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僕と未知の大陸・2

「殿下、チャスカ殿を監禁したミッケリの連中ですが、どうやら未知の大陸で手に入れた金銀財宝を商売の元手にしたようです」

「どうやって手に入れたのだ?」

「どうやら神域らしき泉から財宝を纏ったむくろが幾つも見つかり、勝手に引きはがしてきたようです」

「で、あの胸飾りは?」

「鉄砲を欲しがった土地の有力者に、凄い宝石を持ってきたら新品の銃をやると持ちかけたら、どこからか持って来たと言います」


 取り調べた者の話では、どうやら未知の大陸の東端には、ミッケリ商人が出入りするようになった港が有るらしい。当初は軍船を押し立てて、制圧する予定だったが、ヤタガラスの活躍でフイになった。今はあまり大きくない帆船単独で海を行き来する投機的な商人なり貿易商なりが各地からやってきてそれなりの賑わいを見せているらしい。


「製鉄技術も持たず、ネジの構造も知らぬ連中に銃の複製など出来ようはずもないから、弾切れになったら、連中にとって銃はただの鉄の棒だろう、などと申しておりましたぞ」


 僕も直々にあの腕を折った男を尋問した。今は腕に添え木を当てて吊っている状態だ。僕がどこのだれか知って、何やら諦めがついたのか、思いの外さっぱりした表情だ。


「可愛がっていらっしゃるあの子を痛めつけたおいらの手を折ってしまわれたのも、致し方の無い事でさ」

 変な納得の仕方をしている。変でもないのか。ともかくもこの男の中のわだかまりは失せたようで、僕の尋問に素直に応える。

「素直だな」

「へい。帝国の摂政殿下は人の心を読む異教の神のような方だと有名ですからね。嘘言っても始まらんでしょう。ですから、何でもお尋ね下せえ。全部すっかりお話いたしやすよ」

 あの胸飾りの由来などは、やはりこの男は全く知らなかった。鉄砲を欲しがった土地の有力者が神殿の物を買収して持ち出させた、と言う経緯ではあるようだが、それ以上は何もわからない。

「財宝を纏ったむくろが見つかる場所とは、どんな所だ」

「海辺からちょっと入っただけのところなんですがね、冷たいきれいな水が満々と満たされている泉が有りまして、一種の神域かなんからしいです。俺たちの仲間が涼みがてら飛び込んで、冗談半分に底の方にもぐったら、何か腕輪らしきものを見たんでさ。引き上げたら、人の骨も一緒だった、てわけで。後で聞いた所じゃあ、雨の少ない年には水の神への供物として、村で一番きれいな若い娘を着飾らせて足に重りを結わえ付け、泉に放り込むんですと。そう言う放り込まれた女の子のむくろだったんでしょうよ。かなりの数の金の腕輪や銀の飾り、翡翠の首飾りなんかが出てきましたぜ。むくろはいらねえから、また泉に戻しましたがね。お宝は頂いたってわけで」

「何体分、引きはがして持ってきたのだ?」

「良くわかりませんが、百じゃきかねえだろうなあ。生きている人間に銃をぶっ放したり、村を焼打ちにしたりした連中よりは、あっしらの方がマシでしょう?」

「盗人には違いないな。褒めた話ではない。で、なぜあの子を鞭で打っていた?」

「身分証で皇太子殿下付きと知れたもんですからね、うまい具合に忍び込む方法を聞き出そうとしたんでさ。後貴重品の仕舞い場所とか。ですが、全然口を割らないんでね、焦れてました」

「それで鞭打ちって、酷かないか?」

「異教徒の原住民みたいだから、まあ、奴隷と大差ないだろうと思って仕置きって感じですが、殿下が大切に扱ってらっしゃる子だと知って、まずい事をやったもんだと思ってます」

「帝国では奴隷の取引は許してないし、存在も許していない」

「へいへい。すみません」


 ミッケリでは黒目黒髪の人間は異教徒で、未開の民と言う偏見が強いのを忘れていた。


 取り調べの帰りに、ヨハンの邸に立ち寄った。エガス・モタ修道士にもっと未知の大陸についての話を聞きたいと思ったからだ。


「良い所にお出で下さいました。先日お話いたしました修道士会で引き取ったあの大陸出身の少年が本日到着いたしましたので、彼から話をお聞きください」


 ヤガーと名乗るその少年は修道士見習いの身分だが、実質はエガス・モタ修道士の秘書というか助手のような役目を果たしているらしい。


「ヤガーはテパネカと言う国の貴族の息子なのです。その為、いくつかの国の絵文字が読めるようです。語学に関して天才的な勘を持っておりますし、数学や天文学にも才能が有る様なので、できましたら帝国で自由に学問をさせようかと考えまして呼び寄せました」


 ヤガー少年は十六歳であるらしい。小柄だが姿勢が良く、黒目黒髪で象牙を思わせる肌の色で貴族的な顔立ちだ。非常にきれいな発音でこちらの言葉を話すので驚いた。


「モタ先生に見せて頂いた絵文字の写しは、一部がつじつまが合いません。ここ、そしてここですが……」

「ああ、そうだな、今度殿下にお願いして、はっきり確かめた方が良さそうだ」

「私が考えた形が正しいと致しますと、この文章はこう読めます。『111番目の偉大な王、王の中の王、始原の光を頭に頂く真の指導者により、美しき碧の鳥の寿ぎは蘇る。鳥の力を秘めし者と偉大な王の血が永久に結ばれし時、大いなる祝福がスーユに満ちる』……スーユとは王国を構成する行政単位の意味にも、単に国と言うほどの意味にも使われる言葉なので、どちらかはっきりしませんが」

「始原の光を頭に頂くとは、どう言う意味なんだろうか?」


 僕が尋ねると、少年は黒い瞳を伏せて考えながらこういった。


「幾つかのあの大陸の国々で、世界の始まりの光に関する伝説が有ります。その光の名残が黄金であるとされ、始原の光を頭に頂くとは、輝くような金髪……恐れながら殿下のような御髪の色の偉大な人物を指すのかもしれません。殿下が御即位なされば百十一代目の皇帝陛下となられるのだと存じておりますが……」


 ヤガー少年の説明によると、この絵文字は少年の故郷より南西の方角にあったワルパという古い王国の形式で、その地はいまは四つの王国を統一した帝国ともいうべき国家の領土なのだと言う。アイリュ帝国と言うらしいが、その国の今の皇帝は広大な領土を十分に掌握できておらず、各地で小さな反乱や武力蜂起が絶えないらしい。どうやら古い歴史を持つ四つの王国の貴族階級の生き残りたちから見ると、アイリュの皇帝は簒奪者であり成り上がり者で有ると見なされ、正当な統治者ではないと言う事らしい。


「その理由の一つに、ワルパの祖霊・碧の鳥ケツァールの祝福が得られていない事が上げられます」


 だが、チャスカはどうやら大陸の東端の地域にいたようなのだが、なぜ、ケツァールの聖痕を宿しているのか、あるいはあの胸飾りがなぜ光るのかが腑に落ちないと問うと、ヤガーは明快に答えてくれた。


「ワルパの民には古くからこのような言い伝えが有ります。ワルパの王家にケツァールの祝福を受けた娘が生まれる。その娘は翡翠の胸飾りをつけ西の海より111番目の偉大な王を導き、共に大地を総べると。その言い伝えを恐れたアイリュの皇帝は、ワルパの王族・大貴族を強制的に故郷の西の海に近い豊かな土地から、はるか遠い東の海のほとりのやせ地に移住させたのです」


 一度はあの翡翠の胸飾りをアイリュの皇帝は取り上げたのだそうだが、余りに不祥事が続き、ワルパに戻せと言う神託が下された所為もあって、再びワルパの民の手に戻ったのだと言う。


「その次第は随分とテパネカでも話題になりました。私の祖父が現役の神官を務めていた時分の話ですが」


 少年は僕の方を幾度か見ながら、色々と考えているようだった。


「ヤガー君としては、僕はその当事者だと思うのかい?」

「そのチャスカという方にお目にかかりませんと、何とも言えませんが」

「会っただけで、わかるものなのか?」

「私は、テパネカの神殿に伝えられた人相と手相の鑑定法を心得ております。殿下の御顔立ちはまさにその当事者であられても不思議は無いかと思われます」

「じゃあ手相も見てくれるかい?」 


 少年は机の上に僕が拡げた両手を注意深く観察していたが、結果が出たらしい。


「殿下が大変に御長命なのは間違いありません。お亡くなりになる寿命が全く読み取れない手相は、初めて拝見しました。心身ともに御健康でいらっしゃいます。男女を問わず多くの者が殿下を慕って集まり、お力を貸すでしょう。これまでになく大きな国が出来るのかも、いや、これまでとは違う形の国が出来るのかもしれません。その指導をなさるのが殿下です。あまたの御子が授かりましょうが、お子同士の争いは生じますまい。殿下ほどの御身分の方には珍しい事ですね。兄弟姉妹の方々とも、御円満でしょう。特に姉君のお力は大きいようです」


 その一部始終を見聞きしていたヨハンとエガス・モタは、自分の手を改めて見ていた。


「私の手は、どうなのかなあ」

「以前一度見てもらった時に、金には縁が無いが好きな事をやって一生を送れるとは言われましたなあ」 


 翌日、午後にヨハン・モタ修道士・ヤガー少年の三人を僕の住まいに招待してチャスカに引き合わせ、翡翠の胸飾りの現物も見せた。モタ修道士は親か夫か主人が同席しないと「女性との面会は禁じられています」との事だったので、午後のお茶の時間を共に過ごすことにしたのだ。ヤガー少年はチャスカの話す謎の言葉も、流暢に話した。チャスカは故郷の言葉で久しぶりに会話して、大いに喜んでいた。


「チャスカ殿が古のワルパ王国の王族の末裔で有る事はほぼ確実です。アイリュの皇帝が東の海のほとりに移住させたのは、ケツァールの加護を強く受けていると思われる五十家族の人々だけです。残りの大半の民は今も先祖伝来の土地でアイリュ帝国の総督の支配のもと、虐げられて暮らしているはずです」


 それから、ヤガー少年は出された茶も飲まずに、考え込んでいた。そしてチャスカに一言二言話すと、こういった。


「チャスカ殿に、ケッァールのつがいの黒い霊鳥について何か御存知ないかお尋ねいたしましたところ、殿下が良く御存知だとおっしゃいましたが、如何なるわけでございましょうか?」

「その霊鳥がミズホのヤタガラスを指すなら、僕の友で、今は黄金宮に住んでいる。呼んでこようか?」

「失礼ながら、殿下はその霊鳥と意志を交わす事がお出来になりますので?」

「会えば分るさ」


 僕の言葉が終わるや否や、ヤタガラスが部屋に入ってきた。


「グスタフ、今日は珍客がおいでのようではないか」

 ツカツカと入って来たヤタガラスを「ミズホの霊鳥・ヤタガラスだ」と僕が紹介すると、ヤガー少年は驚いていた。驚いてはいたが、すぐに冷静な顔つきに戻り、ヤタガラスに質問した。

「人の形をお取りになって、お話しになるのですね。恐れ入りますが、ヤタガラス様、質問に二、三お答えくださいますか?」

 どうやら、ヤタガラスとつがいの出会い、そして急な別れについて尋ねたようだった。


「殿下御自身がヤタガラス様と胸飾りをしたチャスカ殿を伴われ、ミズホの海域からワルパ王国の故地を目指されれば、万事は古の言い伝え通り、胸飾りに現れた絵文字の言葉通りに運びましょう」


 ヤガー少年が言葉を終えた途端、モタ修道士は焦った感じで僕にこう、甲し入れた。


「その折は、私と、このヤガーもお連れ下さい!」

「わかりました。そのような事が実現するなら、御一緒にお連れしましょう」


 僕はヨハンに二人を引き合わせてくれた礼を述べるとともに、十分保護するためにはどうするべきか相談した。とりあえず、ヨハンの所に皇室の一員としての警備の者を十分に遣わす事にした。そして二人の研究活動資金と、帝国内の幾人かの学者への紹介状をしたため渡した。

「皇太子殿下直筆の紹介状とは、有りがたい事です」

 モタ修道士は非常に喜んでくれたようだった。

「恐れながら、殿下」

 ヤガー少年は非常に言いにくそうに、次の言葉を選んでいるようだった。

「チャスカ殿と夫たる方との御縁は、まだ、結ばれておりません。殿下が……伝説の王たるためには、そのう……」

「わかった。近いうちに決着をつける」

 僕がそう応じると、ヤガー少年は真っ赤な顔になって、沈黙した。


「ヤガー君って、堂々として貴公子って感じなのに、そういう方面はやっぱりうぶで可愛いな」

 ヨハンが笑いを含んだ声で言うと、モタ修道士がこう応じた。

「元来が清らかな育ちのようですから、当然でしょうなあ」

 ヤガー少年の国は、チャスカの先祖の国程虐げられてはいないが、つい最近、アイリュ帝国の属国になったそうだ。

「それでも過去のアイリュの皇帝や大神官と、テパネカの王族たちが姻戚関係に有りましたので、さほど民はひどい目には合っていませんが……神殿の秘宝を取り上げられてしまいました」

「どんなものかな?」

「黒曜石の刃に黄金づくりの柄の聖なるナイフです。生贄のナイフですから、本当は必要なかったのかもしれませんが……」

 死の神の力を取り込み、王家の力を強める呪いに使ったのだと言う。人間を生贄とする時のための物で、めったなことでは使われず、普段は神殿の奥深くに秘蔵されていたそうな。

「あのナイフを百一回目に使った時、その国の王と民に災いが及ぶと言う秘伝を、我が国の大神官はわざと教えなかったようです」

「君の国に有った段階では、何回使用したとされているんだ?」

「五十五回でしたね。よほどの大災害なり深刻な内乱でもない限り、めったに使わないものですから」

「で、アイリュの皇帝はそのナイフをどう扱っているんだろうな?」

「軍を動かす前に毎回人間の生贄をささげ、そのたびにあのナイフを使っているようです。そのおかげかアイリュ帝国の領土は膨張を続けています。ですが、ミッケリの連中に攻め込まれ、私の様に船で運ばれ奴隷にされるものが出たと言う事は、ナイフの限界が近いのでしょう」

「なるほどなあ。ミッケリの連中は知っているだろうか、その話」

「知る筈はないかと。我がテパネカの王族の中で、限られた者だけが知る話ですから」

「ヤガー君は王族だったのか。気品ある立ち居振る舞いで、僕は感心していたんだが、事情を聞けばなるほどと思うよ」

「殿下、ヤガーがあの土地の学問に通じていることは存じておりましたが、王族である事は今初めて聞きました。故国の宗教や歴史の話をこれほどしっかりしてくれたのも、初めてでしたぞ」

「異教の話を修道院内で迂闊に致しますと先生に御迷惑が及ぶので、できませんでした。申し訳ありません」


 学問の自由が保障されている帝国の方が、二人には居心地が良いようで、僕は安心した。

未知の大陸関連の人物のまとめです。



チャスカ

かつて未知の大陸の西海岸地域に存在したワルパ王国の王族の末裔らしい。

アイリュ帝国の皇帝により、ワルパの王族は東海岸のやせ地に強制的に移住させられたという。

ワルパ王国の祖霊・碧の鳥ケツァールの祝福を受けた伝説の娘であるらしい。


ヤガー

アイリュ帝国の属国になったテパネカの王族の少年。テパネカの王族としての教育・教養を身に着け、語学・数学・天文学に優れた才能が有る模様。ミッケリの連中により奴隷にされ虐待されていた所をエガス・モタ修道士に保護される。


エガス・モタ

神聖教会の修道士。異端の学僧で僕の異父弟ヨハン・ベルワルドの友。ヤガーの保護者兼師匠。

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