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僕と新たな出会い・2

 僕は辻馬車を呼んで、この子を自分の住まいに運ぶ事にした。どうやらこの子は黒目黒髪の人間を見慣れて育ったらしいからだ。それにユリエとヤタガラスは相性が良い。セルマは『異教の神』に対して変に構えているのだ。


「ヤタガラス、先に戻って体の弱り切ったこの子の介抱が出来るように支度をさせておいてくれ」

「おう。先にユリエに寝床やら着替えやら、そうじゃ、食い物も頼もう」

「そうだな。気が付いた事は何でも伝えた方が良いだろう。どうやら、穀物の粥が良いみたいだ。甘い物や果物も良いかもしれん」

「承知した。では、先に行ってくる」


 ヤタガラスはカラスの姿になって、馬車の窓から黄金宮へ飛んだ。それにしても、この女の子の国はどこにあるのだろう? あの鳥は……いや、待てよ。昔、テレビの番組で見たような。どこの鳥だっけ。ルンドと地球の地理的条件はぴったり一緒でもないが、かなり共通する部分が有るから、上手く思い出せれば参考になりそうだ。


 ちなみに我がテオレル帝国は地球で言うベルギー・オランダ・ドイツからべラルーシ・ウクライナ辺りにかけての大半のエリアを占めている。だが、バルト海とボスニア湾に該当する部分は凍てついた荒れ地になっているので、北方はかなり様相が違う。隣国ワッデンの領土はスカンジナビア半島からロシアのサンクトペテルブルグ周辺までといった所だ。ワッデンより東のロシアに該当する広大で寒冷な土地を統一した国家は出現していない。様々な遊牧民や狩猟民のグループが昔ながらの暮らしを続け、ところどころに各国の逃亡者が開拓した村が点在しているといった状態だ。

 アジアはアラビア半島やインドシナ半島の形が違ったり、日本列島に該当するミズホの領地が割り増しになっていたり、といった所か。アフリカに該当する大陸の南半分は、謎の領域だ。

 そんな状態だがアメリカとオーストラリアに該当する大陸がルンドに存在するのかどうか……僕は知らない。少なくとも帝国では噂になっても居ないようだ。


「ああ、そうか」


 あの鳥は確か中南米のジャングルにいると言う鳥に似ていたのだ。ならば、この世界にも南北アメリカ大陸に相当する土地が有りそうだ。そういえば、このルンドでジャガイモ・トマト・カボチャ・トウモロコシを見ていない。タバコも存在しない。チョコレートもココアも無い。帝国で良く食べられる野菜はカブやキャベツ、幾つかの豆と豆のスプラウト類、人参、玉ねぎと言う所か。飲み物は酒でなければ茶だ。最近はコーヒーも入ってきたが。

 新しい大陸に行けば、ポテトチップスやポップコーンやパンプキンパイを食べられるようになる。トマトケチャップも製造可能になる。そういう可能性が高い。まあそれは置いておいて……この子がなぜこうも虐待された状態で見つかったのか? この子の故郷で何が起こりつつあるのか?


 もう一度慎重にこの子の意識をさぐる。すると、そこには神聖教会の紋章を記した白旗と、ミッケリの赤い旗を掲げて武装した一団の様子が見えた。何かを叫びながら、銃を乱射している。村に火を放っている。そして、村人を縛り上げ、船積みしている。村人たちは白い貫頭衣といった体裁の衣服を着ている。この子も同様に船積みされ、暗い船倉につめ込まれ……何日か航海するうち、亡くなった者は海に捨てられたようだ。奴隷市場、恐らくはミッケリ領内の大規模なものだろうが、そこで買い手が付いたものはいなくなり、売れ残ったらしいこの子は、また、船倉に逆戻り。そう言う事らしい。


 僕が摂政になってから、奴隷の売買は一切帝国領内で認めていない。だからって奴隷が存在しないと言う程、僕も馬鹿じゃないが、闇組織の人身売買の実態はまるでつかんでいない。この子はそうした連中に売る予定であったのかもしれない。子供を買い取り、性的な奴隷として育成する組織が存在すると言う噂は以前から有るのだ。……だが、その組織の構成員らしき男は、この子を買い取らなかった様だ。痩せて肌の色つやが悪いとでも言ったか? 船長は不機嫌になり、この子をひどく打ち据え、船倉に放り込んだ。売れ残りの奴隷の所為か見張りも殆ど無く、力を振り絞って船べりに出て、海面を見ていたら、荷を積んだはしけがすぐそばを通過したので、そこへめがけて飛び降りた。そして、はしけが着岸してから、見知らぬ街に降り立ち、この小屋に辿り着いた。なるほどね。


 辻馬車は黄金宮の正門前で止まった。僕は近衛兵を呼んで、馬車のまま僕の住まいまで行かせるように先導させる。辻馬車の御者が多めのチップに喜んで戻って行った頃、僕はチャスカという子を客用寝室のベッドに寝かせて、様子を見ていた。ヤタガラスも一緒だ。

 やがて女の子が目を開けた。僕はユリエに薄い粥を持ってこさせた。ひどい空腹であるのは確かだからだ。最初はユリエの差し出す一さじごとに様子を見ている感じだったが、やがて器ごとくれと言うような身振りを示した。そして、瞬く間に一杯平らげた。僕は女の子の手を握った。

(何日食べていなかった? 食べさせるものは十分有るんだが、空っぽのお腹に急に詰め込むと体に良くないんだ。ゆっくり戻さないとね)

(三日だと思う。一日二回、水が飲める決まりだった。六回水を飲んだけれど、その間、何も食べていない)

 

「この子は丸三日、水以外与えられていなかった様だ」

「まあ、随分ひどい扱いを受けたのですね」

「断食から回復する時のための薬が有ったね、あれを煎じてやってくれ」

「子供用に、少し甘味を加えましょう」

「ああ、そうしてやってくれ」


(あの女の人は髪が黒くて目も黒いが、手枷も足枷も無いし、立派な服を着てこちらの言葉を話しているのは、なぜ?)

 少女は髪と眼の色を理由に、見知らぬ異国で蔑まれたと感じているらしかった。

(この国では髪や目の色で人を差別しないよ。あの人は僕の子供のころから世話をしてくれた人で、大切な家族だ)

(とてもきれいで優しそうな人だ。あなたは髪も目も黒くないのに優しくしてくれた。なぜ?)

(この大切な友達に頼まれたからだが、子供に手枷や足枷をしたりするのは間違っているからだ。この国では人を売ったり買ったりするのも許されていない)

(大切な友達?)

(ああ。きっとこうして同じように話が出来る。ちょっと彼に代わろう)


 僕は後をヤタガラスに任せて、近衛兵の詰所に急いだ。そして急ぎ港に向かい、あの子を積んでいた船を見つけると船長以下乗組員をひっとらえ、まだ残っていた奴隷三名を解放した。三名は全員女で、やせ細っていた。手枷足枷を外し、彼女たちはセルマの母、グラーン侯爵夫人が援助している女子修道女会の診療所に連れて行った。三人のうち一人はミッケリの言葉がつかえたので、良かった。ミッケリ出身の修道女たちもかなりいるからだ。


「なぜ、奴隷を積んでいたとバレたか知りたいか」

 僕は取り調べを始めた。後ろ手に縛られハゲで両腕に入れ墨をいれた船長は、がくがくと首を振った。

「言う訳にはいかないな。おい、お前、名前は? 年は、生まれはどこだ」

 僕は男の意識から読み取った名前と生年月日と出身地を、調書に書き取った。男は驚愕したようだ。男が一言も話していない内容が、正確に書き出されていたからだろう。

「な、なぜ……」

 僕は無視して、男に問いかけた。どこであの奴隷達を仕入れたか、どこで取引をしてきたか、幾ら儲けたか、組織のボスは誰か、組織の仕組みは、どうやって組織と連絡を取るのか、上納金はどうやって納めるのかなどなど、あらかた意識の中から読み取ってしまった。


「ギドン・タリ、スコウホイ領内ラナ生まれ、四十歳、独身、貴様をネードの鉄鉱山送りとしよう。生まれ故郷に近い場所で服役させるのは、慈悲ってもんだ。そもそも違法薬物と奴隷の売買は、帝国領内では禁止だって承知していただろう?」

「お、おい。いきなりなんだ、勝手に決めやがって。俺はおえらい役人にも伝手が有るんだぜ」

「お前の仲間の公爵の息子と、伯爵の弟は明日早速召し捕る。それとも他の伝手でも有るのか?」

「え……召し捕るって、あんた、何者だ」

「三年たったら解放されるかも知れないから、まあ、まじめに働くんだな。奴隷と違って、安いが日当ぐらいは出るぞ。船その他は没収だ。国有財産として有意義に使うから心配無用だ。いい船だが、どこで作らせた」


 ミッケリの或る造船所の名前を、ギドンという男の意識から僕は読み取った。こうして、その夜の内にある程度かたをつけて、僕は再び黄金宮に戻った。


 一味から取り上げた鍵で手枷・足枷を外すと、チャスカの表情がパッと明るくなった。


「これは何だ?」

「ああ、我とグスタフがいなくても意思疎通が有る程度出来るように、考えてみたんじゃ」

 簡単な絵文字のようなものが墨で紙に書き出して有る。

「この湯気が立っているのが、食事か。これがのどが渇いた、トイレ、どこかが痛い、痒い、気持ち悪い、熱が有る、ヤタガラスを呼ぶ、僕を呼ぶ……ふうむ。あとは着替えたい。シーツをかえたい、なんかはいいのか?」

「ああ、まあ、付け足すか?」

「あ、ごめん、ヤタガラスを呼ぶ方が早いか」

「そうじゃな、我はお前のような仕事が有るわけじゃなし」

「自分の子孫に呼ばれたら、文字通り飛んでくるよな」

「そうそう、そうじゃな」

 

 ヤタガラスと僕の会話は普段、ミズホの言葉だ。つまり平成の日本語と大差無い言葉なので、僕には全然抵抗がない。ユリエは流暢に話すが、セルマはさっぱりだ。黄金宮の大半の人間は帝国の共通語以外、それぞれの出身地の言葉ぐらいしか話さない。ヤタガラスは帝国に来てほぼ一年で、日常会話はマスターした。だが、ミズホ独特の文化や概念を上手く説明できなかったり、帝国の政治の仕組みの細かな所まではわからなかったりする。神様としては、今一つのレベルかも知れないが、恐らくモナも似たようなものじゃないかと思う。

 最初は鳥になったり子供の姿になったりするヤタガラスを『悪魔』だと言って忌避した連中もいたが、僕や子供たちの態度を見て次第に受け止め方が変化している。


「帝国には現在、『国教』など存在しない。皇室の冠婚葬祭が神聖教会の典礼を取り入れたのは、時代の流れに乗っただけの事で、別に開祖様以来の祖法でも何でもない」


 僕は御前会議でも、そう主張している。友好関係を結んだミズホが独自の多神教の国家であることは、帝国の貴族たちも承知していたので、信仰の自由を認める僕の考えは不承不承かも知れないが、受け入れられた。それにヨハンの様に積極的に教会が嫌いと言う貴族も近頃は存在する。

 信仰の自由は、学問の自由につながり、そのおかげで帝国の都・トリアは繁盛しているのだが……それを認めない超保守派は、まだ多少生き残っている。


 チャスカを引き取ってすぐ、僕は各方面から未知の大陸に関する情報を集めさせた。それらの報告とミッケリと神聖教会の動向、そして帝国の取るべき対策について御前会議を開いた。父上は終始、発言なさらなかった。


「ミッケリは新たに見出された土地に、入植者を送る試みを開始する様ですな。まだ正式な認証は得られておりませんが、すでに素案は固まったようです」

「大量の金銀財宝が未開の土地の王のもとには有るとかで、神聖教会ではミッケリと組み、蛮族の王は征伐し、無知蒙昧の民を神聖教会の教えにより教化するという基本方針がまとまったようです」

「我が帝国もその土地に進出すべきです。小国ミッケリごときに利益を独占されてはなりません」

「ミッケリは小国ですが、交易に関しては大した勢力を張っておりますからな。厄介です」

「神聖教会がミッケリとこれ以上結びつくと、頭が痛いですな」

「あの腐れネスも、ミッケリとの絆を弱める役には立っていたのですが、もうすぐ死にそうですからなあ」

「ネスは軟禁状態とも言いますぞ」

「次の大聖は若いそうですな」

「ネスの寵童上がりです。元はミッケリの孤児だったとか。狡猾で抜け目がない男とのうわさですな」


(なあ、グスタフ、蛮族は征伐するとは、教会の教えに従わぬものは問答無用で攻め滅ぼすと言う事か)

 ヤタガラスの表情は険悪だった。当然だと思うが。

(そうだろう)


「征伐など、とんでもない話だ! いかん、いかんぞ!」

 ヤタガラスは珍しく帝国の言葉で叫んだ。


「ヤタガラス殿は何故ならんと仰せで。ミズホの方でしょうに。そもそもこの御前会議に同席なさる資格がお有りかどうかも疑問だが」

「人として、どうなのじゃ、お前らが知らなんだだけで、それなりの歴史も有り法も有る国じゃぞ。鉄砲を知らず、鉄を知らぬようじゃが、お前らの知らん様々な薬草の知識や医術の知識は有るのじゃ。そんな国の民を勝手にさらって奴隷にするような連中と、同じ事を帝国もするのか!」

「そんな事は、僕が許さないよ、ヤタガラス」

「そうじゃろうな。後はグスタフに任せる」


 ヤタガラスはカラスの姿になって、パッと飛んで行った。恐らく腹が立ってならなかったのだ。


「ヤタガラスの妻となった神霊は、我々が未知の大陸と呼ぶ土地の祖霊ともいうべき存在なのだ。長い間、ヤタガラスは生き別れた妻の気配を探していたが、先日ようやく見つけた。僕が今保護している未知の言葉を話す少女は、ヤタガラスと妻との間にできた子の末裔であるのだ。その未知の大陸の王国の民は全員があの、ヤタガラスにとって自らの大切な子孫なのだ。そうした存在が傷つけられると知れば、怒るのも当然だろう。友である僕を信じて、あの程度でおさめてくれたがな」

 それから僕は不思議な夢とヤタガラスから聞いた話を、かいつまんで皆に語った。

「まるで、おとぎ話のようですな……ですが、考えてみれば不老の殿下も鳥に変じる少年の姿の異国の神も、恐れながらおとぎ話のような存在でいらっしゃる。そうですか。殿下が真実をお話し下さったのだと言う事は十分わかりました」

「ヤタガラス殿はそれほどに大昔から生きておいででしたか。自分の末裔はやはり大切なのでしょうな」

「殿下が摂政となられてから、この帝国はさらに豊かになりました。あの教会が何を言おうとも、私は殿下についてまいりますぞ」

「教会が『不老の悪魔』と呼ぶ僕でも、皆ついてきてくれるんだね?」


 全員が即座に僕に従うと表明した。皆の忠誠心はどうやら大丈夫なようだ。


「神聖教会なぞ糞くらえだ、なあ、グスタフ」


 父上の最後の言葉で、御前会議のメンバーの動向は決定した。

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