新たな土地、新たな街・2
「あの地球ならパンパに相当する大草原で、放牧でも始めますか? 一応軍の方で沿岸部を中心にですが、調査はしてある程度のデーターはそろってます。さすがに南極に近い寒冷地の方は無理でしたが、温帯の一帯は食糧増産の基地として、将来有望だと思います」
ラルフさんに相談すると、そんな返事が返ってきた。
「現状は、イノシシもどきやら、カピバラやらが伸び伸び暮らしている平坦な土地なんだよな」
「人口密度が恐ろしく低いのも、好条件ですね。アイリュ帝国の南端部に接する一帯の内陸部に少数民族のグループがいくつか確認されていますが、部外者にはガードが固く、宗教儀礼とリンクしてでしょうけれど、食人の習慣が有るのは確かなようです」
「するとミッケリ人が『食われてしまった』というのも、全くのデマでは無かったわけか」
「らしいです。原住民の聖地をミッケリ人が汚した、と受け止められた可能性が大きいようです」
「ミッケリ人は二十人程度の小グループだったんだよな」
「馬と旧式の銃やピストル、若干の弓矢程度の装備であったようです。落とし穴に馬ごと落ちて、投石器で攻撃されたら、確かに二十人かそこらの数では簡単に死ぬでしょうな」
「嫌な死に方だな」
「それにしてもマテウス様、前世でその大平原をごらんになった、ということでしょうか?」
ラルフさんはマテウスを子ども扱いしない。大人と同じように話をする。
「はい。あのへいげんちたいで、たくさんのさくもつがそだつかもしれない、そうかんがえました。そうなれば、あいりゅのまずしいひとたちも、うえずにすみそうですから。そもそもさいしょにへいげんのことをうかがったのは、ちちうえからなのですが」
「あー、モタさんに、地球で知られていたパンパやグランチャコやパタゴニアの大氷原の話をしたことが有ったなあ。おそらくこのルンドでも、自然条件は似通っているだろうってね」
「牛でも飼いますか。それよりも麦とか、あの辺ならトウモロコシの需要が多いですかね」
「豆も雑穀も、水源との位置関係で米もあるいはオリーブやらブドウやら柑橘類も有望なんじゃないか?」
「あと、マテ茶を忘れちゃいけませんよ。栄養豊富ですしねえ。トリアでも軍の関係者で希望するものが幾人か育ててますが、温室で育てても土壌の加減が難しくて、あちらの大陸のようにはいかないようです」
「じゃあ、マテ茶を大いに栽培して、世界中に健康飲料としてどんどん売り出すか」
「そりゃあ……良いかも知れませんな」
「でも、まずは調査団の派遣か。港の整備から行う方が効率が良いだろう。西海岸のグスタフ港から陸路は難しいだろうな」
「山脈が阻んでいますからな」
「距離は遠いが、東海岸のフレゼリク港を起点に、東海岸沿いを南下して地球で言うとブエノスアイレスあたりまで向かうか」
フレゼリク港は良港だが、完全な熱帯で、北国のワッデン・スコウホイあたりの出身者には辛い土地だ。海岸が美しく太陽が明るく照らすので、我慢できるのだろうけど、本当はもっと涼しい土地が欲しいところだ。地球でいうとブラジルの古い港町サルヴァドールあたりに相当すると思う。主に軍港として使われていて、貿易港としては西海岸のグスタフ港ほどは繁盛していない。グスタフ港はアイリュの主要都市に比較的近く、テツココやミズホからの定期船が活発に行き来しているのに対して、フレゼリク港の周囲は密林と痩せ地の熱帯性の草原で、月二便の西大陸西端部であるレイリアとの定期航路が有るだけだ。まあ、そのおかげでフレゼリク港の周辺にはスラムが延々と広がるなどという状態にはなっていないようだ。
「グスタフ港ほど仕事も、儲け話も無いという認識なんでしょうなあ」
僕があの大陸にかかわるようになって、人々は嫌でも貨幣経済に取り込まれてしまった。現金収入が得られそうな仕事が有れば、多くの人々が引き寄せられる。
「アイリュの農業技術では周囲の熱帯性の草原地帯は水源も確保できないし、農地に転換は出来ない、そういうことだろうね」
「気候の問題が有りますからなあ、やはり南下して、西大陸の人間でも過ごしやすい温帯の大平原の方を優先すべきでしょう」
「牛や馬を持ちこむにしたって、放牧っていうのはどうなのかなあ。やっぱり手つかずの自然も計画的に残すべきだと思うんだよね」
「その辺のことは、皇后陛下がお詳しいでしょう。是非ご一緒に話を詰めた方が良いですよ」
ラルフさんが言うので、エミナも呼びに行く。
「データもそろわないのに、思いつきでいい加減なことをやっても上手くいかないと思うわ。まずは専門家グループを派遣して測量をきっちりやって、土壌や水質の分析なんかもある程度してから方針を決めた方が良いと思うわ」
やはり一度、農業と治水の専門家を派遣しようということになった。それに先立ってほとんど現地の住民と遭遇しないという広大な草原地帯からほど近い軍事基地を補強することにする。
「専門家が殺されて食われちゃ困りますからな。十分に武装するべきでしょう」
「でも、なるべくぶきはつかわないでほしいとおもいます」
「皇子様のご心配は理解いたしますが、我が帝国の精鋭部隊のなかでもドーンで様々な異民族との折衝を重ねた連中を配置しますから、地域の住民との融和を図る方法を真剣に探るはずです。ですから、ご心配のような事態はまず起こらないと思いますよ」
ラルフさんはそれから、軍の援助活動や非致死性武器の説明をマテウスにした。おかげでマテウスも十分に納得できたようだ。
「あれだっけ、ドーンでは軍が率先して深い井戸を掘って、誰もが使えるようにしたんだっけ?」
「ええ。最初にそのアイデアを出したのは陛下ご自身でしたが」
「あれ? そうだっけか?」
「アフガニスタンでの日本の援助活動の話を教えていただきましたよ」
「あー、そうだったかな」
確かにラルフさんに、アメリカのいわゆる『テロとの戦い』は憎悪の連鎖を生む結果になるのでは無いかという話をしていて、井戸掘りをする活動についての話が出てきたのだと思い出した。ちなみにラルフさん自身は、あのミノル・ヤマサキの代表作でもあるワールドトレードセンターが崩落したテロが発生する前の段階で、ソマリア沖で亡くなったということになるらしいのだ。当然その後のアメリカ合衆国がどうなったかについて、僕が話すまで全然知らなかった。
「清潔な飲み水が確保できるようにするというのは、どのような民族グループにとっても理解しやすい援助ですからな。医療援助はスタッフが現地にいないと出来ませんが、井戸は一度掘ればかなり長い期間使えますからね。実に良いアイデアだと感じ入った次第でして」
ラルフさんは軍人ではあるが、非常に冷静に生まれ育った国の歴史を見ることのできる人で「偉大な国だが欠点も多い」と認識している。特にベトナム戦争に関しては、僕なんかよりずっとよく知っているし、色々考えもあるみたいだ。ラルフさんは軍の規律、特に非戦闘員・一般人に対する暴力行為に対して厳格だが、本人いわく「ベトナムでの負の遺産から学んだ部分が大きい」そうだ。
「それにしたって、広大な土地を正確に測量するのに、空を飛ぶ手段が無いのは不便よねえ。そろそろ飛行機でも開発してみるのもいいんじゃない?」
エミナがそんなことを言い出した。
「ブラジルのエンブラエルはなかなかに良い飛行機を作ってますからね。もっともエンジンはよその製品ですが」
「地球ならよそからエンジンを買うこともできるだろうが、こちらの世界にはそもそも航空機につかえそうなエンジンが存在しないじゃないか。そのエンブラエルってメーカーは名前以外、僕はほとんど何も知らないけどね」
このルンドっていう世界では、せいぜい鉱山での揚水ポンプやベルトコンベヤーを作動させるのに使うような重たくてデカいエンジンしか開発されていない。
「まあ、あれだよ。熱気球を高めにあげて、その位置から周囲を観測する程度からはじめるかい?」
「飛行機は超小型の簡単な風洞でも作って、模型で実験を重ねるところから始めたら、どうかしらねえ?」
僕はエミナが言う風洞なんて、考えもつかなかった。もとが文系だからなあ。
「もう太田さんがやってますよ」
ラルフさんがこともなげに言う。
「へええ、そうなんだ」
太田さんにとって航空機は未知の乗り物だが、ラルフさんから色々な話を聞いて、熱心に研究したらしい。
「模型の良く飛ぶグライダーの開発はできたようです」
「じゃあ、問題は小型エンジン?」
「そうですねえ。今、熱心に開発に励んでいる若い研究者の活動をもっと後押ししてやれば、うまくいけばここ二~三年でライト兄弟の作ったエンジン程度のものはどうにかなりそうですよ」
「……ラルフさんは、飛行機が出来た方が良いと思う?」
「いずれにしても、いつかはこの世界の人間だって、航空機を利用する方向に向かうでしょうから、陛下がしっかり目配りなさって、技術の利用についての枠組みとか、軍事利用に関する規定とか、お定めになったらいかがです? 戦闘機で爆弾をばら撒くような戦争は、確かに悲惨ですから」
「兵器の開発や軍事利用以外は、確かに有っても良いとは僕も思うんだけど」
地球の歴史では、大型旅客機ができる以前に戦闘機が開発され、戦争はとてつもない大量殺戮を伴うようになったわけで……それを思うと、僕は複雑だ。
「日本でもベトナムでも、アメリカは色々ばら撒きましたが、ああいうのは止めさせた方が良いのは確かでしょう。でも、空を飛べることで新たな解決策を見いだせる問題も多いわけで……若い研究者を応援してもいいんじゃないかと思いますがねえ」
ラルフさんの言葉にエミナもうなずき、こう続けた。
「どんな技術も道具も、要は使いようってことよ」
そうは言っても……航空機産業の諸々の技術を悪用されてはかなわない。しっかり国が監督できる体制が必要だという点では、僕らの意見は一致した。
「ひこうき、というものをつくるためのきちとなるようなまちを、あたらしくつくったらどうでしょうか?」
「飛行場は大きな用地が必要だし、実験にも平らな広い場所が欲しいところだな。それなのにあまり人目に触れずに開発を行うのは……難しいだろう」
そんな場所が、いったいどこにあるだろうか? 僕にはふさわしい場所が思い浮かばなかった。
「ならば、いっそのこと、あのたいりくのだいへいげんにつくったら、いかがでしょう?」
「皇子様、それは素晴らしいお考えですな」
「マテウス、それ、いい考えね」
ラルフさんとエミナがそういうのだから、良い考えなのだろう。ラルフさんはブラジルの航空機メーカーのことも、僕なんかと違って、かなりよく知っているみたいだ。
「私がまだ体の動くうちに、航空機のことはある程度、目鼻をつけておきたいものですな」
「……ラルフさん」
「多分、それほど長い時間は私には残されていないだろうと思うのです。そうですなあ、少なくとも元気に動けるのは、もう、十年も無いでしょう。ですから最後の大仕事と言いますか、人生の総仕上げと言いますか、そんなつもりでやらせて下さい」
そこまで言われてしまえば、僕には反対できる理由なんて無かった。
「まずは人口密度の低い大平原の一角に、自給自足が可能な畑や牧場を伴った基地を作り、ある程度運営が軌道に乗った所で、航空機関連の研究所や工場を作る……そういう手順で行こうと思うのです。御異存は無いですよね」
「ああ。ラルフさんの思うようにやってくれ。幸い、資金は十分に有るから」
そんなわけでドーン大陸での鉱山関連の収益の半分を、航空機産業の育成に振り向けることになったのだが、僕が皇帝でラルフさんが宰相で、僕らの個人資産がミッケリあたりの国家予算を優に超えた規模だからこそ、ここまでスピーディーに事を決めることができるわけだ。
「帝政ってのも、まんざら悪くないですな」
ラルフさんの言葉は、そのまま僕が感じたことと同じだった。