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白い石・9

 僕らは帰国してすぐから進駐軍の編成に取り掛かり、各方面の専門家を召集して統治に関する基本的な政策と理念を作り上げた。それからの具体的な行動は実にスムーズだった。これも僕が一種の神話的な存在と言うか神として、あの土地の人々に認識されているからだろう。僕が神話的・伝統的な権威を持たないドーン大陸で同じ事を行なおうとしても、恐らくなかなか難しいのではないかと思われる。


 もともとアイリュやテツココには、あまり闘争的ではない穏やかな人が多いせいか、テオレル帝国軍を駐留させて国会開設を視野に入れての信託統治も、あまり大きなトラブルにならなかった。最高司令官以下、軍の要所要所に現地と関わりの深い出自の者を配したのも、功を奏したんだろう。


「最高司令官様はもともとアイリュの皇家とテツココの王家の御血筋でいらっしゃるから」とか「あの連隊長様はウチの村の人の孫にあたる人だ」とか言う具合で、伝統的な権威や地縁・血縁の強さを利用して、よそ者だと思われないように配慮したのが良かったのだと思う。軍の全体構成ではアイリュにもテツココにも縁がない出自の者の方が多いが、皆日常会話程度の現地の言葉は修得している。


 一番大変だったのは熱帯雨林での金鉱堀りの連中を中心とした争議だ。

 僕が専門家を入れて調査させる以前から、ジャングルの奥に大量の金が眠っていると言う噂は有り、砂金の形でその一部は市場にも出てきていたが、人間一人分の重さは有ろうかと言う巨大な天然の金塊が発見されて以降は無法者が大量にジャングルの奥に潜り込み、勝手にジャングルを掘り崩して、相当な面積が月面クレーターのような状態にされてしまった。以前はミッケリ系の犯罪組織と結びつき、そうした組織の下請けとして一応それなりに秩序だった動きをしていたが、僕がそうした組織の骨抜きと弱体化を図ったおかげで、密林のならず者連中はかえって凶暴化したともいえる。


 ジャングルは破壊されると復旧に時間も手間もかかるのも大きな問題だが、一番の問題は密林の奥で静かに暮らしてきた少数民族グループに対する日常的な残虐行為の方だ。幾つかの少数民族の首長たちは、僕に助けを求めてきたのだから、僕としてもその声に応えないわけには行かなかった。

 それにしても、実にやり口がえげつなくて、潜りの金鉱堀りの連中のやり方は強盗と変わりない。先住民族の集落には問答無用で火をつけ銃を連射し、はなはだしい時は闇で仕入れたダイナマイトなどの爆発物を仕掛けて強制排除するのだ。


「人の土地を荒し森を破壊するだけでも怪しからんのに、人を人とも思わない態度は許せない。如何なる民族、いかなる肌の色、いかなる宗教であろうと、人を殺害したものは当然ながら殺人犯だ」


 この僕の主張は、大半の帝国国民には受け入れられたと思う。

 僕はテオレル帝国本国、ドーン大陸、ミズホなどのラジオでも新聞でもスポンサーとなって、人種差別撲滅キャンペーンを大々的に行わせた。


 先住民グループの先導で近代的な装備を整えた軍隊は、凶悪化した金鉱堀りの連中をどんどん捕獲した。かれらと共に行動させられていた女性や未成年者たちは本人の希望により、出身地なり新大陸なりで職業教育を受けさせた。大量虐殺を率先して行ったようなものは、法に基づき死刑となった。犯罪が軽微なものにとどまる場合は、やはり職業教育を受けさせた。それにしても……


「噂には聞いていたが、凄い埋蔵量だな」


 ラルフ・ヤングが密林地帯から発見されたしっかり六十キロを超える天然の金塊を見て、あきれたような、いや呆れた声を出した。相変わらず頭脳明晰で矍鑠としているが、やはり歳月はそれ相応の作用を彼の上に及ぼしていて、髪はすっかり白髪だ。そして、もう曾孫がいる。


「地球と同様の状況みたいだよ」

「なら、恐らく凄い埋蔵量でしょう。きちんと管理しないと厄介な事になりそうですなあ」

「今、平和に少数民族が住んでいる熱帯樹林で覆われた丘も、金の大鉱脈の真上だと分かったが、当分秘密にしておこうと思う。彼らには希望に近い代替地を用意して、移住して貰う事にした」

「問題個所は帝国軍ががっちりガードするんですね?」

「そうしようと思う」

「先住民のグループは、その条件を受け入れそうですか?」

「ああ。彼らに好まれる場所をちゃんと用意できたから、大丈夫だよ。部族の代表者は僕の提供する土地を気に入ってくれたようだった」



 深い井戸を掘って生活用水は確保し、僕が購入して密林状態のままに保って有る土地に囲まれた高台の土地を提供する予定だ。雨期でも水没しない高さは十分に確保できているはずだし、彼らの主食であるマンジョーカと蛋白源である淡水魚を手に入れる条件も整っている。

 僕は僕の特殊能力をフルに動員して、部族の代表者と電話越しにではあったが、直接彼らの言語で会話をして諸条件についても説明した。超遠距離の場合、電話越しだと僕の波動は上手い具合に相手に作用を及ぼせる。正直言って大陸間の海底ケーブルの敷設は大変だったし、多くの費用もかかったが、やっただけの事は有ったと言う訳だ。無線通信の方も増強されてきており、密林地帯の情報網も、この数年で大きく状態が変化した。


「代替地はそれで良いとして、金鉱に対する権利関係をどうするかですね。無視すると言うのも有りでしょうが、それは陛下の主義に反するんじゃないですか?」

「ああ。一応説明したよ。そして今の村の連中の孫の代になったら、きちんとした形で権利関係を話し合おうと言う事になった。孫たちの世代は恐らく学校教育をちゃんと受けるだろうからね」


 アマゾンに該当するエリアの豊富な地下資源をどの程度掘り出すか、あるいは温存するかは、なかなかにデリケートな問題だ。かつてスペインが新大陸の金銀を大量にヨーロッパに持ちこんで、経済を混乱させた時のような馬鹿げた事をするつもりは全く無い。開発が必要であるとしても自然破壊や鉱毒、労働環境についても万全を期して開発したい。


「既に禿山にされた場所は、鉱山としてちゃんと管理運営して行こうと思うが、他は温存しようと思う」

「それで十分でしょう。こんなとてつもない金塊が出るんだから、当分資金は足りますよ」


 ラルフさんに見せた六十キロ級の天然の金塊の金含有量は五十キロを余裕で超えると言う凄さだ。一旗あげたい食い詰めた男たちが眼の色を変えるのも、無理からぬ部分は有ったのだ。ただ、血みどろの殺戮行為の末に見つかったものなので、素直に喜べないが。

 僕の知らない内に、ずいぶん多くの少数民族が滅亡したり,滅亡一歩手前まで追い込まれたりしたのだ。


「傷つけられた人々と森を癒すのも、僕の仕事なんだろうな」

「陛下がいくらすごい人だからって、一人で背負いこんじゃいかんですよ。進駐した軍の連中や各港の管理官たちだって、それぞれ立派に仕事は出来ますから。背負い込むんじゃなくて、うまく割り振って乗り切って下さいよ。今度生まれた皇子様が大人になったら、きっと大いに働いてくれるでしょうね。でも……そのころになると、俺は土の下かな」


 僕は、ラルフさんの言葉を否定出来なかった。こうして歳月も、人も、僕の側を通り過ぎていくのだ。でも、僕は随分ラルフさんに助けてもらったし、ラルフさんの事は忘れない、ずっと。それだけは確かだ。


 エミナが二人目の息子・マテウス・フェリクスを無事に産んだ頃には、もう進駐軍はそれぞれの土地で任務を遂行しつつあった。テオレル帝国風というよりは、レイリアの貴族のような名前は彼の前世を考慮してつけられたものだ。僕とエミナの息子なのに殆ど黒に見える濃い褐色の目と髪と言うのもちょっと驚いたが。


「あの白い石が作用したのかも知れんな」


 ヤタガラスにはそんな事を言われた。出産祝いに珍しく駆けつけてきてくれたモナも同じような事を言う。モナは珍しい事に人型を取って、生まれたてのマテウスを抱き、うれしげに笑った。


「ユリエもセルマも黒い山の霊力を借りて全ての穢れを浄化できた事を喜んでいるのだきっと。この子がこれから為そうとする大変な仕事にも力を貸す事になるんだろう」


 モナがそういうと、マテウスは確かに頷いたのだ。よちよち歩きを始めていた開祖の生まれ変わりのフレゼリク・グスタフソンの方は、ちょっとしかめっ面をして弟を見たが、小さな手を差し出して赤ん坊の弟と握手した。


「ねえ、フレッド、何で顔を顰めたの?」


 英語でのエミナの問いに対するフレゼリク・グスタフソンの答えが笑った。周囲の人間に聞かれると不都合な事は、僕ら家族は英語で話す。それにフレッドはルンド以外のどこかに行く可能性が高いのだから、色々な言語に慣れておいた方が良い。英語は時空管理局の存在する時空でも、どうやら影響力の強い言語で有り続けるらしいから、と言う理由も有る。


「こいつ、チビなのに、中身はオッサンだ。仲良くはするけどさ、ちょっと嫌だな」


 幼いころの僕とうり二つの顔で、また顔を顰める。そんな表情をしても可愛いが。


「そうだな。前世のフレッドはお世辞にも大人とは言えない状態だったみたいだものな。マテウスは聖人様の生まれ変わりだから、そりゃあ魂が大人びていて当然だ。あんまり眉間に皺を寄せると、変な跡がつくぞ」


 僕はチビな元開祖様を抱っこして、眉間の皺を指でそっと伸ばしてやった。


「でも、フレッドにはフレッドの良い所が有るんだから、あんまり気にしないでいいのよ」


 エミナの言葉に、フレッドは頷いていたが、僕の顔を見てこんな事を言った。


「おやじさん、あんまり昔の女の事は気にしなくていいよ」


 するっと僕の腕から降りると、またトコトコと勝手に庭の方へ出た。エミナもヤタガラスもモナも、あっけにとられたような顔になり、それから爆笑した。


「よかったのう、グスタフ。開祖のお墨付きが有って」


 モナはそう言うとまた笑う。僕はどういう顔をすればよいのか困ったが、マテウスを抱っこして笑いたい奴には笑わせておくことにした。するとマテウスがぐずり始めた。


「あら、おっぱいね。待っていて頂戴」


 エミナは慣れたものだ。エミナが産んだ二人の息子には、乳母の乳を飲ませるよりエミナ自身の乳を飲ませるべきだとヤタガラスもモナも言うので、そうしている。僕はあの乳母だったドロテアに酷い目に遭わされたので、エミナの方針に任せている。皇后が初乳以外の乳を与えるなど前例が無いとか、見苦しいなどと言う輩も死に絶えたし、母乳を与える医学的な意義も研究が進んだ。その一方で、まだ人工乳の研究が不十分であるので、トリアでは母親自身による母乳育児が上流階級でも一般的になりつつあった。


「フレッドはおっぱい、どうする? 飲む?」


 マテウスがしっかり飲み終わった後、エミナは後ろで様子を見ていたフレゼリク・グスタフソンに声をかけると、中身は元開祖の彼はまた眉間に皺を寄せて、一瞬考え込んだ。


「ありがとう。もういいよ。今日からおっぱいは卒業する」

「一歳児が自分で断乳宣言しなくたって良いのに。良いの? 本当に」

「やっぱり、男には引き際ってものがあるだろ?」


 エミナは爆笑し、それにつられて皆も笑った。


「おやじさん、俺の言うこと、可笑しいか?」

「いや、立派だと思うぞ。だが、一歳児が言うと確かに奇妙ではあるな」

 笑いをこらえた僕を、じっと見ていたが、ため息をついた。

「おやじさんも、本当は笑いたいんだろう? なら、笑えばいいさ」

「すまん。僕だってフレッドと同様に変な一歳児だったんだ。でもさ、そんなに流暢にはしゃべれなかった」

「おふくろさんのおかげだよ、きっと」


 何というかまだ、柄の悪いあんちゃんのような言葉遣いだが、前世の言語能力をフルに活用できるのはエミナから受け継いだ力なのかもしれない。


「あー、それもあるけどな、おっぱいが特別なんだ、たぶん」


 どうやら他の女性の母乳の味はエミナの物ほど良くないのだそうだ。そして、エミナのものは飲んだ後、非常に満足感が有るらしい。


「留守中何が嫌だって、おっぱいが不味いのを我慢しなきゃいかんのが、嫌だったぜ」


 僕は大真面目に、一歳児が眉間に皺を寄せて語る言葉を聞いている。


「まあ、そうなの? なら、弟に無理して全部譲らなくても良いじゃない。ね? 時々は飲みにいらっしゃいよ。まだ、二歳ぐらいまでだったら飲んでたって、普通だと思うわよ」


 エミナの言葉に、一歳児は真剣に悩んでいる。


「そうかな?」

「そうよ。御食事も色々食べられるようになるけれど、一日に一回ぐらい、飲んだって良いんじゃない?」

「じゃあ、時々、お願いしようかな」

「では、そうしましょうね」


 僕の手からエミナに渡されたフレッドは、一歳児らしい愛らしい表情に戻って笑った。


 エミナは夜中の授乳のために起きて、隣室のマテウスの部屋に行く。それではエミナが大変だからと思って、僕一人が別室に寝ると言う事も考えたが「夫婦は運命共同体だっていう実感が欲しい」というエミナの言葉ももっともだと思ったので、この形に落ち着いた。エミナは静かにベッドを抜けるから、僕は熟睡して目覚めない事も有る。


「あれ? 僕、今何かしゃべったかな?」

 授乳を終えたらしいエミナがベッドに潜り込むと、僕ははっきり目が覚めた。

「何か、夢でも見ていたみたい。『わかった』『ありがとう』『よろしく』……そんな事を言っていたわ」

「そうか。そんな事を言っていたのか」

「ええ」


 エミナは僕の顔をじっと見つめた。それから優しい顔つきになってフワリとした笑みを浮かべると「お休みなさい」と言って眠りに入ったようだった。僕もそれに合わせて眠りに入ったようだったが……


「グスタフ様」

「グスタフ様」


 あ……ユリエ、セルマ、いや他にもいるな……アネッテ、アンニカ、ガブリエル?!


「皆でお手伝い致します」


 あ、チャスカ! まるで巫女の様な姿だ。

 何か白い光が大きく広がって、弾けた。


「綺麗だ」


 気が付くと、僕はエミナに抱きしめられてた。


「おはよう」


 僕の挨拶に対して、エミナは柔らかな笑みを返した。

 エミナの顔はあの白い光と同じ、綺麗な光に輝いているように見えた。


 僕は新鮮な、そして厳かな気持ちでエミナにキスをした。       (終)

 

 

今回の話は、これにて終了です。

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