初めてのハロウィン
「おやじさん、ルンドでもハロウィンぐらいやったって良いと思わね?」
この世界、ルンドの暦で明日は十月の最終日になるという日の夕食後、フレッドがそんな事を言い出した。
「ハロウィン?」
「開祖の時代には出来なかったんだけどさ、今じゃカボチャだってカブだって良いのが有るし、キャンディーだってクッキーにチョコレートだって有るじゃねえか」
どうやら開祖皇帝陛下はハロウィンの御馳走とお菓子が欲しかったのに、ずっと諦めていたらしい。今度、僕の息子として転生したら、かなり状況が変化しているので……確かに、19世紀のカリフォルニアより美味い食べ物が簡単に手に入るのだから、そんなにやりたいなら、真似事でもやってやろうかという話になった。日本人にとって先祖の霊と交流するイベントはお盆だろうが、ハロウィンを楽しむ人も若い世代を中心に次第に増加傾向にはあったと思う。前世の僕は、コンビニにカボチャを使った食べ物が出回る時期ぐらいの認識しかしていなかったし、思い入れも無かったが。
「前世の母ちゃんは『まともなキリスト教徒がやるもんじゃない』って言って、仮装もさせてくれなかった」
どうやら彼の前世の記憶では「お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ」って言うのは聞いた記憶がないらしい。
エミナは前世でハロウィンの仮装の経験はあるようだ。仮装して、お菓子を貰い歩くイベントの話を聞いて、フレッドは、酷く羨ましがった。
母親の考えも有り、フレッド自身が仮装した経験は皆無だが、近所にカボチャのお化けを楽しそうに作るアイルランド系の移民らしい一家が住んでいて、そこの家のおふくろさんがハロウィンの日に「すっごく美味い」カボチャのパイを焼いて、振る舞ってくれたらしい。お化けや妖精の扮装を楽しんでいたそこの家の子供たちが、羨ましかったとフレッドは言う。
「アイルランド人は妖精と仲良しな人が多いらしいんだ。でも真面目なキリスト教徒の母ちゃんは『異教徒みたいで』嫌だっていうんだ。母ちゃん頑固だったし」
「カボチャのパイも色々有るよ。どんなのが食べたいんだ?」
「え、ホント? いいの?」
「僕でもエミナでも、作ってやれるよ。何なら今から準備するか?」
「うん!」
こういう所は可愛いもんだ。僕とエミナがプライベートに朝食や夜食を作るのに使う小さなキッチンでパイを作る準備をしようとすると、エミナものぞきに来て、こんな風に言った。
「フレッドの体は一歳児なんだから、脂分とかチョコレートなんかは控えめにね。そうねえ、一歳児でも大丈夫な、お腹にやさしい御馳走を私も考えましょう」
どうやらメニューにはお化けの格好の真っ白い蒸しパンと、カボチャのスープを入れるらしい。
「魔女の指型のクッキー、無理かな……一回だけ貰ってすげえ美味かったんだけど。血塗れ色のポンチは赤いだけであんまりうまいもんじゃなかった」
僕もエミナも日本人であった時の記憶と影響が強いから、余りそういうスプラッタな感じのデザインは考え付かない。そう言えば昔、アメリカ人の家庭で「トマトケチャップまみれの心臓型ハンバーグ」を食べた記憶が蘇った。正直、あまり美味しくはなかったが、アイデアは面白いと思った。悪趣味と言えばそうだが、ユーモラスでもあった。魔女の指型クッキーも、そういう発想のお菓子なんだろう。
「指っぽくフィンガークッキーで形を作って、爪の部分をアーモンドにするか?」
「あ、それ、おいしそう! それ作りましょうよ」
ハロウィンのランタンも元来はカブだったらしいが、アメリカでカボチャに進化したわけで、フレッドにはそのお化けカボチャのランタンと、カボチャのパイのイメージが強いらしいのだ。
翌日はフレッドに「妖精さん」の扮装をさせてやった。真っ白い上下に、背中に羽代わりの大きなチュールレースのリボン飾りをつけ、頭に昆虫の触角みたいなものをくっつけたヘアバンドというか、そんなものを被せてやった。エミナがデザイン画と言う程でもないが、絵をかき、それをもとに針仕事の上手で早いメイドに作らせたのだ。
「きゃっ、フレッド、可愛い!」
エミナはフレッド本人より大喜びした。せっかくだから写真も撮った。
ルンド初の、幼児のお腹にも優しいハロウィンディナーはこんなメニューだ。執務が休みでもあったので、僕とエミナが全部を気晴らしを兼ねて楽しんで手作りした。
・クリーミーなカボチャのポタージュ
・魚のすり身で作ったコウモリ。色はサーモンピンクだ。
・お化けカボチャ型の柔らかい肉団子
・カボチャと色とりどりの柔らかく煮た豆が入ったサラダ
・真っ白いふわふわのお化け型の蒸しパン。一歳児が手で持って楽しく食べられる。
・真っ赤なベリーのジュースをベースにしたフルーツポンチ。血塗れって感じじゃないが、美味い。
・かなり伝統的なものに近いパンプキンパイ。一歳児のために脂分は控えた。
・魔女の指型のクッキー。軽ーいクッキーだが、リアルな指の形。成型は僕がした。
一歳児はどれも、ほんの少々しか食べられないが、形も色もハロウィンらしいメニューで喜んでくれた。
「折り紙のカボチャお化け、可愛いでしょう」
エミナが日本人であった頃の記憶をもとに、カボチャや魔女の箒、お化けを折ってみせると、フレッドは非常に喜び、エミナと一緒になって、自分も幾つか折ったのだった。だが、一歳児にしてはいささか負担が大きすぎたのだろう。五個目か六個目の折り紙で、うとうと眠り始めたのだ。
「ほら、ねんねして良いけれど、歯だけは磨きなさいよ」
エミナはそういう所は厳しい。かなり苦労して歯磨きが終わると、もう完全にフレッドは爆睡状態だった。
「本当は行列組んで、お菓子を貰い集めたかったのかな」
「まあ、何か、寝言を言っているわ」
寝かせる部屋の準備がきちんと整うまで、ソファーで寝転がっている状態なのだが、確かにフレッドが口を動かして、何かムニャムニャ言っている。
「……と……りっく……おあ……とりー……と……」
僕とエミナは思わず顔を見合わせた。ちょうどそこへ、マテウスのお乳を催促する泣き声がしたので、エミナは行ってしまったのだが。
「お前、そんなに仮装行列がやってみたかったのか……」
僕がフレッドの隣に座って、様子を見ていると、また、何か寝言を言っている。
「……御菓子……を……」
ものすごく幸せそうな顔で眠る一歳児を見ると、来年か再来年辺りから、何か仮装のイベントをやっても良いなあ。そんな風に僕は思ったのだった。
リアルでは無理なので、せめてお話でハロウィンのディナーを楽しみたいと思いまして書きました。