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僕の即位・3

「本当は女侯爵にしたかったんだけどねえ……そのうちどうにかする」

「今のままで十分です」


 チャスカが本気でそう言っているのは、僕には分かっている。一応伯爵としての位と爵位はユリエと同格だが、ヤタガラスとかモナみたいな存在以外、人間ではちゃんとした後ろ盾と言える存在が宮中にいないのだから、色々心配と言えば心配だ。

 即位後、なし崩しというか、きっかけを失った感じでセルマとはすっかりご無沙汰だ。女子修道院に籠ってしまって、出てくるのは奉仕活動の時だけという感じ。


「ミゲルも一応陛下の御子ですから、よろしくお願いします」


 そんな言葉が有ったきりだ。考えてみれば僕の息子なのに、母親であるセルマの後にべったりで……気が付けば同じ年のフレゼリク・レオポルドは結婚したと言うのに、何とも子供っぽい。まあ、平成の日本で言えば中学二年生と言うような年頃だから個人差は仕方がないが、体の鍛え方が不足している感じなのが何ともいただけない。今まで僕が手をかけなかったのがいけなかったのだろうが、数年の内に何とかしたいものだ。


「新しい大陸に行ってみたいものですが……」

 線の細い見かけだが、案外男の子らしい事も考えているみたいで安心した。

「いくら何でも、もう少し体を鍛えなくてはな。それと、本当に新大陸に興味が有るならあちらの言葉も覚えなさい。近くテツココの王族を預かって学問をして貰う事になると思うので、お前に世話役を頼もうと思うのだが、どうする? いやならヨハンなりチャスカなりに頼むが」

「頑張ってやってみます。やらせてください。あのう……御相談には乗っていただけますよね、チャスカ様にも叔父上にも」

「ああ。そうだ、年のころが近いヤガー君が相談しやすいかな?」

「えっと、マウレ子爵ですか?」


 僕が即位してすぐ、ヤガー君はマウレ子爵、正三郎はタルカ伯爵に任じた。領地は新大陸の僕自身の直轄領から分ける格好になっており、少なくとも貴族社会で認知される身分には出来た。同時にイヴァルも侯爵にした。これで名実ともにかつての大宰相に相当するポジションと言う訳だ。


「ああ。今は大きな仕事が済んだばかりで、ちょっと落ち着いている所だから、いろいろ教えてもらうと良いよ。あちらの歴史や様々な文字の読み方も、ヤガー君なら良く知っているから。後は正三郎の話も良く聞いておきなさい。もっともあれは、いま忙しくてお前の師匠役は無理だろうが」


 爵位と称号を与えても、僕はヤガー君の呼び方をずっと変えていない。


「なぜ彼をお呼びになるときは『君』なのでしょう?」

 そうイヴァルに聞かれたが、あまり意識していなかった。

「息子の年頃なのに、ずいぶんと物知りで考え深くて、年下の頼りになる友人と言う感じだったからだろうかな。一度は奴隷の身に落とされたなんていう経験もしていたのに、挙措動作に高貴で優雅な雰囲気が漂っているからかな。僕が面倒な相談事をしても、いつも大いに参考になる有益な助言をくれるしね。それに、彼は物質的な欲望が薄い。それも彼の美徳だな」

「確かに彼は贈収賄に関しては、しっかり対処しているようです。モタ修道士の影響でしょうか?」

「そうだろう。僕は教会の坊主はあんまり信用しないが、モタ隊長だけは別だ」

「もうすぐテツココ大王の王女二名がおいでになりますが、世話役はいかがいたしましょうか?」

「言葉の問題も有るだろうからチャスカに任せれば良いだろうが、ヤガー君に助けてもらって……ミゲルにも仕事を割り振ろうと思う」

「ひょっとして、王女の内どちらかとの御縁組をお考えに?」

「亮太に……と思っていたんだが、奥さんにくっついてワッデンに行っちゃったからな」

「マーシャ殿は、ワッデン国王から叙爵されたようですなあ」

「亮太は、ヤキモキしてるかな?」

「ワッデン国王は『御友人』で、子爵は御夫君ですから……」

「亮太には難しい相手だろうが、惚れたんだから仕方ないよな」

「陛下、面白がっておられますか?」

「まあね」


 イヴァルは僕の事を、ちょっとばかり悪趣味だと思っているみたいだ。


 やってきた二人の王女は、真っ白い極上のアルパカの貫頭衣に真っ赤なビロードのマントを羽織っていた。ビロードは交易で王族たちが手に入れて、近頃盛んに使われるようになった素材の一つらしい。重たい金の装身具で動きにくそうだったが、黒い目は好奇心でキラキラ輝いている感じだった。

 帝国の言葉でつっかえつっかえ挨拶を述べ、荘重な礼をして僕の言葉を待つ二人に、僕はテツココの言葉で語りかけた。


「ワルパの王女で僕の子を二人生んだチャスカが、君たちの世話をすることになる。テパネカのヤガーと皇子の一人であるミゲルも君たちのために力になるだろう」


 レンカ王女とユカテコ王女は共に十歳だそうな。二人とも側室腹で、互いの生母は双子の姉妹だと言う。そのせいか、腹違いと言ってもまるで双子のように顔立ちが似ていた。チャスカがすっかり帝国の貴婦人らしく装い完璧な言葉を話すのを、素直にあこがれのまなざしを持って見つめている。


「ティクシ・イリャの御配慮、まことにありがとうございます」


 二人の王女が同時にハモッてテツココの言葉で礼を言った。微妙にレンカ王女の方が背が低く声が高いようだ。そうは言ってもユカテコ王女だって、明らかに身長百四十センチかそこらだから、ちっちゃくて可愛いもんだが。


 聞けば、二人の王女は自分から希望して帝国に遊学に来たものらしい。ヤガー君によると、最初テツココの大王は王子二人を選んで送ろうとしたが、海を越えるのを怖がる者ばかりで、希望したのはあの二人の王女だったのだと言う。


「王女は普通なら王宮からほとんど外には出られないですから、広い世の中を見てくる絶好の機会と受け止めたようです」

「海を怖がる王子たちと、やる気満々の王女二人か。テツココは王女に出来の良い婿を迎えた方が将来明るいかもしれないな。まあ、前例が無いらしいからそう言う訳には行かんのだろうが」

「王女たちが帝国の貴族なり皇族なりと結婚しますと、帝国の力はかの国に深く食い込む事になりますね」

「大王もそれぐらいは、最初から考えているだろう。いや、それを望んでいるのかな」

「諸国の横暴をはねのけるには、英明なる陛下との御縁を深くしておくに限ると考えたに相違ありません。ミッケリにしろレイリア・ベルガエ・キンブリ・タルソス・リーメスと言った列強にしろ、帝国以外の君主や貴族たちはテツココの言葉はおろか、国の事情も歴史も何も存じません。完璧にテツココの言葉を使いこなされ、あまたの知恵と力をお持ちの陛下におすがりしたいと思うのは、当然の事でしょう」


 こういう時のヤガー君は、イヴァル・ケニング並みに雄弁だ。

 レイリア・ベルガエ・キンブリ・タルソス・リーメスはそれぞれが一応独自の歴史を持つ王国だが、五大王国などと言っても各王室の起源が帝国の皇族の分家であるし、それぞれの国土面積はワッデンよりかなり狭く、帝国の十分の一かそこらの面積しか無いような国々だ。せいぜいスコウホイ公爵領の半分といった所か。ただ五大王国は気候は穏やかで、中には国土の大半がキンブリやタルソスのように穀倉地帯と言う国も有る。

 どの国も神聖教会の力が強い。通商ではミッケリとの結びつきが強く、五大王国の王侯貴族は大なり小なりミッケリの銀行家に資産を握られているのだ。


「まあ、僕が一番金回りも良いけどな」

「愚劣なものが富を握っても、馬鹿げた浪費に走るのが落ちでしょうが、陛下なら賢明に富を運用なさり、国の産業をお育てになるので、テツココにも資本を投下して産業を興して頂きたいという考えのようです」

「ヤガー君が、持ちかけたのかい? 何か有望な投資先でも見つけたか」

「正三郎殿からも御報告が有るでしょうが、埋蔵量の豊富な金山と銀山が見つかりました。他に銅山や亜鉛の鉱脈もございました」

「アイリュの新しく見つかった鉄鉱山と銀山も有るからなあ。どちらをどういった順番で開発するべきかなあ。鉱毒対策なども万全の体制を取らないと、後で大きな問題になるし。まずは専門家の意見を聞き、新たに調査隊を結成してテツココ側と協議の上、具体的な開発計画の素案を作る方向で話をまとめよう」


 僕はチャスカに命じて、二人の王女にスコウホイ領内のネードの鉄鉱山を見学させた。鉱山も奴隷の労働などでは無く、正当に賃金を払い、安全対策を十分に施し、鉱毒対策も行って運営できると言う事を実感させておきたかったのだ。


 チャスカの産んだ娘・キリャと息子のヤチャイは、皇后となったアンニカに預けさせた。アンニカの産んだネストルは、どうやらキリャとヤチャイが好きらしい。アン二カの穏やかで明るい性格は子供らにも良い影響を与えていると思う。子供ら三人とアンニカと僕は夕食を共にした。

 子等を寝かしつけた後は、僕とアンニカだけの時間となるわけだ。今はチャスカは旅に出ているわけだが、そうはでない時は、おおむねベッドを共にする回数は二人平等にしている。ただし、朝食は圧倒的に皇后であるアンニカと食べる場合が多いのだが……


「チャスカ殿は幾つもの言葉を完璧にお話しになるのですね。私など、どの言葉も挨拶程度で精一杯ですのに……アイリュとテツココでは随分言葉も違うと聞きますが、私の耳にはその違いもさっぱり判りません」

「キリャと一緒に勉強するか?」

「ああ、キリャちゃまったらお小さいのに、色々な国の言葉でかなりおしゃべりが出来るんですのね。この前テツココの王女様たちとお庭で楽しそうにしゃべっていましたし、その後はミズホから来た庭師とも楽しそうに話していました。凄いんですもの……」

「チャスカとキリャは金の笏に選ばれた者だから、特別なのだ」

「もしかして、触れても大丈夫なのですか?」

「ああ。そうだよ。金の笏を授けられた神域まで一緒に行ったしね」

「ヤタガラス様も大聖猊下も……金の笏に触れると痛みで転げられたなどと聞きますが……」

「試しに、触る? ひょっとしたら、大丈夫かもしれないよ」

「側にお持ちですの?」

「この指輪がね……ほら、こんな具合に」

「ええっ? 小さな指輪がこの笏に変じたのですか……なんて不思議な……まあ、大きなダイヤモンド」


 やっぱり巨大なダイヤが気になるらしい。アンニカの手は震えていたが、指先でちょっと触れた。別に悲鳴は上がらなかったが……


「あら? まあ、不思議」

「ん? 何か見えた?」

「モナ様が狼の姿で寝そべっていらして……野の花が咲き乱れた中でこの三人の子供らが走り回り、チャスカ殿と私が肩を並べて子らを見ている……そんな光景が見えました」

「ふーん。モナはアンニカもチャスカも気に入っているからな」

「私……チャスカ殿となら、仲良くなれそうです」

「そうか。それは結構だ」

「母親同士仲良くすると子供らが皆、幸せになる、そういうお告げのように思いました」

「アンニカが皇后で、本当に良かった」

「本当に、そう思って下さいます?」

「うん。三日に一回ぐらいはチャスカと朝食を取るかもしれないが、他は全部アンニカと一緒にするから、怒らないでいてくれるよね?」

「今まで、私、そのような事でおこった事など御座いませんのに……」

「ああ、ごめん。一応奥様にお許しを頂いておこうと思っただけだよ」

「今夜は……グスタフ様を独り占めさせていただきますけど」

「ふふふ」

「御存知のように……私は欲張りですから」

「というか、欲望に正直、と言うべきかな?」

「……そ、そうです」

「チョッと、恥ずかしいの?」

「でも、頑張りますわ」

「ほう、頑張っちゃうのか」


 まだ、ベッドサイドに立ったところなのに、アンニカはいきなりギュッと抱きついてきて僕のキスを求めるしぐさをした。僕が少し屈んでやると、情熱的に舌を自分から絡めてくる。


 夜は、まだまだ長いのだ。


(以下削除)

 

 悦びを究めた後の満足げな顔は、美味いものを腹いっぱい食った幼い子供のような無邪気さで、僕はしみじみアンニカが可愛いと思ったのだった。

 

年齢制限を逸脱したと思われる部分を2020年2月に一部削除しました

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