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僕と黎明の大陸・1

 レイリアの破綻した国家財政の再建の道筋が立った頃、ワッデンから緊急の通信が入った。フレゼリク・レオポルドが危篤状態になったと言う内容だった。僕は特別仕立ての鉄道馬車で真夜中の国境を走り抜けた。途中六回の馬の交換が為されたが、交換時間は毎回十分以内で完了し、寝台車仕立ての車両の中で僕は丸一昼夜と半日を過ごした。

 あの可愛らしかったコルネリアを引き取って帰った折は、途中で宿泊しのんびり五日がかりで戻ったのだった。あのころは馬を乗りついで走り続けても黄金宮からは丸三日近くかからないと、ワッデン王宮にはたどり着けなかったのだ。即位してから五十一年で随分と交通事情も変化したが……考えてみれば、おしゃまだったコルネリアも、ちょっと生意気だが頼りになったコルネリアの夫で僕の弟のヨハンもすでに亡くなっている。


「また、僕は……こうして、残されてしまうのだな」


 フレゼリク・レオポルドはもう六十もとうに過ぎているし、数年来の持病は有るし、一人息子のキルデリク十三世はどうやらまともに育ちあがったようだし……僕も覚悟はしていたのだが……いざとなると堪える。

  病室に案内された時、ずっと昏睡状態にあったと言う彼が、一度だけ目を開け、僕に視線を向け微笑んで小さな声で「父上、おはようございます」と言った。ワッデンに移るまで、僕とフレゼリク・レオポルドはほぼ毎朝、一緒に朝食を食べていたのだ。だから、その事が強く彼の脳裏に有ったのだろう。


 僕の一日後にルイサとキリャとユキヒコ・ヤスヒコ、二日後にネストルとヤチャイ、ピニャ皇子と亮太の娘シャルロッテの夫婦、ミゲル夫妻、昨年からミズホに戻らず帝国に留まっていた亮仁と碧子などの血縁者がやってきた。だが、二度と目が開くことは無かった。静かな寝息を立てたまま三日の日が過ぎ、やがて静かに消え入るように呼吸と鼓動が停止したのだった。

 臨終を伝える医師の声に、姉妹や姪たちが号泣した。泣きはしなかったが、一人息子でワッデン国王のキルデリク十三世の悲しみが、一番深いものに感じられた。


「お祖父様、父上は最後に何を言いましたか? 何か一言帝国の言葉で、小さくおっしゃったとか介護の者から聞いたのですが……」

「僕の顔を見てちょっと微笑んで『父上、おはようございます』そう帝国の言葉で言った。思えば幼いころからずっと黄金宮の僕の手元に居る間は、毎朝そういって一番に挨拶してくれたのだ。物心つかぬうちに母親と死に別れたから……一番最初に覚えた言葉は『父上』だったのだよ」

「そうでしたか。父上は私とも毎朝必ず朝食を食べてくれました。『お前のお祖父様の皇帝陛下が、毎朝御一緒に朝食を食べて下さったのが、子供心に嬉しかった』よくそうおっしゃって……」


 僕は見た目が僕より年上の孫を抱きしめた。髭も生やした一人前の男をこう言うのは可笑しいが「この子は自分の孫だ」そう、しみじみ思った。そして、息子がこの孫を慈しんで育てたのだと、痛いほど理解できた。


 以前ワッデンを訪れた時も葬儀だったが、今度も葬式になった。それも息子の葬式。

 フレゼリク・レオポルドは帝国の皇太子でもあったが、人生の三分の二以上をワッデンで過ごした。葬儀には僕の妻になったガブリエルも参列して図らずも顔合わせとなったが、皆彼女を『身内』として受け入れた。


 葬式なのに、こんな言い方は変かも知れないが、良い葬式だった。

 ワッデン内外の弔問客一人一人が、おざなりではない、真剣な深い気持ちを持って故人との別れを惜しんでいた。これもフレゼリク・レオポルドの生き様なり、人柄なりのおかげだろう。

 

 棺の蓋が締められた瞬間、僕はそこにアネッテの姿を見た。そして、幼子の姿のフレゼリク・レオポルドに手を差し伸べしっかり抱き上げると,僕に向かって振り返りニッコリしたと思った瞬間、母と子の姿は消え失せた。


「お祖父様、どうなさいました? 今、アネッテとおっしゃいましたが」

「あ、ああ。何か見えたか?」

「何か、白い光のようなものが動いたように感じましたが……」

「アネッテが、息子を迎えに来たように僕には見えた」

「ならば、本当にお祖母様がおいでになったのでしょう。いつも父上はお祖母様の描かれた自画像を書斎に飾っていましたから」


 葬儀の後、僕はそのアネッテが描いた自画像を見せて貰った。描きかけの時に見た記憶が有る絵だった。あの棺の傍らで見た姿そのままだ。


「今夜は夜ふかしにお付き合い願えますか?」

 僕も眠れる気がしなかったので、王である孫息子の申し出を受けた。

「やはり、このドレス姿だったか」

「何か特別な意味が有るドレスなのですか?」

「アネッテが子を産む事に同意してすぐに、僕が送ったミズホの極上のシルクで作らせたドレスだ。大層よく似合っていたので、はっきり覚えている」

 生前のアネッテが心臓が弱く、お産を許可するまで僕が悩んだ話をした。

「お祖母様はきっと、お幸せだったのだと思います。そして父上をこれまでずっと、見守っていて下さったのでしょう」

 僕もその意見に賛成だった。

「それにしても、お祖父様……お祖父様は、ずっとお若いままなのですね。父上や亮仁伯父上が描かれた昔のお祖父様のスケッチなどを幾枚か見た事が有りますが、そこに描かれているお姿のままと言うふうに見えます。私が幼い頃、一度だけ黄金宮に伺って御挨拶申し上げた時と、やはり同じお姿ですし」

「おかげで妻にも子供達にも先立たれてばかりだ」

「つい先ほど、帝国の役人が帝位の継承順位の変動についての確認書を持ってきましたが、お祖父様なら私よりも更に長生きなさり、また新たな御子も生まれましょうから、あまり意味が無いと思ったのですが、まあ、形式ですから署名しておきました」

「ワッデンの国内は、以前とは見違えるほど豊かに穏やかになったようだ。お前の父上は、それなりに良い仕事をしたのだと思ったよ」

 孫息子は僕の言葉に頷いていた。

 その夜はそんな具合に暖炉の傍らで、語り合って朝まで過ごしたのだった。


 その後、僕はトリアからテージョに向かう新型軍艦にガブリエルを乗せるために、鉄道馬車の特別車に僕と同乗させた。亮仁・碧子もトリアのレーゼイ邸に一緒に送る事になった。その帰りの馬車の中で、宮様は亡くなる前に、初恋の人と半年ばかりであったが所帯を持てたと言う話などを聞かされた。


「フレゼリク・レオポルドがもういませんから、当分こちらには顔を出さないかもしれません」

 亮仁はそんな風に言う。碧子も死別した夫の遺品の整理などが出来ていないと言った。

「私のお葬式は多分、ミズホで行う事になるでしょうね」

「碧子……」

 ユリエに良く似た娘にそんな風に言われたのがショックで……僕の胸に重い痛みが走った。さすがに。涙はこらえたが。

 三人をそれぞれ送り届けると、幾つかの懸案事項を片付けるべく黄金宮に戻り、御前会議に出席した。


「ドーン大陸の内陸部への立ち入りに制限を設けておられるのは、なぜですか?」

「あの大陸は、人間以外の様々な生き物たちの楽園なのだ。それを破壊して農園や鉱山を無理やり作る必要性を僕は認めないし、今の医療技術では治せない様々な風土病に遭遇もするだろう。それが帝国に持ち込まれたら大変だ。ともかく開発は破壊でもあるのだから、特別な必要性が無い限り、当然制限すべきだ」

「開発が破壊でもある、なるほどそういうものですか」

「森が一度消えたら、再生には恐ろしい程の長い時間がかかることは、君たちも少しは認識しているだろう。あの大陸の巨大な森は、この世界全体の気候や大気の状態を適切に保つのに重要な役目も果たしているのだよ」

「森にはそんな働きが有るのですか?」

「ああ。そうだ。あそこの森が失せたら、帝国でも雨の降り方や気温がおかしくなって、大変な天変地異が連続して起こるかも知れない」


 僕はちょっと大げさに脅かしておく。大げさでもないのか? ともかく御前会議の連中に温暖化や気候変動の話をしても反応は薄かった。何より僕に説明能力が無いのが不味いのだろう。専門家の力を借りて、何か皆の注意関心を喚起できないか、しばらく僕は頭を悩ませていたが、良い方法が見つかった。


 現在、あの忌々しい『トリア絵入り新聞』の向こうを張って、僕は『帝国経済新聞』を発行させている。表立っての新聞社の設立者は無論別人だ。政界・財界の情報公開こそが、適切な社会運営と腐敗・汚職の防止に最も有効に働くと言う理念を発表した若い研究者のグループに僕が話を持ちかけたのだ。


 海外の大ニュース、毎日の各商品の相場の速報、各役所・軍の最新の動き、御前会議の議案とその内容の簡単な紹介、新しい法令の紹介、有名企業の決算報告、各地の銀行の動向、金利の変動、などなど、一種の情報操作でもあるが、それでも今まで何の情報も出されていなかった物を継続的に出すのだから、それなりの意義も有る。記事自体はなるべく客観的な事実のみ速報する報道姿勢を貫かせた。それとは別に解説記事を幾つか連載させた。特に新しい法令とか、海外の事件と帝国とのかかわりとかに関する解説記事は人気だ。

 中でも特に読者の投稿欄はその後、国会の開設請求にまで話が発展して行き、僕もそれを認めるのだが……それは随分と後の話ではある。


 もう一つの人気記事は、天気予報だ。精度はそれほど高くは無かったが、それでも天気にその日の商売や作業が影響を受ける分野に従事する人は大変に熱心にチェックしたようだ。ともかくも天気・天候を科学的・分析的に見て、日々の活動と関連付けて考えるのが、帝国ではごく当たり前になって行くのに、大して時間はかからなかった。

 気候変動や植物のもたらす効果と新大陸やドーン大陸の密林の働きについての啓蒙記事も、こうなってやっと効果が発揮されるようになった。


 更には、父上の庶子の一人で世界規模での貧困の撲滅と、政治や経済との連携に熱心な活動家に『社会新報』を発行させている。

 こちらは社会欄に大きな力を注いだつくりだ。綿密な取材と正確な報道を前面に押し出して、編集している。ドーン大陸における悲惨な歴史なども紹介するが、何より帝国内での貧しい家庭の子供の直面する厳しい実態について、大いに注意を喚起したのはこの新聞の大きな功績だろう。

 後に保育園が整備され、幼児の労働を制限する法律が出来たのは、この『社会新報』のおかげだ。


 それでも、御前会議のメンバーは僕が領土の拡大にあまり熱心ではないのが不満であるようだった。

 連日の話題が、どうしても領土を拡張させたいと言う方向に向かいがちだった。帝国が今は拡大を控えているからこそ、他の国も様子見に回っていると言う事情もあるのだが。なかなか理解は得られない。

 僕は未知の風土病や害虫・寄生虫の類の恐ろしさを大いに宣伝している。最も医療水準の高い帝国ですら治療法が確立していないのだと。


「あーあ、みんなわかっちゃいないから、困ったもんだ」

 御前会議を終え、夕食の後、僕は自室で久しぶりに、マサエとトシエにマッサージして貰っていた。

「大抵の人間は陛下より頭が悪いのですから……御苦労なさいますね」

「これだけお仕事なさってますのに、まだまだお仕事がお有りになりますの?」

「まだ、仕事を割り振る人間の数が不足なんだな。前よりそれでもマシなんだが」

「あのドーン大陸で、また新しい金山が見つかったとか、噂になっておりますけど」

「うん。金も凄いし、ダイヤモンドもすごい。でも、気候は厳しいし、病気は怖い」

「ミッケリ辺りの奴隷商人は、陛下を恨んでいるそうですから、お気を付け下さいねえ」

「ああ、本当になあ」

「あの……陛下……」

「トシエとも相談したのですが……」


 二人とも、何か僕に聞いて欲しい願いが有るようだった。


「今度は出来ましたら、娘を」

「そうなんです。私も娘が欲しいです」


 マサエもトシエも、子供が欲しいと言う。今度は自分の手元で育てたいのだそうだ。


「生み分けか。できるかなあ。自信無いよ」

「あの、そろそろ陛下だけが触れる事の出来る石の所で、何かお告げが貰える頃でもないですか?」

 確かにマサエの言うように時空管理局の話を聞いたのは、去年の冬の初めだった。そろそろ丸一年か。

「そういう事が教えてもらえるかどうか、全然分からないが、聞いてみよう」

 その夜は大人しめに、添い寝して貰うだけにとどめた。


 翌日、あの石の所に行ってみる。今年も同じ女性の声が聞こえるだけで、映像は無かった。


「近く、新たな人材を投下の予定ですが、着地点その他が未定です」

「男性か女性か、どっちだろうか?」

「男性です」

「人種的な特徴は?」

「地球で言う所のコーカソイドに属する形質ですが、それ以上は確定していません」

「僕の庶子を産んだ女性二人が、娘を欲しいと言うのだが、産み分けは可能だろうか」

「許容範囲です。希望するなら女子確定とする事も可能です」

「お願いします」

「では、そのように」

 次の瞬間、ピッ! と言うような音が響いた気がしたが、痛みも何も感じなかった。

「これで、これから一年間作る子供は、すべて女児になります」

「その後は?」

「ランダムです。二十一世紀の産み分けの技法はある程度の効果は有りますが、あくまである程度です」

「美保は、どうしている?」

「最終的な仕上げ段階です。投下後の寿命も、貴方に見合った物になる予定です」

 どこでどうしていると言う具体的な情報は、与えられなかった。

「どこかルンドの家庭に赤ん坊として生まれる形を取るのだろうか?」

「まだ詳細については、お伝えできません」

「ともかく僕が百歳の段階で遭遇するのは、確定なんだな?」

「それは如何なる場合も、動かない条件です」

「ラルフ・ヤングや、今度来る人物の寿命は?」

「通常のルンドの人間より少し長め、と言う程度でしょう」

「不老不死的存在は、僕とやがて来る美保だけ?」

「そうです。それは確定です。他にご質問は?」

「新聞や、社会活動家や、国会の取り扱いは? 大陸の運営方針は、あれで良いかな?」

「貴方にお任せです。重ねて申しますが当時空管理局の存在はトップシークレットです。秘密事項の取り扱いはくれぐれも慎重に願います。では、また来年お会いしましょう。クリア・エーテル!」

 相手は、やはり生身の人間なのではないか?僕にはそんな感じがした。

「クリア・エーテル!」


 その夜から、早速、順にトシエとマサエの希望を適えるように努めたが、上手くいった自信は無かった。しかし……


「きっと、大丈夫ですわ」

「上手くいったと思います」


 マサエとトシエは、そんな風に請け合った。

誤字、ボロボロありますね。すみません。

気が付くと直してますが、お知らせいただくと助かります

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