らくは大丈夫だと思われた。

 碧子は夫との間に跡取り息子の康仁を儲けた他は、実子はいない。だが、その夫が結婚前に年上の乳母子で邸の奥向きを取り仕切っていた女性との間に娘を儲けていた。その娘は結婚し、沢山の子供を儲けたらしい。その末っ子だと言う少女を碧子は実の孫娘のようにかわいがったらしい。その芳子と言う少女は帝国で絵や彫刻の勉強をしたいと言うので、僕が預かることになった。


「芳子の顔はユリエおばあ様に、似ていませんか?」


 孫の康仁の言うように、顔だけは似ている。芳子の母方はユリエの実家レーゼイ家と何世代にもわたる濃い血縁関係が有るようだ。僕が久しぶりに新大陸に向かいオヌンダガオノのワサハクに会い、テツココ領を通過して東海岸の新しい軍港に到達し、そこからトリアを目指す予定だと聞くと、芳子は早速同行を希望した。声の質もユリエに似ているのに、もっとサバサバあっさりした感じだ。だから不思議と印象がまるで違う。


「馬には乗れるのかな? 相当に荒れた道なき道も進まねばならんのだが」

「大丈夫です。馬の訓練だけはしっかりしています」

 この会話を笑って聞いていた康仁によると、芳子は暴れ馬も乗りこなすお転婆らしい。そんなところも碧子は好きだったらしいが。

「大きな野牛の群れが地響きをたてて大草原を走る様も、すっかり舗装された街に沢山の人が行きかうトリアの様子も見てみたいのです。色々な国から学びに来ている方たちとお話をして、自分の知らない絵の描き方も学びたいですし……」

「芳子、お祖父様はお忙しい、お客様もたくさんお待ちだ。そのぐらいにしなさい。ちゃんと連れて行って下さるから、安心して、急いで支度をしなさい」


 確かに夢中になると、周りが見えなくなるタイプの女の子らしい。事実僕にはミズホで会っておきたい人間が沢山いた。正三郎の遺族の者たちとも面会し、孫の内から優秀なものをトリアに留学させると言う話や、生前の正三郎が関わったアイリュとミズホの貿易に関する現状の話なども色々とする必要が有った。


 その中でエガス・モタの住んでいた診療所と兼用の邸が、今では一種の聖地になっており、神聖教会の信者もそうではない者も、多くの者が巡礼に来るのだと聞いても驚かなかったが、彼の遺体がかつてのアイリュの皇帝のミイラと同じような扱いを受けていると聞いて、その奇妙な巡り合わせにはびっくりした。


「アルパカの極上の白い布をきっちり巻きつけ、黄金のマスクと黄金の冠をかぶった御姿で安置されているのです」


 正三郎の息子たちは実際にその様子を見て来たらしい。さすがにかつての皇帝のミイラみたいに輿に乗せて練り歩き、お布施を募ると言う事は無いが、金銀宝石で飾りたてた巨大なガラスケースの中に入っており、巡礼者たちはその前で額づき、病の平癒を祈るのだと言う。そして捧げられる供物の量は毎日大変なものらしい。


「少々奇妙と言えば奇妙なやり方ですが、最大級の敬意と尊敬をあの土地のやり方で示しているのは確かなのでしょう」


 それが分かるだけに、修道士会も神聖教会も『異端』とか『異教的』とも言わずに認めているらしい。


 ミヤコからムサシに出て、ミズホ国内で一番設備の整った港から僕が所有する武装商船に乗って、幾つかの島に寄港してから、地球で言うとカリフォルニアの最南端辺りに相当すると思われるオヌンダガオノを目指した。グスタフ港に比べればかなり小さいが、それでも北米にもいくつかの帝国の船が出入りする拠点が出来つつあった。オヌンダガオノ港もその一つだ。


 久しぶりに会ったワサハクは、もうすっかり老人だ。初めて会った頃は十歳かそこらの子供であったのに。今や堂々とした大酋長と言う風格だ。

 大酋長とは言っても「きっちりとした組織などは無くて、もっと緩やかなもの」らしいから、僕らが漠然と思っている部族を統率する者と言う感じより、もっと締め付けが緩いものらしい。ワサハクは十年ほど帝国で学んだが、それ以上の知識も情報も「不完全で誤りが多い。今のオヌンダガオノに必要は無い」と断言して、故郷に帰り、やがて多くの部族のまとめ役となった。教会の教えや人種差別的な観念に怒りを感じて……と言うだけではなさそうだった。


「商売とか、工場とか、そういった資本の投入は陛下の治世が五十年以上になってからにして下さい」


 そんな事を言い置いて故郷に戻ったのは、不完全な稚拙な技術などで、清らかな大地を損ないたくない、そういう考えからのようだった。確かに環境保全とか、公害とか言った概念は当時はまるで確立していなかったし、全く読み書きができず、外の文化と自分たちとの違いなどについて考えたことも無いワサハクの故郷の素朴な人達にとって、「産業振興」などは時期尚早と言う事だったらしい。

 彼がまとめる諸部族は、概ね地球のアメリカ合衆国にメキシコの太平洋側の北部沿岸部を加えた感じの広大な区域に点在している。皆、素朴な農耕民か、バッファローなどを狩る狩猟採集民だ。


 ワサハクは皇太子時代の僕に、初等教育を行う書籍類の配布と、小学校を五年おきに一校づつ増やしてと願った。そして将来能力的に可能な子供が出現して希望すれば、中等・高等教育を受けさせてやってほしいと願い出ただけだった。それでもその制度を利用して高等教育を帝国に受けに来た人間は、五十五年の僕の治世の間に三百人は超えた。広大な地域を考えれば決して多くは無いが、皆優秀だった。彼らは農業・漁業・窯業・美術工芸・法律・外国語などを学んだが、皆故郷で先祖伝来の暮らしを守っているらしい。


「清らかな大地を傷つけず、皆で争わず平和に暮らすには、結局先祖伝来の暮らしぶりが一番間違いない」という事らしいのだ。


「ずるい外国人に騙されず、権利も正当性も無いのに『開発』だの『開拓』だのしたがる連中を追い出すのに必要な知恵と力が欲しい。今の所差し迫って必要なのは、それだけだ」

 そんなこともワサハクは言っていたらしい。地球でなら既にずるい白人たちに様々なはかりごとで土地から追い出され、場合によっては殲滅され、悲惨な目に合わされていたであろう素朴な人たちは「帝国の庇護」をうまく盾として使い、ゆっくり自分たちのペースで平和に暮らしている。


「だが、そろそろ星の巡り方が変化して来ました。技術も、技術の使い方に関する考え方も随分変化したようですね。無理のない範囲で、我らの清らかな大地にも有益なものは取り入れても良いかもしれない。そう若い連中たちは思い始めています。これも時代の流れでしょう」


 ある日ワサハクがそんな時代の変化について思いを巡らし、霊力が満ちた巨岩の上で星空を眺めていたら、隣に見慣れない男が倒れていたのだと言う。


「帝国の男のような赤い髪に灰色の目・白い肌のくせに、話す言葉はミズホの言葉で、名を聞くとオオタ・ショウヘイというのです」


 今回僕が、ワサハクに会いに来た一番の目的は、その男と会って話し、身柄を引き受ける事だった。

 僕は一対一でそのオオタ・ショウヘイさんと日本語で話をした。


「お生まれは西暦何年でしょうか? 日本の年号ではいつでしょうか」

「私は1862年、つまり文久二年生まれです」

「最後の記憶はいつ、どこのものですか?」

「1890年、明治二十三年七月、場所はドイツのベルリンです」


 東京帝国大学理学部物理学科を首席で卒業、って聞くとそれだけで「スゲー」って思ってしまう。どうやら相当優秀な人らしい。森林太郎さん、つまりあの明治の文豪と一緒に文部省から派遣されて留学したという。音響と電磁気、鉄道なんかが研究対象だそうだ。


 太田正平さんはベルリンの大学の研究室から外に出て、友人を見かけたので大通りを横切ろうとした時に、暴走してきた馬車にやられた。そこまでの記憶は有るが、その後がいきなり巨岩の上だったらしい。


「地図を見せられて、どう見てもアメリカ合衆国の西海岸だと思いましたが、一つも街らしいものが無い。それにあの大酋長だと言う老人は見事な日本語を話すのに、英語もドイツ語も知らないらしい。それも驚きましたが、何より驚いたのは、自分の姿形が大きく変わっていたことです」

「確かに明らかに日本人の姿じゃないですね」


 これまでの話からしても、太田さんが時空管理局の話に出た『新たな人材』であるのは確実だと思われたので、僕は金の笏に触れさせた。


「ひぃっ!」

「大丈夫、ですか? どこか体が痛かったり、気分が悪かったりしませんか?」

 僕は帝国の公用語で問いかけた。

「あ? あれ? 何でしょう、奇妙ですよ。わかります。わかるんです。貴方の言葉が」

 試してみると、このルンドで使用される言語が、ほぼどれも完ぺきに使いこなせるようになったようだ。

「耳の奥でザーッと言うような音が瞬間響いて、目の奥に光が煌めいたような気がしたんですよ。ですがなぜ、こうなるんでしょう?」

「僕もなぜそうなるのか、事情は分からないのです」


 僕はこの世界に大日本帝国もアメリカ合衆国もロシア帝国もドイツ帝国も存在しない事を、地図を手に説明した。


「私が日本語と思っている言葉も、この世界ではミズホ語なのですな」

「そうです。地形は地球と似通ってはいますがスエズ運河に相当する部分は海峡ですし、シナイ半島にあたる部分は半島ではなく小島です。地名は色々と違います。ミズホ最大の街は、江戸でも東京でもなくムサシですし、京都と言わずただミヤコと呼んでますし、微妙ですね」


 僕はこれから共に旅をする一行と引きあわせた際、当然、芳子とも顔を合わせた訳だが……太田さんの様子がちょっと面白かった。赤くなってドギマギと言う感じなのだ。


「芳子は、可愛いでしょう?」

 僕がわざわざ話を振ると、僕の顔を幾度かチラチラ見てから、言いにくそうにぽそっと一言こういった。

「素敵な方ですね」

「仲良くしてやって下さい。僕はあの子の祖父のようなものなので。貴方のような方なら安心ですから」

「祖父? お年のころが、とてもそんな……」

「僕はこれでも当年とって八十八歳です」

「ええ! てっきり私は」


 僕は僕自身の肉体年齢が二十代前半の状態から、殆ど何の変化も無い事について説明した。


「すると、不老不死的な存在は貴方、いやその陛下御自身と、やがてこの世界にやってくる将来の皇后となる方だけなのですね?」

「どうやら、そうらしいのです」

「別の世界から、こちらに来た人の内、一人は既にこの世界を去ったのですか……向こうの世界で亡くなっているのなら、もう元の世界には戻れないのでしょうね」

「どうもそのようです」


 太田さんは僕が生きていた平成の日本について、色々な事を聞きたがった。そして蒸気機関車からディーゼル車、そして電車に切り替わった経緯については特に詳しく知りたがったが、僕はど素人なので、明治の人とはいえ専門家の太田さんを納得させるような説明は出来なかった。


「今現在テオレル帝国は、鉄道馬車が走り、船はかなり汽船が増えた状態なのですね?」

「ええ。アルミニウム・ニッケル・石油・石炭などの資源はまだ十分に使いやすい状態ではありませんから、機関車ひとつ開発して頂くにしたって、色々御苦労がお有りだとは思いますが……」

「ですが、私に開発をお任せ下さるのですね」

「ええ。是非、お願いします」


 太田さんは士族で、馬は大丈夫らしい。良かった。これからお転婆な芳子を連れてバッファローが走り回る大平原を抜け、東海岸に向かうのだが、楽しい旅になりそうだ。そんな予感がした。

即位後の年数、年齢の矛盾について訂正しました

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