複雑すぎる僕の家庭事情・2
年齢その他、矛盾が有るでしょうか? 何か有りましたら、教えてやって下さい。
公式愛人が皇后にも認められているって、結構さばけてるじゃねえか! って制度を知った時は思ったが、仮にも自分の母親である人が愛人を作るとなると、気分的にやはり引っかかる。
地球の歴史だとフランス王妃マリー・アントワネットの愛人がスウェーデン貴族のフェルゼンでは、国益上問題が多いと見なされたわけだが、一般的に女が愛人を作る事に対して、世間の目は厳しい。そのあたりはこの世界でも大差無い訳で、その意味でも、ずいぶんと思い切った決断だと思う。
誇り高い母上が御自分の言わば実質的伴侶としてふさわしいと見込んだ男なのだから、当然だが……まあ、その、愛人本人は査問会で恐らくは全会一致で認められることは確実だ。
血筋は建国以来の名門十二家の一つ、ベルワルド家の三男だからまずは文句は無いし、ワッデン戦役で目覚ましい働きをした後、高等文官登用試験に首席で合格し、三期連続執政官となって以降は現皇帝、つまり父上により史上最年少の三十歳で宰相に任じられたと言う華々しい経歴の持ち主だ。宰相は皇帝が指名し、皇帝以外何物にも罷免できない。執政官十二人で構成する御前会議を仕切り、意見が割れた時、最終決定を下すのは宰相の役目だ。人は彼を大宰相と呼び、恐れ敬う。
「公式愛人……なあ。僕はこれから大宰相をどう呼べばいいんだ?」
「別にこれまで通りでよろしいかと」
まあ、イヴァルにとっちゃ僕の戸惑いなんて、他人事だよな。実にそっけない答えだ。
大宰相・スコーネ侯爵エリク・ベルワルドは三十歳で宰相に任じられてから、今年で十二年目になる。十代のころは宮廷の様々な貴婦人たちと浮名を流したナンパ野郎だったらしいから、色事のスキルも高い訳だ。妾やらメイドやらとの間に子供が五人ほどいるが、正式な結婚をした事は無い。
「正妻を一度も迎えていないって、幾度か母上にアピールしてたよな。相当前から、計画していたみたいだ」
「両陛下と大宰相の間に幼いころからの取り決めが有った、などという噂も御座いますが」
「ふーん。すると知らなかったのは僕だけか。実に不愉快だ」
(幾ら殿下が神童でも、さすがに皇后陛下御自身のベッドサイドのお話など、お出来になりますまい。やはり、大宰相は皇后陛下にお子を産んでいただくおつもりでしょうねえ。そうなると……殿下は荒れるかな? それはちょっと、厄介だ)
けっ。イヴァルめ、おかしな気の使い方をしやがって。
「親御様のお立場ではなさりにくいデリケートな話ですからねえ」
「ふん、まあ、いいさ。御立派な大宰相と母上に子が出来たって、法的にも何の不都合も無いんだからな。まあ、宮廷の婆さん連中がチクチクウジウジ言うだろうが、母上はお強いから、歯牙にもかけられまいよ」
「それでも、殿下のお気持ちに対しての御遠慮はお有りのようでして……このような書状を大宰相から受け取りました。殿下にお見せするようにとのことです」
大宰相が書いた正式な書状だ。べったり赤い封蝋に大宰相の封蝋指輪の印面が押されている。イヴァルも内容が何か知らないのか。フムフム……エ? ええ?
「どうなさいました?」
「読んでみろよ。こう来たか。嫌味だなあ。まあ、断るに断れないよな」
「書面では、大宰相の三女でいらっしゃるウルリカ嬢を殿下の側妃に差し上げたいと言う事ですね。なるほど、御生母は滅んだスコウホイ王国の王女でしたか」
長女と次女はそれぞれ、メイドが生んだ娘で、確かもう、しかるべき貴族の夫人に納まっているはずだ。
「男を惑わす美声の持ち主だという高級娼婦のマリオンが、大宰相の妾に納まったっていう話は僕も知っていたよ。だが、そのマリオンがスコウホイ王家の生き残りだったとは、びっくりだ」
「スコウホイの民心の安定にもつながるし、大宰相は殿下をいわば紐付きにできる……そう、お考えなのでしょうかね」
「たぶん、そんなところだ」
スコウホイ王国は六十年ほど前に帝国領に組み入れられたが、いまだ民心は安定していない。
当時の国王は家臣たちが起こしたクーデターに恐れをなして、家財道具を持ってトンズラしただけなのだが、どういう訳か大半のスコウホイの民は「帝国が卑劣な罠で王を陥れ、拉致した」と信じている。まずまずの善政を敷き、租税の負担なども帝国領となってからの方が格段に楽なはずなのだが、誇り高いスコウホイの民はかつての王家を未だに神聖視している。
祖国を捨てた最後のスコウホイ国王は帝国内の小さな邸で、思うさま酒と女にのめり込む気楽な暮らしを送り、亡くなったときは借財だらけになっていたようだ。クーデターを企てた家臣団は帝国がすっかり制圧した後であったし、スコウホイは男子にしか王位継承を認めない国柄だったから、愛人腹の娘しか残らなかったのは帝国にとって幸いだった。
「ウルリカはスコウホイ公爵でもあられる殿下の御もとに有るのが、最もふさわしい娘」と大宰相の書状に有るように、形式上スコウホイは皇太子の直轄領であり、皇太子はスコウホイ公爵の爵位と称号もあわせ持つ。
「ですが、殿下、もう御一方側妃候補がおられるのです。いかがあそばしますか?」
ええ? なんだそれ?
「皇帝陛下が御自身の公式愛人・グラーン侯爵夫人の長女セルマ嬢を『側妃扱い』で、殿下に娶わせたいとお考えのようです」
「と言う事は、よっぽど出来がいいのか? あるいは絶世の美少女か?」
「絶世の美少女ではないにしても、醜くはないでしょう。年は殿下より五歳上です。ですが殿下が大人びておられるので、それは問題無いかと」
「五歳上って、十一歳か……女は成長が早いからなあ。僕はまだ、体のサイズが六歳児相応なんだぞ。ユリエみたいな大人ならともかく、精神年齢が低い女の子に見下ろされているのは不愉快だな」
「おやまあ、案外と下らない事を気になさるのですね、殿下も」
(十一歳の女の子を手懐ける事ぐらい、軽いと思いますがねえ。殿下もやっぱり子供なのかなあ)
チっ、イヴァルめ、人ごとだと思って勝手な事を……
「陛下はお急ぎではないようです。七歳になられるころまで、様子を御覧になるとの事ですので」
イヴァルが父上から聞いた話では、十一歳のセルマは無口で読書好きな文学少女らしい。実父、つまり侯爵夫人に納まったカレン・ゲーゼの最初の亭主はオーレ・トマソンと言い、有名な劇作家だった。侯爵夫人は大輪のバラになぞらえられる美女だが、オーレ・トマソンは醜い小男で顔には大きな傷が有った。まるで美女と野獣のような取り合わせだが、文学上の師匠でもある夫をカレンは尊敬し、病で亡くなるまで献身的に尽くしたらしい。夫を亡くしてからは貧しくひっそり暮らしていたが、狩場でけがをした微行中の父上を適切に介護した事から、運が開けたのだ。
「オーレ・トマソンとどの程度似ているのかな……」
文才豊かなのは良いとして、見た目はなるべく母親に似ていてほしい。
「何なら、御本人を垣間見なさったらいかがですか?」
何でも宮廷内の書庫に毎日通っているらしい。読書好きなのは本当なのだろう。