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僕の外遊、あるいは漂流・5

(別にお前らが食い扶持分ぐらい魚を取ったって構わんぞ)

 そう大鳥が許したので、僕は普段通り魚を湖で取った。だが、三郎さんが悪者たちの動向を気にしているようなので、日に一度は海にも様子を見に下りて行った。ついでに貝類を集めて、煮たり焼いたりして食べた。冷たい海の貝は色合いは地味だが、なかなかいける。いわゆるホッキガイに近い感じの二枚貝が、特に美味かった。ツブ貝に近い感じの巻貝も悪くない。


「これで、うまい酒でもあればなあ」

 僕がぼやくと、三郎さんが大いに頷いた。美味い魚・貝・山菜・ベリー類・イモ類、そんなものを食べて、体の調子は整った。大鳥も「たらふく食った」らしい。


(そろそろ出かけるぞ)


 大鳥にそう言い渡されて、僕らは小屋を片づけた。別に汚く使ったわけではないが、持ち主のモナは貝の匂いも嫌いらしいのだ。ともかく掃除をして整頓して、小屋を後にする。モナと狼兄弟にお別れを言う時は、ちょっとばかり涙腺が緩んだみたいだった。


「何だ、おい、グスタフ、泣いているのか!」

 人型のモナにわざわざ大声で言われてしまった。

「うん。そうらしいね」

「そうらしいね、って、素直なんだかそうでもないのか、お前は変な奴だ。だが良い奴だよ」

「また、いつか会えるかな」

「帝国に戻ってから、夜空にはためく光に向かって三度、教えたように叫べばよい」

「夏は太陽が沈まないんだろう? じゃあ、はためく光が見られないね」

「それはそうだな。夏は鬱陶しい羽虫が出てきたりするので、苦手だ。夏の間だけ羽虫が少ない、うんと北に逃げているかもしれん。出来れば冬が良い。一日中はためく光が見えたりするからな」

「わかった。真冬は無理にしても、夏は止めておくよ」


 モナは再会を疑っていないと言う様子で、案外あっさりしていた。


「おう、気を付けて行けよ」

「うん。姉さんもね」


 僕の方がウェットと言うか、ぐずぐずしていた。ユリエは先行きを心配している。三郎さんは上司とどうやって連絡を取るか、で頭が一杯らしい。

 モナに貰った皮ひもで、僕ら三人が体を固定すると、大鳥は空に飛び立った。眼下では僕らに向かって大きく手を振るモナの周りを、兄弟狼がぐるぐる回って遠吠えする、と言う事を繰り返していたが、その姿もすぐに見えなくなってしまった。

 いざ乗ると、乗り心地は悪くなかったが、目を明けてはいられない。かろうじて風の当たらない方向から覗き見ると、前方に山々を抱えた大きな島が見える。あれがおそらくミズホだろう。


「いやあ、こうやって見ると、ミズホは美しいですなあ」

 飛行機なんて乗った事も無い三郎さんからすると、非常に斬新なアングルなのだろう。僕の知っている富士山をさらに整った形にした山が、そそり立っている。成層火山とかコニーデ式火山というタイプだろう。

「あの御山は火を噴かないんですか?」


 三郎さんに尋ねると、いつの頃かわからないほど大昔に火を噴いたことが有ったらしい、と言うような超アバウトな答えが返ってきた。噴火はおとぎ話のようなものと受け止められているようだ。


(ここ一、二年の内に火は噴くが、いつ噴くかはお前次第だな)

(僕しだい?)

 僕に火山の噴火の時期を自由にする力なんて、無いはずだが

(ミズホの連中にも怪しからぬ者がおる。お前は大丈夫だが、連れには気を配れ。お前の子を孕んだからな)

(そ、そうなのか?)

(労われよ)

(親子三人、無事に帝国に戻れるかな?)

(胎内の子にも生じる意味と役目が有るようだ。一時別れたとしても、大事無かろう)

(一時、別れるのか?)

(お前次第かな)


 また僕次第と言われて、面食らう。僕の意志で、一時別れるのだろうか?

 すると、いきなり降下し始めた。凄い風圧だ。全力でしがみつく。大きな水音がした。デカイ水柱が立つ。


「おおおっ、湖の上ですな?」

「三郎さん、知っている湖?」

「御山のふもとの『碧の湖』です。そういえば、この湖の色は主様のお目の色とそっくりですな」

 ここは神域で、一般人が足を踏み入れる事は禁じられているそうだ。管轄している神職の人は、都のミカドの妹にあたる人らしい。

「誰か、参りましたよ」

 ユリエの言葉に、岸辺に目をやると人を乗せた馬が十騎ほど、爆走してくる。土煙が立たないのは、丈の低い草地のせいらしい。

 

(あの連中、危なくない?)

(神域に相応しくない、穢れた波動の者が混じり込んでいる。もう少し待て。巫女が来るだろう。そうしたら、岸辺につけてやろうよ)

(三郎さんの話に出た、ミカドの妹って人かな?)

(そうであったかな。人の世の仕組みは知らんが、神力の有る女だ。お前よりずっと弱いがな。巫女が来るまで疲れたから、寝る)

 そういうと大鳥は眠り始めた。三郎さんは岸辺の人間と接触したいのだろう。湖の真ん中で停止状態になったので、あわてているみたいだ。

「三郎さん、あわてなくても大丈夫です。もうすぐ神力の有る巫女が来るそうですよ。その人が来たら岸辺につけてくれるって話ですから。大鳥は疲れたから、ちょっと寝るそうです」

「主様は、この霊鳥と意志を通わせることがお出来になるので?」

「うん。人の世の仕組みはわからないそうだよ。巫女って人はミカドの妹君にあたる人かな?」

「さよう、強い神力をお持ちの清らかなお方と世に名高い姫宮様であられます。珠宮聡子内親王殿下とおっしゃいます」

「タマノミヤサトコ? 内親王って事は、今のミカドの娘さん? 妹さんじゃないの?」

「先のミカドのただおひとりの姫宮さまで、ただいまのミカドは珠宮様の御兄君であられます。御幼少の頃より斎の宮のお役目についておいでです」

 うやうやしい調子から、ミズホのロイヤルファミリーの有力メンバーらしいと知れた。僕の『神力』はその人より強いらしい。

「そのお方がおいでになれば、三郎殿もどなたかと連絡をお取りになる事が出来そうですね」

「さようでございますな。あの侍衆あたりにお願いできそうです」

「この大鳥が言うには、穢れた波動の者が混じっているそうだ。だから姫宮様が到着するまで側に寄らないと判断した様なんだよ。三郎さんも用心した方が、良いかもね」

「穢れた波動ですか」

「悪い事を考えている奴が、混ざってるんだよ。気を付けないと。そうそう、それと、ユリエのお腹に僕の子が出来たって。大事にしなくちゃね」

「ま……本当ですの?」

「大鳥が教えてくれたよ」

「そ、それは、おめでとうございます」

「ああ、ありがとう」

 何だか照れる。やることをやっていたから、できたわけだから……。ユリエも心なしか顔が赤い。 

「それにしても、穢れた波動の輩は、何を企んでいるのでしょうな?」

 そっか。三郎さんは仕事がらみで、真剣に気になるわな。

「汚職とか、横領とか、密貿易とか? 秘密を知った者は始末しようとか?国は違っても、役職に有る者が絡む犯罪って、そのあたりが多いんじゃないの?」

「なるほど。この神域が禁足地で有る事を逆手にとって、御禁制の品でも隠しているとか、御山の権威を悪用して、不当な利益を得ているとか……」

「ミズホの国情や、政治の仕組みを知らないから、僕も何とも言えないけどな」

「ならば姫宮の御到着まで、卒爾ながらこの三郎が、ミズホの国情について御説明申し上げましょう」


 三郎さんの解説は、面白かった。政治システムは殆ど徳川の幕藩体制下のそれと同じだが、宗教のシステムが、同時代の琉球のものの方にかなり似ているのが興味深い。


「ふううん。ミヤコのミカドとムサシの大将軍か。大将軍が世俗的な政治権力は掌握しているけれど、形式上はミカドに任命されたって恰好を取ってるんだな?」

「さようでございます」

「で、斎の宮は神の声を聴く一番偉い巫女さん、なんだね?」

「さようでございます」

「血筋に関係なく、強い神力が有る人間なんか、いないの?」

「おるのかもしれませぬが、ミカドの御血筋が斎の宮として国中の巫女の上に立たれるのはこの国の決まりで、大神との約定と言う事になっております」

「斎の宮は、一生独身?」

「斎の宮の位についておいでの間は、清らかな身を保っておられます。位を別の方にお譲りになった後は、ミカドのお許しが頂ければ御結婚も可能でしょうが、釣り合う御身分御家柄の男子は稀ですので、やはり独り身を通されることが多いですかな」


 話を聞くと、僕の知っている平安時代以降の未婚の内親王に女院の院号を宣下するやり方とそっくりだ。ミズホの一般庶民は斎の宮様とか珠宮様って呼ぶらしい。

 十名ほどの男たちがバタバタ騒いでいるのは取りあえず無視していたら、そのうち真っ白い着物に赤い袴の女の子たちに取り囲まれた輿がしずしずとやってきた。木部は白木で白い布で幕をたらし、トップ部分に銀色の鳥の形の飾りがついている。おみこしみたいな格好だ。担いでいるのは十六人の白装束の男たちだ。

 輿が停止して、女の子たちがあたふた走り回って緋毛氈なんか広げてる。レッドカーペットって感覚かな?


(なあ、そろそろじゃないの? 起きたら?)

 僕が軽くポンと叩くと、大鳥は羽を大きく広げた。すると岸辺でどよめく声が起きた。

(おう、巫女が来たなあ。アイツの神力はさほどでもないが、我と意志疎通はできる。あれがお前の想いを読み取る事は出来ないが、お前があれに意志を伝える事は出来るはずだ)

 輿が静かに降ろされた。中から女の人が降りたみたいだ。

(さてと、行くぞ。羽根を動かすと巫女の家来どもがうるさいから、このまま行く)

 大鳥は滑るように水面を移動した。ちょうど良い感じに砂地が有って、僕らはそこで地面に降りた。

 緋毛氈の上に立っている少女の顔を見て、ちょっと驚いた。少し前のユリエにそっくりだ。来ている着物は五つ衣だか打掛だか、そんなちょっと長ったらしい物を羽織って、長い赤い袴を穿いている。非常に歩きにくそうだ。


(これが巫女だ。巫女、これがグスタフ。御山の光る石に触れ神の声を聴く唯一の者だ。鄭重に扱え。黒い鳥が来たら、グスタフ一人を乗せろ)

(黒い鳥って、何さ?)

(黒い大ガラスだ。我よりも御山の回りの瘴気に強い。奴はミズホから外に出ないのだ。巫女の邸の神域なら、奴もそのうちやってくる。巫女の邸で美味い物でも食わせてもらって待っていろ。じゃあな)

(これで、お別れかな? これから、どこに行くの?)

(秋まであの湖だ。お前は長生きだから、また会える。そうさな餞別に一枚羽をやろう)

 大鳥は羽根を一枚嘴で引き抜いて、僕に差し出した。僕から渡せるものは、特に思いつかなかった。

(ありがとう)

(では、行く。巫女よ、これらの面倒をしっかり見るのだぞ)

(はい。承知いたしました)


 静々と湖の中央に戻ると、ドーン、というような水を叩くような音をさせて、大鳥は一気に高く舞い上がった。

「きっとまた会おうな!」

 僕が叫ぶと、大鳥は高い声で一声鳴いた。


「遠き西の国の御身分ある方と大鳥様より承りましたが、ミズホの言葉はお分かりになるようですね」

「はあ。ちゃんとはわかってないでしょうが、簡単な事なら」

「御無礼いたしました。このミズホの斎の宮をあいつとめます珠宮聡子にございます」

「テオレル帝国のグスタフと言います。グスタフ・ステファン・アナス・カール・アブ・ランゲランです。こちらはユリエです。ユリエは冷泉家康の長女で、僕が生まれてすぐからずっと仕えてくれています。そのう……懐妊中なので、余り無理はさせたくないのですが、そのあたり、よろしくお願いいたします。ええっと、こちらは、途中で知り合った……三郎さん、あんた……ああいい、僕がこっそり説明しよう」


(この人は和田伯耆守さんの家来で伊藤正三郎って人ですが、どうやら密輸にかかわる大事な捜査をしていた時に、襲撃されたようなんです。さっき、大鳥が僕に教えたんですが、あの、馬に乗ってきた十人の中に悪者がいるみたいで、身分は伏せた方が良いかな)

(和田伯耆守と言えば、幕府の重臣。ただいまは外事奉行であったかと思います。内密に私の方から和田伯耆守の邸に使いを遣わしましょう)

 何でも、身近に使っている腰元かなんかに和田伯耆守の親戚の子がいるらしい。その子に言いつければ、秘密が漏れないだろうって話だった。先に騎馬でやってきた十人は幕府から、このあたりの防備のために派遣されているメンバーの一部らしい。宮様の直接の家来ってわけじゃないんだな。


 僕と宮様がテレパシーでかなり長い立ち話をした後、ユリエは宮様の輿に一緒に乗せて貰う事になった。

「グスタフ様のお子ならば、大切に致さねば神罰が当たりますから」とか何とか言われて、乗せられたって感じかな。

 僕は螺鈿細工の鞍しか置いてなかった『神馬』だって言う真っ白い馬に乗せてもらう。

「御神馬がお乗せするのだから、この方はやはり特別な方だ」とかなんとか言われたところを見ると、相当気位の高い難しい馬なんだろうか? 僕の事は気に入ってくれたらしい。三郎さんはその他大勢の誰かさんの馬を借りたようだ。


 何はともあれ、僕らは宮様と一緒に、宮様のお邸というか御所というかを目指した。




珠宮さんの設定、ぶれてました。すみません

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