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僕の大航海・7

 アイリュの二つの都の内、北の方のリャンカに、トルチャの一行百人と僕らは馬で隊列を組んで入った。馬に乗った五十人は一応帝国の士官の服を着せ、僕はまあ一応、皇太子らしいマント付きの服、チャスカは貴婦人用の乗馬服に派手な羽根つきの帽子を被せた。キリャは馬術が達者で、子供の扱いになれた隊員五名ほどが交代で抱っこした。あのベビースリングを使うと楽だと言う事で、隊員たちは気軽に抱っこしてくれて助かった。僕が馬に乗せているロカ皇子はアイリュの皇族の標準的な服装、白いアルパカ製の貫頭衣と黄金製のピンで留めた赤いマントと言う格好だ。


 トルチャの根回しが功を奏して、僕らはスムーズに大神殿でシンチ・ワイナと会見できた。マントが派手な柄で、やたらと黄金と翡翠で飾り立てていて動きにくそうな格好をした、僕より頭一つ背が低い男だった。当然黒目黒髪だ。顔立ちは眉が濃くまつ毛が長く鼻筋が通り、歯は真っ白だ。口元が意地が強そうな感じを与える。時折まぶたがピクピク動くのは神経質な性質で有ることを示しているんだろう。チョッと機嫌が悪いかもしれない。僕に対してどういうスタンスを取るべきか迷ってもいるのだ。多分。

 迷った末に、まずは何というか対等な首長同士の会見て言う体裁を取ったみたいだ。僕は繋いでいたロカ皇子の手を放したが、一向に父親の所に行かない。


「どうした、ロカ、父上の所に行け」

「でも、父上の周りに悪者がいるようで、怖いのです」

「僕が見ていてやるから、無事に戻った御挨拶だけはしなさい」

「はい」


 これじゃあ、どっちがオヤジか分かんないか。僕が滑らかにアイリュの言葉でやり取りするのに驚いていたらしいシンチ・ワイナは、ロカ皇子の言葉に心なしかしょげている。ロカ皇子は父親に型どおりの礼をしたが、くるりと振りかえると僕の所に駆け戻った。


「神のお告げでございます。皇太子は黄金の髪のパカヤカシックの庇護を受けるべきです」

 トルチャ閣下の仲間の神官らしいデブオヤジが、突然もっともらしい事を言う。

「この方は、パカヤカシックであられるのか?」

 シンチ・ワイナは仰天したと言う顔だ。

「さあ、ただ、僕はあなた方がクイコチャと呼ぶ湖の小島で、金の笏を授けられた」


 僕が金の笏を孫悟空の如意棒よろしく指輪からオリジナルサイズに戻すと、その場のみんながどよめき、それから僕に平伏した。


 それからは、なんだかよく分かんないが、目抜き通りをシンチ・ワイナの後について宮殿に向かう。ロカ皇子は輿を仕立てると言うのに嫌がって、僕の腕から離れようとしないのだ。確かにロカの暗殺を企んだ連中がシンチ・ワイナの周辺にかなりの人数いるようだ。


 僕らの方がミッケリの連中より統率がとれ、装備も馬も衣類なども上だと感じた者がかなりいたようで、まあ当然そうなるように僕も気は使ったんだが、そういう連中が僕らの宿舎になったロカ皇子の住いに大量にやってきて、貢物をささげた。奴隷はいらないと言う事前情報は行きわたっていたようで、黄金と宝石が多い。その中に極上の巨大なエメラルドが有った。


 翌日、シンチ・ワイナの方から僕を訪ねてきた。

 そこで人払いをして、僕とロカとチャスカだけで話をした。チャスカがワルパ王国の王族の末裔で碧の鳥ケツァールの祝福を受けた伝説の娘であると伝え、東海岸で苦労している者たちを故地に戻すように話す。チャスカが外して、シンチ・ワイナに見せた胸飾りは、神宝として以前東海岸へ巡行の折、目にしていたそうだ。


「これは……このような文字が新たに浮き上がったのですか」


 何気にシンチ・ワイナは敬語だった。僕の方が年上だからか、それ以外の理由か判然としないが。僕が文字を読み上げると、またまた、びっくりしたらしい。


「私はこの文字のほんの一部しか読めません。なのにあなたは、完全に読んでおられるようだ」

「うん。教えてもらったのだよ。僕は知恵のある人は、大切に扱うからねえ。金の笏をここに示された道しるべに従って受け取りに行くべきだ、と教えられたのさ」

「はああ……私は、その島の神域には立ち入ることが適いませんでした」

「うん。僕専用の場所だからな。僕とチャスカとキリャ以外は入る事が出来ないんだ」

「……お願いです、パカヤカシック!」

「その呼び方、くすぐったいから、グスタフで良いよ。親兄弟や友達はそう呼ぶし」

「ハイ!では、グスタフ様」


 何だか必死な様子で、青年皇帝は僕の手を取った。その後幾度か訂正させたが、彼にとって僕はやっぱり伝説のパカヤカシックらしい。どうしてもそう呼びたいなら、こっちが諦めるしか無いみたいだった。


「どうか、どうか、道をお示し下さい」


 勇猛なる皇帝だか何だか言われちゃっているようだが、目をウルウルさせて、本気で僕を神の代理人だと信じているらしい青年に対して、意地の悪い感情は湧かなかった。


「僕が東海岸の困った連中とは折り合いをつけて、都に攻め込んだりしないようにするから」


 そうすると、僕の手を押し頂いて、額につけた。どうやら僕の脳裏に流れ込んできた青年皇帝の意識からすると、このゼスチャーは最大級の信頼を示すものらしい。一度で簡単に片付くとは思っていなかったチャスカの故郷の人々の帰還と待遇改善については、どうやら最大級の配慮をして貰えるらしい。


「このリャンカの都に戻ったらロカの怯えようがひどくなって、僕とはなれたがらない。宮廷の連中をちゃんと抑えるべきだね。遠征どころの話じゃないよ。他の子供たちに罪が有るわけじゃないんだろうから、余り犠牲者が出ない穏やかな方法でも構わないと思うが……」

「不甲斐無い話で、お恥ずかしいです」

「ロカはどうしたいんだ? 父上にちゃんと、自分の気持ちを話しなさい」

「山のように大きな船に乗って、パカヤカシックの御国に行きたいのです。そして、色々学びたいのです」


 皇帝は個人的には賛成みたいだったが、後継者問題や廷臣の権力闘争や、色々頭が痛いようだ。

 僕は後継者問題を明確にしておくべきだと言う意見を述べたのだが、話し込むうちに絶対君主的な存在に見えていたこの皇帝が、訳の分からない馬鹿げた迷信や妄言で悩まされている事に気が付いた。


「すると何か、朝起きてすぐ、歴代皇帝の御体が安置してある御殿を順にめぐって全員分お祈りするのか」

「はい。遠征で出ている場合は、しなくても良いのですが、都にいる間は必ずしなくてはいけないのです」

「やらないと、どうなる?」

「私の父の様に奇妙な死に方をするようです」

「それは、罰が当たった、そう言う事?」

「はい」


 歴代皇帝のミイラは、冠をかぶり装身具をつけ、それぞれの御殿に安置されているそうだ。生前の家臣とその子孫が身近に仕え、彼らの領地も処遇もそのままらしい。


「何? 死んだ皇帝に奉仕する者がそんなに色々利権を握り込んでいるのか」

「はあ。それを取り上げようとした祖父は、内乱がおこり国中を飢饉と洪水が襲ったため、あきらめました」

「ふうむ。お祖父さんが出来なかった事を、僕がやってみようか?」


 あの金の笏の波動が使えそうだと思った。上手く行く自信は無かったが。失敗した場合はかつてスペイン人がインカやアステカでやらかした方法をちょっとばかりマネして武力で半ば恫喝する格好になるが……


 つまりこのアイリュ帝国では死んだ皇帝のミイラが『永遠に生きる』存在として扱われ、そのミイラに『奉仕する』連中は大きな利権を握り込んだままなのだ。豊かな農地や条件の良いリャマやアルパカの放牧場、漁場、水利権に至るまで、あらゆる方面に及んでおり、正直言ってあきれた。死後皇帝の架空の食い扶持のために生きている皇帝の財産は空費され、外部に拡張して新たな利権を得ない限り、皇帝自身の権威権力もジリ貧状態になってしまう。遠征したがるのもそれなりの事情が有ったみたいだ。


「よし。全部の死後皇帝に仕える筆頭神官を集めてくれ」

「パカヤカシックが祝福を下さるかもしれない、と言う事で宜しいのでしょうか?」

「ああ。祝福するか消滅させるかはまだわからないけどね」


 僕は嘘をついた訳だが、良心は痛まなかった。ミイラに奉仕して生きている人間が振り回されるなんて、国の仕組みとしておかしい。派手にぶっ壊すつもりだったが、まずは神官を集めさせたのは情報収集のためだ。

 大神殿に集まった神官は全部で六人しかいなかった。本当にそれで全部だったらしいから、思いの外少ない。ヤガー君が言うように、確かにさほど歴史が無い国なのだろう。文字が無いのだから、六代前でも感覚的には十分に大昔になってしまうかもしれない。


「初代様がお持ちの領地と家臣団は?」

 僕は神官の手を取り、穏やかな口調で問うた。

「ワヌコ・チララ・タクナの町と、それに付随するすべてのトウモロコシ畑とジャガイモ畑、リャマの放牧場とアルパカの牧場、カチナ・モケグア・ピウナの町とそれに付随するサツマイモ畑、トマト畑、カボチャ畑、豆畑、泉、伝来の財宝類です。お仕えする臣下は私以下全部で自由民は三千名余り、奴隷は五千名程です」


 初代皇帝の条件はどうやら一番良いらしいが、二代目以降の各ミイラも、名目上豊かな土地と多数の人間を占有している。このほかに、各方面からの献金だか御布施だか色々有るらしい。そしてその死んじゃったミイラの皇帝陛下を輿に乗せて地方巡回する場合も有るようだ。そこでまた、沢山の御布施をせしめるらしい。僕はテレパシー能力を十分に使って、それぞれの神官の隠し財産や不正蓄財の分も全部洗いだした。 


 これらの記録を僕はヤガー君たちに取らせ、その晩の隊員達とのミーティングの時に結果を発表した。探検隊員は皆、あきれていた。死人のために生きている皇帝が圧迫されているのだ。チャスカやヤガー君が言うには、ミイラを神聖視するのはもともとは、ごく一部の部族の習俗であったらしい。


「亡骸は丁寧に布で巻いて、地面に埋めれば十分じゃないでしょうかねえ」

 ヤガー君が言うと、チャスカもこんな風に言った。

「ワルパ王国では亡骸は布で巻いて、墓に納めたらしいです」

 どうやら布で亡骸を巻くのは、死者のより良い再生を促す母胎か繭のようなものと解釈されているようだ。

「ミイラを粉みじんにしちゃおうかと思ったが、ちょっと乱暴かな?」

 そのあたりが、僕の迷ったポイントだった。

「徹底した方が良いかもしれません」

 そう言う声が多数派だった。ミズホの人間なら火葬してしまう場合も多いのだ。ミイラに対する思い入れは生理的に理解不能だったりする。だが、この土地の人間の感覚は違うだろう。


「ヤガー君の御先祖だとしたら、どの程度までが許容範囲かな?」

「貴金属や宝石は無用ですが、布で巻くのは省かないで欲しいですね」

 その言葉で、僕の方針は決定した。


 翌日、宝石類で飾り立てた歴代皇帝のミイラが大神殿に集結した。はっきり言って気持ち良い物じゃ無い。


「ここに集まった亡骸にもし、偉大な魂がとどまっているなら、この笏で触れても崩れないだろう。だが、偉大な魂が既に生まれ変わっていて、ただの死骸となっていれば、崩れるはずだ。崩れた亡骸の装身具はすべて生ける皇帝のもとに運ぶように。そして魂が存在しない亡骸に仕えていた臣下も土地もすべて生ける皇帝に返納するように」


 僕が金の笏をかざして宣言すると、一言も抗議の声が上がらなかった。

 それから何とまあ、笏をかざしただけで、初代のミイラはカラカラと音を立てて崩れてしまった。


「初代皇帝は既に生まれ変わりを果たしている。亡骸は白い布に包んでおきなさい」


 そういうと、どよめきの声が上がったが、素直に僕の指示通り事が運んだ。

 以下すべての皇帝のミイラについて、同様の処置をした。そしてシンチ・ワイナにミイラのつけていた装身具類を全部渡し、ミイラどもの所有していた格好になる全部の土地と財産、家臣団と奴隷についての報告をした。更に悪質な不正行為を働いた神官と、シンチ・ワイナの父・先代皇帝を毒殺させた神官の報告をした。


「父は、毒殺だったのですか?」

「そうだ。晩年に身近に仕えていた女が、その神官に家族を皆殺しにすると脅されてやったようだ」

「パカヤカシックはどの様にして、それをお知りになったので?」

 本当はテレパシーで読み取ったのだが、手を握る事を警戒されては困るので、嘘を言っておく。

「金の笏がありありと様子を見せてくれたのだ。処罰は皇帝自身が行うべきだろう。だが、連座はやめなさいよ。あくまで本人だけだ」

「ですが忌々しき一族は根絶やしにせねば」

「恨みを産むから、やめなさい。どうしても許せないなら、アイリュの国から追放する程度に留めなさい」

「ならば、すべてパカヤカシックの奴隷としましょう」


 それは困ると僕は言ったのだが、よっぽど良い事を思いついたと思ったらしく、言う事を聞いてくれなかった。僕の奴隷になっちゃうのは何とまあ、一番寵愛していた側室の一族らしい。女に美人が多いことで知られた一族だから僕が気に入るとでも思ったようだ。母親の実家の所為でピニャ皇子は後継者レースから脱落する模様だ。


「わかった。東海岸の港を作る手伝いをさせるか、西海岸になるかわからないが、引き受けよう」

 

 三日後には早速探検隊の半数と、トルチャの家臣から数名、割り当てられてしまった奴隷から百人、荷物運びのリャマ五十頭を東海岸に差し向けて、築港にあたらせる。五名の探検隊員が先に馬で到着し、測量をして、後から残りの隊員と奴隷とリャマが追いつく感じだ。トルチャの家臣は監視役だ。

 奴隷と言っても鞭打ちその他の酷い扱いは禁じた。港さえできたら、近隣で自由民として暮らせばよいと僕は考えている。



 その後、正三郎に聞いていた約束の期限が迫ったので、別の隊員を送り、ミッケリの管理する港にやってくるレーゼイ商会所属の船と連絡を取らせた。港の管理者は金を掴ませれば、言う事を聞くような人種だったし、個人的に帝国と商売をしたい気持ちも有る様だったので、僕の署名入りの証文を渡し、新しく作る港の工事に協力してくれれば、帝国の都・トリアでの貿易商会の営業を許可し、税制面での優遇措置を取る事にした。ミッケリ本国の命令なんか無視で、自分の利益が第一と言うお粗末な男だったらしいから、逆に言えば僕らはラッキーだったのだろう。


 レーゼイ商会の船が無事に工事中の東海岸の港に入ったのを確認すると、二人の探検隊員が馬を飛ばしてリャンカの都に戻ってきた。それとほぼ同時にヤタガラスが僕の所に戻ってきた。


「正三郎はイシュカレと上手くやっておるぞ。ただ、そろそろ正三郎は嫁が恋しいようじゃった」


 僕は手紙を書いて、もう一度正三郎の所に使いに行ってもらった。肥料の商売さえ上手くいく目途が立ったら、後はミズホからの応援部隊に任せて西海岸からミズホ経由で戻るも良し、僕と一緒に戻るつもりなら、今月中に東海岸まで来るように、と伝えた。


 シンチ・ワイナは財力と権力を手にできたのも僕のおかげと感謝しているみたいで、チャスカの村の人間を元の土地に戻すのに同意し、他にリャマやら種イモやら乾したトウモロコシやらもつけてくれたようだ。僕は一度、チャスカと一緒にその村を訪問した。何とまあトルチャの管理していた土地の一角で、グスタフ港にも近かった。騎馬の人間だけで移動すると、徒歩の人間のペースに合わせるより何倍も速い。


 僕らは村で、熱狂的な歓迎を受けた。


「パカヤカシック!」

「イリャ!」

「ティクシ・イリャ!」


 皆が口々にそんな言葉を叫んでいる。あの、夢の光景そのままだった。


 

 

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