ややこしい僕の事情・2
周りの人たちがかなりの曲者みたいです。
転生と言うからには、元の世界ではどうだったかと言うと、これまたありふれた事に大学生だった。
井沢亮太、享年二十二歳、そう、僕は死んだのだ。
はっきり意識は無かったが、大学の正門の前で、運転手が急な発作を起こした大型トラックに潰されたのだ。即死だったらしい。
らしいと言うのは、後で探り出したがこの時は何の意識も無かったのだ。そして、次に目を覚ますと、このルンドと言う異世界の最大の国家・テオレル帝国の皇太子になっていたというわけだ。身分やら家柄やらあれこれうるさい国柄だが、生母が皇帝の正妻である皇后で、表向きは一応長男なので、生まれながらの皇太子となるのは確実らしい。どうやら庶子は国中の色々な所にいる模様で、腹違いの兄も姉も既に二けたの人数いるらしいが、後継者レースで僕は最初からぶっちぎりでトップに立っている状態なのだ。
察するに、跡目争いやら勢力争いやら女の嫉妬やら、色々ややこしい世界に放り込まれたのは確実で、爺さんの言う通りなら、僕は美保が天寿を全うしてルンドに転生してくれるまでの間に、彼女が幸せを感じるような良い場所にしなくちゃいけないのだ。それにしても……百年は長い。思わずため息が漏れた。
ともかく、体が育ち、話をして歩き回れるようにならないと。そのためには栄養を十分取り、十分眠る。赤ん坊の出来ることなど、たかが知れているのだ。
ルンドに生れ落ちて三日目、父親、もとい父上である皇帝陛下が僕の様子を見に来た。ああ、見に来たなんて言っちゃいけない。おいであそばす? わからんが,敬語の使い分けに慣れないといけないのだろうな。
「おお、聖帝様と同じ黄金の髪と碧の瞳、うむ、体も健康そうだ。乳もよく飲むそうだな」
父上は御機嫌だった。
「爺さん、えっと、ルンドの管理者さん、聖帝ってどんな人? 皇帝の先祖なのかな?」
「特別サービスで質問に答えてやるが、後は自分で周りの人間の意識を読み取って、情報や知識を得る事にするのじゃな」
「えええっ、口きけないんじゃ質問できねえじゃんか」
「まあ我慢強く観察を続けるのじゃな」
「で、その聖帝って、どんな人?」
「君と同じ世界から来た転生者だよ」
「もと日本人?」
「いいや」
「寿命は?」
「百五十歳だったな。次世代を育て上げ、あちらの世界に再び転生を遂げたはずじゃ」
「はず? 頼りないなあ。転生者って、多いの?」
「君で一応二人目じゃな」
「一応って、なんだよ」
「まあ、詳細はそのうち、という事じゃ」
何か僕に明かせない不都合な事情でも有るんだろうか? 釈然としない。
「ってことは、不老不死って設定自体変じゃないか?」
「ある程度の功績をあげるなり、魂のレベルアップに成功するなりするとじゃな、向こうの世界に転生する事が可能になるんじゃ。ではな」
「おい、強制終了ってヤツかよ!」
それ以降爺さんが現れたのは、僕がこの国の実権を握った後の事だった。
目が覚めたら、また、内心よこしまな事ばっかり考えているオバサンたちにキャアキャア弄繰り回されている。そして泣くとあのデカパイの乳母の乳を飲まされる。何だか悔しいが、今は仕方がない。それにしてもこの乳母、ドロテアという名前らしいが、僕と似たり寄ったりの年頃の息子を『皇太子殿下のお遊び相手&御学友』の一人に加えようと様々に宮廷内で夫ともども裏工作に励んでいるらしい。
(領地の上がりなんてたかが知れているから、ちょっと危ない橋を渡る必要もあるわねえ。麻薬や媚薬の類で御禁制の品物は確かに体には悪いでしょうけれど、それでも効果が絶大だから仕入れたらすぐに売れちゃうわよね。あの人も同じことを考えていたみたいねえ。フフフ)
あの人とはドロテアの亭主で平民から成り上がったネクセ伯爵ビョルンだ。
先代ネクセ伯爵の『庶子』で唯一の実子と言う事になっているが、大ウソらしい。
他のメイドや世話係の噂を総合すると、男色家で経済観念の無かった先代のネクセ伯爵に好きなだけ金と男娼を宛がい、引き換えに遺言状にビョルンが爵位と領地を相続できるように嘘の記載をさせたらしい。
『インチキ伯爵』とメイド達も呼んでいるようだから、公然の秘密ってやつなんだろう。
で、そんな奴の女房が僕の乳母? どう言う選考基準なんだか訳がわかんない。ああ、そうか。ドロテアの思考を読んだら分かった。たんまり袖の下をしかるべき筋に掴ませた……よく有る話だな。
どうやらビョルンは後ろ暗い商いで随分と荒稼ぎしてきたらしい。確かに、そうでもしないと身分制度の厳しいこの国で成り上がる事は難しい。そうか、ビョルンの母親は木こりの娘で、旅の貴族に騙されて都までついて行き、妊娠したと分かった途端捨てられたんだな。
ドロテアはドロテアで強烈に上昇したい個人的な動機が有るようだ。ほう、いびられて? ぶっ叩かれて? 飯抜きで? 泥棒呼ばわりされて、追い出された。ふーん。ああ、そうか。年老いた好色な王族と、金で買われたも同然の十代の幼な妻との間に生まれた娘だ。実の親父が死んだあと、親戚連中が財産を良いように毟り取って、まだ十代の母親とドロテアは邸を放り出されて以降、泥水稼業に身を沈めたようだ。
確かに悔しいだろうな。うーん……この国は酷い国だ。人権などという概念はかけらも存在しないようだ。
このインチキ伯爵夫妻は僕を更に成り上がるための、恰好の手蔓と考えている訳だ。
だが、それにしたって皇太子の乳母と言う立場と社会的な信用を最大限活用しようってか……あきれるが、その逞しさはちょっと見習った方がいいかもしれない。
ああ、だが、不法な薬物の商売か。
やっぱり、いただけない。こんなことを僕が考えているなんて、ドロテアは思ってもみないわけだ。
「まあ、御利発そうなお顔でいらっしゃいますねえ」
確かに利発だろうさ。一応大学生だったんだもんな。この業突く張りのオバサンと、どうやって過ごして行くか当分頭の痛い事だ。