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僕の大航海・2

 ティクシ・イリャ号は無事トリアを出航した。ミズホまで約五十日の航海に出た。そこから先はミズホで更なる情報収集をし、食料や水の補給、一部の人員の交代を行い、更なる先へ進む事になる。

 ミズホまでは、順調すぎる程順調で、船酔いに適応できず途中の寄港地で下船した者が三人ほど出たが、特に困ったと言う程の事件も無かった。恐れられていた壊血病の防止のために、僕はモヤシの栽培を船内で行わせて乗り切ることにした。おかげで壊血病の患者は一人も出ていない。これまでは酢漬キャベツで乗り切ったものだが、それよりさらに効き目が高いようだ。

 ジャガイモもサツマイモもトウモロコシもトマトも無いのだから、仕方がない。これから未知の大陸に行って、これらの作物を手に入れたいものだ。


 ヤタガラスのすすめ通り、一か月間、全員ミズホで休養した。船も正三郎が準備をしておいてくれた造船所内の設備を使って、修理補修をする。


「未知の大陸の形は殿下が御記憶の異界の物を参考にさせていただいて、ヤタガラス様のお話をもとに、水鳥の飛ぶ速度と方向から凡その位置をあてはめてみました。鯨取りの連中が暴雨で漂着した島や岩礁などはかなりミズホの幕府も調べています」


 正三郎がラフな地図を広げて見せた。僕の知る日本と南北アメリカ大陸の西海岸に挟まれた太平洋と言う感じだ。水深は何もわからない訳だし、僕の地球での知識がどの程度役に立つのか、土地の形だって正確なのかまるでわからない。でもまあ、何もないよりましだろう。


「最初に寄港できそうな場所は、大洋の中ほどにあるらしい島ですね。島と言うより、諸島・群島と言う感じのようです。僕の先祖がかつて漂着して、半年ほど過ごしたと言う『火を噴く山が見える島々』の可能性は大きいと思います。普段アイリュ帝国と交流するほど距離が近い訳では無いんだろうと思いますが」

 

 ヤガー君の言う『火を噴く山』だが、伝えられたその噴火の様子は比較的静かで非爆発的な物のような印象を受けた。鳥たちの話からすると位置関係的にハワイに相当すると考えてよさそうだ。


「ヤガーの話からすると、その島の住人は文字を持たず、漁業と採集で暮らしているようです。村に毛が生えた程度の国が幾つか並立する状態で、一応身分制度も有り、それなりに厳しい決まりは有るようです」

 モタ隊長も現地の住民とトラブルを起こさず、調査がしやすくなるように、色々考えているみたいだ。


 ユリエは僕らとは別の船でミズホに戻ると、度々こちらにも顔を出してくれた。どうやら当分ミズホで暮らす事に決めてしまったようだ。


「もし殿下が即位なさいましたら、私もミズホに落ち着き、ドランメン伯爵夫人の称号はルイサ殿にお渡しいたします」

 ヤタガラスから父上の寿命についての話を聞いているからだろう。僕の即位後をにらんで、もうそう決めてしまったようだ。

「後は……御正妃様のお輿入れに関して、私なりにできますことを色々お手伝いさせていただく所存です」

 僕と男女の仲であることをキッパリ止めてしまったユリエは、見事な程清々しく美しい波動を帯びていて、いまだに恋々としている僕としてはいっそ恨めしいほどだ。

「うん。ありがとう。ユリエは頼りになるし、何でも相談できる数少ない人だから、ミズホに定住しちゃうのは、困るよ。僕がちっとも会えなくなるじゃないか……ねえ、亮仁と碧子が結婚した後、子供が出来たら戻っておいでよ。黄金宮が嫌なら、外に邸を作るから。それとも、僕より宮様が大事?」

「そのような事はございません」

「宮様にお婿さんが来てくれたら、一番話がスッキリするんだろうが、良い人がいないんだよね」

「そうなのです」


 宮様と身分がつり会う男性自体、ミズホには十人といない訳で、しかも妻が居ない人となると、皆無らしい。そんなわけで結婚は恐らく無理だ。久しぶりに会った宮様は、落ち着いていたが、やっぱり寂しそうだった。


「宮様の初恋の人って、誰なのかユリエは知ってる?」

「存じ上げております。従兄にあたる方ですね。物静かなお優しい方です」

「その人の奥さんとの夫婦仲は?」

「御正室とは仲睦まじくお暮しと伺っています……ですから、宮様はあまり都にお出かけにならないのでしょうね。お気持ちはわかります」

「ユリエも……帝国に戻るのは、嫌?」

「宮様と理由は違いますが、気は進みません。白髪だらけのシワシワになってグスタフ様にお会いするのがやはり、嫌なのですけど……そうですね、それでもお役に立てるなら……いつの日か戻りましょう。相談役なら白髪の老婆でも勤まりますから」

 確かに白髪が以前より目立つが、老けたと言うよりシックに落ち着いたと言う感じで、ユリエはやっぱり大した美人だと思うのだが……

「白髪になってもユリエは綺麗だよ。気にやまないでほしいなあ……」

「まあ、おやさしい」

「いや、優しいんじゃなくて、未練がましいんだろうなあ。僕はユリエを愛してるから」

 僕はユリエの手を取ってキスをして、帝国式の貴婦人に対する礼をした。

「では、御出航の日には、必ず港にお見送りに参ります」

 それ以上、僕が何かするすきを与えないうちに、ユリエは席を立ってしまう。

「あのね、邸を、トリアに邸を準備して、待つことにするからね、必ず戻るんだよ」

 それに対する返事は無くて、ただ深く一礼を返しただけだった。



 無事に手筈が整い、皆も十分な休養を取って、一路ハワイに相当すると思われる島を目指した。思いの外順調で、十日で島につく。ジェームス・クックのように僕らも勝手に神様扱いされた。言葉が通じないから、酋長というか御頭と言うか、そういう立場らしい老人の手を握って、テレパシーで意思の疎通をしたら、もう完全に僕は神様と判定されたらしい。


「我は本当に神だがな。お前も不老の神のようなものじゃ」


 そうヤタガラスは言ったが、勝手に拝まれても困るし、打ち出の小槌みたいな存在と思われても困る。だが、タロイモやパンの実は魅力的だったので、種いもや種を譲り受けた。お礼はカラフルな布類を渡したのだが、我々の持ち物がよほど欲しくなったようで、夜中に村の男総出で小舟に乗り込み、ティクシ・イリャ号に盗みに入ろうとしたのは、予想はしていたが……参った。

 ヤタガラスの力を借りて、夜行性の鳥たちに大挙してもらい、ほとんど武器も使わず、無事に追い払った。


「我のおかげで、盗みは罰が当たると思ったようだ。もう大丈夫じゃろう」


 確かに、それ以降は盗みは無くなったのだ。


「盗みに来ておいて、知らぬ顔とはけしからん」


 そう言って怒る隊員も少なからずいたが、非常に素朴な生活を送ってきた人々にとって、このたいして大きくない帆船でも「山のような大きな船」に見えたようだし、食料や水と交換した布類も「見た事も無いきれいなもの」だったのだ。怒るのも大人げないと感じた。


「怒らず、穏やかに接し、測量や動植物の調査をした方が、よほど有益です」


 モタ隊長の一言で、皆は気を取り直し、それから約十日間、測量や調査を続けた。新鮮な果物類や、素朴だがなかなかに美味い豚や魚の丸ごとの蒸し焼き、綺麗な水、温泉も十分楽しめたのは、うれしい誤算だった。


 その島から、更に十日で、なんと大陸に到達できた。大陸で初めて遭遇した部族も文字を持たなかったが、最初の島の人たちより律儀というか、物堅い人たちで、盗難問題は起きなかった。ようやくカボチャ・トウモロコシ・タバコに遭遇した。


「おお、カボチャだ、こっちはトウモロコシだ」


 僕が狂喜したのを見て、探検隊の連中は奇妙に感じたらしい。そこで僕がカボチャとトウモロコシを使って、ポタージュとポップコーンを作って見せたら、驚いてくれた。探検隊はそこでも測量し、色々記録やスケッチもしたのだが、そこの酋長に息子の一人を連れて行ってほしいと頼まれて、どうするべきか悩んだが、ヤガー君が言葉が多少わかるので、引き受けた。名前をワサハクと言う。年齢は十歳らしい。

 酋長との意思疎通はテレパシーで行った。


(オヌンダガオノの中で一番星回りの良いこの子には、七度目の冬までには戻って欲しいが、無理だろうか?)

(大丈夫なはずだ。そうなるように努力する)

(あなたは神の気配を背負っているから、この子はあなたに仕えれば大きく運が開けるはずだ。そして多くの知恵をオヌンダガオノに持ち帰るはずだ)

(わかった。賢い子のようだから、ともかく色々学ばせてみよう)

(ありがたい。よこしまな白い者たちではなく、あなた達が最初に来た。やはりあの子は運が良い)


 どうやら『よこしまな白い者』の噂は、このオヌンダガオノという部族の住む土地にも届いているらしい。王が君臨する南方の国の干渉を嫌って、北上し定着したらしいが、誇り高い民族のようだ。


 ヤガー君の発案で、このオヌンダガオノの酋長の知っている『邪悪ではない白い家の男』を紹介してもらった。狼煙を上げて、三日後に到着した男は、とある王国の神官兼地方官らしかった。ヤガー君とは、普通に会話が出来る感じがした。僕もその神官兼地方官の手を取り、テレパシーで会話した。


(あなたはこのテパネカの若者によれば、アイリュ帝国よりはるかに強大な国の高貴な方だそうですね)

(アイリュ帝国を見ていないから何とも言えないが、僕の国はアイリュ帝国の東海岸で勝手な事をしている連中よりは何十倍も大きいのは確かだ)

(そうなのですか! アイリュは戦いに負けた他国の民は、すぐに奴隷か生贄にする残酷な国ですが、あなたの国では人を生贄にしないそうですね)

(しない。人を生贄にすることなど有り得ない。戦って負けた事は無いが、我が国では奴隷を禁止している)

(大きな鉄の山が有って、沢山の鉄や鉄の道具を作る国だそうですが、あの大きな音がする鉄の武器も作るのですか?)

(これの事だろうか?)

 僕は鉄砲を見せると、凄く欲しそうな顔になった。

(これ一つで、国も滅ぼせるほどの力が有ると聞きます。一つぐらい欲しいものです)

(そんな力は無い。使い方を間違えると危ない武器だ。この武器だけ持っていても、大したことは出来ない。弓より多少早く確実に獲物を殺せる程度だ。この武器は調子が悪くなったら、自分では直せない。専門の職人に頼むしかないのだ。だから、君に上げても良いが、あまり期待しない方が良い)

(東の方で、黄金と交換でこれを白い者から貰い受けた者が幾人かいますが、二、三度火を噴くと、そのあとは静かになってしまったそうです)

(雨や湿気に弱いし、壊れやすい。使い慣れないと上手く的にも当てられない。沢山の黄金と交換するほどの価値は無いかもしれない)


 すると、その、神官兼地方官は、鉄砲の攻撃を防いで反撃する方法を教えてほしいと言う。聞けば、誰かミッケリの人間が早くもやってきたらしいのだ。


(君たちの国でも、人をいけにえにする?)

(しますが、生贄にする人は最大限丁寧に扱いますし、年に数えるほどです。大量に人間の生贄をささげるアイリュよりは、穏やかだと思いますよ。我が国の神官にも人間の生贄には反対と言う立場の者が居るのですが、今の大王の側近は残念ながら生贄が必要だと言う立場の者ばかりですね)


 この『邪悪ではない白い家の男』の本当の名前はイシュカレと言うそうな。イシュカレは大王を中心とした神官と官僚からなる統治機構を備えたテツココ王国の地方官らしい。権力争いに巻き込まれて、西の果ての僻地に赴任させられたが一応名家の出らしいので、重要な用件が有れば大王に直接お目見えし、じかに話が出来るらしい。テレパシーの感じから、彼は知的好奇心が旺盛で物事を理性的に判断できるなかなかに優れた人物であるのははっきりしたから、相談もしてみる事にした。


 僕がラフな地図を見せると、自分の国の大王が住むのはここで有ると思うと言って指したのが、メキシコシティーのあたりだった……と言う事は、アステカに相当する国家とみてよさそうだ。話は色々盛り上がって、僕が欲しいと思う有用植物であるリュウゼツランの仲間の色々やガムのもとのチクルの苗やなんかももらえる約束を取りつけた。お礼かたがた道案内と言う事で、船に乗せて、入り江にあると言うイシュカレの館まで送って行く事になった。


 それにしても、僕とチャスカのなれ初めや関係、あの胸飾りの文字が出現した経緯について教えると、驚愕した顔になった。どうやら彼の知識、価値観では、僕は伝説上の西からやってくる『真の神』の代理で、この大陸のすべての人間は平伏し従うべき存在……と言う事になるらしい。


 イシュカレは僕の船内の居室で、いきなり僕に向かって五体投地の礼みたいな動きをはじめ、最後は物凄く恭しく土下座した。そして荘重な調子の祝詞みたいな言葉を唱え、また五体投地みたいな動きをして、床に座り込んだ。

 ヤガー君曰く、天地を創造した神に感謝し、その恩恵を賜るようにこいねがう祝詞みたいなものらしい。

「僕はとりあえず、人間だし、イシュカレと友達になりたいと思うんで、どうか椅子に掛けてくれと言ってくれないだろうか」

 ヤガー君がそれを通訳して伝えると、イシュカレは恐縮して椅子に掛けた。


 翌朝、イシュカレの治める街が見えた。

「あの白い一番大きな建物が、私が今住んでおります神殿です、とイシュカレが申しております」


 ヤガー君の言葉で、その方向を見ると、確かに他を圧倒して大きな建造物だった。 

 港は石でちゃんと埠頭らしきものが整備されているし、はしけも有る。荷下ろしの手配もできるみたいだ。何より港から見るとイシュカレの住んでる神殿が本当に白亜の殿堂って感じで凄い。イシュカレが供の一人を走らせたのは、僕らを迎えるためらしい。そのうち楽団らしきものに先導されて、十六人で担いだ輿らしきものが二つ、他に八人で担いだのが二つ、来た。そうか、この土地は車ってものが存在しないんだったなあ。


「殿下、あれなる一番大きな輿にお乗り頂けませんかとイシュカレが申しております」

 ヤガー君が通訳してくれた。どうやら断るわけにも行かないみたいだ。

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