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僕の即位・1

 父上の死は、覚悟していたが予想以上に大きな喪失感をもたらした。実務的には摂政になってすぐから大半の皇帝の仕事は代行していたから、特に目新しい変化も無い。だが、私人としての父上の一生の後始末は……予想していたよりも大仕事になりそうだった。父上は僕に任せるとはおっしゃったが、僕の庶出の兄弟姉妹の処遇は頭の痛い問題だった。古い事情を知ったメイドは大半が亡くなっていたし、かつての愛人本人を突き止めても現在の夫やら家族やらの感情に配慮して、父上とのかかわりを秘密にして欲しいと願う場合も有った。


 一年の喪が明けると、僕の戴冠式を執り行う事になった。僕としては省略でも良い位だが、どうもそうはいかないみたいだった。


「即位式は派手にやる必要は無い。父上の喪が明けたばかりだし、簡素に頼む」


 その僕の希望は完全に無視されて、歴代で最多の招待客、最大の祝宴、最長のパレードという結果になる公算が大きい。ちなみに父上に正式に後継者としての御指名を頂いて久しいので何の混乱も無く、お亡くなりになった直後から法的には僕は既に皇帝になってしまっている。


「陛下は摂政であられた頃から、諸外国でも知らぬ者の無い方ですし、そのお名前はミズホやその周辺の東洋の国々、更には新大陸の国々にまで轟いており、御即位を寿ぎたいと願う者の使いが引きも切らないのです」

「ああ、まあ、祭り気分で戦争をやる気分が吹っ飛び、経済が活性化し、他国との外交が順調に運ぶなら、これも必要経費、必要な手間って事で、あきらめるよ」

「陛下……」

 イヴァルは僕の白けた気分に共感できないらしい。

「トリア大司教に冠を被せられるなんて……気に入らんな。大昔みたいに自分で被るか」

 神聖教会の教えが導入される以前は、そうした形式であったはずだ。


「開祖様のなさったようにですか……」


 イヴァルは戴冠式の式次第について、緊急に御前会議を開かせて欲しいと言った。


「大司教ごときが陛下に冠を被せるなど、確かに不快です」

「開祖様以来の不老不死の特別なお方ですから、開祖様の先例を踏襲なされば宜しいかと」


 イヴァルはつい先ごろ即位した神聖教会のニコロ・ネスタ大聖からの親書を披露した。内容は僕が贈ったアイリュ産巨大エメラルド・ミズホ産超大粒真珠十個その他の贈り物に対する礼と、僕の即位式に冠を授ける役は自分がやりたいと言う事だった。僕はネスタの戴冠式には型どおりに大使を遣わしただけだ。


「ニコロ・ネスタは若いですなあ。やり手のようですし、長く教会の頂点に居座る可能性は高いと思われますから、余りすげない返事をするのも……いかがなものでしょう。申し出を受けても宜しいのでは?」


 御前会議のメンバーの大半は、そうした意見らしい。


「僕は、嫌だな。別に教会のおかげでこの国が有るわけでも、僕が帝位につくわけでもない。そうだ、御前会議の中から一人、帝国研究院から一人誰か選び出して、二人がかりで冠を被せるとか。どうだ? あるいは一般国民の希望者からくじ引きで二名選んで被せてもらうってのは?」


 僕としては良い考えだと思うのだが、御前会議の皆は同意しなかった。ニコロ・ネスタの申し出を断るなら、開祖のやったようにするべきだと言うのが大勢だった。


「大聖の申し出は断るには魅力的でありすぎますけどなあ」


 イヴァルはニコロ・ネスタの申し出を断るのは、やはり気が進まないようだ。


「僕がその申し出を引き受けたら諸国の戴冠式の典礼に影響が出るだろう。折角落ち目の教会の権威をわざわざ引き上げるのに協力する気は無いね。僕自身は全然教会に礼拝などに行かないし、新大陸やミズホの事を考えると、教会が悪魔とか異端とか呼ぶ存在とも良好な関係を保つ必要が有る。昨今の帝国の繁盛は、こうした教会とは無縁な国々との関わりによる部分が大きいし、これからそうした国々との付き合いはより一層大きくなると僕は考えている」


 すると、反教会的な気分の強い長老たちから、こんな意見が出た。


「なるほど。ヤタガラス殿やモナ様は、確かに教会の教義になじまない方々ですなあ」

「新大陸の国々の者たちは、陛下御自身こそが真の神の代理人であると見ているそうですからな」

「宰相が魅力的だと言う意味合いはわかりますが、陛下は教会の力が及ばない場所においても大きなお力をお持ちなのですから、宗教色は排除した方が長い目でみて賢いのかもしれません」


 教会派とみられていた連中も身内に帝国研究院や新大陸での活動に関わるようになった者が居り、更にはニコロ・ネスタ新大聖は帝国の出身では無いので「親書による申し出などどうでも良い」と言う白けた感じが漂っていた。


「そういう事だよ、イヴァル。開祖様にならって、僕が自分で冠を被ろう」


 儀式は煩雑だったが、即位式にあわせてミズホの亮仁と碧子が、それぞれの配偶者と共に里帰りして参加したのは、うれしかった。ユリエもセルマも当日は顔を出してくれたし、息子・ヤチャイを産んだチャスカは側妃に準ずる扱いで出席できた。二人目の嫡出子となるネストルを無事出産したアンニカは、僕の戴冠式にあわせて正式に立后した。


 アイリュとテツココもそれぞれ祝いの使節を送ってきた。モタ隊長はグスタフ港から、手紙と貴重な植物の押し花類五千点余りを送ってきた。現在は学校の設立のために頑張っているらしい。


 テツココの正使は王族だったが、副使はイシュカレだった。アイリュも正使は皇族だったが副使は顔なじみのトルチャだった。僕は特に時間を設けて、遠来の賓客を自分でもてなした。両国とも我がテオレル帝国との関係を強調して、ミッケリや神聖教会の影響が強い諸国の人間の横暴を押さえているようだ。


「テツココのグスタフ港と、アイリュのフレゼリク港は共に、大変活気が有ります」


 幾度も帝国と故郷との行き来を重ねたヤガー君が言えば、ミズホ・新大陸・帝国のスムーズな通商関係のために働いている正三郎も「どちらの港も国際貿易港としての機能が整ってきましたので、将来が楽しみです」と報告した。


 ミズホ式の美麗な行列と衣装も話題になったようだが、金と翡翠・エメラルド・アメジストでズッシリ重そうな装身具を纏ったテツココとアイリュの使節たちの装束も大いに話題になった。テツココが献上した巨大な黄金製の円盤型カレンダーとアイリュが献上した黄金で飾り立てた真っ白い十頭のリャマは、トリアの人々を驚かせた。

 おかげでニコロ・ネスタ猊下の『御訪問』が霞んだほどだ。


「あれが『氷の美貌』ですが、兄上を見慣れてしまっている所為か、特に何とも思いません」


 異母弟コリング伯爵マウリがわざわざそんな事を言いに来たのは、自分は一般に言われているほど教会寄りでもミッケリ寄りでも無いと言いたかったからのようだ。亡くなった母親・グラーン侯爵夫人の影に隠れて地味な印象だったが、父上も僕の母上も亡くなってしまった今、これまでとは色々と違ってくるかも知れない。


 ニコロ・ネスタとは本人の希望で、僕と二人きりの面談の時間を持った。そばで見ると小柄な男だった。大柄だった先のネス大聖とは対照的だ。見た目以外も色々と違うようだが、とりあえず僕とは正面切って対立する気は無いのだろう。


「モタ修道士の新しき地における様々の活動は、皇帝陛下のお導きが無ければ到底なしえなかったと聞いております。あまたの人に知恵の光・文明の恩恵を施すことは、真の神のおぼしめしに適う聖なる責務でしょう」

「これまで異端とされて来た者も、お認めになると言う訳で?」

「神が存在を許しておいでの物を、狭き見方・浅き知恵で異端として何でも排除するのは止めた方が良いのではないかと個人的には、考えております」

 僕よりも八歳だか年下の少年めいた美貌ながら、目つきは鋭い。

「個人的に……ですか」

「まあ、立場として公的には言及しがたい事情もございますので、御賢察のほどをお願いいたします」

 それにしても、僕が贈ったウズラの卵より大きいエメラルドと親指の頭ほどの大粒真珠を全部ひとまとめに首飾りにして、懸けてきているのは、どう解釈したらよいのだろう?

「お贈りした宝石類はお気に召しましたか」

「はい。実に魅力的なのですぐにこのように細工させ、いつも首からかけております」

 もっと欲しい、そういう催促らしい。貴金属宝石類が大好きとは聞いていたが、財宝として欲しいと言うより、美しいから心地良いと言った意味合いらしい。巨大な黄金のカレンダーが気に入ったらしいが、あれは僕のための言葉が刻まれているので、このチビ猊下にやるわけにも行かない。

「不思議な黄金の笏を手に入れられたと言う噂が耳に入りましたが、どの様な品なのですか?」

 僕は目の前で指輪からノーマルサイズに戻して見せた。もっとも、そんな風にサイズと形状を瞬間的に変えたなんて思いもよらなかった様だが。

「その笏が認めた人間以外が触れると、激痛が走るのです。見た目はなかなかに綺麗なものですけどね」

「本当に……見事なものですね。何と大きなダイヤ、美しい……ギャッ!」

 僕は思わず抱きかかえた。

「大丈夫ですか?」

「……ああ、驚きました。いきなり激しい痛みと……」

「痛みと?」

「ああ、いえ、宜しいのです……」


 僕は手近な長椅子に腰掛けさせた。すると僕に体重を預けてしな垂れかかっている。しかも妙にハアハアしやがって。おいおい。まじかよ。ぴったりくっついちゃって。僕を……同性愛の世界に引きずり込めると踏んだようだが、とんでもない話だ。どうやら、彼はその方面では幾多の実績を上げた経験が有りそうだった。物騒極まりない。


「誰か、医者をお呼びするように。猊下はお疲れの御様子だから、宿舎に早く御案内してお休みいただけ」


 小さな舌打ちは聞かなかった事にした。兎も角も僕は『朴念仁』のふりを通すことにする。ヨハンに以前、僕はニコロ・ネスタの好みのタイプだと聞かされていたから、用心もしていたのだ。


 後日、ヨハンと酒を飲んでニコロ・ネスタの話をすると、思いがけない事を言われた。

「兄上の贈ったエメラルドと真珠の『宝石言葉』を勝手に深読みされたのかも知れないですね」

「宝石言葉? 花言葉のようなものか」

「ええ。たとえばエメラルドには『新たな始まり』、真珠には『愛』などと言う具合に言葉が割り当てられているようです。新たな愛が始まるとかなんとか、ニコロが敢て曲解したとか、有り得そうですがね」

 ヨハンの見解では『お贈りした宝石類はお気に召しましたか』なんて僕の言葉は、微妙なゴーサインと受け止められた可能性もあると言うのだ。

「いやあ、考え物だな、男に宝石を贈るのは」

「まあ、ニコロの気持も分からんでもないですが」

「分かるのか?」

「胸糞悪いオヤジは嫌だけど、兄上ならって、僕も思った事も無きにしも非ずですよ。あ、そんな気味悪そうな顔して見ないで下さいよ。何気に傷つくなあ」

「ちゃんとした嫁だっているじゃないか」

「男女どちらでも、と言う人種は居るんですよ確かに。僕もそうかな。ネスのおかげですがね」

「おいおい、何か、男の愛人とか恋人とかいる……ってわけじゃないよナ?」

「僕が魅力を感じる人は、皆、その気のまるで無い人ばっかりですからね。そんな話すると気味悪がられますから、出来ませんよ」

「ふうむ……」

「まあ、大聖の顔はつぶさないように気を配ってお帰りいただいたんですから、良いでしょう。愛人と言えばですね……」

「どうした」

「ラウル・ヤイレですが……どうも、よそに子供が出来たみたいですよ」

「ルイサは気が付いているのか?」

「知らないみたいです。どうしたもんでしょうね。夫婦の問題ですが、でも、兄上の御身内ですから、お知らせはしておくべきかと思いまして」


 話を聞いて、早速ラウル・ヤイレが子供を儲けた女性について調べさせた。そして、ラウル・ヤイレ本人を呼んで事情を聞く。

「娘が生まれたようだな」

「はい」

「ルイサには知らせるのか、内緒にするのか」

「知らせるつもりは、有りません。娘を引き取ることは無いでしょうし。それなりの情は有って付き合った相手ですが……済まない事になったと思っています」


 ラウル・ヤイレから見れば母方の従姉妹にあたるらしい。ユリエとナタリエは師匠の正妻の子だが、ミズホの方にいた愛人と言うか妾というかが生んだ妹が居たらしい。ラウル・ヤイレの相手シズエは、その娘なのだ。

「ユリエの姪だな。相談したか、ユリエに」

「まだです……でも、祖父が面倒を見てくれましたから、事情は伝わっているかも知れません」

「ふううむ。家康師匠にしてみれば、そのシズエと言う女性もお前も孫なのだな」


 家康師匠の所で僕も密かに参加して話し合い、シズエは生まれたタマエという娘を連れてミズホにいるユリエの下に身を寄せることになった。シズエはやはりどことなく、若いころのユリエに似ているし、若いが未亡人なのだそうだ。僕は色々身に覚えが有りすぎて、とてもじゃないがラウル・ヤイレを責められなかった。


 だが、そのタマエと僕自身のかかわりについては、全くこの時は考えもしなかった。

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