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嵐の前の静けさと僕・1

R15が二人分、ですかね

 後から思えば、摂政になり立ての十三歳から十六歳で外遊する直前までは、実に平和だった。

 父上の御健康は回復するのに丸々二年はかかったが、それでも元通りになられて、本当に良かった。だが、執務は僕に任せきりで、御自分は「探し物」をなさるのだとおっしゃって、市中への微行の回数が増えた。それでも以前とは異なり、愛人は増えなかった。あの、北の塔に収容していたテレサ嬢が普段から摂取していた怪しげな媚薬類の所為か、出産時に親子ともども亡くなってしまった事が、何らか影響を与えているのかもしれない。だが、あの心に広がる白い荒野、大氷原はどこなのかは、教えて頂けていない。


 セルマは僕の初めての娘ルイサを産んでから、ますます慈善事業にのめり込んでいった。僕の正式な側妃となり、皇太子の庶子であるルイサは女子爵なので、セルマが自由にできる毎月の手当はそれなりにまとまったものだ。だが、大半を慈善事業と敬愛する修道女が設立した修道女会のために費やしている。

 僕は教会を信じない、いやそれどころか不快に思っているが、セルマの活動を妨げる気は無かった。セルマにとって、そうした活動が生きる希望となっていたからだ。


 ユリエは元来が伯爵夫人であって、領地も有るし、資産も有るのだが、僕の側で暮らすことを選んでくれた。僕の住まいの側に小さいが使い勝手の良い小さな館を作り、そこで自分の生んだ二人の息子、ラウル・ヤイレとリョウタを育てる事にしたのだった。リョウタが父上と僕を呼ぶのを、羨ましそうに見つめるラウルが酷く不憫で、愛しいと感じた。

「周りに誰も居なかったら、僕を『父上』と呼んでも構わない」と許す事にしたのだ。二人の「息子ら」と共に過ごす時間は心安らぐものだった。


 アネッテとは僕が十四歳になってすぐ、正式な婚儀を挙げた。

 八頭立ての屋根無しの馬車に乗り、礼服を纏った僕とアネッテは都大路を埋め立てた人々の歓呼の声にこたえて、手を振りながらトリア大聖堂に向かった。真っ白い豪奢なドレスを纏い、祭壇への道を静々と進むアネッテの姿は庶民の思い描く皇太子妃にふさわしい美しさだった。

 正妃との婚儀は教会の関係する儀式が多い。この際、怪しい人間についても調べるきっかけにしようと色々厳重に教会関係者について調べ上げたが、特には何も見つからなかった。最近は教会側も帝国には品行方正な聖職者を選んで赴任させるようになっていた。


 北の塔の連中は大半は家財没収の上、都への立ち入りを禁じた。

 忌々しいドロテアは、ミッケリに帰化したミッケリ市民なので早急に釈放せよと言う要請がミッケリの政府から有り、帝国内の全資産没収と二度と帝国に立ち入らないことを条件に、釈放した。だが、この生ぬるい処置がとんでもない事件に結びついて行くとは、このころの僕も父上も帝国の貴族たちも全く考えていなかったのだ。


 子供の問題は家康師匠と相談して決めた方法を取った。僕が男性用避妊薬と言うかそんな薬を飲むことにしたのだ。

「まだ殿下はお若いし、御寿命も並みの長さではいらっしゃらないようですから、数年間お胤が無い状態でも、差支えはございますまい」

 庶子が二人既に授かっているし、父上のもとにはロルフをはじめ、弟たちもいるのだ。それで構わないと僕が言うと、精子の働きを停止させる薬の処方をしてくれた。

「飲み始められて、十日たちますと効果が完全なものになります。元の状態にお体を戻すのは、飲むのを十日以上、おやめになれば宜しいのです」

 味自体は苦くて独特の臭気も有るが、毎朝カップに一杯煎じて飲んでいる。


 十四歳から十六歳にかけての僕の暮らしぶりは、こんな感じだった。

 朝食は大抵ユリエや二人の息子らと共に食べる。昼は執務を行う連中と一緒に食べ、午後のお茶は父上の所で。夕食はそれぞれ泊まると決めた者と食べる。概ねセルマ・ルイサ母娘とアネッテ、そして自分の住まいでユリエたちと言う三か所を交代で回った。月の物が有る場合は飛ばして行くのだが、トータルで見ると三人ほぼ同じ日数を過ごす事になるように気を使っている。


「僕は三か所で手一杯ですよ。父上はマメですねえ」

 本気で僕が感心すると、父上は自嘲的な笑みを漏らされた。

「無責任に、気が向かなければ放置しているからな。お前の様に全部を律儀に面倒を見ようとすると、確かに三人でも骨だろうさ」

 どうやらこれまで放置されてきた庶子や、かつての愛人を訪ねておいでの様なのだ。中には悲惨な最期を迎えた人も居たようだ。庶子ももっと面倒を見ておけばと、後悔する様な事も有ったのだろう。僕には、父上が命の危険を感じた後、これまでの人生の総決算をつけようとしているように感じられた。

「最初の女性は、見つかりましたか?」

「無理だ。探しに行けるような場所では無かったしな」

 また、父上の心にはあの大氷原が広がっている。


 このころの僕の悩みの種はアネッテとの関係だった。無論仲睦まじくしては居るが、共寝を重ねるうちに、自分は子が産めないのではないかと言う疑念に駆られるようになったのだ。


「口さがないメイドや女官どもの言うことなど、気にかけてはいけません」

「でも、殿下と共寝させていただいておりますのに……」

「僕と一緒の時間をつまらない噂話で、台無しにしないで。ね?」

 僕が口づけてやると、このころはもうすでに積極的に応じるようになって来ていた。僕の隠し事には気づいていないようだ。



「僕を好きですか? アネッテ」

「……ッアア、お、お慕いしております、殿下」

「あなたは僕の正妃だ。殿下と呼ばず、こういうときは名を呼びなさい、さあ」

「ぐ、グスタフさまあ」

「様もいりませんよ。ほら、ちゃんと呼びなさい」

「グスタフっ」

「ああ、良くできました。あなたは、本当に可愛い、アネッテ」


(以下自粛)



 僕はアネッテを悩ませるような噂をする者を、黄金宮には置かない事にした。経費節減のための人員削減だと言う建前で、一応退職金ぐらいは払ったが。これだけで随分とアネッテの気分は和らいだようだった。後はユリエが厳しくしつけたメイドばかりを配置した。

 それでほぼ一年は静かだったが今度は別の方角から火の手が上がった。


「庶子が二人出来たのだからグスタフに問題は無いはずよ。ならば妃に問題が有るのではないかしら?」

 母上の爆弾発言で、僕の気遣いは吹き飛ばされた格好になった。

「まだ、実際の夫婦になって間が無いのです。気長に見てやって下さい。くれぐれも母上、アネッテには優しくしてやって下さい。ワッデンとの関係が悪化したら事ですから」

「ああ、それはそうねえ。……それにしても、困った物ね」

「僕の妻として仲睦まじく共に過ごしてくれれば、それだけでもワッデンとの争いの火種は減ります。子は出来るに越した事は無いですが、責め立てても出来る訳ではありませんから」

 言いすぎかと思ったが、ワッデンとの絆をぶち壊しにする様な言動はくれぐれも慎んでくれと母上に再度言っておいた。すると……母上御自身は黙ったが、周りの老人どもが腹を立てた。

「皇后陛下のおっしゃったことは、至極妥当だ。それを注意なさる皇太子殿下の方がおかしい」

「皇太子殿下は愛らしい妃殿下に,骨抜きにされてお出でだ」

 僕は気にしないが、アネッテが気にした。それだけではない。話題の中心が良きにつけ悪しきにつけアネッテばかりだと言うので、セルマがすねる。こちらはこちらで、なだめるのが骨なのだ。

 だが、すねられっぱなしは困る。側妃の立場は微妙で、それなりに色々大変なんだと思うが……だが、セルマとの間には可愛いルイサがいるのだ。


「ねえ。僕が許せないの?」

「そんな、そんな事はございません」

「いや、やっぱりセルマは怒ってるじゃないか」

「そんな、とんでもございません」

「じゃあ、僕の顔を見てよ。ねえ……」

 僕は必死だった。ここらが僕らの関係の大事な一つの節目かも知れない。そう直感していた。

「殿下……」

「僕がずっと前に言ったこと、覚えている? 君ひとりの僕で居てあげられる事は、今もこれからも難しい、そう言ったよね。でも、僕は君と一緒に生きて行くことにしたし、そうと決まれば互いの絆をより良いものにしたい。そう思っているんだよ。君はどうなの?」

「そうでした。確かに、そうおっしゃっていたのでした。でも……」

「でも、どうした?」

「あのころは、あのころは、何もわかっていなかったのです」

「ああ、そうだ。僕だってわかっていなかった。君をこれほど大切に思うようになるなんて、予想外だ」

「そうなのですか?」

「ああ。君は僕の心から大切に思う人になったのだよ」

「上手に私をだまして下さい、そうお願いしましたら……」

「最善を尽くすと、僕は言ったね。でも、もう、君をだませるとは思っていない。それでも、僕は君に共にいてほしい」

「本当ですか?」

「本当だとも」


 近頃のセルマは昼間の淑やかで清楚な感じとは打って変わった成熟した「女」としての魅力、いや魔力と言っても良い様な力にあふれていた。


(以下自粛)




「グスタフ、だよ。様も無しだからね」


 セルマは僕に自分から両手を絡めると、僕の耳元で「グスタフ」と呟いた。

 胸の奥に熱いものがこみあげてきて、思わず僕は唇を重ねた。

 考えてみれば、僕は一緒に風呂に入るのはユリエだけだと、頑なに思っていた時期が有った。そうしたこだわりが僕の方でも無くなって以降、セルマとの距離は縮んだのだった。さすがに、マッサージするように僕を洗い上げるのはユリエだけだが。


「では、行くね」


 僕は眠っているセルマの額に口づけて、自分の住まいに戻ったのであったが、その後、セルマが泣いているなんて、僕は随分後まで気が付かずに居たのだった。


 自分の住まいに戻ると、朝食の時刻まで寝なおすのだ。ユリエは自分の住まいの方に子供らを連れて行って、そこで眠っているはずだ。一人で眠るのは寂しいといえば寂しいが、気楽では有った。

 いつも目を覚ますころには美味い朝食の準備がちゃんとできていて、ユリエや息子たちと会話を交わしながら食事を楽しみ、頭をスッキリと切り替えるのだった。


 そしてユリエに悩み事として相談するのは、避妊薬の事も含めて主にアネッテに関わることで、セルマが話題になった事は全く無かったのだった。 





2020年2月に、年齢制限の規定から逸脱していた個所を削除しました

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[気になる点] 伏線ばかり貼りまくるのもなんですが、王宮?内で毒をまき散らした犯人が、隔離された後に無罪放免となる帝国というのも、はおかしいと思います。
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