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ややこしい僕の事情・3

乳母はけしからんですが、メイドは素敵な美少女です。

 ドロテアの頭の中は僕をどう利用してやろうかって事でいっぱいだ。僕に乳を含ませながら、誰に袖の下を掴ませるか、自分の邪魔になりそうな人間をどうやって宮中から追い出すか考えているのだ。生まれてすぐ僕の世話をしていた他の二人のオバサンを追い出すのにも成功した様で、僕の部屋の係は気が付くと若いメイド二人に変わっていた。

 若い未婚のメイドは身分も、図々しさでもドロテアには適わない。自分が雇っている使用人でもないのに、二人のメイドを自分の小間使いか何かと勘違いしている傍若無人ぶりだ。

 オバサン二人が追い落とされてから、時折亭主のビョルンが顔を出すようになった。そしてあれこれ夫婦で悪だぐみの相談をして、僕以外に人がいないとなると、怪しからん事に僕のために用意された部屋のベッドを勝手に使ってその……やるのだ。夫婦だからやるのは勝手だが、僕の部屋って言うのが腹が立つ。こっちを赤ん坊だと思って馬鹿にしている。盛り上がっていると、僕が泣いてみせても無視するし。最悪だ。


「まああ、皇太子殿下、御乳母様はどうなさったので?」


 話しかけてきたのは二人のメイドのうち、年かさのユリエだ。

 まさか、将来僕が使う予定の部屋のベッドで、亭主と真昼間っからよろしくやっているなんて言えない。大体がまだ、初めての誕生日も迎えていないのだから、言葉の発音自体ひどく困難だ。


 メイドの服は地球で言う所のビクトリア時代の黒いお仕着せと真っ白いエプロンというスタイルに似ているが、スカート丈がもう少し短い。膝と足首の中間といった感じだ。


 そうそう、転生して半年以上たって分かったのだが、過去の皇帝だった転生者が英語圏の人間だったらしくて、帝国で統一的に採用されている度量衡は、長さに関しては地球のフィート・インチと同じシステムのようだ。少し発音が違って、フィートはフルトでインチはイルチと変化している。単数複数も同形だ。従って日本なら165センチって言いそうなユリエの身長は、こちら式の表現で5フルト5イルチとなる。

 容積がガロン・クォートと同一システムなのかどうかは、僕にはまだわからない。


 さて、ユリエは、宮中に上がるだけあって整った容姿だが、この国では極めて珍しい黒目黒髪だ。もう一人の僕の部屋担当のメイド・ナタリエも黒目黒髪だが、父上が「黒目黒髪の容姿端麗な少女を」と特に仰せになって、選ばれた。僕の前世が黒目黒髪だったはずだから、というのが理由らしい。


 父上は僕の事を「黒目黒髪の異界の賢者が転生した」と認識している。僕の生きていた近代的な社会の構造や、一般庶民に過ぎない僕の立場などは知らないか、あるいは理解できないかのどちらかだ。この転生云々という話はトップ・シークレットというやつで、父上と僕だけの秘密なのだ。母上やドロテア、宰相にも知らされていない。女にだらしないチャラチャラした人だが、転生者に対する扱いは「皇帝と当事者のみの秘密」と言う帝国の建国以来の祖法を遵守しているのは、ちょっと偉いかもしれない。

 そうは言っても、賢くて察しが良く、帝国のしきたりや祖法についてもわきまえている母上は、おおよその事情は知っているようだ。


 あきれたのは乳母のドロテアだ。


「黒目黒髪なんて、蛮族の血を引いているのがあからさまな娘が皇太子殿下のお部屋付きになるなんて、どこのだれが裏工作したのかねえ」


 黒目黒髪の人間は帝国の勢力が及ばない多島海の諸国に多い。

 帝国の、特に貴族階級の連中は習俗・言語・宗教が異なるこれらの国々を「野蛮で異端」と見ているのだ。乳母のドロテアもこの偏見を強烈に持っていて、何かと言うと「黒目黒髪の賤しい娘が」「野蛮人が」と言って、辛く当たる。だが、ユリエもナタリエも芯が強いし賢いし、頑張って持ちこたえるだろう。

 浅はかなドロテアは気が付いていないが、二人は姉妹で、豪商レーゼイ家の娘たちなのだ。


 レーゼイ家は幾度も帝国に対して多大な貢献を果たしてきた名門だが、あえて貴族になる事を拒んできた。当代当主のイエンス・レーゼイも爵位授与を幾度も断っている。その代り平民の代弁者として、常時単独で皇帝に面会を求める権利を持っている。レーゼイ家当主は歴代黒目黒髪だ。初代が多島海の大国・ミズホの王族で有った事を誇りにしているらしい。


「おしっこ、いきたい」


 明瞭に発音出来たと思う。ドロテアには話をしたことが一度も無いから、ユリエが驚くのも無理はないか。


「まああ、皇太子殿下、おまるをお使いあそばしますか?」


 僕はユリエに頷いた。本来排泄のしつけは乳母の仕事だが、この際、ユリエに頼むことにした。


「おまるは、あちらでございます。お連れいたしましょう」


 いつも使うベビーベッドが置かれた部屋のすぐそばに、専用の部屋が有るのだ。おむつは安全ピンのようなもので留められていて、乳児の手ではうまく外せない。ドロテアに世話されるのが嫌だが、これまで我慢してきた。ユリエの方がよっぽど感じが良い。


「さあ、おむつもお外しいたしましたよ」

 ユリエの優しい手でおまるに乗せてもらう。

「ありがとう」

 ユリエは僕の言葉に目を丸くした。

「殿下は、本当はもう、お話になれますの?」

「うん。ちょっとだけ」

「御乳母様は御存知ないようですが」

「ドロテア、内緒。嫌い」

「さようでございますか。私の事は?」

「ユリエ、大好き」

「まあ、ありがとうございます」


 これ以降、僕とユリエは秘密に会話を交わす仲になった。と言っても、おむつをされてちゃんと歩けないうちは、何ともしまらないが、数か月の我慢だと思えば希望も湧いた。

 

×皇太子さま

◎皇太子殿下、ですよね。やっぱり……


後から直しました。

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