表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/113

僕の役目と御山・2

 グーすか寝ている人型のヤタガラスを僕は馬に抱えて乗り、のんびり宮様の御所に戻った。総衛門さんの家にはこれから度々、立ちよる事になろう。


 戻ってから報告も兼ねて、御簾越しにチョッと離れて宮様とも随分長話をした。というよりはテレパシーで情報交換だったのだが。書庫に連れて行ってくれた年かさの女官は、壁と一体化したみたいに黙っていたが、僕らが見た目の上では言葉を全く交わさないので、戸惑っていた。


「グスタフ様とは言葉ではなく、念のやり取りでお話するのです」


 そういう宮様の説明を理解できないながら、受け入れようとはしているようだった。


 三郎さんは無事に伯耆守に会って、報告が出来たようだ。そして僕の身分を知って、驚いていたらしい。


(それにしても、井口讃岐守がどのように違法な薬の密輸などという悪事に関係しているのでしょうね)

(ヤタガラスの見た所では、井口讃岐守自身は事件について何も知らないようでした)

(では家臣どもが何事か邪な事を企んでいるのやもしれませんね)

 僕は今日、供についた悪者の手先二人の事を報告しておいた。

(そうですねえ。表向きはもっと、上の役職に推薦する事にして、この御所から追い出します)

(なるほどね、宮様、やりますね)

(なるべく、貿易などと縁のなさそうな場所に送り込みますわ)


 ほほほっ、という笑い方が、実に楽しそうだった。


 それからは、ヤタガラスがあちこち眷属の鳥たちの力も借りて、情報を収集した。その膨大な情報を僕と相談して整理して、簡潔にまとめ上げた。更にそのまとめを持って、ムサシの城で行われていた老中たちの合議の席に直接乗り込み、『八咫烏の神託』として老中たちの脳に強い波動をぶつけ、悪人どもの悪事を認識させたのだ。不法薬剤の取引で儲けていたのは井口讃岐守の所に出入りしていた御用商人で、その商人と讃岐守の家来が手を組んで、不正な利益を貪っていたと言う。

讃岐守は監督不行き届きで、謹慎だか何だかちょっとお咎めをうけたみたいだ。


 僕は外国の人間だし、客分にすぎないので、途中から不正な貿易に関してはタッチしないようになったが、三郎さんから聞かされたことによると、一味の主なものは捕まえて、牢に入れたらしい。


「主犯に船で逃げ出されてしまったのは、悔しいです」


 計画を練り上げ、実行の命令を出した人物は讃岐守の屋敷に出入りしていた商人な訳だが、不法な薬剤の大半はミッケリで仕入れられたもので、帝国を経由してミズホにもたらされていたのだ。

 それにしても……遠く離れたミズホでビョルンの奴、あの僕の乳母だったドロテアの亭主だが、あいつの名前を聞くとは思わなかった。


「帝国に戻ったら、きっちり締め上げて、調べなければいけないですね」


 事情を知ったユリエも怒っていた。ユリエの実家レーゼイ家が築いてきたミズホと帝国間の交易ルートを、『穢された』と感じたのだろう。特別な早舟で、帝国のレーゼイ家にユリエは手紙を送った。


 月を重ねるごとにユリエのお腹は、大きくなってきている。お産はミズホで行う事になりそうだ。

 それにしても、火山の噴火が始まったら、この御所は完全に危険エリア内部だ。更には御所の御用を勤める人達の住まいや、付属の農園も全部アウトになる。何かもっと、被害が抑えられる方法は無い物だろうか?

 寝ている間に、夢の中であの『管理者』の爺さんと連日、相談して条件を詰める。


 僕の帰国は噴火対策とユリエのお産の目途が立ってからになるだろう。


 宮様は僕らの滞在中都に行って、 お兄さんにあたるミカドと周辺の有力な人物に僕についての好意的な分析と見解を伝えてくれたようだ。どこで話がどうなったか細かい事は知らないが、僕が噴火対策のために帰国を遅らせている事、ユリエの出産が近づいている事、今回の大がかりな密貿易の一件の主犯は帝国方面に逃げた事等々を考慮した結果、僕と僕の生まれてくる予定の子をミカドの身内扱いにする事に決まったらしい。

 

 戻ってからその話をしてくれた宮様のご機嫌は麗しかったから、悪い話じゃなさそうだった。

 供について行った三郎さんからも話を聞いたが、外国人がミカドの身内扱いになるのはミズホ始まって以来の『珍事』らしい。この国では黒目黒髪ではない人類は『異様人』として、差別や忌避の対象なのだから、確かに凄いだろう。


「グスタフ様は大国の皇太子であられるそうですし、ヤタガラス様や霊鳥様、さらには御山の神様とまで、自在にお話がお出来になる絶大なる神通力をお持ちなのですから、当然かもしれませんが」


 そんな風に三郎さんと言うか正三郎からは言われた。「さん」付きはやめてくれって言われたので、本名の呼び捨てに落ち着いた。

 ちなみに正三郎は僕の口添えも有って、宮様直属の護衛担当の責任者になった。身分は和田家の家臣から幕府の直参に昇格して、旧主・和田伯耆守とは現在は上司と部下の関係になったのだが、業務内容は密輸の取り締まりメインから、宮様の護衛役兼幕府との連絡役に変化した。


「グスタフ様には何ごとに寄らず御相談申し上げ、お役に立てることは何なりと致すようにと、宮様からも伯耆守様からも命じられております」


 噴火の対策には幕府も相当、本腰を入れて動いてくれた。老中達の意識に色々働きかけてくれたヤタガラスのおかげだが。


「グスタフ様の仰せに従わぬと、神罰が降り注ぐとヤタガラス様がお告げでおっしゃいましたから、従わぬわけには参りません」

「幕府の財政も近年は逼迫しておりまして、お考えの通りにすぐには動けませぬが、出来うる限りの事はさせていただきます」


 噴火対策のために総衛門さんの家で会合を開いた時にやってきた幕府の重役達に、そんな風にぼやき半分で言われた。ヤタガラスは相当きつく脅したらしい。だが、何の対策もせず噴火が有れば、多くの死傷者が発生するし、噴火以降予想される農業・漁業への深刻な影響についても備えなくてはいけなかった。


 溶岩流が到達しそうなエリアからはすべての人家を撤去した。馬や牛の放牧に限って、当分は許可したが、噴火の兆候が見られたらすぐに避難できる手筈を整えた場合に限っている。

 集落ごとの集団移転も進めた。幸い宮様が御料地としてお持ちの土地を「百年間、無料で貸し出す」事にして下さった。噴火が完全に収まって、しばらくしてから再びもとの集落に戻る事も出来る。


「でも、噴火の後の土地は開墾も大変でしょう」

「元の土地に戻るのが難しければ、後のミカドや幕府が最も良き方法を真剣に考えるように遺言します」


 何でも宮様はその遺言状を、神力のこもった特別な紙に書き残し、ミカドと幕府側に同じものを提出するそうだ。宮様の歳で遺言とは気の早い話だが、身分有る人で独立して一家の主の立場であるならば珍しくは無いらしい。

 その紙に書かれた約定を破ると、関わる者全員に神罰が当たるそうだ。『誓紙』というものらしい。

 なんか似たようないわれの紙が、地球にも有ったよな。もっと神仏混淆ぽかったけれどね。誓紙って言葉自体は、起請文っていう程度の意味だったかと思うけど。


「その『誓紙』はヤタガラス様の神力が籠っておりますのよ」


 実際、ヤタガラスを祭神とした神社だけで作っている特別な透かしの入った紙を使っているらしいが、僕にはその神力って程のパワーは感じられなかった。後でヤタガラス自身に聞いてみた所、僕自身が神力になっれっこになっている所為だろうと言われた。普通の人間に触れられる程度の微弱なものに対して、センサーが鈍いって事らしい。

 凄いのは、今回の密貿易をめぐる一件でヤタガラスの実在と神力を疑う者が朝廷や幕府に居なくなった。おかげで、書かれた内容の実効性がうーんとアップしたって点だ。ヤタガラス様様だな。全く。


 集落の移転が無事に済んで宮様の御所の移築が完了した時点で、僕は噴火の開始を夢であの爺さんに申し出た。そして、夜明けとともに、噴火が始まったのだった。溶岩流は前回の噴火とほぼ同じエリアに納まりそうだし、降灰も予想の範囲内だ。これで強い風でも吹き荒れて、灰が飛び散ると厄介だが、不思議な事に大きな噴火や大量の降灰が有る日は、ほとんど無風だった。そして雨により発生する泥流も予想コースの範囲内に収まってくれた。水蒸気爆発も幾度か起きた模様だが、人が周辺に居なかったので、被害は無かった。


 僕とユリエが初めてミズホに来てから、ほぼ十か月が過ぎていた。

 ユリエは都と御山の中間地点にある宮様の別邸にこもっていた。もうすぐお産が始まりそうだと、ヤタガラスが教えてくれた。噴火が少し落ち着いてから、宮様の許しを得て、僕はユリエと生まれたての息子を見舞った。今回もユリエは男の子を産んだのだ。ミズホの人と同じ黒目黒髪だ。


 名前は宮様の御発案で、男なら僕の前世の名前の亮太から一字と宮家の一員としての字を合わせて、亮仁とつけることになっていた。


「宮様のご養子にして頂くなら、娘でも宜しかったのに、私は娘に縁がないみたいですね」

「そう言うなよ。元気な良い子じゃないか」


 帝国で留守番をしているリョウタに非常に良く似ている。だが、宮様とユリエの顔が似ている所為か、宮様の実子と言ってもおかしくない様な顔つきでもある。ついてくれている女官達は「まああ、愛らしい」「お美しいお子様」などと騒いだ。母親がユリエだから当然と言えば、当然だ。

 だが、僕は養子の件はまだ承諾していない。幾度か頼まれたが、やはり嫌だ。だって僕の子なのだから。


「やっぱり、帝国に連れて帰りたいけれど当分は無理かなあ」

「幼い子には長い船旅は難しいでしょう」


 ユリエが言うには、宮様は僕となら結婚したいと思っていたのではないかという。そんな感じを僕は持った事が無かったが……僕と会うときはバリアを張っていたのだろうか?


「帝国に御正妃も御側妃もお子様方もおいでだと申し上げると、お諦めになったようでしたが」

「好意は感じたけれど、男女の情などという感じはまるでしなかったよ」

「清らかに御育ちのまだ、お若い姫君でいらっしゃいます。確かに男女の情と言う風情はお分かりではないでしょうけれど……」


 言われてみれば、かつてのセルマやウルリカから感じたような感覚は確かに有ったかな。だが、それがいきなり結婚なんて言われても僕も困る。


「お諦めになる代わりに、この子をお手元で育てたいとお考えなのでしょう」

「ユリエは、それでいいの?」

 

 宮様は、自分は生涯夫を見つけることも難しい身の上だから、せめて後を頼むのは心から可愛いと思えそうな子にしたい。僕とユリエの子を自分が親代わりで育て、いずれは宮家を継がせることが出来たら非常に嬉しい。自分の願いを受け入れてほしい。そんな風にユリエに頼み込んでいたようだ。


「その子をミズホに残してくれ」


 ヤタガラスがいきなり部屋に入ってきた。


「この子はテオレル帝国の皇族だ。僕の息子だし、この子の兄や姉もいるのだぞ」

「長旅に耐えられるようになったら、グスタフの国で一時、学問を修めさせれば良かろう。この子は皇位を継ぐ立場には無いと聞くぞ。ならばミズホの宮家の当主となっても悪くは無かろうが」  

「帝国に戻れば、ミズホの宮家よりよほど大きな所領を僕はこの子に与えてもやれるぞ」

「それはそうかもしれんが……この子はミズホとの縁が強い。グスタフの血を受け継ぐ者は、帝国でもミズホでも大いに盛んに増えなければならないのだ」

「ヤタガラス様はこの子をお守り下さいますか?」

「無論だ。我が友の子で、斎の宮の養い子なら出来うる限りの加護を与えるぞ」

「殿下……」


 母親のユリエが養子を受け入れてもよい様な気持ちでいるようだ。僕は、どうも嫌だが。

 僕が嫌がっていると言う事をヤタガラスから聞かされたのだろう。



「亮仁殿をこの宮家の跡取りにしたいのですが、なりませんか?」

「自分の血を分けた息子を、めったに会いにも来られない遠い国に残したいとは思いませんよ。食うに困る身の上と言う訳じゃないですし、国に戻れば帝国の皇族にふさわしい待遇をしますし」

「ですから、それはそれ。ミズホではこの宮家の跡取りと言う事にしたいのです」


 ユリエに良く似た顔の宮様にうるうるした眼で訴えられると、僕も断れなかった。それにユリエの言う通り、当分は長旅など無理な赤ん坊なのだし、ヤタガラスは約束を守るだろう。


「わかりました。宮様にお預けしましょう」


 帝国の言葉を学ばせる事、十二歳過ぎたら必ず帝国で学問をさせる事、最終的に正式の養子になるかどうかは本人が二十歳を過ぎてから決めさせる事、この三つの条件を飲んでもらって、養子ではなく猶子としてもらう事にした。つまり「異姓の養い子」扱いだ。


「じゃが、ミズホでは帝国式の長たらしい姓名など誰にもわからんがな」

 確かにヤタガラスの言う通りだが、一応抵抗してみた。

「帝国式の名前もきっちり決めておくさ」

 長たらしい名前は避けて、僕の正式の名前から一部を取ってカールとしたのは、僕なりの精一杯の妥協だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ