表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/113

僕と女王と国家の問題・4

一部、自粛しました

 ラルフ・ヤングが大活躍するようになるまでは、ずいぶんと色々な軋轢も有ったが、僕の差別反対の基本姿勢が全くぶれなかったので皆の見方も、比較的短い期間に変わった。 

 結果から言うと、炊き出し作戦はそれなりに効力を発したが、僕の奴隷商人の取り扱いが寛大に過ぎたのが災いして、後にとんでもない厄介事も興ったのだった。


 やがて僕とガブリエルとの間に、男子が生まれた。目はグレーで髪は褐色のレイリア王家の色合いだが、面差しは僕に良く似ている。僕にとっては九男だが、レイリア王家にとっては久しぶりの男子誕生と言う事になる。お産はたまたま僕がレイリアに行く事になっていた麦の収穫を行う時期だった。

 ちなみにその年は大豊作で、トウモロコシやジャガイモ、キヌアなどの雑穀、豆類などを連作障害を防ぐようにきっちり割り振って導入させたのが良かったようだ。


「やはりレイリア風の名前が良いよね」

「では、セバスティアンとします」

「それって、何か特別な意味が有る名前じゃ無かった?」

  

 過去の歴史で、不出来な王が三代以上続いた後に即位したセバスティアンの名がついた名君が四人居るそうだ。五人目のセバスティアンならきっと名君になってくれる、そんな期待を込めたらしい。父王のマヌエルの名はつけたくなかったようだ。


 僕はあくまで王配としての姿勢を取ったが、政治・軍事の顧問として送り込んだメンバーが帝国を基準に「遅れている」「貧しい」と言いがちなので、生粋のレイリア貴族には不愉快な存在であっただろう。それでも顧問は全員レイリアと縁が深く、自在にレイリアの言葉を話す者を選んではいるのだが……

 ラルフ・ヤングには「中世の価値観真っただ中」で識字率も低い連中に近代的な理念は理解しがたいのだから、宗教の力を借りろと言われた。貴族でも読み書きが不自由なものが少なくない。更に四則演算すら怪しくて、足し算も三桁になると無理とか割り算が分からんとか、本当に中世レベルだ。


「今年になって聖人になったエガス・モタって人は、このレイリアの貴族の坊ちゃんで、デカい修道士会を創設した人らしいな。あっちこっちで一杯学校をこさえたって? 陛下と生前、そんなに仲が良かったんなら、出来の良さそうな修道士さんたちに来てもらって、学校教育を早めに充実させたらどうだい? 義務教育が行きわたると、加速度的に陛下のプランも実現しやすくなると思うよ」


 そう。あの散々世話になったモタ隊長はグスタフ港に自分で作った病院で、多数の弟子や後輩にみとられて亡くなったんだが……あの人はそもそもレイリア貴族の庶子だったのだ。僕は、学問がしたくて外国に出たと言う話と還俗して結婚したと言う弟の話ぐらいしか、個人的な話は聞いていなかったが……


「そうか。レイリアではまだまだ神聖教会の威光が強いんだなあ。中には僕を『悪魔』と思っている連中もいるみたいだから……ラルフさんの言うようにしてみよう」


 僕は二人きりの時は原則英語で話し、『ラルフさん』と呼ぶ。あっちの世界を基準にすればかなり年上だし、個人的な本来の能力なら確実にラルフさんが上だ。ちなみにラルフさんの「さん」は日本語だ。気分的にしっくりくるから。


「今の大聖猊下が陛下のファンで、後継者レースの先頭を走る枢機卿は帝国出身でこれまた陛下のファンらしいが、二位以下は陛下を『悪魔かもしれない』って言ってる連中らしい。ここは一番、次も親帝国派に即位してもらうべきじゃないか? あんまり政治工作もしてないみたいだから、ちょっと気になってさ」

「ああ、弟のヨハンに死なれてから……手薄だったよ。わかった」

「金と宝石でも送ったらどうかなあ。金は政治資金で宝石はお近づきの印で」

「それが良いだろうか?」

「即効性が有ると、俺は踏んだがなあ」

「どうもあの名前からして、苦手でねえ。ニコロの寵童上がりって事は、多分変態だし。ラルフさんだって、無駄に印象的な名前だって思うよね」

「確かに、二十世紀以降の地球人なら病的な雰囲気を感じる名前だな」


 それでも早速デカい宝石類を見つくろって黄金を添え、ニコロ・ネスタが自分の後釜に据えるつもりだと言うアドルフ・マゾッホ枢機卿に、修道士会の件やら学校の件やら依頼がてら贈った。


 これほど気にしなきゃいけないエリアが広がったんだから、役人軍人の中で若手のチームを結成して、それぞれ担当地域を割り当てて仕事をさせろと言うラルフさんの意見は尤もで、すぐにその案に従って組織を改変した。


「黒人奴隷上がりの俺の案じゃなくて、陛下のアイデアって事にしといてくれ」


 そんな気を遣わせるような実状が、僕としては非常に申し訳なかったが「気にするな」と肩を叩いてウィンクするラルフさんって、出来た人だと思う。一応貴族としては一番下っ端の準男爵にして、帝国軍での階級も将軍にはしたが、まだ実際の部下はゼロだし、今の実情は僕個人のスタッフだが、折を見て本格的に軍に加わってもらおうと様子見の最中だ。


「なあ、陛下、暗黒大陸ってさ、夢も希望もなさそうな、嫌な呼び名だよな」

「そうだねえ。でも、ローマ帝国が存在しなかった世界でアフリカってのもなあ」

「このルンドでの人類の起源は、どこなんだろうな?」

「タンザニアのオルドバイ遺跡みたいな場所が有るのかなあ。考古学的研究なんてさっぱりだからさ、僕もわからない。でも、可能性は有るかもね、暗黒大陸と呼ばれている土地がルンドの人類の生じた場所って言う」

「まあ、それが違っても俺個人は気にしないが、暗黒ってのが嫌でさ。せめて夜明けとか、あけぼのとか」

「ドーン、Dawnでドーン大陸ってのはどう?」

 僕はその時はアメリカの無人探査機を思い浮かべてそう言ったのだったが……

「おお、いいなあ。まんま英語で?」

「うん。音も短いし、覚えやすくないか?」


 それで、ドーン大陸に決まったわけだが……随分後になって、黒いスパッツをはいた芸人の持ちネタで「どーん」て言うのが有ったなんて思い出した。でも、誰も気にするはずが無いので良しとした。ハハハ


 一年でレイリア国内の正確な課税対象を把握できる測量その他の基礎調査は整ったし、テージョの奴隷商人から解放した人達の家族の捜索もかなり進展した。レイリア王宮に来ても、僕は大忙しだった。


 そんなある日、ガブリエルが僕の顔を見て、ため息をついた。


「陛下は、私やセバスティアンより、あの黒人の将軍とお話なさる方が楽しそうでいらっしゃるから、時折寂しくなります」


 確かに否定は出来ない。

 でも、別の女に入れ込んだりするよりよっぽど良いと思うんだが……ここは一番、大人なんだから我慢して聞き役に徹した。言葉と言う物は迂闊に口にすると、時折恐ろしい効果を発揮するから、せっかくの努力が水の泡になったりするのだ。

 どうやらレイリアの貴族の男たちの感覚では妻の妊娠出産期には、他の女を抱いて当然らしい。あるいはその女の用意をするのが正妻の『裁量』だか『たしなみ』だったりするらしいが、僕はそんな事はイヤだ。

 それにしたって……レイリアでは、ちゃんと禁欲してるのに……マサエとトシエも細かく気を使っているのに……そこに関してこの女王陛下は無視なのかと、ちょっと腹が立つ。だがそれを悟らせるのも不味かろうと思って顔を合わせないようにして、抱きよせて背中を撫でてやる。


「ラルフ・ヤングは軍事の専門家で高度な政治的判断も出来る人なので、相談を始めるとつい長くなる」

「私では……何のお役にも立たないのですね」

「そんな風に思った事は無いよ」

「いえ、良いのです。私は変に出しゃばらず、陛下の御子を出来る限り沢山産めば、それで十分だと爺や達には言われてしまいましたし」


 爺やと言うのはレイリア王国の宰相に据えてあるこの国の貴族だ。善良で王家に対する忠誠心も強く、帝国の顧問団が取り仕切る方が効率的であるとさっさと認めてくれたのは良いが……男女の事に関する価値観は、この国の古い貴族階級のままだ。


「爺やの言うように女王は本来、血筋の繋ぎにすぎないのですし、セバスティアンを無事に王位に据える日まで、万事陛下にお任せすれば良いのですものねえ」 

「僕は爺やの考えとは違うな。貴女も今は勉強中、修行中だが、立派に王としてやって行けると思うよ。それを言うなら、爺やたちだって……」

「爺やたちだって、陛下の遣わした役人たちがこの国に来るまで、各地の正確な麦やそのほかの作物の収穫量など知りませんでしたし、ちゃんと調べようともしませんでした。毎年飢え死にする人間がいて当たり前だと思っていたようですし……褒めたものではございませんでしたもの。その上、父王のように思いつきで勝手に無駄遣いをしていたら、そりゃあ国が破産して当然でしたわ。情けない話です」

「でも、爺やたちみたいな貴族は多いからねえ、怒らせないで、折り合いをつけないと」


 さすがに連中は役立たずだが、邪魔だけは一人前にできる……などと言う本音は口に出せない。


 僕がモタ隊長が設立した修道士会の助けを借りるつもりだと言うと、ガブリエルは大いに感心してくれた。


「私も含めてレイリアの人間は、神聖教会で聖職にある方々は、特別に神に近い方たちだと信じてますもの。皆きっと、修道士様の御言葉に喜んで従うでしょう。ましてやエガス・モタ様はつい先ごろの神聖教会大本山の列聖式で、聖人のおひとりとなられました。三百年ぶりにレイリアから聖人様が出たと、民は大騒ぎして喜んでおりました」

「そうなんだってね。僕は帝国に居て、そこまでレイリアの皆が熱狂的に喜んでいるとは知らなかったよ」

「でも、御生前に陛下と聖人様が御友人であられた事は、あまりこの国では知られておりません。もっと皆に……宣伝なさったらいかがでしょうか?」

「ああ、分かった。良い事を教えてくれたな」

 ガブリエルは、僕の目をじっと見た。

「本当に……少しはお役に立ちましたか?」

「ああ」

「でしたら……あのう」

「何だい?」

「医者に、そろそろ構わないと言われましたから……グスタフ様」


 彼女が僕の名を呼ぶときは、そういう事だ。三人とか四人とか子供が産まれたら、僕はまた男用の避妊薬を飲むつもりだった。だが……今は飲んでいないのだ。


「年子が出来ちゃったら、大変じゃないか? ガブリエルのお祖母様みたいに毎年のようにお産じゃあ、負担が大きすぎるだろう?」


 レイリア王室の女性たちは、先代の王妃たちをのぞけば皆多産だ。ガブリエルの祖母にあたる先々代の正妃は十五人の子を産んで、あちこちの王や大貴族と結婚させている。その前の正妃も十二人とか十三人とか生んでいるのだ。滅茶苦茶な国家運営でも虫の息で続いた背景には、こうした網の目のように張り巡らされた多国間の姻戚関係のおかげもある。


「私は、適う限り沢山の御子が欲しいのです」

 ガブリエルは多産は多幸なのだと信じているようだった。

「本気なら、僕はもちろん構わないが」

「だってお腹に御子がいる間は、お会いできない時間も一人ではないですもの。セバスティアンがお腹にいる間も、幾度も『父上が御留守でも頑張りましょうね』って語りかけていたのです。幾度も」

「トリアで一緒に、住むかい?」

「……黄金宮には……たくさんの方々との想い出がお有りでしょうし、今もお二方がおいででしょう?」

「うん」

「私は……弱いのです。そして我がままですから。最初の御約束通り、私はこの国で女王として暮らします。グスタフ様はきちんと御約束を守ってくださいますし、冬にはトリアにも伺えるのですから。マサエ殿とトシエ殿も……短い間なら、我慢してくださいますよね」

「あの二人の名前が出てくるとは思わなかったよ。そうだなあ。今の黄金宮の取り仕切りはあの二人の姉妹がやっているようなもんだし、落ち着かないか」

「いえ、そういう訳ではありませんが……お互いの気持に必要以上に波風が立たぬ方が良い、そう思うのです。その為にも最初の御約束を、ちゃんと守った方が良いのですわ。きっと」


 心の平和の為に距離を置く……僕の中のガブリエルに対する感情が育ったせいか、賢明だと思う一方で、どこか寂しいとも感じてしまう。


「ガブリエルはこの王宮の主で、レイリアの女王だ。だから、改めて約束しよう。レイリアでは僕はガブリエルだけの夫でいよう」

「嬉しい……」


 本当に嬉しかったのだろう。涙がぽろぽろとこぼれてくる。キスをして涙を拭いながら、昔セルマに随分残酷な事を言ったものだと、ふっと、思い返した。……マサエとトシエに直接会ったのか、姿を見た程度なのか知らないが、ガブリエルが一番気に病んでいるのは、僕が百歳になった時点の美保との事らしいと、ふと分かってしまった。


 程よい嫉妬はスパイスだが、何だかそんな風にはとても思えなかった。ただ、僕を本気で愛してくれるようになったらしいこの人を、これ以上悲しませたくない。そんな気持ちで一杯になったのだった。それなのに実際にしたことと言えば……


 抱きすくめた体が熱を持ちながら、甘い香りを放ち始める。


(以下自粛)



 愛情の結果か、肉欲の果てか、僕にも判然とはしなかったが……後から考えると、この夜の結果、ガブリエルが二人目を身籠ったのは確実なようだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ