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僕と黎明の大陸・2

 ドーン大陸内陸部への進出を、僕はあえて積極的には行わなかった。

 それでも、金鉱山とダイヤモンド鉱山が有ると思われる南部エリアは丹念に調査をした。当座の費用に充てられるほどの産出が見込めればと思ったのだったが、非常に豊富な鉱脈が見つかり、助かった。極めて年間降水量も少ない土地であったのも幸いして、大々的に露天掘りで運営が出来て、費用が少ない割に非常に儲かる有り難い鉱山となっている。あまりに資源量が豊富なので、相場の管理に骨が折れる程だった。


 ラルフ・ヤングがダイヤモンド鉱石の選別にグリースを使うべきだと提言して、ほとんど活用されていなかった帝国領内の油田に精製設備を作り、微々たる量ではあるがグリースを作り出してくれた。このグリースは次第に帝国で使うあらゆる機械類の潤滑剤として用いられるようになっていった。

 更にはホワイトガソリンをランプに用いたり、防水材や道路舗装にアスファルトを用いることが一般化したほか、パラフィン紙やワセリンなども製品化されていった。

 そうした方面の僕に欠けている様々な面を、ラルフさんは大いに補ってくれたのだった。


 それにしたって、素朴な狩猟採集の暮らしをしてきた現地の人たちからすれば、露天掘りの様子を見ても、あの正体不明の巨大な穴は一体全体何事かとしか思えなかっただろう。

 僕にはそうした素朴な暮らしをする人々を脅かし、本来自分の物では無い土地から富を収奪する事に対するためらい、あるいは恥じる感情が有ったが、御前会議の皆にそうした僕の、二十一世紀の先進国で生きてきた人間の感覚など理解できようはずも無かった。


「なぜ、積極的に更なる鉱山の開発や領地獲得に動かれませんので?」

「長い目で見て極度の富の偏在は、好ましくない。それに特定の地域が極度に貧困ないし飢餓状態に陥るのも防いでおかないと、後々厄介な問題になるから、ダメなんだ」

「新しく開発を始められたダイヤモンド鉱山と金鉱山の含有量は素晴らしいものだと聞きますが、近隣のほかの地域は調査されませんので?」

「あの新鉱山は、ドーン大陸での活動資金を稼ぐのが目的だ。他にもいくつか有望な鉱山となる場所、未来に大いに必要とされる資源が眠る場所、色々あるが、元来、それらの富はあの土地の者たちのものだ。だが、今のあの土地の住民にはそれを活用する方法も知識も無い。将来的には土地の人間が自力で鉱山の運営が出来るようになるまで、気長にやっていきたい。それがこの世界全体にとって最良の道だからだ」

「壮大な慈善事業を始められましたので?」

「慈善でもないよ。新しい金鉱山とダイヤモンド鉱山で、すっかり出した分は回収できて、むしろ儲けた格好になる」


 僕がドーン大陸における収支報告を提出して、一応御前会議のメンバーの『壮大な慈善事業』という批判はかわす事が出来た。僕は全ルンド的なバランスからみて、慈善事業の何がいけないんだと言う気持ちも有るが、やはり財政基盤が弱ければ活動を継続できないのも事実だ。



 現地住民との争いは避けるようには務めたが、それでも小競り合いは発生した。発生はしたが、可能な限り非致死性兵器で応戦したので、戦闘による死傷者は双方出ていないはずだ。


 一番良く使われたのは催涙剤と嘔吐剤だ。稀に麻酔銃が使われたが。

 ともかくも「悪魔の使い」とか「異国の神」とか言われて恐れられるようになれば、それで十分なのだ。後は食糧などを与えて懐柔した。アルコールや麻薬類は与えない。与えるのはあくまで食料だ。希望者にはアイリュから持ち込んだキャッサバやトウモロコシ・ピーナツ・カボチャの栽培方法を教えた。地域の実情に応じて東洋の米・バナナ・サトウキビを導入する場合も有った。ヒエの在来種と油やしの品種改良にも取り組んでいる。


 力を入れたのは医療活動と初等教育の普及だ。まあ、ドーン大陸の西海岸、概ね地球で言うモーリタニアより南の大西洋に面した地域だ。幸い対岸のテツココ王国とアイリュ帝国が友邦国家なので、何かと便利だ。

 医療施設はモタ修道士が設立した『知の光修道士会』に資金提供をして運営を丸投げした格好だ。

 小学校は各港周辺に最初は一校づつ開いた。教員は解放奴隷達を充て、赴任地は各々の出身地の側とした。

 まず、子供を集めるのに、地球での過去の例で効果が有ったと言う給食を無償提供する方法を取った。

「お昼を出すから、話を聞きにおいで」と言う訳だ。出すのはその土地でなじみの有る物、あるいは少し珍しくて現地で好まれそうな物とした。それが無理な場合、菓子類を渡す事も有った。

 最初は見事に食べ物だけを取りに来る者が殆どだが、そのうち好奇心が強く知的能力の高い子供が継続的に通うようになる。そうすればしめたものだ。


 ただ、来るのは男の子ばかり。女の子は気持ちは有るみたいだが、伝統的な性的差別というか、役割分担をさせられていて、子守やら家事やら、あるいは異民族の男が居る様な所は物騒だと親が思っているとか、諸々の事情で今の状況のままでは難しそうだ。

 帝国本国でも女子教育はまだ未解決の課題だ。政治やビジネスの世界で活動する女性は男の三分の一にも満たないのが現状だ。女性の教員がもっと増えないと、こうした土地での教育支援も難しい。だが、女性に初等教育が行きわたると乳児死亡率が劇的に下がる事が示すように、大きな社会的な意義が有る。早急に何か有効な手が打てると、これからのあの大陸の未来も大きく変わるのだが……


 ともかくも『飢餓大陸』などと呼ばれるような悲惨な状況に陥らないように、予防措置的に、これまでも実行可能な手段を色々とってきた。まずはレイリア商人らが開いていた二十箇所余りの西海岸沿いの各港の設備を拡充し、守備部隊と小学校・病院・食料を得る農園を配備した。

 怖い怖い伝染病対策は、殺虫剤や蚊帳、蚊取り線香の使用のほか、東洋の雑草でヨモギの仲間が、荒れ地でも栽培しやすく煎じると恐ろしい風土病に大きな効果を発揮することが分かってきたので、各港周辺で栽培させている。


 地球のアフリカが飢餓大陸になった、そもそもの原因から発生しないようにする。

 これが基本方針だ。その意義がわかってるのはラルフさんだけ。おぼろげにヤガー君が分かってるけど。御前会議の連中は何もわかっていない。


「うーん」

 僕が庭先でうろうろして唸っていると、ユキヒコ・ヤスヒコを連れたキリャがやってきた。 

「まあ、どうなさました?」

「ドーン大陸の女の子たちへの教育なんだがなあ……」

「あ、その件につきまして、私、ちょうど申し上げることが御座いました。ルイサ姉様から伺ったのですが、女子修道院の若い修道女の方々で、ドーン大陸での医療奉仕や女子のための教育指導に積極的に参加したいという志のある方々の派遣に、父上が御協力下さらないかと言う話が出ているようなのです」


 生前のセルマはチャスカともキリャとも関わりを持とうとしなかったが、セルマの娘ルイサは社交的で腹違いの妹キリャとも気が合うのだ。

 ルイサはセルマから女子修道院と皇室の橋渡し役をうけついだ恰好になっている。


 エガス・モタの列聖は、神聖教会の内部に強烈な刺激を与えたようだ。彼の生前の社会的な活動に影響された若い聖職者が、今や大量にいるらしい。そしてそれは女子修道院の修道女たちも例外では無かったのだ。


 僕はルイサを呼んで女子修道院側との交渉の橋渡し役を頼んだ。やがて、ドーン大陸に向う修道女たちのメンバーが決まり第一次の派遣隊がトリアから出航した。


「教会とやらの連中にも、グスタフの志を支える殊勝な者たちがおるんじゃなあ」

 修道女たちを見送りながら、ヤタガラスがこんな事を言った。

「エガス・モタは修道士だったじゃないか。教会にはいろんな人間が居るのさ」

「ふーん。難しい事は良くわからんが、あの女子たちの志が天晴れなものだと言う事は我にも分かる」


 修道女達の乗った船の出航後、僕も久しぶりに港から軍艦に乗りテージョに向った。ガブリエルは既に第二子を妊娠しているとの知らせを受けている。


「我は今度の嫁の所は遠慮しておこう」

「行かないのか?」

「ああ。何だか気が進まないなあ。嫁の気立ては悪くなさそうじゃが……我と土地との相性が悪そうじゃ。我はしばらくミズホに戻っておるよ。今のうちに碧子や亮仁ともゆっくり話をしておかねば、後悔しそうじゃしのう。何か、あの二人に伝言は無いか?」

「父として心から愛している。離れていてもいつも大切に思っている、そう伝えてくれ」

「分かった。では、また会おう」


 ヤタガラスはミズホへ向かう船に鳥の姿になって飛び移った。ミズホの船はどの船もヤタガラスを鄭重に扱う。皆、ヤタガラスを海の安全と商売繁盛の神だと信じている。事実、ヤタガラスを乗せた船は沈まないのだった。そのヤタガラスが碧子と亮仁についてあんな風に言うからには、何かしらのはっきりした予感が働いているのだろう。


「陛下! お戻りになるまでにはっきりいたしますわ」

「二人で頑張って、御留守をお守りしますー」


 トシエとマサエは最新流行の帽子をかぶって、声を張り上げて僕に手を振っている。「はっきり」とは、妊娠しているか否かと言う事だろう。やれやれ、若いメイドや女官には大きな声を出すと「お行儀が悪い」とか「はしたない」とか小言を言うくせに。だが、二人ともますます昔のユリエに似てきた。いや、あの二人が意識的に似せているのだともいえる。その癖、ユリエよりずっと陽気で、意識的に僕の感情に深く踏み込まないようにしているのも、ある種の賢さだと言える。


「愛してるよ」


 そう言って、僕は二回投げキスをした。何だか受けたみたいだ女性たちに。トシエとマサエは自分たちに向けてだと自信を持っているみたいで、ニッコリ笑顔を返した後、二人で顔を見合わせクスクス笑っている。


 船は岸壁を離れた。

 とりあえず今は鐘で船の発着を知らせているが、何かもうちょっと音楽ぐらい有った方が良いのになとは思うが、まあ、絶対に必要と言う程でもないのでつい後回しになっている。このルンドで遅れているものと言えば、音楽もその一つだ。十九世紀レベルなら当然登場しているはずの楽器類が、全然まだ姿を見せていない。僕だって手すさびにリュートを引く程度だ。ギターもヴァイオリンも存在していないのだ。


 そんな事を航海中考えていただけに、テージョ港に軍艦が接岸した途端、にぎやかな音楽が鳴りだしたのにはびっくりした。それも西洋風のマーチングバンドじゃなくて、オスマントルコのメフテルハーネと呼ばれた軍楽隊の曲目だ。ジェッディン・デデンと言ったか確か『祖父も父も』と日本語訳される有名な曲だ。薬のコマーシャルやドラマの主題歌に使われたから、僕でもこれならわかる。ただ、歌詞はトルコ語だから全然知らないんだが……


「偉大なる国よ、輝く祖国よ」

「我らの自由を勝ち取れ!」

「親愛なる陛下のために」

「我らは世界に名を轟かす」


 解放奴隷の男性たちが、帝国軍のズボンを穿いて、碧色のビロードに金色の縁をつけたトルコのカフタンみたいな上衣を着こんで歌いながら練り歩く。楽器は打楽器と金属製・木製の管楽器が主な様だ。演奏されてみて、なるほどと思ったのだが、これまでこのルンドにはシンバルひとつ存在しなかったのだった。

 それにしたって、楽器の準備からマーチングまで、まったく存在しなかったところから作り出したんだから大したもんだ。僕も拍手喝さいして、演奏した皆をたたえた。港は万雷の拍手と歓声で大変な騒ぎだ。


「この曲の題名は『親愛なる陛下のために』としました」

 他の者が居ると、ラルフさんは僕に敬語を使う。帝国から早めにテージョに向ったと思っていたが、どうやらこのための準備の都合だったらしい。

「素晴らしかった。元の歌詞の意味なんかは全然僕は知らないが、メロディ・リズムと歌詞がちゃんといい感じに一体化してたね」 

「帝国軍でもそろそろマーチングバンドが必要だろうと思ったんですけどね、モダンな金管楽器なんかはまだこっちには無いんで、揃えられそうなものでやるとなると、トルコ式が一番いいかなと思いまして。地球の軍楽隊のルーツですからね」

「音楽を聴くだけでも敵が逃げ出したって言うねえ」

「まあ、そんな戦争は起きないに越した事がないんですが、バンドは欲しいですよね」

「確かにルンドは楽器の種類が貧しすぎる。これじゃあバンドもろくに組めないよね。でも民族楽器の類を色々取り入れて、地球とはまた違う良い音楽が出来て行くかもね」

「オリジナル曲は、他の連中に任せます。俺としてはとりあえず、なじみのポップスやクラシックの名曲を、このルンドでも当たり前に聞きたいって欲求が強いですよ」

「ピアノの開発なんか、大変だろうなあ」

「でも、俺もピアノは弾きたいし、聞きたいですから、頑張ってみます」


 どうやら、ピアノの出現もそう遠い未来ではなさそうだ。


 聞けばラルフさん、ハイスクール時代はブラスバンド部で活躍していたらしい。そのうちトランペットやその他の金管楽器類をこっちでも再生しそうだ。

 王宮までは軍楽隊が練り歩く後を、のろのろ馬車でついて行ったのだが、テージョ市民の盛り上がりぶりは凄かった。軍楽隊の音楽に合わせて、手拍子を打って、一緒に歌ってるのだ。


 王宮に到着すると、ガブリエルが満面の笑みを浮かべて僕を迎えた。腹に二人目が居るらしいが、まだ目立たない。


「お帰りなさいませ……こう申して、かまいません?」

「構わないよ。ただいま」


 確かに、このテージョの王宮も今や僕の家になりつつあった。

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