僕と女王と国家の問題・2
年齢制限の関係で一部自粛です
「鉄道馬車、初めて見ましたけれど、沢山の人が街を行き来するのですね」
「ええ。今はああして馬が車を引いていますが、そのうち機械仕掛けで車を動かすように変わってゆくでしょう。もうかなり研究は進んでいますが、まだ、故障が多くて実用にまで至っていません」
「まあ、機械で動くのですか。その車が出来上がりましたら、私も乗ってみたいものです」
「無論、そうしますよ」
レイリア女王ガブリエル・デ・エストレラは生まれて初めて国外に出た。僕がテージョに置いておいた最新型の軍艦に乗って来ると言うルートを取ったが、当分はこれが一番安全確実な方法だろう。到着したその日のうちに、トリア見物に出たが、鉄道馬車とデパートは非常に気に入ったらしい。
「あの兵士は、何をしているのですか?」
交差点で交通整理を行っている様子を、非常に不思議そうに見ている。
「往来が混雑する場所ですと、ああやって交差点で行きかう人や車を整理する方が安全なのです」
手の上げ下げによって、車や人の停止と進行を指示しているのだと説明する。
「ずっとあのような行動をとっているのは辛いでしょう。食事などはどうなのですか?」
「一日八交代制を取っています。近所にあります詰所で、順に食事や仮眠・休憩を取りますし、交差点での勤務の後は休日です」
「すると、あの往来は必ず武装した兵士があの場所にいるのですね?」
「そうです。夜はかなり明るい街灯をつけます。だから夜中の犯罪も減りましたね」
「素晴らしいですわ」
僕らは年末の買い物に出た貴族の若い夫婦のようななりで、街を歩いた。
「評判の店で、新しいデザートはいかがですか?」
トリアの女性たちに人気が有ると聞くカフェに入ってみる。ロールケーキが名物なのだが、彼女は初めてであった様だ。うっとりした顔つきになり、最後のひとかけらまで残さず食べた。
「本当に、なんておいしいんでしょう!」
「店のオーナーにこの菓子の作り方を教えたのは、僕なんです」
「ま、そうなんですの? へい、あ、貴方にそんなご趣味がお有りとは」
陛下と言いかけたのを目で制すると、すぐ察した。そうした勘の良さも悪くないと思う。
「褒めて下さったから、図に乗って、夕食に手製のデザートをお出ししようかな」
「是非、是非、お願いいたします」
店を出て腕を差し出すと、体が自然に寄り添った。僕の見立てたコートが良く映える。こう言うふとした時の生き生きした表情がガブリエルの魅力だろうか。
「お贈りしたペンダント、つけて下さったんですね」
「ええ。何だかうれしくて、いつもつけていますの」
ダイヤとプラチナと真珠で作った雪の結晶型のデザインだ。レイリアでは山地以外では雪が降らないそうで、ガブリエルは本物の雪を見た事が無いと言った。
皇室の紋章をつけていない馬車で、黄金宮まで戻ると、父上がお住まいだった建物に案内する。僕は普段皇太子時代からの住いで暮らしている。準備に関してはキリャに頼んだ。もうとうの昔に五十を過ぎたし、大宰相の奥方として貴族社会でも尊敬を受ける立場に居る。チャスカゆずりの生真面目で手抜きをしない性格が、ちょっと逆に時々心配であったりするが、夫婦仲は円満で、子供らも無事に育った。僕が庶子である幼いユキヒコ・ヤスヒコの養育を任せたのも、キリャとヤガー君なら大丈夫と言う信頼からだ。
ユキヒコとヤスヒコはキリャをママ姉様と呼ぶ。確かに二人にとってキリャは異母姉なのだ。
「父上、お帰りなさいませ。本日は幼い弟たちも御挨拶に連れてまいりました」
「ああ、色々ありがとう。ガブリエルの供たちは、向こう側だな?」
「はい。お祖母様がお使いあそばした側に御案内しました」
「ガブリエル、紹介しよう。僕の三女で宰相を務めるヤガー君、じゃない、えっとマウレ子爵じゃない」
「ただ今はテパネカ侯爵ですわ。父上」
「つまり、そのテパネカ侯爵夫人キリャ・ケツァールだよ。五男で僕の弟ロルフの婿養子になったフリジア侯爵ヤチャイの同腹の姉だ。六男が先の皇后の産んだスコウホイ大公ネストルで、こっちが七男のユキヒコ、そしてこっちが八男のヤスヒコだよ。今はこの幼い二人は姉のキリャが養育している。二人とも、僕の奥さんに挨拶なさい」
「ママ姉様、あのう……」
「なんてお呼びすれば……」
ユキヒコ・ヤスヒコは何だか戸惑っている。キリャに小声で「レイリア王国の女王陛下でいらっしゃるのですから、ちゃんと御挨拶を」と促されて、やっと挨拶する。
「女王陛下、ユキヒコでございます」
「女王陛下、ヤスヒコでございます」
「ガブリエル・デ・エストレラです。キリャ殿、ユキヒコ殿、ヤスヒコ殿、よろしくお願いします」
「チビ達は、若い貴女をどう呼ぶか戸惑ったのだな」
「でも、女王陛下では……堅苦しいですね」
ガブリエルは他人行儀な感じが、嫌なようだ。
「では、お可愛らしいから、ガブリエルちゃま!」
ヤスヒコの発案に皆が同意した。
「ユキヒコ、ヤスヒコ、父上は奥さんと話が有るから、また夕食の時にでもな」
二人はきちんとした国家元首に対する礼をしてから、キリャに手を引かれて部屋を出た。
「幼いお二人の母上は?」
「ユキヒコの母とヤスヒコの母は仲の良い姉妹で、幼いころからずっと僕に仕えてくれています」
それ以上の説明は、求められなかった。後は夕食に来るメンバーについての質問と、服装についての質問がなされただけだ。
「向こうの部屋を案内しますよ。貴女の侍女たちも待っているだろうから」
その後は夕食まで、互いに分かれて休憩と言う形を取った。
僕は外交官や情報将校達から、気になっているテージョの奴隷商人たちの動向に関する報告を受けた。
暗黒大陸などと呼ばれているのは、地形と他の大陸との位置関係から見てアフリカ大陸に近い状態の土地だと思ってよさそうだが、内陸部に関してはレイリアの人間も全く調査していない。それに南極大陸の海域まではレイリアの帆船では到達不可能な様だ。レイリアの冒険的な商人たちの記録にも「ひどく荒れた寒い海域がある」と有るのみだ。それでも暗黒大陸、いやこのルンドのアフリカとも言うべき大陸の南端を確認して、インド洋に該当する海域への航路は細々とではあるが、確立している模様だ。
マダガスカルらしき大きな島と、インド亜大陸の南端部、インドネシアらしき島々、そして南方大陸と呼ばれている恐らくはオーストラリアに該当する大陸のインド洋側、その辺までしかレイリアには記録が無い。
レイリアの商船はそもそも東の豊かな島国ミズホを目指して航海したらしいのだが、彼らの言う南方大陸をまっすぐ北上した位置にミズホが存在するとは全く認識されていないようだ。
それでも、興味深い情報は様々あった。
暗黒大陸の北部は東洋の砂漠の大君主国に軍事・宗教の面で強い影響を受けており、大君主の臣下と言う形を取った小規模な王国がわかっているだけで二十ほど有るようだ。そうした国家は敵対勢力の人間を奴隷として文字通り「狩り」出荷して鉄砲をはじめ武器類を主に調達している。と言っても黒色火薬を使用する旧式の火縄銃ばかりだが。
帝国で標準装備している銃剣を装着したライフルは、厳しい情報管理を行っているので、今の所コピー商品は出回っていないようだ。それでも火縄銃に銃剣を取りつけた物は、諸外国でも見かけるようになった。
自動小銃も開発済みだが、国家機密扱いで、見合ったプロテクターなり防具なりが開発されないと表には出せないと考えている。機雷・地雷の類は、あえて研究させていない。代わりに非致死性兵器の研究を積極的に行っている。現時点で催涙ガス、嘔吐剤、ゴム弾、放水砲、麻酔銃、などなどかなりの品目が揃っているが、こういった物は発想自体理解されていないようでコピー商品は見ない。
「奴隷市場は奴隷の労働力としての経済性を重視するミッケリの顧客であるこの大陸の諸国と、異民族・異教徒はそもそも奴隷的存在だと考える砂漠地帯の強国のおかげで成り立っているわけだなあ」
「陛下がアイリュ・テツココ両国におけるミッケリ商人らの残虐行為を厳しく禁じられた結果、奴隷の産出地は暗黒大陸に集中するようになりました。もっとも、砂漠の大君主国では暗黒大陸の奴隷より、周辺国家からの貢納奴隷や捕虜が多いようです。連中は白人奴隷も大量に買いますがね」
「帝国では黒い肌の人間自体全然見かけないが、黒い肌の人間はやはりこの西の大陸では、奴隷と見なされているのだな」
「まれにミッケリ辺りでは解放奴隷も存在しますが、貧しくて奴隷と大差ない生活の者ばかりです。黒人の宰相や将軍もいると言う大君主国の方が、連中には暮らしやすい国かも知れませんな」
「ヤガー君を宰相とした事、チャスカを妃とした事で、帝国での新大陸の住民に対する偏見は大いに薄れたと思うが……同様に黒い肌の人間を重く用いれば、偏見は薄れるかな」
「……それは、そうかも知れませんが」
「君らもまさか、肌が黒い人間は劣等人種だなんて思ってるのか?」
「はあ、どこかでそう感じているかもしれません」
「何分、知性的な会話が出来る黒い肌の人間を見た記憶が無いので……」
黒い肌の賢者なり勇者なり、認識を改めさせる様な存在はいないものだろうか?
「テージョの奴隷商人たちは、女王陛下の傀儡化を画策し、帝国勢力の排除を狙う老臣どもの資金源でもあるようです。奴らを締め上げれば、女王陛下の御悩みの種も減るのは間違いありません」
「そのテージョの奴隷商人どもの上前をはねているのが、ミッケリの銀行家連中でして……」
「ミッケリの奴らは僕からしっかり色々ふんだくったから、僕の機嫌を損ねる事はしないだろう」
「陛下が世界一の大富豪であられるのは、連中も良く承知しておりましょう。それに陛下が開発をお命じになった様々な分野の新技術は、ミッケリごときでは生み出せぬものですから、テージョの奴隷商人どもがミッケリに泣きついても、大した援助は望めますまい」
「ほう、そうか。それならば遠慮なくガンガン締め上げてやろう」
夕食会には生存している僕の子供がほぼ全員そろった。ただ、ワッデンの摂政であり国王の父であるフレゼリク・レオポルドが体調を崩して寝込んだらしいのは、気がかりだった。
「あれも六十を超えたのだから、体を労わらないとな」
「明日からでも早速、ワッデンに向かう事に致します」
亮仁と碧子は、僕が新たな妻を迎えると言うので数年ぶりに来てくれたのだ。特に亮仁はフレゼリク・レオポルドと絵画と言う共通の趣味も有って気が合い、子供時分から仲が良く、大人になってからはマメに文通してきたようだ。碧子は亮仁と共に、ワッデンの窯業の発展に色々と力を貸している。ミズホの磁器の技法や絵付け・デザインの情報を系統づけてもたらしたし、腕の良い職人の招聘にも力を貸した。
「考えてみれば、この瀟洒なディナーセットもお前達三人のおかげで誕生したようなものだな」
近頃ワッデンは、この西の大陸における陶磁器の一大産地として認知されている。
「このお皿も、本当に愛らしい花の柄ですね」
ガブリエルは感じ入ったと言う雰囲気の声を出した。単なる社交辞令ではなく、本当に気に入ったらしい。
「もとはミズホのサクラという花だが、近頃はワッデンでも色々な場所に植えられて、皆に愛されるようになっている。その花をデザイン化したシリーズで、ワッデン王国御用窯の人気商品だ。皆が苦労して生み出した製品が世界中の王侯貴族の食卓を飾るようになって、僕としても感無量だな」
幼いユキヒコ・ヤスヒコの存在も有り、食事会は暖かく家庭的な雰囲気で終わった。
互いに寝る前に入浴を済ませて、寝間着に真っ白いガウンを着たガブリエルと暖炉の前で、また話し込んだ。ユキヒコ・ヤスヒコ以外の僕の子供たちがかなりの高齢者ぞろいであることは、事前に聞いてはいても、やはり驚いたようだ。
「陛下は……本当にずっとお若いままなのですね。でも、お子様方が皆優しくして下さったので、ほっとしました」
「あれらも、貴女のお人柄が好ましいと感じたようだ。予想はしていたが、それでも無事に顔合わせが済んで本当に良かったと思いましたよ」
「私が御子を産んでも、皆さんお許し下さいますよね」
「結婚したのですから、何の遠慮も無用です」
奴隷商人達をとっちめる話をしようかと思ったのだが、予定は変更になった。夫の僕は超高齢者だが、肉体的には若いままだし、紛れもなく僕ら二人は新婚なのだ。その妻が僕に体を摺り寄せ、息を弾ませ、目を潤ませている。僕を欲しがっているのだ。
「……待ち遠しゅうございました」
僕は瞳の奥を覗き込むようにして顔を寄せる。
「僕もですよ」
安堵したような小さなため息が漏れ、花びらを思わせる愛らしい唇に笑みが浮かんだ。次の瞬間、急に顔が赤くなり、まぶたが閉じられた。長いまつ毛が揺れている。
「は、はしたないと、お笑いにならないで」
「今から、はしたない事を山ほどしてあげます」
(以下削除)
先ほどまでの恥じらいと打って変わった妖しいまでに燃え上がるグレーの瞳は、僕をとことん本気にさせたのだった。
キリャとすべきところが、幾つか間違ってました。すみませんでしたー