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僕の大航海・6

 ロカ皇子の伯父・トルチャがアイリュ側からやって来るまで、無駄に過ごすわけには行かない。港の周辺の海域を小型のボートで移動しながら僕と正三郎とモタ隊長は、連日、イシュカレの治める街の港のあたりを整備拡大するべく、詳しい測量をしている。


「なかなかに、有望な港になりそうですな」

「将来は商船学校の一つも作りたいもんだよ」

「初等教育の浸透が先でしょうかなあ」


 僕は帝国から持ち込んだ望遠鏡で、湾の入り口から少し離れた位置にある、岩だらけの小島を覗き込んだ。


「あれは……使えるぞ」

「何ですか?」

「あそこの小島の岩場に、大量の海鳥が居るよな。その足元に、ああした鳥たちの糞やら魚の残骸やら卵の殻やら凄く長い時間の間に積もっているんだが、それが大いに使えるのさ」

「ひょっとして、火薬の材料になりましょうか?」

「おう、正三郎、大正解だ」

「ああ!そうか、硝石が取れますか。硫黄は南方の山に取れる場所が有りますし、炭も有る。この土地で火薬を作ることが十分に可能ですなあ」

 隊長もすぐに事情を理解したようだ。

「うん、そうなんだが……」

「ですが……この土地の人間には、まだ火薬の運用は時期尚早でしょう」

「隊長もそう感じるか」

「肥料としては、いかがなのですか?」

「おう、正三郎、その通りだ。凄い効き目が有るらしい。だがなあ、雨の降り方が少ない場所の物は凄い悪臭がするはずだ」

「臭くない肥料は、有るんでしょうか?」


 そう言えば正三郎は、ミズホで効果の高い肥料が求められていると話していた。

 今のミズホでは綿花栽培には干鰯ほしかを使うが、原材料が近海産のイワシのため、近年は価格が高騰しているらしい。


「コウモリの糞がどっさりたまった洞窟なんかが有ると、最高なんだがな」

「そういう場所は、有るらしいですぞ」

「なら、探す価値は有るかもしれん。金ばっかり持ち出すのも不味いからなあ。ミズホで肥料が売れると良い商売になりそうだ。帝国でも売れるとは思うが、東海岸から出荷する方が恐らく効率的だろう。こっちは対ミズホ貿易を主眼にした方が良いんだろうなあ。ミズホの産品でこちらで人気の品物は、何かな」

「今現在の人気商品は鉄鍋、縫い針、陶磁器、反物です。鉄砲は引き合いが多いのですが、国禁だと言って、今は断ってます」

 正三郎の答えは明快だ。

「火器類は、扱う側の意識や知識もいい加減だと大事故にもつながるし、今後どうするかだなあ。黒色火薬なら十分にこの地域の材料だけで出来ちゃうわけだが、製造法を教えるのはやはり、もっと初等教育が行き渡った段階にならないとためらいを覚える」

「殿下、やはり、学校を作りましょう」


 モタ隊長はヤル気満々だ。教育は熱意が必要だから、隊長に任せた方が良いかもしれない。


 この大陸に無い作物や果物類を育て、あるいは地元の産品と組み合わせて美味い物を作る事ができれば良いなあなんて思うが……ジャングルのエリアの開拓は、ほとんど裸で暮らす住民たちとそれなりに融和しつつ進めたい。パイナップル・ゴム・カカオなどの既にこの土地に有る物を大規模に生産してみるにしたって、余り搾取的な方法は僕はためらいを覚える。

 プランテーション農業は、儲ける側には好都合だが「安価な労働力」扱いされちゃう側は、深刻な貧困状態に置かれるわけだし、環境破壊の問題も有る。あまりやりすぎないように気を付けたいが……そのうち誰かが大規模農園は始めるだろう。それなら、僕が適切なモデルケースを示す必要が有るのかも知れない。


「フェア・トレードもなあ……」


 探検隊全体のミーティングでは、意見を出し合い、これからの行動方針を決める。プランテーション農業とフェア・トレードに関して説明を求められたので、僕なりに搔い摘んで話すと、皆、大規模な農園を作り外貨を稼ぐ事の功罪について、概ね理解してもらえたようだ。


「やはり、鍵は食糧の確保と教育ですかねえ」

「珍しいものを売り出して大儲けする、と言うより、まずは基礎的な作物の拡充から計りましょう」

「何か皆の手本となる様な、働く者の暮らしも向上させる農園の運営法を考えておかねばいけませんな」

「そのうち、東海岸にも拠点が欲しいですなあ。ミッケリや神聖教会が横暴に振る舞い、略奪行為を繰り返すのを直接牽制できましょうし」

「そうだなあ。アイリュ帝国の人間と接触してからだな」

「ロカ皇子を連れてアイリュの都に行き、港を作る件について約束を取りつけますか」

「トルチャと言いましたか、皇子の伯父さんは、いつここに来るのでしょうな」


 みんなトルチャの訪問を待っているが、まだ、先触れの使いも来ない。イシュカレはトルチャ本人が必ず来ると信じているようだったから、僕はあまり心配はしていなかった。


 イシュカレがどう工作したのか知らないが、ここの港は正式に僕の名前を付けたグスタフ港になってしまったようだ。イシュカレの住まう白い建物の前に、新たにこの港の名前を刻んだ石碑が建てられるという具合なのだから、テツココの大王は正式に認可したと言う事で良いらしい。どうせだから、帝国の文字とミズホの文字でも「グスタフ港」と刻みいれた。だが、さすがに港に自分の名前を付けようとは思わなかったなあ。


 こうなったそもそもの言いだしっぺは、ヤガー君だ。


「この土地の治外法権を認めさせ、いわば殿下がお治めになる国際的な自由港とすれば宜しいかと思いまして、イシュカレとあれこれ工作してみました」

「ヤガー君、お手柄だよ」


 自由港の構想に関しての話が出たのは、天の鏡から戻ってすぐの事だ。良いアイデアだと思ったので、好きにやらせてみたら、ほんの一月かそこらで、こんな具合に話がまとまってしまった。


 僕は港と周辺の土地の租借料として、毎月黄金大桝一杯分相当のミズホや帝国の産品をテツココの大王に贈れば良いらしい。僕は大王に「上納」「献上」でも構わないと思ったのだが、ヤガー君が絶対ダメだと言い、例の大神官が幾度も行き来して一応「友好の印として贈る」事になった。イシュカレの位置づけはこの土地を僕と共同統治する責任者って事に変質したみたいだ。外交官の役目も果たすらしい。まあ、かっちりした成文法が有る国じゃなし、万事は大王や有力な貴族の思惑次第気分次第、らしい。テツココの官僚は神官と兼任している者が多いので、ここぞと言う時は「神のお告げ」を持ち出しちゃうようだ。


 探検隊員各位の連絡事項などを確認しあい、その日は解散したが、ヤガー君には残ってもらった。この国を完全な植民地にする気は全くないので、平和に保護国としての関係を作るには、どうしたら良いか、考えを聞こうと思ったのだ。


「殿下の場合は金の笏をお示しになり、『真の神の御意志である』とおっしゃればテツココの者は誰も逆らいませんよ。大王だとて、地に平伏しましょう」


 急にヤガー君の言葉がこの地域の言葉に切り替わったと思ったら、イシュカレがやって来たのだった。僕らの話を妨げないようにとの配慮からか無言だったが、部屋に入る際は深々と礼をした。


「ヤガーの言うように、金の笏をお示しになり、馬で隊列をお作りになって都に押し登られたら、この国はすっかり殿下の物でございましょう。そもそもパカヤカシックであられる殿下は、御慈悲で我が大王の存続をお許しになっているのですから、何事も思うようになされば良いのです」


 そんな事を言うイシュカレ自身は、すっかり僕の家来のつもりらしい。いや、僕と言う金儲けの上手そうな神様に仕える神官のつもりでいる、と言う方が当たりかも知れない。もともと、今のテツココの大王に対する忠誠心は薄めであったのも、大きな要因だろうが。


「それにしてもイシュカレ、贈り物の質と量があんまりにも大雑把過ぎて、価格設定も何も意味不明なんだが。どこのいつの価格で、どんな品目を用意しろって事なんだ?」 

「供ぞろえを整え、初回程度の品物が有れば十分かと思います」


 イシュカレがそう言うんだから、構わないのだろうが……正三郎に言わせると、都に送った初回は実を言えばせいぜいが大桝三分の一杯の黄金相当の品物だったそうな。それじゃあ、殆どサギみたいだと思うが、大王に贅沢品を送るくらいなら、地元のみんなに利益を還元しつつ、僕らも儲けるように資本投下する方が、はるかに有益だから、まあ、この際気にしない。 

 僕らがこれまでにない、大きな港を整備して外国との商売をやるという噂は、思いの外早く広範囲に伝わったようで、テツココ王国の各地から来た商人だけではなく、近隣の諸国からも人が集まりはじめている。


「イシュカレ、アイリュから何か知らせはその後、ないのか?」

「申し遅れました。そもそもここへ参りましたのは、その御報告のためで御座います。明日、トルチャ本人がこのグスタフ港に到着いたしますそうです」


 アイリュの貴人が旅する場合、到着予定地に先触れの飛脚を遣わすものらしい。


「アイリュは文字を使いません。伝言を伝える飛脚は主人の言葉を、口頭でそのまま復唱するのです」

「乗り物は、輿なのかな? それとも何か家畜にでも引かせた車でも使うか?」

「家畜の背に荷物を乗せますが、殿下にお教えいただいたような車をアイリュの者も知りません。やはり、ある程度身分の有る者はテツココ同様、輿に乗るものです」


 翌日、八人舁きの輿に乗ってトルチャがゆるゆるとやってきたのは、もう夕方だった。恐らく、その日の内にちゃんとついたのだから、遅延でも何でもないと言う事なのだろうが、のんびりした話だ。護衛と思しき連中は青銅製の棍棒ぐらいしか、大した武器もなさそうだった。こんなんで護衛になるのかと、人ごとながら心配になる。


「ミッケリの連中が鉄砲の二、三発もぶっ放して切り込んで来たら、ひとたまりも無いな」


 僕が装備がしょぼい、心もとないと言う話をしたのは、帝国の言葉がわからなくても護衛の責任者には通じてしまったらしい。気に入らないと言う視線を向けてきた。


「殿下が御存知のような組手や体術のような、体だけの護身術や武術もこちらには有りませんから、武器はあの棍棒きりですよ」


 ヤガー君は何を思ったか、アイリュの言葉ではっきり言う。


「体術を教えても、悪くは無いかもしれないな。集団戦には向かないが。それにしても、不用心な事だ。あんな護衛では、頼りないよなあ」


 僕もヤガー君の挑発行為に乗ってみるのも悪く無いような気がしたので、同じくアイリュの公用語で応じた。爺さんに再会して金の笏を手にして以来、僕もアイリュの言葉が自在に使えるようになったのだ。


 一応、遠来の客をもてなす宴席が設けられ、帝国やミズホの食材や料理も出された。蜂蜜クッキーがバカ受けした。かりんとうも受けた。サクッとカリッという歯ごたえがトルチャ閣下の好みみたいだ。後は餃子とピザのようなものが喜ばれたみたいだ。最後は無礼講で、強い酒に不慣れな連中は、わずかの酒で乱痴気騒ぎだ。探検隊員の一人がリュートや笛を持ち出して奏でると、勝手な踊りが始まったりしている。


「先ほどのお話ですが、なぜ我らの護衛では頼りないのですか?」


 棍棒を持ったオッサンが僕に向かって、膨れた顔で文句を言った。酒はあまり飲んでないと見える。


「実地で教えればわかるだろうけどね」

「お教え願いましょう」

「じゃあ、庭に出なさい」


 皆こっちに注目している。僕は長柄の団扇を握った。偉いさんの行列の威儀を正すのに使うものだ。


「じゃあ、今から腕比べと行こう。使い慣れた棍棒で、思い切りかかっておいで」


 オッサンが攻撃を開始しそうになると、相手の顔面を団扇ではたく。幾度かそれを繰り返して、オッサンがイラついて、満を持したって感じで猛烈に突っ込んでくる所をかわし、蹴りを一発入れ、棍棒を取り上げた。


「どうだい?」

「まだまだです」


 僕は飽きれたが、棍棒を返してやり、また勝負再開となった。

 オッサンは粘ったが、戦術がなってない。無駄な動きの連続で、そのたびに僕の足で転がされたり、自分でバランスを崩して倒れたり、都合三十回ほどもこけたりぶつかったりして、ようやく負けを認めた。


「私を殺してください」

 アイリュ的には、それがルールらしいが、僕は断る。無論だ。

「ならば私を奴隷にして下さい」

「トルチャから奴隷を取り上げる訳に行かないよ」

「いえ、私は奴隷ではありません。戦士です」

「ああ、そうなのか」


 オッサンは奴隷じゃなくて、自由民で、トルチャ閣下の部下なんだそうな。

 僕らを遠巻きに見ていたトルチャは、僕に駆け寄ると這いつくばるようにして、礼をした。テツココ式の五体投地風じゃなくて三跪九叩頭の礼に近いものだったが、途中でやめさせた。


「部下の無礼は上官たる私の無礼も同然です。何卒、何卒お許しを」

「僕は怒ってないよ。粘り強い戦いぶりは、ちょっと感心したが、うまくない戦い方だなと思ったんだよ、これじゃ、ミッケリの連中に一発で負けちゃうよ」 


 それからは奴隷じゃなくて、弟子と言う事にして、修行させる事になった。トウモロコシのどぶろくで固めの杯の後は、僕は護衛の戦士たちの『師匠』になったというわけだ。どうもこの大陸は武術と言うものもさっぱり存在しないみたいだ。ただ力まかせに棍棒を振るんじゃなあ。トレーニングさせてみると、動体視力は悪くないし、基礎体力は十分、動機づけも十分だった。

 それ以降、二十日に渡りトルチャ一行はグスタフ港に滞在した。十日遅れで、トルチャの奥さんやら子供たちやらリャマやら家財道具やらまで来たのはびっくりだったが。どうやらピニャ皇子派に攻められそうなので、逃げて来たらしい。

 滞在中は探検隊の皆で手分けして、一種の軍事教練を行った。ロカ皇子を守るためだと聞くと、皆一層まじめにやった。その間、幾度も飛脚が行き来して、伝言ゲームのような具合にロカ皇子につきそうな豪族連中に声をかけ、話をまとめたらしい。豪族たちの送ってきた飛脚がまた、元に戻って行くのだが、情報の伝達も文字が無いし、狼煙も使わないとか。何ともまあ、効率の悪い情報伝達だ。それでも、どうにかなったらしいが。


「この『馬』という生き物にまたがられて、威儀を正してお進みになり、金の笏をお示しください。きっと皇帝自身が黄金の髪のパカヤカシックに恭しく礼をするはずです」


 そう、請け合うトルチャに先導される形で、ゆっくり僕らはアイリュ帝国の都をめざすことになった。

 ミズホからの学者・技術者の応援部隊三十名が到着したのを確認した所で、ヤタガラスと正三郎とミズホ出身の隊員三名は、定期航路の件も有り、イシュカレの所に残した。肥料の件も商売になりそうなら、どんどん進めろと言っておく。ミズホに一隻、無事船を送り出した所でヤタガラスには追いかけて来るように言っておく。


 ロカ皇子の身の安全を計る事と、ミッケリより好条件の東海岸の港を手に入れる事が目的だが、果たして、どうなるやら。


 

未知の大陸で出会った人たちのまとめです。



※ワサハク

オヌンダガオノの酋長の息子の中で「一番星回りの良い」子らしい。酋長は僕が「神の気配を背負っているから」託したらしい。多くの知恵をオヌンダガオノに持ち帰る事を期待されている。



※イシュカレ

オヌンダガオノの酋長は『邪悪ではない白い家の男』と呼ぶ。テツココ王国の地方官兼神官。外交官としても行政官としてもかなり有能な人物。僕の事を伝説上の西からやってくる『真の神』の代理、あるいは大儲けさせてくれる福の神かなんかだと考えている。未知の大陸における、僕のスポークスマンのような役割を担いつつある。



※チャノガ

イシュカレの息子。ヤガー君とは気が合う模様。最後まで僕について行く、つもりらしい。イシュカレの希望で帝国で教育を受けさせることになる予定。



※ロカ皇子

アイリュ帝国の若き皇帝の唯一の嫡出の男児。僕に庇護を求める。庶兄ピニャ皇子を擁する派閥により暗殺されそうになった所を、逃げて来たらしい。



※トルチャ

ロカ皇子の伯父。イシュカレとは密貿易を通じて付き合いが有る。

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