僕の微妙な感情・2
新婚初夜、です。
一部削除、改稿しました
大聖堂での儀式とパレード終了後、すぐにそのまま父上の枕元に伺った。スコウホイ公爵夫妻も一緒だ。
父上はお休みだったようだが、僕らの気配で目を覚まされたらしい。
「ああ、ひとまず良かった。早く孫をこしらえろ」
僕の顔を見るなり、こうだ。
「はあ……」
「たとえ……明日……葬式でも何でも……構わん。早くしろ」
「はい」
何だろう。返事をした後で、めちゃくちゃ恥ずかしくなった。帝国では近隣のどっかの国みたいな、公開初夜なんてイベントは無いが、僕の感覚では殆どそれに近いものがある。事後のシーツの確認の儀式は祖父のころまで健在だったようだし。父上と母上の時だって、公開じゃないが、女官どもが検分したらしいから……
「万事、典礼を遵守し、皆でつつがなく事が運びますようにお仕えするもの一同、精一杯あい務めますので、どうぞ陛下はお休み下さい」
イヴァル・ケニングが良い具合に話を振ってくれて、僕らは皆御前を下がった。別室で僕とアンニカとクヌートとウルリカの四人はコーヒーを飲んだ。アンニカが住む事になる建物の、最終チェックがまもなく終了らしい。
「チャスカ殿との面会は、どうすべきでしょう? モナ様がサルテンの私の所においで下さった時に伺ったお話では、万事殿下にお任せせよとの事でしたが。大層魂の美しい方だと伺いましたし、ヨハンはかの地の古い王国の王女である方だと申しておりました。御子もおいでですし、礼を尽くして応対するよう、アンニカに仕える者たちには言い含めて有るのですが……」
ウルリカは率直だ。元からそうだったのだろうが、クヌートと言う馬鹿正直な男と結婚して、余計にその傾向が強まったのだろう。クヌートの方は慌てていた。僕の気を悪くするのでは無いかと、心配になったのだろう。初夜が済んでもいない内から、娘の配偶者の異性関係に対する質問なわけだから、普通に考えれば微妙すぎる。
「ヨハンの邸で会うのが良いのかも知れないなあ。あの邸に幼い二人の皇子と大酋長や大神官の息子が滞在している。四人とも帝国で学問を修め、いずれは国に戻って政に携わる者たちだ。国の言葉で話が出来る方が、何かと良いのではないかと思ってね。ヨハンには世話になりっぱなしだが、チャスカの面倒も頼んだ。どうやら二人目が出来たみたいだし。ヨハンの邸には一緒に探検した仲間も良く来るからねえ、何かと好都合だろうと思ったのさ」
二人目が出来た発言に、新婦の両親としては複雑な気分なんだろうが、あえて気がつかないふりを通す。
「なるほど、ヨハンは探検隊の皆さんと心安い仲だと聞いております。ならば……」
「ならばスコーネ侯爵に万事伺えば間違いない、そう言う事ですな」
クヌートはちょっと強引に、ウルリカの振った話を終了した格好にした。終了したかったのだろう。娘の気持ちが心配だったからだろうと思う。ヨハンは亡父の爵位と領土を継いだから、今は若いスコーネ侯爵だ。名前ではなく称号で呼んだのは、僕やヨハンを信頼できる人間だとは思っているが、父親の自分ほどアンニカの事を案じてはいないだろうと言う、軽い不信の念の表明とも受け取れた。あるいはほっておけば微妙な話を長々と振りそうな妻に対する不快感かも知れなかった。
「ああ、そうだね」
「アンニカが住む御殿は大層見事な庭が有るんですな」
クヌートとウルリカは事前に建物を見ているらしい。
「僕から見て曾祖母にあたる方が、大層気に入っておられた場所だよ。僕の母上があそこに住みたがったが、どう言う訳か父上が承知なさらなかった」
「それは、またどうした御事情で?」
クヌートに不思議そうに尋ねられるまで、考えたことも無かった疑問だった。
「僕も知らないんだ。何か特別な思い出の場所なのかもしれないな」
そう言えば、父上はなぜあの建物に誰かが立ち入る事を嫌っておられたのか、そしてなぜ、アンニカの住まいとするように命じられたのか、僕は理由を知らない。伺っておいた方が良いだろうか……
僕が考え込んでしまった所為もあって、会話は全く弾まなかった。弾む必要も無いと言えば無いが。
四人ともコーヒーを飲み終わり、ただ静かに座っていた所に、支度が整ったと伝える知らせが入った。新婦の両親はここでお別れとなる。
「どうか殿下、この子を……よろしくお願い致します」
深々と礼をして退出する二人の後ろ姿は、なんだか一回り小さくなったように見えた。
僕はアンニカの手を取って、一緒に支度の出来上がった住まいに向かう。すぐに新婦の方は着替えのために奥に引っ込んだ。長いトレーンを引いた純白のドレスは良く似合っていたが、重いし、食事には不向きだ。賓客たちは大宴会の最中のはずだが、僕らは今夜は二人きりで食事となる。従来のしきたりでは新郎新婦も大宴会に三日三晩参加だったのだが、僕がアネッテと結婚する際にそのしきたりを止めてしまったのだ。何しろアネッテは体も弱かったから。
アンニカが実家から連れてきたのは、乳母と小間使い、料理人、護衛他、三十名ほど。どうやら生前の大宰相に仕えていた者も数名いる模様だ。ヨハンが「量より質」でウルリカが中心になって選んだ面々だと言っていたが、期待できるかもしれない。
隣国の王女と言う身分以外なんの後ろ盾も無かった先の正妃アネッテとは違い、アンニカは頼りがいのある親類縁者に恵まれている。僕としても一から世話を焼かなくても大丈夫だと思える安心感は有る。ただ、下手をすると父上と母上のようなよそよそしい関係になりかねない危うさも含んでいるが……
料理は僕の好みを良く調査し反映していた。スープの塩加減も、肉の焼き加減も、魚のスモーク加減も、マリネも、サラダ類の味付けも、デザートも酒も僕の好みのものばかりだ。アンニカは好き嫌いしないで、何でも美味しそうに食べる。最後のデザートの一匙まで、綺麗に平らげた。若い健康な食欲を感じて、微笑ましかった。
「久しぶりに、懐かしい味を堪能させてもらった。料理長に礼を言いたいな」
やってきた黒目黒髪の料理長は、どことなく見覚えが有った。なんとアネッテに仕えていたが、ユリエの紹介でスコウホイ公爵家に移ったという経歴の持ち主らしい。見た目で分かるようにミズホの血を濃く受け継いでいるので、ミズホ風の料理も得意だと言う。
どうやらここの使用人は、アネッテやユリエと縁の有る者が多いようで、アンニカ自身がどう感じているのか気になってくる。
「お風呂の御用意が整いました」
これまたどことなく見覚えのある老女だと思ったら、ユリエが亮太を産んだ頃に補佐役を務めていた者だった。縁あってスコウホイの男と所帯を持ったが、死に別れ、子も無いのでつてを頼ってスコウホイ公爵家に入ったらしい。
風呂の入り口に老女二名が控えていて「お流しいたしましょうか」と聞かれたが、断った。風呂は婚儀にあわせて、最新式に改装したものらしい。僕が出て寝室で待つ間に、アンニカも入り婆さんたちに磨き上げられていたみたいだ。
ベッドで先に横になったのだが、うっかり寝込んだらしい。それだけ寝心地の良いベッドだったわけだが、長旅の疲れが取れない内の儀式だったので不覚を取ったようだ。
「ごめん、アンニカ」
返事は無かった。プラチナブロンドの髪はゆるく三つ編みされて、白いリボンでまとめてある。穏やかな呼吸はアンニカが完全に眠っている事を示していた。僕は小さな手をそっと握って、アンニカの思念を探った。眠っている時の方が本人の嘘偽りない感情を読み取りやすかったりするものだ。
何だ、これは? 二十代になってからの僕とセルマか? 僕がセルマに何事かかき口説き、かなり粘っこいキスの応酬の後、下着を探り当て……結構激しくヤッている? なんで?
(以下削除)
どうやらこの時アンニカは、生い茂る生垣の影に隠れていて、僕とセルマの思わぬ場面に出くわしたようだ。僕はどうも記憶に無いが……恐らくはユリエとの関係が間遠になっていた頃だろう。僕は殺気さえ感じられなければ、鹿とかキツネとか何か獣が居るんだろうぐらいにしか感じていなかったのだろう。まさか……アンニカに見られていたとは、思いもよらなかった。
幼いころのアンニカは父親か母親、どちらかの供をして黄金宮に来る事もしばしばだった。僕に会う時も有ったし、母上や大宰相に会うのが目的の事も有ったみたいだ。
当然ながら一時期養母であったアネッテの記憶は、余りに幼かったためにアンニカ本人には殆ど無いらしい。そのくせ、僕は強く意識されていたみたいだ。いきなりシーンが切り替わる。
僕が四歳ぐらいのアンニカを抱っこして庭を歩いているのだ。アンニカは、当時一番気に入っていたフリルで一杯の真っ白いドレスを着ている。僕は摂政の執務服姿だ。アンニカが余りに可愛いので、僕が褒めると、抱っこをせがまれたのだ。
「おとうさま」
「僕はお父様じゃない。アンニカのお父様はスコウホイ公爵だ」
「おとうさまとよんでは、いけませんか?」
「いけない。あんなに良いお父様がいるのだからね」
「では、おにいさま」
「アンニカはアンニカのお父様とお母様の最初の子だから、それも違う」
「では……でんか」
「そうだね。それが正しい」
「お名前は、呼んではいけないのですか?」
「そうだなあ……アンニカが僕の奥さんになれば構わないけれど、それまではダメ」
僕はアンニカの可愛いほっぺにキスをしたみたいだ。
「わたしがおおきくなったら、おくさんにしていただけますか?」
「ああ。人にやさしくて、親切で、いっぱいお勉強をすれば考えてあげよう」
「はい。がんばります」
あれ? こんな事を言ったのかな? 言ったのかも知れない。恐らく当時は軽い気持だったはずだが。
「アンニカは、僕の奥さんになりたかったのかい?」
僕が呟くと、朝焼けの光の中でアンニカの綺麗な紫の瞳がぱっちりと開いた。
「ええ、そうです……あ……おはようございます」
半ば寝ぼけていたのだろう。最後の方は気恥ずかしそうな声だった。
「おはよう」
僕は腰を引き寄せながら、寝間着の前をはだけさせ、乳房を探り当てた。
「これから、名実ともに、僕の奥さんになってもらおうと思うんだが、構わない?」
「……はい」
アンニカは幾度もこんなシーンを思い浮かべていたらしい。僕もそんな相手は初めてなので、興味深い。物を食べる時も舌と舌を絡ませるにはどうすれば良いのか、などと妄想する事も有る子のようだ。面白い。
(以下削除)
「とってもお利口なのに、物凄く感じやすい体をしているんだねえ。フフフ」
「お願いです。おっしゃらないで」
「二人だけの秘密なら、良いだろう?」
「本当に、秘密にして下さいますか?」
「無論さ」
体が二十代前半の状態なだけに、回復はすぐで、起床時刻を告げる女官が来るまでに三回戦まで及んだのは我ながら呆れた。アンニカの脳裏に浮かぶ刺激的な情景に、僕がシンクロしたような気もする。
当然ながら、女官どものシーツの点検は無事クリアした。
「ねえ。いつからあそこを悪戯するようになったの、教えて」
朝食後、僕は耳にキスをしながら尋ねた。
「五歳……のころから……だとおもいます。最初はやみくもにシーツにこすり付けるだけでしたけれど……」
「何がきっかけだった?」
「あの……あのう……」
「ひょっとして、見ちゃったの?」
僕が二ヤッと笑うと、アンニカは青ざめた。
「ああ、ごめん。無理に言わなくて良いからね。嘘をつかなかったんだから、それで十分さ」
それから僕がアンニカの肩を抱き寄せると、皆、命じもしないのに部屋から出て行った。皇帝陛下が御孫様の御誕生を心待ちにしておいでだから……そんな意識も僕の中に飛び込んできた。
その日は一日、皆の期待に応えて早く子を作るべく、最善の努力をしたのは言うまでもない。