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僕と魔女と悪龍の危ういバランス・1

公妾と呼ばれた立場の女性たちの事、調べ出すと興味深いですね。何じゃそら!って事も色々あります。爽やかからは、ほど遠い話ばっかりですが。

 恐らくは父上の側近の中で、大宰相を内心は苦々しく思う連中が言いだした事だろう。僕が側妃を迎えるのは余りにも早い。あと十年後だって早いぐらいだと言う意見が宮中を席捲しはじめた。

「そもそも、側妃より御正妃が先だろうが」

 確かにそれはそうだ。僕はそれでも一向に構わないのだが、大宰相は焦っていた。


「僕はまだ六歳ですよ。誕生日が過ぎてもまだ七歳。そんな子供に側妃が二人って、普通に考えればおかしいですよね? やはり異常でしょう。普通なら学友とか、そんなものを決める年頃なのに……僕の方から御約束を反故にするつもりはサラサラ有りませんが、気長に相応しい時期を探るべきかもしれませんね」


  爽やかな青春なんて無縁だ。

 まあ、子供らしい子供じゃないから、ある程度仕方がないにしてもさ。


「いいえ、殿下はお体こそ確かに六歳のお子様ですが、大変な御知恵と御見識をお持ちですし……何より、御自身の果たされるべき責務について真摯にお考えでいらっしゃる。そうした殿下ならば我が娘を通じて、御縁を頂き、私も……何れは迎えます事になるでしょう新しき御代を支える力となりとうございます」

 

 おいおい、父上はまだ健在。現役バリバリの三十五歳だぞ。大宰相の方が年上じゃないか。その言いぐさはまずいだろ。宮廷内の空気が微妙なこの時期に……下手すると僕が謀反人扱いされちゃうじゃないか。


「大宰相、父上はお健やかで、御代はまだまだ末永く続きましょう。僕は無力な子供に過ぎません。お願いですからそうした剣呑なお話はやめて下さい」


 そして、父上のお考えで最終決定するのみだと大宰相に言い渡した。すると今度はグラーン侯爵夫人が、セルマを当初の予定通り来年側妃に迎えてくれと言いに来た。こちらも大宰相同様、父上の御裁可次第と伝える。


 僕の皇太子という立場も微妙になってきた。原因ははっきりしている。母上の懐妊だ。それもどうやら大宰相の子ではなく、父上の子らしい。法の上では夫婦なのだし、僕という子どもの両親なのだから奇異でも何でもないのだが、これまでの経緯を考えれば青天の霹靂だった。一度冷えた仲がふとしたことから元に戻った、いや、かつてないアツアツな状態になったようだ。

 大宰相もグラーン侯爵夫人も仰天している。そして、自らの延命工作のために僕を使おうという魂胆なわけで……いやあ、頭が痛い。


「ユリエ、お前は予定通りちゃんと嫁に行くんだよ」


 ユリエは僕を案じて、そばを離れないと泣いて主張したが、やはりまずい。それこそ父上のお声がかりの話を蹴ってもらっては、ユリエにも僕にも何か有りそうな雲行きだ。最初に話を頂いた時とは情勢が違うのだ。

 父上は僕が七歳になったら、周りに門閥貴族の子弟を侍従として配すると定められた。それは監視であると同時に、保護でもあるのだ。父上のお気持ちの中で、どちらの比重が重いのか、僕には読み切れない。父上は移り気な方だし。


 すったもんだは有ったが、予定通りユリエはドランメン伯爵と結婚した。

 僕の幼児期は完全に終わった。気が付けば、誕生日も過ぎていた。

 侍従となった少年や若者たちは皆素直だが、ユリエほど気が利くわけでも賢い訳でもない。身の回りの事は自然、自分自身で行うようになった。


「今度生まれるのが男子であったとしても、皇太子はお前なのだからな。そのつもりで身を処しなさい」

「お前はこの母の自慢の息子です。頭を高く上げ、堂々としていなさい」


 意外な事に、いや、僕が疑心暗鬼に陥っていたのだろう。子供らしくない子供である僕を、父上も母上も思いの外親らしい温かい感情を持って、息子として受け入れて下さっている。どうやら僕の皇太子としてのポジションは当分そのままのようだ。僕は変わらず毎朝のご機嫌伺いを、父上にも母上にも続けた。お二人御一緒に朝食を召し上がる日が続くと、母上のお気持ちは穏やかだ。息子としては嬉しい事だ。

 

 やがて弟のロルフが生まれた。プラチナブロンドの髪に淡い茶色の瞳の健康な子だ。顔はどう見ても父上そっくりだ。これほど似ていれば、血統に関する疑念を完全に払しょくできるだろう。大宰相には全く似ていない。だが母上の意識を探って、僕は愕然とした。何と母上自身、実際に生まれるまでどちらの子かハッキリ分からなかったらしい。その秘密を知った時、僕の胸の内は色々な意味でモヤモヤした。 


 それにしても分からないのは父上だ。皆が石を持って追い落とすようにグラーン侯爵夫人に対する讒言を繰り返し始めた中で、特に庇うような行動もとらず、事態を放置していた、いや、そうとしか見えなかったが、そんな中でも侯爵夫人は父上の子を懐妊したのだ。


「雨の中、わざわざ夜中にやって来て、足元に身を投げて修道院に入りたいなどと言うので、ついな」

 

 あの美しい人が身を投げ出して、泣いて訴えた。すると、父上は気持が動いて……子を作ったと言う事か。

 侯爵夫人が父上の寵愛を取り戻したとなると、また様々な連中が彼女の周囲に集まり出した。公式愛人が男子を産んだとしても皇帝になるはずもないのだが、おべんちゃらを言う奴の中には、父上の寵愛さえ確かなら侯爵夫人が『国母』になるかもしれない、などと物騒な胡麻すりを言う者もいる。それを小耳にはさんだ母上の周囲の人間が、また騒ぐ。


「森の魔女の不敬は許し難いです。あのような者は火あぶりになさるべきでしょう」

 庶子であっても皇帝の子を懐妊した女性を火あぶりにできるはずもない。大体、火あぶりなどという必要以上に残酷な処刑方法自体、昨今はめったに実行されていないのに……

 父上は『火あぶり』発言をした母上に仕える女官をそのまま放置し、その一方で一日の半分近い時間をグラーン侯爵夫人と共に過ごすようになった。


 一度はコケにされた形の大宰相は、出産後の母上のもとにマメに顔を出している。どうやら父上と顔を合わさないように細心の注意を払っているらしい。もっとも、僕の時もそうだったが、父上はめったに産後の母上を見舞わない。

「後は大宰相に任せよう」という父上の言葉をどう解釈するか、大宰相は激しく悩んでいたが、何のことは無い。父上は面倒事は有能な大宰相に任せれば良いと思っているに過ぎない。そして、母上に対しては夫たる自分こそが正当な権力を有していると誇示したい……そんな多少子供っぽい独占欲が働いたに過ぎないのだ。

 だが、気まぐれだろうと幼稚だろうと、皇帝の行動は大きな意味を持つ。僕は今回、それを嫌という程思い知らされた。

 

「何だか疲れたなあ」


 ぼやいても、それを受け止めるユリエが居ない。僕は僕なりにけじめをつけた筈だった。ユリエはユリエの為すべき事をすれば、それで良い。そう思っているはずなのに、僕はやはりふっきれないのだ。

 ユリエはドランメン伯爵の夫人として、夫と共に領地に居るはずだ。だが、何の情報も僕の方には入ってこない。イヴァルにそれとなくカマをかけてみたが、どうやらイヴァルも妻のナタリエも何一つ知らないようだった。実の妹であるナタリエも知らないなんて、おかしくは無いだろうか? 僕は心配になって、レーゼイ家の都の中の邸まで忍びで出向き、直接家康師匠に会って話を聞いてみた。


「妻となりました以上、ユリエもドランメン伯爵に従うべきなのだと思いますが、嫁いで以来音沙汰が無いのが一体いかなるわけか、私も気がかりです」

 家康師匠は手の者をドランメン伯爵領に送り込むという。

「何かわかりましたら、委細漏らさずお知らせいたします」

 そう請け合ってくれた師匠の言葉を聞けば、僕に出来る事など待つ以外、何も無い。


 ドランメン伯爵領は、伯爵領としては最大規模で、幾度も国境線を争い歴史的な因縁を抱える隣国・ワッデン王国と国境を接する重要な軍事拠点でもある。

 歴代のドランメン伯爵は優れた武人であると同時に、手堅く領地を治めてきた。当代の伯爵・スヴェンは遊び人ではあるが軍略に優れており、先のワッデン戦役でも全軍の補給経路をしっかり確保し、敵に分断される事は一度たりともなかった。

 現在、ワッデンとの国境と設定されている大河の中州に、帝国とワッデン双方の商人が互いに物々交換的な交易を行う市が、十日に一度のペースで立つ。元来は闇市であったものが、帝国・ワッデン双方にとって都合の良い存在であるため、目こぼしされている。レーゼイ家の手のものは、ここで情報を集めたらしい。


 僕がレーゼイ家を訪問して一月経った頃、家康師匠の使いがやって来た。


「国境より送られてきました書状です。しかるべき時期に皇帝陛下にもお知らせするべきかと思われます内容が含まれております」

 レーゼイ家からの使いが持ってきた書状にはそう言う家康師匠の但し書きが添えられていた。更にこんな文章も添付されていた。

「ユリエお嬢様は、歴代ドランメン伯爵の居城・アウラ城で無事にお暮しのようです。同封いたします様な短い書状をアウラ城の門前で、直接お嬢様より頂戴いたしました。委細は折を見てお嬢様御本人より何らかの御説明が有るものと思われます」

 どうやら直接、ユリエと面会した手の者が添えたメモのようだ。さて、肝心のユリエの書状だが、思いもよらない内容で、僕は驚いた。


「歴代当伯爵家の主が苦しめられてきた心臓病の発作を起こされて、旦那様はずっと寝込んでおられました。この半年間、医師や執事と協力してお世話した結果、昨日からお話をなさる様になりました。当分は発病の事も伏せておいてほしいと言うのが旦那様の御意向です。領地の事は執事や代官たちに助けられて、何とかやってきましたが、旦那様の意識が戻られたのでもう大丈夫だろうと思われます。ただ、ここはワッデン国境の要衝ですので、何か事がおこりました時に御自分が十分にお役にたてない恐れが有るのが、今の旦那様の一番のお悩みのようです」

 そのあとは、僕の口からワッデンと帝国の国境の守りについていかがするべきか、早急に皇帝陛下に内密にお伺いを立ててほしい、と言った内容で締められていた。


 僕は父上に二人きりの面会を求め、レーゼイ家から送られてきた状態のままで書状をお見せした。


「そうか。スヴェンの奴めがなあ。ぶっ叩いても死にそうに無い頑丈な男だと思ったのに……書状からすると、ユリエはそこそこ上手く領主夫人としてやっているようではないか。ふーむ。国境地帯の領主が病人というのは国防上宜しくないが、あまり動くとワッデンに気取られるからなあ。おお、そうだ。お前なら官僚連中ともツーカーの仲だろう。お前にこのことは預けよう。そうだなあ、お前、正妃をいっその事ワッデンから迎えないか? そうすれば、戦がおこる可能性は極めて低くなるわけだし……うむ。正妃の件はこの父に任せよ。な?」


 僕は頭が痛くなってきた。

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