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僕の即位・2

 僕は即位する当事者だから忙しいのは当然として、ワッデンのサスキア王女との結婚の支度をはじめていたフレゼリク・レオポルドも大忙しだった。父上がお亡くなりになったが、結婚式は当初の予定がちょうど喪が明けてすぐの時期にあたるので、特に変更も無く粛々と準備は進んでいた。出来る限り前倒しで厄介な課題は手を付けたのだが、政治・外交での両国の擦り合わせはなかなかに厄介だった。


「国家規模でも歴史でも格式でも帝国の方が上だ、と言う居丈高な態度は取らないように。そんなことは内心あちらも認めているのだ。だが、今までワッデンはワッデンなりに独立を保ってきたのだから、その自尊心を傷つけないように最大限の配慮を必要とする」


 僕が出来の良い官僚を集めて、こう厳命しただけに、迂闊な事をボロッと言って、誇り高いワッデン人たちを怒らせることは無かったようだが、それでも言わば超大国である帝国がその皇太子を送り込むのだから、ワッデンには警戒する人間も色々といるわけだ。


 僕の即位式の翌日に行われた立太子の儀式には、当然ながらワッデン国王と未来の妻であるサスキア王女は身内扱いで列席してもらった。国王と世継の王女が同時に国を離れるのも稀な事なので、留守は帝国側からも兵を派遣してしっかり守らせる。その派兵要請自体、国王キルデリク十二世本人から出ているのだが、キルデリクは、その事実がワッデンの保守派の貴族に知られるのを恐れていたようだった。


「その、どうも連中は帝国との十五年戦争のころの事を基準に考えるようでして……陛下が御英明で不老不死でいらっしゃると噂される事も、連中にしてみれば警戒すべき材料になってしまうのです」


 自分としては平和裏にワッデンが連合王国の形から帝国に吸収されても一向に構わないと思うが、とも付け加えた。まあ、そう簡単にはいかないと思うが……


「あなたがそうお考えでも、ワッデンの貴族たちは承知しないでしょうし、あの戦役での記憶が完全には薄れていない以上、一般民衆の反発も強いでしょう」


 帝国側で『ワッデン戦役』と呼ぶ戦いは、ワッデン側では『十五年戦争』と呼ぶ。帝国側も相当な死者を出したが、十五年の長きにわたり国土が戦場となったワッデン側の状況はより深刻で悲惨であっただろう。

 あの大宰相が最初に名を上げたのは両者が膠着状態にある中で、華々しく戦闘で勝利し、帝国に有利な条件で戦闘を集結させるきっかけをもたらしたからなのだ。


 あの大宰相も『愚劣な長い闘い』と呼んだ戦争は、最初は漁民の縄張り争いから始まった。それから国境の河の水利権をめぐる繰り返されてきた争いが再び火を噴き、ワッデン人はいきなりの武装蜂起をして、帝国側のドランメン伯爵領になだれこんできたのだ。武装蜂起と言っても、手近な鎌やせいぜいが旧式の火縄銃に松明を持ってではあったが、かなりの人数がなだれこみ、ドランメン領の集落を襲った。すぐに伯爵の手勢がワッデン人を撃退し、半数以上を銃殺したのではあったが、それがさらに大きな戦いを引き起こしたのだ。


 ワッデンは土地がやせている。そして頑固で馬鹿正直で少々気が短い人間が多いようで、貧しいのは『帝国の奴らがずるい事をしているせい』と言った感じの漠然とした反感は、ずっと大昔から存在したようだ。


「ワッデンに新しい産業を興し、暮らしが豊かになれば、おのずと争いの種は減ると思うのですよ」

「御提案頂いた窯業は、本気で取り組む価値が有りそうです」

「陶石の大きな鉱脈が見つかりましたし、炭鉱はどうにか順調に運営できると聞いておりますが」

「ええ。黒い石のようなものが炭の代わりになるとは思いもよらなかったのですが、火力が強いのですね」

 ワッデン国内でも殆ど木の生えない地域では、石炭を使ってはいたようだが、貧しい人々の生活の知恵程度の扱いだった。ワッデン産の石炭は質も悪くない。

 帝国から技師を派遣して鉱山の安全対策にあたらせているが、少なくともキルデリク王自身はこちらの配慮を感謝してくれているようだ。


「真っ白い地に繊細な絵付けを施したミズホの磁器は、ワッデンでももてはやされておりますが、あれほどのものが出来るためには、時間もかかりましょうなあ」


 キルデリク王は白い美しい磁器に強いあこがれが有るようだ。今はミズホの磁器を研究しても、同水準の製品は全く作り出せずにいるらしい。ミズホの磁器にはワッデン人が見た事も聞いた事も無い花や鳥、景色の絵柄が多い。真似てみてもうまくいかないのも当然かもしれない。だがそのうち、ワッデン人の職人が技術を修得すれば、また事情も変わりそうだと僕は思う。


「そのうちワッデンの人らしい意匠・デザインも出来てくるのではないでしょうか?」


 僕と面談する前に、キルデリク王とサスキア王女は希望により帝国研究院を訪れたが、王はその時あの二十世紀のアメリカ人・マーシャ・レスコとたまたま話をして、強い印象を受けたらしい。


「ワッデンは痩せ地でしかも麦を作るには不向きな寒冷地が多いですが、新大陸の作物の中に、非常に有望なものが有ると言う事を教えてくれました。貴族ではないそうですが……学識のある女性ですね」

「第一子の亮太が彼女に夢中でして……彼女は異世界の大学で農業に関する学問を修めた人なのです」

「異世界、ですか」

「ええ。私が前世に生きていた世界です。マーシャの生まれた国は豊かな大国ですが、王も皇帝も貴族もいないのです。ですから平民でも、学問が有る者は多いのです」

「そうなのですか。あのように堂々と自分の意見を述べる女性は初めてでしたので……ですが、皇太子殿下の兄上がお付き合いなさっているのですね」

「別に亮太とは結婚の約束をしたわけじゃないですし、マーシャは自分の意志がはっきりした女性です。相手が王でも皇帝でも、正しいと思う事をまっすぐに言いますから、頭の固い貴族とは折り合いが悪いでしょうね」

「農業の事で、相談するぐらいはお許し頂けましょうか?」

「私が決める事では無いです。どうぞマーシャ本人にお尋ねください」

「それで……構いませんので?」

「マーシャの人生はマーシャ自身が決める、そういう国で生まれ育った人ですし、僕もそれが良いと思います」


 フレゼリク・レオポルドは久しぶりに仲の良い亮仁に会って、ミズホの絵や陶磁器・漆器などを贈られたようだ。ワッデンでの技術指導が必要なら、誰か陶工を紹介しようとも言って貰えたらしい。

 

 フレゼリク・レオポルドの結婚式は、せっかく遠方の身内も揃っている事でもあり、トリア大聖堂で簡素に行った。大体的な披露宴はワッデンに移ってから行う事になっている。それでもサスキアの純白のドレス姿にキルデリク王は目を潤ませていた。


「まだ、サスキアに……私が実父なのだと打ち明けられずにおります」

「それは、他の者には秘密のままでよろしいかと思いますが、王女にははっきりおっしゃるべきでしょう」


 サスキアを産んだ先王の正妃は、亡くなって久しい。事実を僕が知っているのに、本人が知らないのはやはりおかしいだろう。

「妃をお迎えになるおつもりは、ないのでしょうか?」

「はあ、寂しくないと言えば嘘になりますが、子供のころ継母に受けた仕打ちを考えますと……ためらうのです。サスキアが酷い目にあわされるのは嫌ですから」

 妃ではないが、身の回りの世話をする女官は二、三人居ると言う。庶子はコルネリアだけだそうだ。

「早く、サスキアが跡取りを産んでくれれば、それが一番です」 


 サスキアとフレゼリク・レオポルドは十日間を黄金宮で過ごし、キルデリク王についてワッデンに向かった。総勢千人を越える美々しい大行列は、通過する村々で歓呼の声で迎えられ、ワッデン領内に入るころには大変な騒ぎになったらしい。


 その一月後、マーシャ・レスコはワッデンに農業指導に行く決心を固めたようだった。マーシャのジャガイモ研究は、確かになかなかの優れものだった。どうやら幾度もキルデリク王と手紙のやり取りをしたらしい。亮太はあたふたしていた。


「結局、亮太はマーシャとどういう関係になりたいのだ?」

「友人で構わないと思っていましたが、やっぱり妻になってほしいです」

「その気持をマーシャに伝えたか?」

「……それが……」

「どうした」

「一度、その、夜を共に過ごしましたが、マーシャは翌日、丸で何も無かったかのように平静で……しかも、初めてでは無かったようですし……」

「初めでは無かったから、付き合うのを止めるのか」

「いえ、そんな風には思いませんが、でも、男女の事など……軽く考えているのかも知れません」


 僕はともかくはっきり口に出して、結婚したいならプロポーズしろと伝えた。

 それ以降は弾みがついたようで、ワッデンに向かうマーシャに亮太は同行する決意をしたようだった。

「なら、結婚した方が話が早いのかしら」

 マーシャはあっさりしたもので、結婚も白いドレスを着て役所に届けたらおしまい、だった。


 さすがにあんまりだと亮太の姉妹にあたるルイサと叔母にあたるナタリエが中心になって、帝国研究院のメンバーらが集う気楽なパーティーを開いた。気の張らない披露宴という訳だろう。


「私のお婆さんはアイルランドのど田舎の出身だったらしいのですが、ワッデンと言う国は、昔のアイルランドみたいなところのようで、親近感がわきました」

「じゃあ、ジャガイモも大いに威力を発揮するでしょうかね」

「そうだと良いんですけれど。トウモロコシや、キヌアなんかも導入してみます」

「ワッデン行きは、長くなるかな?」

「そうですねえ。でも、そのうち帝国に戻るでしょう。やっぱり一番情報が集まるようですから」

「そのうち、この世界のカリフォルニアに行ってみますか?」

「ああ……行ってみたいです」

「貴女のお帰りを待っていますよ。帝国でもいろいろと手腕を発揮できる場所は有りますから。そうだなグレープ・フルーツとアボカドの導入なんか、頑張って欲しいかも」


 僕はイーグルスの『ホテルカリフォルニア』をリュートをかき鳴らして、歌った。無論英語で。


「まあ、なんだか幻想的で素敵な歌ですね」


 マーシャはイーグルスのデビューの前に向こうの世界からルンドにワープしたのだから、この名曲も知らない訳だ。


「グラミー賞を取った、世界的な大ヒット曲ですよ。歌ったのは1970年に結成されたイーグルスと言うロスで結成されたグループです」

「あーあ、陛下が御存知で私も歌えるヒット曲って無いのかしら」

「僕はそのころのアメリカのロックとかポップスは疎くて、プレスリーの『ラブミーテンダー』ぐらいかな」

「あ、そうだ。ビートルズは? 日本でも大人気だったって聞いた記憶が有ります」

「そうだなあ、初期のものだと……デビュー曲かな? 『ラヴ・ミー・ドゥ』ぐらいしか分かんないです」

「じゃあー、二曲続けて行っちゃいましょー」

 マーシャはアルコールが入ると少々にぎやかになるようだ。


「あー、待って、亮太を呼びましょう」


 僕は意味が分からなくても覚えろと言って、亮太にちょっと強引に『ラブミーテンダー』と『ラヴ・ミー・ドゥ』を口移しで覚えさせた。そして凡その意味を伝えた。


「マーシャの世界というか、僕が井沢亮太として生きていた世界で極めて名高い恋の歌だ。しっかり覚えろよ」

 僕が背中を叩くと、亮太は必死になって覚えた。


「まあ、凄い、リョウタ、カッコいいわ!」


 ほろ酔い加減のマーシャに褒められて、亮太はまんざらでもなさそうだった。 

暑さでグルグルした変な文を書いたようです。誤字脱字の御指摘、お待ちしています

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