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僕の外遊、あるいは漂流・6

 宮様の邸は白木主体の書院造りプラス数寄屋造り、って感じの建物だ。

 庭がちょっと残念な桂離宮とか?

 いやあ、そもそも庭の出来不出来なんて、あんまりよくわからないけれど、真っ白い玉砂利が主体。池は無い。つくばいが有って、そこから綺麗な水が湧いているのは悪くないけれど、花も木も殆ど無い。

 冬は寒そうだ。今は春先なんだろうが、それでも結構冷える。ユリエのお産がどうなるかわからないが、大変かもしれない。この邸では出産は血の穢れだから、アウトらしい。どこかに移されるんだろうなあ。心配だ。


 大鳥が「巫女の邸で美味い物でも食わせてもらって待っていろ」と言ったが、その黒い大ガラスは姿を現さない。今日で三日になる。僕とユリエは同室だが、三郎さんはもう邸にいないようだ。連日精進料理プラス川魚みたいな献立を一人当たり五つの御膳でドーッと出される。美味しい事は美味しいんだが、大抵冷たいか冷えた物ばかりだ。それぞれが量が少ないのに食器が多くて面倒くさい。


「別に一汁三菜でも十分なんで、温かいものは温かい状態で食べたいなあ」


「ご不自由は御座いませんか」と聞かれて、つい正直に言ったら、今度は目の前で女官さんが三人ぐらいつきっきりで、火鉢を持ちこんで毒見済みの汁を温めたり、魚のしあげの火を通したり……これはこれで面倒だ。

 思い切り行儀悪く座って、好きなように突っついて食べようかとも思ったが、人目が有るとついパフォーマンスに走る。この世界に転生してから身についた性癖だが、視線にこもった感情が読みとれると、どうしたって、期待に過度に応えちゃうものなのだ。


(まああ。涼やかな挙措動作でいらっしゃる)

(まあッ、完璧な箸使いでいらっしゃるわ。ミズホの高貴な方々でも、これほどの方は珍しいのでは)

(まあ、お椀の蓋を流れる様な動作でお取りになった)


 無視すればいいのに、無視できない。

 あーあ、湖の側の丸太小屋が懐かしい。

 ユリエは髪を後ろに下ろして、小袖&打掛みたいな恰好をしている。神職じゃ無い上流家庭のミセスの格好らしい。女官達にはお方様と呼ばれている。僕は小袖と羽織袴にしている。小袖だけで裾がはだけちゃうと、未婚の女の子が多い手前、具合が悪いからだ。月代を剃るのは勘弁してもらって、トリアにいたミズホの医師みたいに髪を紐で束ねた。

 

 運動は朝、ちょっと鍛練をする程度だ。一日中、好きな時に入って良い温泉が有るのが気に入っている。天然温泉、源泉かけ流しの岩風呂って感じだ。客用らしくて、誰も女性陣は利用しない。「はしたない」らしいからユリエとの混浴は諦めているが、ちょっぴり残念だ。

 今日は木刀の素振り千回と、組み手の型をさらった。こういう武術は完全にミズホ式だ。汗を流した後は、水をしっかり飲んで、それから露天風呂に入る。朝食はそのあとだ。玉砂利の庭の向こうには『碧の湖』と『御山』が見える。なかなかに良い景色だが、噴火が近いんだっけ。するとここはどうなるのかな?


(大鳥が山の瘴気とか、いってたな。もうすでに有毒ガスを吹き上げている場所が有るって事だろうか)


 急にすごい突風が吹きつけて、玉砂利が飛んだ。僕は思わず湯にもぐった。

 巨大な羽音がして、真っ黒い鳥が降りてきた。デカいカラスだ。足が、三本? おいおい、冗談抜きでヤタガラスなのか? ううんと、タケツヌミノミコト?

 一声、いかにもカラスらしい声で鳴くと、僕をじっと見ている。


(我はいかにもヤタガラスだ。外つ国の者だと聞いていたが、ミズホの者でもめったに知らぬ我が真名を知るとは、やはりお前は真の神力の持ち主のようだ)

(いやあ、たまたまのあてずっぽうだって。あんた、人型になるのかな? タケツヌミノミコトさんなら)

(今はお前を乗せるために、体を大きくしているから、当分無理だ)

(ひょっとして、今から御山に行くの? 朝飯がまだなんだが)

(我も腹ごしらえをしてからにする。お前も飯を済ませろ)

(わかった。食べ終わったら、ここにこれば良いのかな?)

(ああ。そうしろ)


 僕らが滞在している中書院に戻ると、女官達が大騒ぎしていた。


「黒い御神鳥が御渡りじゃ!」

「朝餉の後、御出立というぞ」

「はよういたせ、はよう」

 別に朝なんて、簡単でいいのに、やっぱりお膳が三つは出てくる。

「ああ、僕そのおかゆと、小魚と若布かなんかで十分ですよ。ヤタガラスは急ぐみたいだし」

「まああ、申し訳ございません」

 女官の偉いオバサンが、妙に恐縮するけれど、おかゆが暖かければ、十分いける。それでも僕が食べているうちに、食後のお茶と果物・お菓子が出てきた。

「おっ、このかち栗かな美味いね。紅白饅頭もいける」

「こちらは、縁起物でございます。本日の御山での御首尾が、万事滞りなく運びますように、皆祈念いたしております」


 腹ごしらえの済んだヤタガラスと僕は、白い玉砂利の庭から、皆の見送りと声援を受けて飛び立った。体はあの、モナに貰った皮ひもで固定した。 

 火山性のガスが立ち込めるエリアを抜けて、更にはドンドン岩場だらけの場所を抜けて、そそり立つ大岩の上に来て、ヤタガラスは止まった。


(ここから先は、我も行けぬ。お前一人で行くのだ)

(化け物でも隠れていないかな?)

(この世界で最も厳重な神域だ。それは有り得ぬ) 


 おいおい、本当か? そう思う程真っ白い靄と言うか霧というか、そんなものが立ち込め、先がほとんど見えないのだ。呼吸は普通に出来る事から、毒ガスが充満している訳では無いようだが。


「おい! 元・井沢亮太のグスタフ、こっちだ」

「おっ、その声はルンドの管理者さんか!」

「そうじゃよ。久しぶりだが、まだ、完全に起きている状態の君に姿をさらせる程、君のパワーは強くは無いのでなあ、声だけじゃ。大体まだ、君は皇太子じゃしな」

「皇帝になると、目の前にあんたが姿を見せるのか?」

「そうじゃ。君の力も一層強くなっておろうしな」

「こんなところに呼び出して、何をどうしようって言うんだ?」

「もとの世界に残してきた家族と、愛しの美保ちゃんのその後を見せてやろう。それから今後どうしたいか、決めるのじゃな」

「ルンドでは僕が生まれて十六年たつが、地球の時間はどうなんだ? ずれたりしてないのか?」

「意識的に地球に合わせておるよ。ルンドの方が小さな世界で、調節をしないと地球よりずっと時が早く流れるからな。さあ、こちらじゃよ。この光っている石が問題の『聖なる石』と言われるものじゃ」


 声に促されるままに進むと、台座のような平らな石の上にブリリアントカットを施したダイヤみたいな形の石が嵌まり込んでいる。


「これに触るの?」

「そうじゃ。見たいものを見ればよい。地球でもルンドでも好きなように見る事が出来るぞ」


 僕は両手で石に触れた。痛みも何もなかったが、脳裏に閃光が広がった。そして……僕の生まれ育った地球の家が見えた。仏壇の前に、誰かが居る。幼い子供達がパタパタ歩いている。


「これこれ、仏壇のある所は静かに歩きなさい」

 幼い子供二人をたしなめる父親らしき声……あれ? 弟の浩次だ。すっかり三十過ぎのオヤジになっている。そこへ父と母と、弟の妻らしき人、学校時代の友人たち……それからなじみの和尚さん。ああ、僕の命日に皆で集まったのか。

 僕が死んで十六年目にやる十七回忌の法要らしい。

「もう亮太は成仏できたじゃろう。後は二十三回忌じゃな。婚約者じゃったあの人は、今はどうしていなさる?」 

 和尚は相変わらずおしゃべりだ。だが、僕も美保のその後が気にはなる。

「ああ、亮太の三回忌までは出てもらったけれど、その後結婚されたからねえ」

「この子達とたまたま、美保さんの子供の幼稚園が一緒で、びっくりしたよ」

「へえ。浩次、話でもした?」

「いやあ、挨拶だけ」

「えっと、それって、佳代ちゃんのママ?」

 弟の妻らしき人が、弟に聞いている。

「ああ。そうだ」

「佳代ちゃんママが、亡くなられたお兄さんのもと婚約者なんて……びっくり」


 その後、美保の噂が幾つか出たが、あくまで噂という感じだった。

 美保は……幸せか?


 急に画面が切り替わった。美保だ。幼稚園児らしき女の子が走り回り、ベビーカーの中に男の子がいる。そして……妊娠中らしい。マタニティーウェアらしきものを着て、公園のベンチにすわっている。ベンチの隣に男が座っている。夫だろう。僕の全然知らない男だ。


「美保、誰だ、そいつ、なあ! 美保!」


 僕は声を荒げてしまった。美保に聞こえるとも思えないのに。

 夫が席を立ち、娘の所に歩いて行く。

 美保は……僕の声を聴いたのだろうか? 後ろをいきなり振り向いて「亮太?」と呟いた。


「そうだ、僕だ、僕だよ。美保!」

「ああ、今日は亮太の命日だものね。あのね。あの人、私の職場の同僚だった人なの。亮太みたいにハンサムでもないし、お給料もそれほど多くは無いけれど、一生懸命なの。私ね、自分でも気が付いていなかったんだけど、亮太の赤ちゃんを妊娠してたんだよ。でも、ショックで流産しちゃった。結婚も、お母さんになるのももう、あきらめていたのに。あの人がね、一生懸命支えてくれたの。つい、ほだされちゃってね……三回忌に伺った時に、亮太の御両親から『結婚しなさい』って勧められて……決めたの。ごめんね。亮太は、天国に居るのかな? それともどこかの国に生まれ変わったかな……あの人ね、私が亮太に初めてを上げちゃったし、流産したし、亮太を忘れられないしって言ってもね、それでもいいって、そう言ったの。何か、馬鹿だよね。だから、ごめん。そういう訳で、私はあの人の奥さんだから。怒らないでね。亮太なら、きっと、どこでもモテモテだよね。生まれ変わったら……今度こそ亮太のお嫁さんになれるかなあ……」


 美保はポロポロ涙をこぼした。僕も一緒に涙をこぼした。美保が辛く苦しい時に、僕は何一つ助けてやれなかったのだ。それが、とても悔しかった。


「亮太を忘れる事なんて、できないけれど、でも……あの人を大切にしたいの」

「分かった。わかったよ、美保。それでいいんだ。きっと」


 次の瞬間、セルマがリョウタとルイサとラウル・ヤイレに絵本を読んでやっている光景を見た。

「父上はお元気かなあ」

 リョウタがつぶやくと、ルイサとラウル・ヤイレがだいじょうぶ、と言いながら、身を寄せる。するとセルマが、読み終えた絵本を閉じて、子供らにおやつを出してやるのだった。

「大丈夫よ。あの方はお強いのですから」

 そして、次の瞬間、アネッテが僕の肖像画に色を塗っている様子が見え、更に父上が『大女亭』で酔ってヤンとアニタが閉口している所、ヨハンと母上と大宰相が一緒に食事をしている所、ロルフが勉強している所、それをマウリがからかって、けんかになった所を次々フラッシュのような場面切り替えで見た。


 僕に、美保を責める資格は無い。それぞれの暮らし、それぞれの家族が出来上がっているのだ。


「今度のユリエの子は……どうなるのだ?」

 ミズホで生まれるらしい。それからは……どうなるだろう?



「お前は百歳になった時、どうするかの? 美保ちゃんを、呼び寄せるかな?」

 管理者に尋ねられた。

「美保があちらでの天寿を全うして、家族との関係が終わり、どこかに生まれ変わる必要が有るんでしたら、ぜひ僕のそばに生まれてきてほしいです」

「そうか。じゃあ、お前がルンドに転生して百年目に出会う事になろうよ」

「ユリエのこれから生まれる子が心配ですが、大丈夫でしょうか?」

「今度の子は、ミズホと縁が深い。望む者が居れば、しばらくその手に委ねるのも、悪くなかろう」

「望むって?」

「恐らく養い子にしたいと望まれるじゃろう。その方が、子供にも、父であるお前にも良いはずだ」


 雲をつかむような話だと思った。


「この山の噴火については、どうなのです?」

「今年か、遅くとも来年には噴火する必要が有るが……いつから始めるかは、お前に任せよう」

「もし噴火したとして、どの辺りまで被害が及ぶのです?」

「今、禁足地になっている範囲のおよそ二倍の面積だ」

「記録とか、残ってません? 前の噴火の」

「お前がいまいる邸の書庫の一番古い方の記録に,かなり詳しい事が出ているはずだ」

「ありがとう」

「お前の力は、前より強くなったからのう、呼び掛けたら、すぐに応えよう」

「あなたは、やっぱり、神じゃないのですか?」

「普通の人間にとっては、神同然かもしれんが、最初に言ったように管理者にすぎん。お前の姉が神について言ったことは、正しいぞ」

「形は決まってないんですね」

「そういう事だ」


 管理者さんのパワー切れだとかで、会話はそれ以上は余り続けられないらしかった。噴火の被害の及ぶ範囲について詳細に知りたければ、僕が寝ている間に夢の中で尋ねれば、教えて貰えるそうだ。良かった。


「じゃあ、皆を救ってやれよ、ではな」

「わかった。可能な限り、被害を小さく留めるように、対策を講じてみるよ」


 話を終えて、元の場所に戻ると、ヤタガラスはまだ、律儀にそこで僕を待っていてくれた。


「あんたは、前回の噴火の事、何か知ってる?」

「御山が火を噴いた時の事か。もうすぐらしいな。多少はわかるぞ」

「前回と大体、同じくらいの範囲なのかな。禁足地のおよそ二倍の広さの範囲の被害が大きいらしい。他にも多少遠方でも農作物とか、水とかに影響が有ったんじゃないかなって、思ったんだが」

「おうおう、そう言う事なら、我が社の記録も役立ちそうだな。よしよし。戻ったら、人型になって、手伝ってやろうよ」

「人型になれるの?」

「何やら、力が満ちてきたようだ」

「じゃあ、頼むよ」


 僕はヤタガラスに乗って、もとの邸の庭に降り立ったのだった。



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