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僕と未知の大陸・1

「祖霊の祝福を受けるためにって、抵抗が有るよ」

「理由はどうあれ、モナも賛成なんじゃろ、さっさと事を運べばよかろうが」

「さっさって、なあ……」

 ヤタガラスに僕の葛藤なんてわかるはずもないか。それでも、抵抗してみる。

「僕のいた世界では男女の付き合いは『お友達から』と言うのが常識だった」

「じゃあ、お友達づきあいでも何でもすればよかろう」

「面倒だ」

「ではいきなりでも何でも」

「いきなりじゃあ、あんな子供を壊すじゃないか。娼館でも行くよ……つか、何で毎日、こんなバカな話をするんだ。もういい。僕は忙しいから、チャスカがおかしな事に巻き込まれないように気を付けておいてくれよ。ミッケリ辺りの奴隷の取引に手を出している連中だって、街中はうろうろしてるから、黄金宮から外に出すなよ」


 街で恐ろしい目に逢ったせいだろう。チャスカが外に出たがる事は無かったし、先輩メイドも、皆チャスカに買い出しなどをさせないように気はつけている。だから、特に問題は無いだろうと思っていたのだが、予想外の事態が起きた。その夜、僕が戻ると、チャスカが行方不明で皆が大騒ぎしていた。ヤタガラスも途方にくれていた。


「ヤタガラス、落ち着いてチャスカの気配を探れ」

 僕がヤタガラスに手を添えて集中を促すと、ヤタガラスが金切り声を上げた。

「港だ! 港の船に積み込まれるぞ、急げ!」


 僕は肩にカラスの姿を取ったヤタガラスを乗せて、馬を走らせた。後に近衛兵三十騎余りが続く。港で気配を突き止めたヤタガラスは、船積み直前の荷物を集めた倉庫の屋根に止まって高く鳴いた。


「あの建物に一斉に突っ込め」


 僕の号令で、一斉にみんなで倉庫に突っ込むと、見るからにならず者と言う感じの男たち五人が、椅子に縛りつけたチャスカを鞭で打っていた。僕はその光景を目にした途端、頭が沸騰して、鞭を握っていた男を突き飛ばしで鼻を殴り、腕を折ってやった。僕にしては珍しい反応だと、自分でも思った。


「どうしたんだ、いったい?」


 僕はチャスカを抱きしめると、意識を探った。

(碧の胸飾り、神殿の宝物を、あんな男が持っているなんて許せない。取り返さないと、神殿に戻さないと)

 気を失った男の服をはだけると、巨大な翡翠細工のペンダントが出てきた。それを外し、チャスカに見せると、ほっと安心した様に気を失った。

 五人の男たちはそれぞれ凶悪犯用の独房に放り込み、男たちが乗ってきた船の乗組員も全員牢に入れた。


「全員、ミッケリからやってきた者たちです」

「五人は特に厳しく調べろ。焼き鏝でも何でも使って構わん。あの翡翠のペンダントをどのように手に入れたか、必ず聞き出せ」


 僕はチャスカを抱えて黄金宮に戻った。どうやら僕が腕を折った男は、黄金宮に『極上』だと言うふれこみのリキュール類を納めていたらしい。房事に抜群の効果を発揮すると言う代物だが、買っていたのは父上の所の年かさのメイドだった。元来は父上が御入用で毎年購入なさっていたが、この十年はお使いになっていないと言う。


「金銭の管理も任せきりだったからなあ」


 そのメイドは若いころに二、三度閨に召された事も有るらしいが、それきりであったし、子も出来なかった。身寄りも死に絶えてしまったので、父上のお住まいの側に部屋を頂いて住んでいると言う訳のようだった。父上がもう不要だとおっしゃった品物を仕入れ続け、勝手に横流しして売りさばいていたのだ。父上の個人的な費用の管理を長く任されていたので、相当な金額をため込んでいた。


「お前は怒るだろうが、ため込んだ金だけは持たせてやろうと思う。穴埋めは皇帝の歳費から良いように補っておいてくれ」

「御希望の通りに、致します」


 僕がそういうと、父上は明らかにホッとなさった御様子だった。そして珍しくチャスカとの事に関する話も、なさらなかった。


 さて、チャスカだが、なぜ無茶をしたのか聞いてみた所、あの胸飾りをなじみのメイドに自慢している男に黄金宮内で遭遇して、男のねぐらだけでも確かめようとつい、追跡してしまったらしい。


「なぜ、ヤタガラスを呼ばなかった?」

「おるすでしたから」


 それにしても食い意地の張った頼りない守り神様だ。

 何でも正三郎の女房がミズホ式の団子をこしらえるので、ヤタガラスはそれが目当てで、出かけた後だったらしい。正三郎が以前自慢していたが、妻の料理は美味いらしい。そこで、食べ物目当てでチャスカの側を離れてしまうヤタガラスへの対策を施すことにした。ユリエがもう自分は使わないと言った僕の住まいに隣接した建物を、正三郎夫妻の住まいに充てることにしたのだ。そうすれば、ヤタガラスは黄金宮からあまり外に出ないで済むだろう。正三郎は黄金宮内の図書館に通いやすいし、妻はフレゼリク・レオポルドの所でナタリエの手伝いをしているので、互いに好都合のはずだ。


「あの翡翠細工、我がつがいの気が籠っておる。チャスカが身に着けた方が良いじゃろう」

 まあ、嘘でも無さそうなので、ヤタガラスもいる前であの胸飾りを取り寄せ、チャスカを呼び、首からかけさせた。すると、驚いた。一瞬胸飾りが光ったと思うと今までただの丸い翡翠の大玉と見えていた所に、絵文字のようなものが浮かび上がったのだ。その絵文字に手をふれると、僕の脳裏にいつぞやの夢で見た光景が鮮明に浮かんだ。


「パカヤカシック!」

「イリャ!」

「ティクシ・イリャ!」


 そうだ、あの光景だ。あの言葉は僕に向けて人々が叫んでいる言葉だ。


「ヨハンを呼べ」


 ヨハンは当然の事ながら教会を非常に嫌っているが、教会に籍を置いている学者連中との付き合いは続いている。それも異端の学僧と呼ばれるような連中ばかりだ。教会の権力に関わりあうことを嫌い、真実を見出そうとすると、どうしても『異端』呼ばわりされるものだと言うヨハンの話はもっともだと思われた。ヨハンと付き合いのある学僧の中に『語学の天才』と呼ばれる人物がいて、未知の大陸の言葉について近頃熱心に研究していると言う事を教えてくれたからだ。


 ヨハンが触っても、胸飾りは何の反応もしない。それがチャスカが首に下げた時だけ、あの絵文字が金色に浮き上がるのだ。

 

「神殿の宝物ですか」

「チャスカが暮らしていた土地では、年に一度、この胸飾りは村々を回るらしい。村人は皆、供物をささげて迎えるようだ」

「そんな国でも、神殿の神官とかいうような聖職者連中が、上手い汁を吸ってるんでしょうかね」

「チャスカはそんな話はしないが、人間なんて文化が違ってもやることは似ているからな。有り得るんじゃないか?」

「で、その胸飾りに見覚えがあったと言うのはわかりましたが、何で光ったり絵文字が出ちゃったりするんでしょうね。兄上はこんな土地にも特別の因縁がお有りになるようだが、教会の連中が悪魔呼ばわりしたくなる気分はわからんでもないなあ」

「そうか?」

「知れば知るほど兄上は異教の神そのもの、みたいな存在でいらっしゃるのですから。教会が『悪魔』と呼ぶのは異教の神も含まれますからね。兄上もヤタガラスも教会の価値体系では悪魔で間違いないでしょう。で、僕は悪魔の弟ですから、教会嫌いなのも当然ですね」

「ネスはもうすぐ死ぬみたいじゃないか。後釜はお前と大差ない年頃の若者らしいな」

「僕はネスから逃げる方策が有りましたし、実際兄上が来て下さいましたが、ニコロの奴はとことん環境に順応するしか方法が無かったんでしょうよ。あいつもネスなんて死ねば良いと思っているのは確かですが、枢機卿なんかになっちゃうと、上手い具合に手持ちの駒として活用してるんでしょうね。僕と違って野心家だったし」

「ニコロ・ネスタ枢機卿は氷の美貌の持ち主とかで、女の信者に人気みたいだな」

「ニコロは必要なら、誰にでも愛想を振りまきますが女は嫌いです。母親がひどい女だったみたいでね。大好物は兄上みたいな美中年ですから、気を付けて下さい。って言うか、兄上ならあのニコロをたぶらかせるかな?」

「おいおい、僕はそっちの経験はまるで無いぞ」

「ハハハ、兄上は正々堂々と勝負なさるのがお似合いです。帝国の摂政殿下ですからな。でも、ウインクの一つもしてやると、ニコロの受けは良いかもしれませんと言う事ですよ」

「ネスタ枢機卿の話は置いておいて、お前の友人の外国の言葉に詳しい学者だ」

「エガス・モタ修道士ですか。最近は奇妙な言葉の解明に情熱を注ぎ込んでいるようですが……って、その言葉なんでしょうか、この絵文字は」

「そうじゃないかと思うのだ。僕がこれから言う言葉を書き取って、意味をそのエガス・モタに聞いてみてほしい。どうもチャスカが話していた言葉では無いようなのだ」


 僕は「パカヤカシック」「イリャ」「ティクシ・イリャ」という三つの言葉を書き取らせた。そして至急の密書としてヨハンから、ミッケリ領内にいると言うエガス・モタ修道士に送らせた。そして十日と経たないうちに返書が届いたようだ。


「兄上、あの出不精のエガスが自分自身で兄上にお目にかかってお話したいそうです」


 聞けばエガス・モタは名家の出らしいが、現在は最も戒律の厳しい修道士会に所属し、農作業と学問で明け暮れていると聞く。その修道士会に所属している理由は信仰の追及などではなく、教会の権力闘争から距離を置き、好きな研究に没頭するためらしい。驚いた事に、その返事を聞いてすぐ翌日にヨハンに伴われて、本人が僕の所に面会にやってきた。修道士は戒律により、深いフードを目深にかぶり異性に顔を見せないようにしなければならない。モタ修道士も僕の部屋に入って初めて、フードを取った。


「おお、あなたは……戴冠式の日に合唱団の音楽監督をやっていた方か」

「はい、さようでございます」

 弟がネスの寵童に無理やりされてしまって、復讐の機会を狙っていたと言う人物だ。

「弟さんは、どうなさった?」

「おかげをもちまして、無事に脱出し、還俗して今は結婚しました。来年には子も産まれます。ネスは苦しみながら死ぬようですし、私などが復讐など企てるまでも有りませんでした」

 互いの弟がともかくもまともな生活を出来ている現状を喜び合ってから、本題に入った。



「この絵文字ですが、この部分は数字です。同じ形が三個並んでいますね。数字の表記もいろいろなやり方が有るようですが、この絵文字一個が数字の1を意味するのははっきり分かっております」


 1が立て続けに三個、百十一では無いのか?


「そしてこの部分。大きい、ないしは偉大を意味する文字で、その文字はこの、王ないしは支配者・指導者を意味する文字を飾っています。そのう、殿下、殿下の所に身を寄せていると言うその少女は、この絵文字は読めませんでしたか?」

「絵文字は神の秘儀を伝えるもので、普通の民衆には読めないそうだ」

「なるほど……」

「僕が伝えた三つの言葉の意味は、何だか分かったかな?」

「未知の大陸の西の端の方の言葉らしいです。虐待されていたので修道士会で見かねて引き取った少年が教えてくれましたが、パカヤカシックは偉大な指導者、イリャは光、ティクシ・イリャは始まりの光で、始原の光であるとされる創造神のようです」


 なるほど……何だか神様めいた存在に関する言葉なんだなあ。


「ですが殿下、私が知りたいのは、なぜ殿下がその言葉を特に気になさったのか、です」

「夢なんだよ。幾度か見た奇妙な夢の中で聞いた言葉だ」


 だが、それが僕のこれからと、どう関わって行くものだろう?

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