僕と女王と国家の問題・3
言わば冬休みを終えたガブリエルを送りがてら、僕は備蓄していた小麦粉二千二百万ポルト、つまり地球で言う所の一万トン弱を、引き連れた武装商船に乗せてテージョの港に下ろした。
人気取りだと揶揄されるのを承知で、半量はテージョでの無料炊き出しに使い、半量は特殊部隊に持たせて、山岳地帯での食糧援助にあたらせる。例年レイリア王国の山岳地帯では、春先に大量の餓死者が出ることが分かっているからだ。すでに国境には山岳戦の専門部隊を偽装して配置してあるので、不測の事態が起きてもかなりの助けにはなると思われる。
特殊部隊の構成員は僅かに五百名程度だが、全員がレイリアの言葉を解し、心身ともに極めて健康で、高い射撃能力とこの世界での標準的な武具である剣・槍・弓、それに馬の扱いに優れ、基礎的な医療・気象・工学に関する知識と、法律・経済に関する常識を有するものばかりだ。全員が志願者で軍律違反を起こした事が無いのも大きな特徴だが、一番重視されるのは秘密の保持能力だ。
彼らには帝国で用意しうる最軽量で高機能のプロテクターとヘルメットを装着させ、スコープを取りつけられるライフルと短剣・ナイフ、そしてピストルを持たせている。全員が組手やボクシング・拳法などの心得が有り、万が一武器が使えなくても、生存し帝国軍に無事合流する事を最後まであきらめないよう心身の鍛錬を怠らない。
僕はこの部隊が、未開の土地での戦いに大きな威力を発揮すると考えている。
かつてなら神聖教会の坊主が荒くれ騎士を連れて布教を行いつつ、略奪や奴隷狩りを繰り返したような土地で、場合によっては現地の人間を指導しながら味方に加え、地元で手に入る武器類も活用しつつ、奴隷根絶のための作戦を展開して行くのは、彼らのような有望な若者で構成された部隊だろう。
ともかくも僕は暗黒大陸を、それなりに希望の持てる土地にする任務を背負わされたようだ。どうせやらないわけにも行かないのだろう。ならば、あの時空管理局の連中の予想を裏切る様な好成績を上げたいものだ。脱実験動物、脱使い走り……まあ、僕の意識としては、そんなところだ。
未来の連中に僕が良いように使われちゃっている事に変わりはないが、『最大多数の最大幸福』のための苦闘なのだから、やっぱり頑張ろうと思う。
帝国自慢のエリート部隊を送りだし、テージョでの炊き出しの手配を整えると、僕はガブリエルの住む王宮に向かう。そこにはすでに、テージョの奴隷商人全員が集められている。
やはり王宮内の大広間の雰囲気はピリピリしていた。これ見よがしの宝石類をくっつけたオヤジ連中は、帝国の感覚からすると時代遅れのダサいファッションだ。良い仕立てのシンプルな服を着ると言う感覚が、ゼロらしい。ビロードにレースに金糸銀糸の縫い取り……皆例外なく肥満しており、使い物にならないクッションか何かのように見えなくもない身なりだ。
で、その不細工なクッションどもが、僕を睨んでいる。
「黒人奴隷の輸出入も、一切お認めになりませんので」
「無論だ」
僕はテージョ奴隷商人組合に最後通告を言い渡した。
組合員の中に、貧しい帝国国民の婦女子を騙して拉致して輸出していた者がいて、その者は既に禁固刑に処し全財産は没収してある。被害者の女性らの救出も努力している最中だが、他国の後宮に納められてしまった場合は現実問題として奪還に苦慮している。
僕が帝国国民あるいはミズホ・ワッデン・アイリュ・テツココと言った友邦国の国民を奴隷として売り飛ばした者に厳しいのは、彼らも予想していたらしい。だが、黒人奴隷も一切認めないと言うのが彼らにとっては予想外であった様だ。
「なぜですか?」
「彼らも人だからだ。当然、先ずは拉致監禁した事に対する慰謝料を支払うべきだ。故郷に送り返すか、賃金を支払う使用人とするかすべきだが、無理な場合は帝国の入国管理官に申し出るように。これは一切の例外を認めないので、そのつもりで。申し渡した期限内にこれらの措置が適切に行われない場合は、強制的に全ての家財を没収し、お前たちをレイリア・帝国および友邦国から終生追放とする」
「ち、畜生!」
ナイフでいきなり切りかかった男に、僕は手刀を食らわせた。と同時に、護衛の者たちの剣が一斉に向けられた。床に伸びた肥満体を見ると、吐き気を催す。こいつはテージョの奴隷商人の中で、一番たくさん奴隷を抱えている男だ。
「すぐにこの者の家財を没収し、奴隷達に衣服を与え、全員城に連れてくるように。必ず医師を伴い、虐待により衰弱している者は、介護を出来るように手配を」
僕が静かな声で強烈に怒っているのを見た他の奴隷商人たちは、どうやら諦めがついたようだ。ため息をつきながら、一礼して退出しはじめる。
「あーあ、奴隷に医者、信じられん」
そうぼやいた者も、即座に厳重注意を言い渡した。
連れてこられた奴隷たちは、概ね健康状態は良好だったが、中には酷い虐待を受けた者もいる。手足が切断とか、骨が折れっぱなしとか、やけどのケロイドだらけとか……これらは、商品価値が無いとされた者たちだ。そして、全員体に焼き鏝を当てられている。
僕は金の笏を取り出してパワーを使った。彼らの言語を使えるようになるためだった。すると、各人の拉致監禁虐待の状況が僕の脳裏に次々鮮明に浮かび上がる。
「ううむ。酷い話だ」
暗黒大陸南部の黒人は、大半が小規模な部族社会で暮らしている。そうした共同体の有力者に白人が織物や金属製品・アクセサリー・酒類・銃などと交換するともちかけ、近隣の別の共同体の住民を拉致させる。こうして白人は効率良く奴隷を集められると言う訳だ。共同体の中で稀に王国の体裁をなしている物は、大半が白人の勢力の傀儡的存在で、奴隷貿易のための基地の役割を果たしている。そしてこれらの傀儡王はもれなく神聖教会に改宗している。神聖教会は、偏見と人種差別にお墨付きを与えている格好だ。
大陸北部の諸王国が東洋の大君主国に朝貢しているのと、似たような事情なわけだ。
拉致監禁、輸送、自殺防止など、相当な手間暇をかけてテージョに集められた奴隷は、殆どが高額商品だ。若く健康な者は概ね牛や馬五頭分前後の価値が有るとされる。平成の日本なら高級外車か中古のマンション程度の価値は有ると言えば分りやすいだろうか。複数の言葉が理解できるとか、容姿端麗とか言うように特別な条件が有ると、更に値段は跳ね上がる。
体を清潔にさせて衣類を与え、食事をさせてから、僕は順次大広間で面談する事にした。奴隷の話す言葉が理解できるのが僕一人なので、仕方がないのだ。奴隷だった連中には椅子で座るなり、用意した菓子・果物や茶を楽しむなりして気楽に待ってもらう。
「旦那なら奴隷にされても顔は良いし、姿形も立派だし、超高級品扱いで、東方の大君主の豪華な宮殿に売られる事請け合いです。そんなに色々な言葉がお出来になるんだし、白人奴隷の身分から解放されて、えらいお役人になるのも有りでしょうねえ」
僕が暗黒大陸中部のある部族の言葉を完璧に話すので、その事に驚いたらしい男が、僕の事をこんな変な風に褒めた。実際過去に大君主の宮廷には、白人の解放奴隷上がりの大宰相が居たそうな。そんな話をした男は、小さな王国の音楽師なのだと言う。
「各地から色々な部族の者が集められてますからねえ。私が聞き分けられるだけでも、五種類の言葉が奴隷部屋では行きかってました。でも、一人だけ、変な奴が居ましてねえ……あの、列の最後に立ってるがっしりした男ですが、どの言葉も自分の言葉じゃないそうで。一体どこの部族なんだって聞くと『ゆーえすえー』だって言うんでさ。そんな部族名は聞いた事有りませんや」
USA? だよな。僕が一瞬見つめると、その視線を受け止めて返された眼差しは、静かだが強い感じがした。歴戦の勇者って感じだ。筋肉の鍛え方が半端無い。軍人かな?
僕はその男の視線を意識しながら、次々面接を進めて行く。故郷に戻れば肉親に再会できる可能性が高いものは、希望により送り返すが、そうしたケースはまれで、大抵は目の前で家族を殺されて拉致されていた。
中でも自分の幼い二人の子供たちを別々に売り飛ばされ、拉致される際に抵抗した夫と舅を目の前で惨殺された女性の場合は悲惨だった。確かに美人だ。ハリウッドの女優でこんな顔の人が居たような気がする。どうやら彼女は「白・黒・黄色、すべての肌色の美女を後宮に集めたい」と言うとある砂漠の君主に売り渡される寸前だったらしい。その君主の宦官長の所に送られるための手筈は殆ど完了していたらしいのだ。
「でも、幼い息子と娘はミッケリに連れて行かれたようで、そこから先は……」
号泣する彼女に、僕らも最大限の手は尽くすと言う話をする。すると彼女はいきなり土下座を初めて、お願いいたします、お願いいたしますと幾度も繰り返すので、ちょっと参った。僕が手を取って彼女を立たせ、兎も角も宿舎の方に行ってもらった。
さて、最後はその謎の男だ。僕は一か八か英語で問いかけた。
「差支えなかったら、生年月日と名前、出身地を教えてください」
「1968年生まれ、ラルフ・ヤング、フロリダ州ジャクソンビル生まれ。当然ながらひいきチームはジャクソンビル・ジャガーズだよ」
「あー、ごめんなさい。NFLの有名なチームって事以外、僕には分かりません」
「フットボールに興味は無い?」
「ええ、前世が日本人なのでね。僕の肉体は今の物とまるで別物でしたよ」
「ええ? そうなのか? ミサワとイワクニにちょっとだけ居た事は有るが、日本女性と深く付き合うチャンスも無かったんで、日本語と日本文化に対する理解はさっぱりなんだ」
「基地に居たと言う事は、やっぱり軍人ですか」
「ああ。1993年からUSSOCOM所属だ」
「すみません、それはどんな部署ですか?」
「United States Special Operations COMmand だよ。知らないか?」
「日本では日本語に翻訳されて報道されるので……ああ、特殊作戦を行うエリート集団じゃないですか?」
アメリカ特殊作戦軍か! まさに今一番欲しいタイプの人材が来てくれたみたいだ。
ケニアに指導に出かけていた帰りに、ソマリア沖の海賊対策の現地調査に入るために飛ばしたヘリがロケット砲か何かで襲撃されて、その後の記憶が無く、気が付いたら裸で奴隷商人につかまっていたらしい。
「親に金が有ったら、シェイクスピアの研究をしたかった」けれど、諦めて軍隊に入り、奨学金を支給されてウェストポイントに入ったそうだ。それだって、ある種のトップエリートの経歴だ。アメリカの実業界なら、非常に高く評価してもらえるだろう。
「へええ、凄いなあ。貴方のような優秀な人材を待っていましたよ。それにしてもなぜ、NFLの話題を最初に僕に振ったんですか?」
「あんた、いやあ、陛下って言わなきゃいけないか。陛下の話を聞いていると、どうも近代化された国家で育った人間の良識って言うか道徳って言うか、そんなものが強く感じられてねえ。その英語を聞いて、てっきり二十世紀のアメリカ人かと思ったんだが……二十一世紀の日本人ねえ。しかも肉体は別物」
僕はバラク・オバマの登場について話し、このむかつく差別の根源を根絶やしにしたいんだと話すと、大いに喜んでくれた。
「向こうに彼女や奥さんは?」
「恋人は……別れた。軍人は嫌だって言われてね。その彼女に瓜二つの女性が、さっき話していたスフバという人だよ。檻に閉じ込められていた時に、色々話を聞いて怒りが込み上げて来たよ。本当にひでえ話だ」
僕はひょっとしてと思って金の笏に触らせてみた。すると……
「な、何なんだ?」
「語学能力が飛躍的に向上したんじゃないでしょうか? ためしに帝国の公用語で話してみてください」
「え? ああ。それにしてもそれは、何? 巨大なダイヤが付いている恐ろしく豪華な笏だねえ」
「あー、完璧ですね」
試したら、このルンドの主要国家の言葉は全て出来るようになったみたいだ。
「恐ろしいものだな。超高速学習マシンかい? しかもコンパクトに収納できるし」
「僕も良くわからないんですが、この世界で生まれ育った人間は触れると激痛を感じるようです」
「ふーん」
僕はラルフ・ヤングを早速帝国軍に迎えた。最初は難色を示した連中も、彼の並はずれた能力の高さを知って、納得してくれたようだ。
ラルフは帝国軍初代参謀総長として大いに活躍してくれるようになるのだが……彼にとっては、初恋の人にそっくりなスフバにプロポーズして、めでたく結婚した事の方が大事件らしかった。