僕の大航海・3
イシュカレの住いは神殿に奉仕する人間の為の物と言う位置付けらしい。
テツココ王国に組み込まれる以前は、この地帯を治めていた王が住んでいた宮殿の一部でも有るようだ。
「もとの王族は都で神官として、大王の宮廷に仕えています。かなり大規模な建物でしたが、不要なものは取り壊し、石材を都に供出したり、港の整備に使ったりしました」
どこの世界でも、似たような事を考えるものらしい。
ヤガー君の言葉遣いは、十二分に上流階級と言うかこの地域の王侯貴族の雰囲気を漂わせているようで、それなりに社交的な会話を交わし、外交儀礼と言うようなやり取りをしていると感じる。おかげで僕らの一行はどうやら王族並みの扱いで、もてなされたようだ。
七面鳥らしき鳥のロースト、卵料理、魚介類のグリルやマリネ、トルティーヤの仲間みたいなトウモロコシのパン類、アボカドのペースト、サツマイモにカボチャにトマト、ナス、ピーマン、サボテン、インゲンなどの煮物やスープや和え物類、果物類、リュウゼツランから作ったどぶろくみたいな物、スパイスとカカオの入ったドリンクなどなど、すごい種類と量だった。昆虫類の料理も有ったし、トウモロコシのカビだか何だかのペーストも有ったが、僕はちょっと抵抗が有って食べなかった。だがチャスカやヤガー君の反応から見て、貴重な食材を出してくれたのだろうとは思う。
「凄い辛さですが、何ですか?」
「口の中が、痛いです」
探検隊の大半の連中にとって、唐辛子の辛さは衝撃だったようだ。
「防虫効果、殺菌効果なんかも有るし、健康効果も高い。上手に使えば料理の味付けの幅が広がる」
僕がやるやり方をまねて、タコスみたいにしてアボカドペーストと肉類・野菜を包み込んで唐辛子をほんのちょっと添えて食べると、皆美味いと感じたようだ。
「現在のテツココ王国とアイリュ帝国は、国境に大密林や山を挟んで、あまり交流が有りません。神への信仰のあり方が違っておりますし、どちらも自分こそが太陽の神と月の女神の祝福を受けた国だと主張してますので」
ヤガー君の解説では、アイリュ側に行けば、大型の家畜、恐らくはリャマやアルパカのような荷物運びに仕える家畜もいるが、テツココ側にはほとんどいない。何をするにも全部人力らしい。僕が是非帝国に持ち帰り大々的に栽培したいと思うジャガイモも、色々な品種を得るには南のアイリュ側に行く必要が有るようだ。
ヤガー君の通訳で色々イシュカレ側のメンバーたちとも話し合い、船を一度ミズホに返し、一隻はミズホの港にある僕個人の持ち船である武装した商船と、更にできれば二隻ほど幕府から有償で船を借りて、この港に来るように命じた手紙をつけた。正三郎に言わせれば「恐らく無償で借り出せます」とのことではあったが、ミズホの大商人に預けてある資金を使ってでも、まともな船が欲しいと命じる。資金の受けだしは、ユリエならできるようにしてある。
「ミズホまでヤタガラス様が御同行下されば、かなり早く往復が可能かと存じます」
正三郎は不完全な海図を補うヤタガラスの特殊能力が、正確な航行に不可欠だと感じていたようだ。
「馬と鉄砲をもっと持ち込むべきでしょう」
「ミッケリの武装した連中と遭遇したときの事も考えましょう」
「通貨の代わりになる様な交易品を積み込んで来るべきですね」
皆で色々意見を出し、それに従って積荷も人員も送ってもらう事にする。そうしてまとめた僕らの要望がどの程度反映して貰えるかは不明だが、最低でも二隻の船と多少の武器弾薬・馬ぐらいは期待できるだろう。正三郎とヤタガラスが居るのだ。何も心配はしていなかった。
船の不在中の僕らはこの、神殿というか邸というかの、一部の建物を宿舎に割り当てて貰った。毛皮と毛織物でふかふかのかなり寝心地の良いベッドは、悪くなかった。シーツに相当するものは無くて、寝具の洗濯なんて滅多にはしないらしいのが、ちょっと嫌だったが。
イシュカレには銃を一丁渡したが、試射させて、命中精度が案外低い事、装填に時間がかかる事、を納得させた。どうやら打つ時の衝撃の強さに驚き、慣れるまでにかなりの訓練が必要だと言う事は十分実感できたらしい。ちなみに東海岸で暴れているミッケリの連中の銃は、火縄銃と多少発火装置をいじった先込め式ばかりのはずだ。
僕は先込めの施条タイプを帝国の標準装備にしていたが、今はそれを改良して元込め式にする、地球で言う所のスナイドル銃レベルにまで引き上げようとしている最中だ。
ミッケリは銃弾の形だけを帝国の真似をして丸からいわゆる弾丸型にしただけだ。施条の必要性はどう言う訳か全然理解されていなかった。というか僕が意図的に腕利きの金属加工の職人を各国で引き抜き、高額の報酬を与え、自由に研究試作させたのも大きいのだろう。それに工学的な知識を持つ研究者も帝国に結集している。しかも製鉄技術は帝国が一番とくれば、自ずとそうなるのかもしれないが。
あの用心深いイヴァルが細心の注意を払って、軍事機密を守っているせいもあるかもしれない。わざとデマを流して、ミッケリに正しい情報が伝わらないように工作したようだから。
僕が一丁だけ隠し持っているデリンジャータイプのピストルなんて、見られたら大いにまずいだろう。
ミッケリ側は近代的な戦術も何も知らないだろうから、僕はその攻撃からイシュカレの治めるエリアの住人を守るのに有効で、すぐできそうな対策を考えた。まずは塹壕や砦の強化や大型投石器の制作を指導する事にした。そして弓矢を採用するように言ったのだが、これは受け入れられなかった。神話に基づく言い伝えにより、忌避されてきた所為らしい。
「人の生贄を止めるようにと言う意見はすぐに採用されたのに、弓矢はダメなんですねえ」
モタ修道士もお手上げみたいだ。
「弓矢は蛮族の卑怯な武器と言うイメージのようだよ」
ちなみに皆、外国語習得の能力の高いメンバーぞろいで、ヤガー君の特訓も有って、探検隊員のほぼ全員が簡単な日常会話なら理解できるレベルにすぐに到達した。それだけ元から優秀な人材揃いなのだが。
測量などはどの隊員も行ったが、各自の研究課題に従って調査研究の資料を集め、調査する事も行った。
「ゴムを見つけた!」
僕は大喜びしたが、皆には不思議がられた。見つかったのは素朴な生ゴムのボールだった。神事で吉凶を占うのに使うらしい。森の蛮族にビーズや布類を与えれば、大量のゴムを手に入れられるとイシュカレが言うので、早速頼む。手に入れた天然ゴムにおっかなびっくり硫黄を加えて加熱した。まだらが出来たし、実用性にはまだまだだろうが、ともかくも加硫ゴムの板が出来た。
「これを馬車の車輪に使うと、これまでになく乗り心地が良くなるはずだ」
僕の喜びようが最初は不可解だと思った連中も、緩衝材としてのゴムの威力は理解したようだった。ゴムは他にもいろいろ有効に使える物質だが、こんな出先ではあまり大したことは出来ない。
イシュカレたちにタイヤというか車輪について教えると、これまた大いに感謝された。僕らは実験的にソリッドゴムタイヤの二輪車を作った。人力車と言う感じのものと、帝政ローマあたりのチャリオットという感じのものを試作する。
だが、一番役に立ちそうなのは簡単な荷車だ。
「奴隷一人で、これまでの四、五人分は荷物が運べます」
そう言われた。イシュカレはただ素直に喜んだだけなのだが……力仕事専門の奴隷は、顔面にはっきり刺青をされてしまっている。何も顔にしなくても、と僕はつい思ってしまった。密林の部族の中には成人に達した印に、顔に入れ墨する部族が多いらしいが、どうもこの辺は、そうした部族を奴隷にした場合が多いらしい。
「これらは男も女も顔に入れ墨し、丸裸に近い状態で暮らしています。彼らは毒の付いた矢を良く使いますから、彼らなら弓もうまく使いこなせるでしょうが……」
毒矢を自分たちに向けられたら適わない、と言うのがイシュカレの本音らしい。つまり忠誠心の問題が大きいと言う事だ。異民族なのだし、文字通り奴隷狩りで、奴隷にされちゃったようだし。恨まれて当然か。
「ならば、これはどう?」
僕は試みに簡単なクロスボウを作った。この土地で手に入る素材で、一号機の弦はガットに類似の何かの動物の腸を加工したものを使った。ただ、弦が貴重品らしいので大量には作れないし、切れた時の替えも十分には用意できそうになかった。結局強度の割に手に入れやすい植物系の素材を採用する。
「弓矢に不慣れな者でも、これなら使える。連射は無理だけど、上手く運用すれば使えるだろう」
改良型を披露するとイシュカレが「これなら蛮族の弓とは違いますから、使わせてください」と言う。この簡単な構造のクロスボウはイシュカレの管理する本来は神殿の祭器類を主に作るらしい工房で、大々的に作ることになった。
僕らが手分けしてイシュカレの治める土地の防衛強化を指導し、カタパルトとクロスボウを作っている間、調査や測量にあたる者も着々と実績は上げていた。地味に忙しい約二か月の間、探検隊の隊員の中には母国に二度と戻れないかと不安に思う者もいたようだ。確かに、ただ戻るだけなら時間はかかりすぎだが、僕は遠方でもヤタガラスの気配をちゃんと探ることができたせいもあって、不安にならずに済んだ。僕が安定していると、大抵の隊員は動揺せずにいてくれた。
やがて正三郎とヤタガラスが無事に三隻の船を引き連れて戻ってきた。聞けば東海岸に出て、ミッケリ近海を抜けるルートで帝国に無事に戻れるように手を打ったらしい。
「レーゼイ家の所有する帆船が三か月後に東海岸のミッケリが管理している港に入ります。払うものさえ払えば、港の役人にあれこれ詮索されずに済むはずです」
「じゃあ、三か月後には東に到着しないとまずいな」
「そうなりますが、この港から戻る事も出来るように手を打つべきでしょう」
イシュカレは都にのぼり、大神官を伴って戻ってきた。そして、僕と僕の所有する、あるいは使用する船が港を使い、ミズホとの間の交易をおこなう事を正式に許可して貰った。そもそもこの大神官は、このイシュカレの赴任地の王家の王子だったそうな。アイリュ帝国の属国である南方の隣国に責められ、親戚を頼ってテツココ王国に逃れ、そこで神官となったらしい。テツココの軍が敵勢力を追い返した後、大神官は自分が王として返り咲くより、テツココの大王の直轄領とする道を選択したらしい。
「あまり軍の事はわかりませんし、一つの国の王を務めるのは大変ですから」
そんな事を言って穏やかにほほ笑んだ大神官は、なかなかの人物に思われた。
「西の国の高貴なる方、ぜひ無事に天の鏡の日月の島で、黄金の笏を得られますように」
大神官はそう言って僕を祝福した。
僕は探検隊を改変するに当たり、不安がっていた連中は希望により返すことにした。多少の人員の入れ替えは有ったが、総勢六十五名で天の鏡の日月の島を目指すことになった。
心強いのはイシュカレの息子の一人チャノガがヤガー君の友人となり、最後まで僕について帝国に行くと決めて供をしてくれるようになったことだ。オヌンダガオノのワサハクに続いて二人目の現地採用組だ。
ヤガー君・ワサハク・チャノガの三人は、最初はぎくしゃくもしていたが、僕が探検隊の再編成を行っているうちに、馬に乗れるようになったのは驚いた。ヤガー君は当然乗れたのだが、他の二人に彼がちゃんと指導して、乗りこなせるようにしたのはえらい物だと思う。三人とも運動神経は非常に良い。帝国式の剣も与えて、こっちも色々な隊員を師匠役に、かなり使えるようになった。
更に驚いた事に、チャスカがちゃんと馬に乗れるようになった。乳母と侍女役の乳母の娘は、ユリエの仕込みで元から馬に乗れる。こっちも特訓だったらしいが。
「うまはすなおでしょうじきだから、きもちをこめてはなしかけると、ちゃんとわかってくれます」
そう、チャスカは言う。短期間で隊員たちも驚くほど達者に乗れるようになったのは、チャスカの特殊能力なのかもしれない。
馬も長い船旅の疲れを癒し、新しい土地になれた頃、僕らはこの大陸生まれの三人の若者を先頭に、一路、天の鏡の日月の島を目指した。先ずは登山口となる集落を探し出し、そこから中腹あたりにベースキャンプを作り、僕とチャスカとキリャ、ヤタガラス、そして体が丈夫で冷静沈着な者十五名を連れて、徒歩で目的地を目指すのだ。鳥の姿のヤタガラスは普段は僕の肩の上で、時折、飛んでもらって、最短ルートを探りながら登る事になった。
登山口の集落や、ベースキャンプで地元の人たちとのトラブルが起きなかったのは、モタ隊長の判断力と若手三人の力だ。イシュカレの威光も有る程度は関係ありそうだった。
モタ隊長は最終までついて行く組に入りたがったが、皆の束ね役として重要だし、健康ではあるがいささか呼吸器が弱い傾向なのが気になり、ベースキャンプに残ってもらった。若手三人の内、一番総合能力が高いヤガー君は僕についてきてもらう事にした。ワサハクとチャノガは高い山でかなりの人間が遭遇する高山病を、山の神の祟りと信じて恐れていたので、ほっとしたらしい。
「ヤガー君、本当は高い山は苦手なのに、済まないね」
僕が軽く肩を叩くと、ヤガー君は物静かにこう言った。
「殿下がおっしゃったように、祟りではないのですから、きっと何とかなるでしょう。それに僕の何種類かの絵文字を読み分ける力が、お役に立つかもしれませんし」
その言葉が終わらないうちに、ヤタガラスが僕の肩を離れ、飛んだ。
(おい、グスタフ、変な石碑のようなデカい石が立っているぞ)
そう僕に伝えると、一声高く鳴いて、先へ行った。僕らがゆっくり上っていくと、確かにドデカい石碑がドーンという感じで立っている。高さは軽く二階建ての家ぐらいある。大人五人で手を繋いでやっと囲めるような太い石柱だ。規則正しい円柱ではなく、そうとう凹凸が有る。幾段にも分かれて、浮彫がされている。
「これは……このような石碑は初めてみます」
ヤガー君は興奮気味だ。
「私の完璧に読みこなせる五種類の絵文字のほかに、読み方が今となってはわからなくなった絵文字が三種類刻まれています」
どうやら、五種類の絵文字は同じ内容だそうだ。
「真の神の祝福無き者、この先の天の鏡に至れど、金の笏を得る事かなわじ。真の神に祝福されし者、己が天命を知れ」
「あと、どのぐらいかかるかなあ」
「この石碑には、何とも……」
ヤガー君は、まだ熱心に石碑を見ている。拓本でも取ると良いのかもしれない。
「帰りにこの石碑の拓本を取ろうか?」
「罰が、当たらないでしょうか?」
「じゃあそれも、神様に聞くとしよう」
僕が言うと、ヤガー君は嬉しそうに頷いた。
ヤタガラスはいつの間にか人型に戻った。
「明日、丸一日歩いたら、湖につきそうじゃぞ。腹が減った、飯じゃ、飯」
促されて、一同野宿の態勢になった。湯も沸き方が不十分だから、御馳走は無理だが、それでもトウモロコシのパンをかじるヤタガラスの機嫌は良かった。