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僕の外遊、あるいは漂流・4

(これは珍しい。人の子のくせに狼の兄弟など、いるものかと思っていたが、真にいるのだな)


 鳥の思念が伝わってきた。

 モナが人の姿のままで、狼の遠吠えを上げた。兄弟二匹を呼んだらしい。すぐさま灰色の二匹がやってきた。兄弟が傍にいる状態だと、モナの能力が増大するらしいのだ。


「グスタフよ。鳥と人と狼の仲立ちはなかなかに面倒だ。お前が直接鳥に触れれば、お前と鳥の意志は十分通うが、触れていないと難しい。大体において、鳥は気が小さいからな。この大鳥はお前を乗せたものかどうか、まだ決意がつかんようだ」


「気が小さい」と決めつけられて、大鳥は気を悪くしたようだが(狼は物知らずだから)怒るのを止めたらしい。どうやら僕が大鳥の気分を読み解いたのに気付いたようだ。人の形なのに、おかしなやつだと思ったらしいが、嫌悪感は無く、興味を持ってくれたようだ。

 

「僕は乗せてやるべき存在かどうか、値踏みされている最中だな」

「そうだ。おい、大鳥、もったいぶらんと役目を果たしたらどうなんだ」


(狼が、偉そうに。我は神の鳥ぞ。狼や人のしもべではない。だが、御山のお告げの人間はこいつらしいから、乗せてやらんでもないが、その前に話をせんとな)


 大きな羽音がして、一瞬、叩きつけられるような突風が吹いたかと思うと、大鳥が地面に立っていた。

「グスタフ、こいつに触れてみろ」

「わかった。神の鳥さん、触らせてください」


 僕はすんなり伸びた首の付け根のあたりに触れた。頭に近い部分の方が、何となく会話をしやすい気がしたのだ。極上の羽毛布団みたいな手触りで、温かい。大鳥の方は僕に触られても不快ではない様子だ。


(お前、触れずに我の思いを読んだか)

(人の子のくせに狼の兄弟なので、僕は珍しいみたいですね)

(近い距離なら読み取れるのだな)

(やっと、ですけどね。僕の連れは乗せていただけますか?)

(そのミズホの巫女のような女か。ためしに我に触れさせてみよ)

 僕の隣にユリエを呼んで、大鳥に触れさせた。

(どう?)

(ミズホの巫女と気配は似ているが、神力は無いな。ただ、魂の波動が美しい女だ。お前に対する善き想いで満ちている。我との意思疎通は無理だろうが、乗せてやろう)

「良かった、ユリエ、乗せてもらえそうだよ」

「まあ、ありがとうございます。よろしくお願い致します」

(義理堅い女のようだな。ミズホに戻る前に、声をかけよう。湖で十分うまい魚を食って、力を蓄えねばお前らを乗せてミズホの御山には向かえない。では、羽ばたくから、お前も女も離れろ)

「ユリエ、今から、羽ばたくから離れろって」


 僕はユリエの手を引いて離れると、またすごい風が一瞬起きた。気が付くと大鳥は湖方向に飛んでいた。


「グスタフ、良かったじゃないか。二人とも乗せてもらえそうだな」

「うん。少し安心したな。良かったね。ユリエ」

「はい。ここで置いて行かれたら、どうすれば良いのか途方に暮れてしまう所でした」

「その時は、兄弟たちと一緒にラナまで送ってやるつもりだったよ」

「モナ様、ありがとうございます」


 モナが本当にそう思っていたのは確かなようだった。ユリエにもそれは十分伝わったのだろう。深々と礼をした。モナは照れたような顔つきになって、頭をかいた。

「おう、それはそうとグスタフ、鳥の奴、たらふく魚を食うと言っていたから、その間は釣りを止めておけ。アイツ、自分の眷属の鳥以外の者が魚をとると、不機嫌になるかもしれん。そうなると面倒だ」

「不機嫌になると、暴れる?」

「大きな翼で、風を巻き起こして、何でもぶっ倒すらしい。何はともあれ、これから世話になる相手だ。気は使った方が良かろう」 

「なら、湖よりだいぶ遠いらしいけれど、ここから見えるし、海の方に行ってみようか」

「海の魚を取るのか?」

「魚は無理でも、貝とか海藻とか何か食ったり使ったりできそうな物も有るかもしれない」

「貝って、外側が固い殻で、中にぐにゃぐにゃした物が有る妙な生き物だな?」

 モナは牡蠣を岩場で取っている人間を見たことが有り、その匂いが不味そうだと感じたらしい。

「貝も色々な色や形が有るんだ。食べられないものもあるけれど、旨いのも有るよ」

 兄弟狼が一度に吠えた。海を見ている。

「血の匂いがする。人の血だ。弱っているなかなり」

「まあ、大変。怪我したんでしょうか? 難破でもしたのかしら?」

「危ない、たちの悪い人間てことは無いだろうか?」

 僕は、ついそんなふうに口走った。見知らぬ誰かの生死より、自分たちの平和が大切だという本音のせいかもしれない。

「一人だ。特に邪悪な波動は感じないぞ」

 モナの言葉に続けて、兄弟狼が小さく幾度か吠えた。会話でもしているようだ。僕には理解できないが。

「どうやらお前らに縁が有る者らしい。助けに行こう」

「はい、わかりました」

 ユリエはケガの手当に役立ちそうな膏薬やら布やら真水やらを手早く、蓋付きの籠に入れた。狼兄弟の背に乗れと言われて、乗るというよりしがみついた。海まではかなりの距離が有る。丸太小屋は森のはずれの、かなり高い台地状の場所に立っているのだ。灌木の茂みを抜けて、海風が吹きつける草地を抜け、更には緩やかな坂という感じの岩場を抜け、ようやく小さな入り江の小さな砂浜についた。


「ミズホの者かな」

「おそらく、さようでしょうね」


 ミナやユリエが言うように服装はミズホの物らしい。年のころは二十代といった感じの男だ。肩からかなりの血を流している。 心臓マッサージの真似事をしていると、口から水を吹き出し、意識を取り戻した。ユリエが傷口を清め、血止めを塗り、包帯をする。男は狼兄弟を見て固まっていたが、ミナや僕とユリエの様子を見て大丈夫だと思ったらしく、また、意識を失った。体が冷え切っている。


「小屋に運んで、温めてやらなくちゃ」

「グスタフが先に行って、火を十分におこせ」


 それももっともだと思い、もう一度、兄弟狼の弟の方らしいが、その背を借りて小屋に戻ると急いで火をおこし、湯を沸かすようにする。寝床を整えたら、モナとユリエに付き添われて、兄狼の背に乗せられたけが人が到着した。

 体が暖まると、怪我人の意識が戻った。重湯を作って飲ませると、ようやく声が出るようになったようだ。


「肩の傷は刀傷のようだけど、誰かに襲われたの?」

「さようでございます。お助けいただき、ありがとうございました」


 僕が金髪碧眼の『異様人』なのにミズホの言葉をまともに話すので、驚いているようだ。ユリエを『雛にも稀な艶やかな美女』だと思ったようだ。チョッと気に入らない。自分の身分姓名を打ち明けたものか悩んでいる。


「訳ありなら別に無理に話さなくてよいよ。でも、呼び名ぐらい教えてほしい。偽名でも良いからさ」

「事情により官・姓名のほどは御容赦願います。かりそめに三郎とお呼びください」

(なあ、グスタフ、ワダホウキノカミヒロユキガケニンイトウショウザブロウってなんだ?)

 モナは意識に飛び込んできた知らない言葉に戸惑っている。

(和田伯耆守弘之っていったかな。ミズホの偉い人で、そんな人がいるんだよ。ケニンっていうのは家来って事だ。この人は和田さんの家来で、伊藤ショウザブロウって言うみたいだ)

「こちらは我が主・グスタフ様、私はユリエと申します。傷に良い薬湯をこしらえました。お召し上がりください」

(和田さんは、ミズホの国の交易の責任者なんだ。帝国から体に悪い変な薬を買って、持ち込もうとする奴らと戦っている最中なんだと思うよ)

(なぜ、そんな薬をわざわざ買うのだ?) 

(体には悪いけれど、使うと物凄く良い気分になれるらしいよ。使いすぎると頭も体も壊れる毒薬なんだ)

(変な物を欲しがるのだな)

(そうだよね。でも、結構いるんだよ。欲しがる困った人間が)

(穢れた波動の人間が欲しがるのだよな)

(そうだろうと思う)


 三郎さんは、ここがミズホ本国とどう言う位置関係の場所なのか気にしている。上司に定期報告を入れる日が近いらしい。

 どうやらミッケリ発帝国経由で輸入される荷物をどこかで漁船か何かに詰め替えて、ミズホ国内に持ち込む密輸組織が有るらしい。その積み替えをする中継基地の一つを突き止めたけれど、帰り道の小舟でばれて、乱闘になって、その最中に嵐に巻き込まれてしまった。どうやらこんな事情みたいだ。

 三郎さんは僕がすっかり事情を読み取ってしまったとは、露ほども知らないわけで、ちょっとばっかり気が咎める。


(なあ、大鳥はこの人までは乗せてくれないよな)

(案外、あっさり乗せるかもしれんぞ。兄弟が言うには、お前と縁が有る男らしいから)


 三郎さんの所為で、ユリエといちゃつけないのが僕としては非常に不満だが、仕方がない。だが、僕の顔にそんな気分が現れていたようで、恐縮した口調でこんな風に言われた。

「その、ユリエ殿は主様のお子をお産みになったと伺いました。拙者のようなものが紛れ込んで、御迷惑をおかけいたしまして、まことに申し訳ございません」

 ユリエの事は「ユリエ殿」、僕は「主様」と呼ぶ事にしたらしい。ユリエは僕の邸の奥向きの女中で、僕の「御手が付いた」と解釈したようだ。僕らがこんな人跡未踏の地にいる理由については、悪人たちに国を追われたのではないかと推量しているみたいだ。モナと狼たちは、三郎さんの理解を超えた存在らしい。


 ともかくも大鳥に相談する事にした。湖のほとりに行って、呼んでみる。

「おおい! 神の鳥さん、頼みが有る」

 三回、ミズホの言葉で可能な限りの大声を出した。

(なんだ、お前か。もう一人余分に乗せろと言うのだろう?)

(知っていたのか)

(様子を空から確かめたからな)

(で、どうかな?)

(別にかまわんぞ。だが、傷がふさがってからだ。人の血は穢れを呼ぶからな)

 さらに大鳥は湖の反対側の岸辺の大岩の影の泉の水で傷を洗うと早く治る、と教えてくれた。


 三郎さんのおかげで、僕とユリエはお行儀良く飯を食べ、静かに眠った。都合三日、泉の水で傷を洗い、安静にしたら、結構深い刀傷だったのに、血がうまい具合に止まったみたいだ。


「三郎さんが戻りたい場所から、大鳥が言う『御山』は遠いの?」

「さよう、馬で丸一日ほどでしょうか。御山の霊鳥とか大鳥の話は聞いたことは有りましたが、半ばおとぎ話のようなものと思うておりましたので、まことにその背に乗ってミズホに戻るとは、驚きです」

「ふーん、ミズホの都は更に遠いの?」

「はい。あのう、お二方はミズホでの御逗留先は?」

「全然決まってない。不法入国で牢屋行きだったりするかな?」

 ミズホは外国人の入国には非常に厳しい。原則的には立ち入り禁止なのだ。

「霊鳥と意志を通わせるような方を、牢に入れたりしましたら、神罰が当たりましょうな……」

(伯耆守様にお話して、信じていただけようかな。突拍子もない話と言われようし……さりとて、まことに牢にこの方々を繋いだりしたら、神罰が下りそうではあるし、困った……いやあ、困った)


 本当に、三郎さんが悩むほど困った事なんだろうか? 


「大鳥様と一緒におりましたら、皆さまに、グスタフ様を御身分にふさわしく扱って頂けましょうか?」

「恐れ入りますが、ユリエ殿、グスタフ様はいずれの御領主様におわしますか?」

「我が主は御山の特別な御神託を承りに赴くのですが……」

「特別な御神託ですか」

「この世界の運命に関わる大切な御神託だそうで、そこであの霊鳥と約定がお有りですから、御身分柄有りえない様な大変な旅路を重ねて、ここへ御渡りになりました」

「で、いかなる御身分であられますのか?」

「いかがいたしますか?」

 ユリエは身分を隠した方が良いのではないかと思ったようだ。

「良いよ、別に隠さなくたって」

「テオレル帝国は御存知でしょうか?」

「西の大国で、勢い有る国と聞いております。優れた皇帝陛下と神童であられる摂政殿下の善政で、民の暮らし向きも他国より随分豊かだとか」

「グスタフ様は、その……神童であられる摂政殿下御本人でいらっしゃいます」

「こ、これは、驚きました。ミズホの言葉が巧みであられるのも、神童でおわしますからでしょうか?」

「いやあ、ユリエに習っただけさ」

「まあ。私は何もお教えしておりません」

「このユリエの親父さんは、ミズホの名門の血を受けている」

「何れの御家で?」

「冷泉家、だよ。冷泉家康さんの名前は貿易に関わる者なら知ってるだろ? ユリエはそこの長女だ」

「ははーっ」


 あれ? 冷泉家の方が神通力が有るみたいだ。なるほど、和田さんは冷泉家の家来筋から出た家柄なんだな。だから、三郎さんからしたらユリエは高貴な姫君様って事になるのか?

 この分なら、どうにかなりそうだと僕は感じた。

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