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白い石・5

「五人が、五人とも同じ夢を見るなんて、これはただ事ではないと思い至りまして」


 ピカピカの禿げ頭に浮かんだ汗を拭き拭き、僕に向かって不慣れな敬語を使って話すのは、一番の長老株のベネデッド・キアだ。五人が同じ夢を見た事に気が付いて、急遽話をまとめたらしい。何でも昨夜はキアの誕生日で、管理官の話にも出た白亜の大豪邸で「罪深い宴席を開いて」いたんだそうな。問題の豪邸は小さな半島の先にあり、親分たちはそれぞれ贅を尽くしたヨットに乗って集合したらしい。そんな事は全然帝国の管理官サイドは掴んでいなかった。帝国側の諜報能力は、まだまだという事みたいだ。


「皇帝陛下に御挨拶に赴くべきではないかと言う者もおりましたが、私どものようなその、下賤な者がノコノコとどの面晒してと思っておったもんですからねえ……」


 それにしたって、キアはフロックコートが似合わない。いや、自分の禿げと肥満体を目立たせようと言う魂胆ならそれなりに成功しているのか? 真っ白の上下、ショッキングピンクに金の縫い取り模様のベスト、金色のタイというケバイと言うか、凄い組み合わせだ。かと思うと、シャツから小物まで光沢のある黒で揃えた奴やら、全身真っ赤、全身真っ青、全身紫と言うのもいる。まるで地球の戦隊ヒーローものみたいだ。と言っても、五人ともあまり可愛げのない爺さんだが。


 濃紺の上下にグレーのベストとタイ・白いシャツの僕が一番地味だ。一番まともだとも思うが。


 キアの話をまとめると、こう言う事らしい。

 昨夜の罪深いどんちゃん騒ぎの後、皆引き払って眠ったが、一斉にモタさんの夢を見た。モタさんは夢の中で「皇帝陛下のお供をしなさい」と命じたそうだ。ちなみに五人ともモタさんに自分自身、あるいは親兄弟や家族が命を救われている。キアに至っては「おふくろの腹から出る時に、取り上げていただきました」と言うんだから、半分親父さんみたいなものか。それにしては大層な不良に育ったもんだが。


「私の母親はミッケリから流れてきまして、その、罪深い身過ぎをしておりました。私をおろそうとしたんですが、うまくいかず、死ぬ寸前と言う所だったのを聖人様に御救い頂いたんでして。ベネデッドという名も聖人様につけて頂きました」

「ベネデッドという名にこめた願いを、十分に果たせとでも言われたかい?」

「ええ? どうしてお分かりになったんで!」

「モタさんが言いそうな事だからね」


 きっとモタさんは、惨めな貧しい娼婦の息子にも神の祝福が有るべきだと思って「祝福された者」を意味するベネデッドという名を選んだのだろう。


「学問を仕込もうとして下さいましたが、私の我慢が足りませんで」

「おふくろさんをともかく、すぐに楽にさせてあげたかったんだな?」


 キアの脳裏に浮かぶそのおふくろさんは、小柄で褐色の髪と目をした愛らしい女性だ。キアの残念な見てくれは、実の父親に似てしまったんだろう。キア自身、どこの誰やら分からない母を不幸にした男に似ているらしい自分の見た目が、非常に気に入らないらしい。実際、母親は酒に酔うと「吐き気を催すほど嫌いな男に瓜二つ」と言ってひっぱたいたらしい。時には「お前なんて死ねばよかった」とまで言ったようだ。それでも、この男は自分を虐待する母を憎めなかったのだろう。


「は、はい、そうです」

「だが、おふくろさんは悪い男にだまされて命を落とした。君は親孝行ができなかったんだね」

「は、はい……」


 このベネデッドにとって、惨めな死を遂げた母の事は大きな心の傷になっているのだ。柄にもなく涙を浮かべていて、恐らくそんな顔は他の四人も見た事が無かったのだろう。しーんとした感じで、僕とのやり取りを聞いている。


「君は……折角の能力を、同じような子供を救う方に使わず、増やす方に使ってしまったようだなあ。それで、モタさんに叱られたか」

「は、はい。今からでも、陛下の御手伝いをして、罪滅ぼしに努めろと、おっしゃいました。そして、近いうちに陛下の次の皇子様として生まれ変わられる事になったので、お供をしてそれが本当かどうか確かめて納得しろともおっしゃいました」

「で、君たちは、それを信じているか?」

「突拍子もない話ですが、嘘とも思いません」

 全身真っ赤なやせっぽちの爺さんがそう答えると、青づくめの爺さんも頷いて、こう言った。

「一度に五人が同じお知らせを夢で見るというのは、やはり聖人様の奇跡でしょうな」


 五人とも年の所為だろう。「地獄行き確定」が恐ろしいらしい。僕とエミナは馬車に乗ると、イカさない爺さん戦隊を引き連れて道を急ぎ、モタさんの亡骸が収められた巨大なガラスケースの前に立った。

 普段は巡礼者でごった返している場所だが、ちょっとばかり人払いをして貰った。ガラスケースの前には僕ら夫婦と親分五人の他は、モタさんの弟子の修道士が二人、居るだけだ。


 モタさんの霊は、すぐに話しかけてきた。


(皇帝陛下、皇后陛下、私の願いをお聞き入れいただきまして、ありがとうございます。無事、お二人のもとに生まれ変わる事が適いましたら、この大陸における諸問題の解決に精一杯務めさせて頂けましょうか?)

(エミナも僕も、出来る限り応援するよ)

(やっぱり男の子として、生まれるてくるのよね?)

(女の子では、ちょっと辛いものが有るかなとも思うのですが、皇后陛下は姫君が御希望でしたか?)

(男女どちらでも、大事な子供ですから、精いっぱい育てさせて貰います。よろしくね)

(ありがとうございます。美しい聡明な母上に育てて頂けるなんて、何と幸せでしょうか。今から楽しみにしております)


 普段なら、こんなやり取りは僕らのような特殊能力の持ち主しか分からないはずだが……どう言う訳か五人には会話が感じ取れたようだ。


(皆、辛い中で精一杯生きてきたのですが、そのやり方が色々と間違っておりました。今からでも両陛下の御導きにより、この哀れな罪深い五人を御救い下さい)

(モタさんは聖人で、僕は不老の悪魔なんて言われる男だが)

(私は異教徒だけど)

(そのような事は、どうでも良い事なのだとこの五人にも納得して貰いましょう)


 モタさんの亡骸から、生前と同じ姿の影が揺らめいて、立ち上がった。


(ベネデッド)

 まずは一番の長老に呼びかけた。白いフロックコートの爺さんは震え上がって「はい!」と返事をした。

(エンツォ、ヤコポ、ニーノ、グリエルモ)

 皆、自分の名を呼ばれるたびに返事をして、姿勢を正し、モタさんの霊体を凝視した。

(両陛下を実の親とも思い、真心を尽くしてお仕えするのだ。そうすれば、きっとお前たちの数々の罪も許されるだろう。生まれ変わったら、また会おう)


 パキッ!


 そんな大きな音がして、真っ白い布でグルグル巻きにされたいた筈のガラスケースの中の亡骸は、布と飾り類を残して粉々に崩れ去ってしまった。修道士二人は一瞬大いに慌てたようだが、モタさんの晴れやかな笑みを浮かべたヴィジョンはハッキリ見えたようだ。


「ああっ! モタ先生!」


 二人の修道士は床に額づいて、祈りをささげた。


 それから、外で待っていた巡礼者、参拝者に呼びかけて、特別な説教が始まり、祈りがささげられた。


「偉大なる聖人エガス・モタ様は、再びこの地を救うために、生まれ変わられるとの事です。生まれ変わられるにあたり、テオレル帝国の皇帝陛下・皇后陛下を御両親となさると言う霊示が、先ほど御座いました。御亡骸は崩れましたが、新たに若々しいお姿でお出で下さる日を信じて、皆で祈りましょう」


 皆で聖歌を歌い、その後は「聖人様のお生まれ変わりを祝して」熱狂的な踊りやら、即興の歌やらが続いた。新たに親になる事が披露された僕らも、熱狂的にもみくちゃにされそうだったが、どうにか抜け出して、五人の親分たちと宿舎に戻った。


 五人の親分たちから心のこもった挨拶を受けた。彼らも悪事からスッパリ足を洗うとはいかないのかも知れないが、可能な限りモタさんの霊示に従いたい様子だった。


「君たちの組織を平和に解散させるためには、子分たちの暮らし向きを保証する事が不可欠なんだろうな」

 僕の言葉に、皆頷いた。確かに十分に食い扶持を稼ぐ事は、大変なのだ。元来の住民だけでなく、多くの外部からの流入者をどう受け入れるか、頭の痛い問題だ。


「こんな身すぎはやめたいと思っても、今さら抜けられないと諦めていた部分が有りました。聖人様のお告げを受けて、私達もやれる限りの事はやらねばいかんと思います」

「道をお示しいただいたら、私達はそれに従います」


 僕も取り急ぎ、出来る事からしなくてはいけないだろう。

 そこで先ずは、親分たちにアイリュとテツココの「おえら方」に支払っている裏金を引き揚げ、代わりにモタさんが設立した貧しい子供らを支援する学校と、診療所の活動を強化する方に回すように依頼した。これらの設備は元来修道士会が活動を支えて来たが、今は帝国が管理運営を引き継いだ格好になっており、往年の勢いを完全に失っている。


「そんな事で、宜しいので?」

「まずは、出来る事から確実にしたい」


 後は努力目標として、覚せい剤や風俗関係から得ている収入を、健全な産業から得られるように努める事を皆にも頼んだが、帝国としても大いに努力する事を約束した。


「麻薬の栽培より儲かって、体に良くて、なんて作物が有ると良いんだがなあ」

「幾つか候補やプランは有るけれど、まだ実用化までは漕ぎ着けていないの。でも、大いに努力する価値は有るわよね」


 親分たちはエミナの話に、引き付けられたみたいだ。土地に適した単価の高い作物と、収穫の容易な作物、肉を取る動物の育成を有機的に連動させるモデルを産み出せれば、計画は成功するらしいが……後は無秩序に行われている砂金採りや勝手に掘り散らかした各種の鉱山の管理や運営を適切に行う必要が有りそうだ。


「帝国から専門の調査団を派遣するから、君らにも協力を願おう」


 砂金採りの上前をはねて来ただけなので、ちゃんとした鉱山運営のノウハウなど全く無い。鉱毒などと言う言葉自体認識していなかった。


「学が無いもんですから、儲かりそうだとなると後先考えず、ただ食らいつくだけでして」

「ですから子供らには学問を仕込もうと思いますが……」


 大きな事業を破綻なく運営するには「学問が必要」だとは皆思っているのだ。


「モタ様のお作りになった学校なら、皆、喜んで通うでしょう」


 僕がドーン大陸で効果を上げた給食サービスと初等教育のモデルケースについて説明して、スラム地帯でモタさんの作った学校を根城に、同様の活動を行おうと言う案を述べると、彼らはそう言って賛成した。この土地の人々にとって、聖者エガス・モタの縁に繋がる事は、きっと良い事、正しい事だと言う強烈なプラスのイメージが存在するのは大きい。


 後は僕らの登山隊の話に話題が移った。ニーノという青づくめの爺さんがこんな話をした。


「私どもの牧場に、姿が良く非常に粘り強い馬と高地に強いロバがおります。両陛下に献上させて下さい」


 ニーノ爺さんは牛馬の繁殖やら、相当強引な牧場の運営やら、更にどう言う訳か売春やら女衒やらで儲けている。そうした人物から提供された馬やロバを皇帝が使うと言うのは、トリアの新聞社辺りに知られると、あれこれ言われてしまいそうだが、高地に強い特殊体質の馬やロバは確かに貴重で有り難いので、登山するに際して提供してもらう事にした。


「言いにくいがニーノ、自分の娘や孫に説明しにくい様な仕事は、おいおい止める様にして貰いたい。僕の個人的な口座から一時金を支払うから、今現在、五つの店で働いている女性たちの借金は綺麗にしてやり、通常の飲食店として営業してくれ」


 僕が金の支払いについて管理官を呼んだので、ニーノも帳簿を仕切っている子分を呼んで、実務的な事は詰めさせた。言い値で払うのだから、さほど話に時間はかからなかったようだ。ともかくも飲み屋を装った潜りの売春宿が、本当に普通の飲み屋になるのかどうかは、これからの経過観察も必要だろうが……


「おい、ジャコモ、俺の顔に泥を塗ったら承知しねえぞ。お前がいい加減な事をすれば、組織の皆が聖人様と皇帝陛下の御怒りを被るんだからな、わかったな」


 そんな風にドスを効かせていたから、ある程度期待して良いんだろうと思う。帳簿係のジャコモって男は、色々と予想外の成り行きにびっくりしていたが、親分の命令は絶対らしかった。

 こういう時、他人の心理が読み取れるのは確かに便利だ。少なくとも親分五人は本気で僕に従うつもりなのは、はっきりと分かった。モタさんのおかげだ。


 後は山に登るための装備と人員を最終的に固めて、数日中に出発しないと、秋分の日に間に合わなくなる。


「さあ、荷造り、荷造り」


 パッキングが得意なエミナは張り切っている。モタさんの魂は、一旦エミナの持つ胸飾りに同化して休むらしい。これでヤタガラスの言うようにモタさんの魂をヤナオルコに連れて行く事になった訳だが、一体どんな効果が期待できるのかは、僕も全然知らされていない。


「多分、色々善い事が有るじゃろう」


 ヤタガラスは能天気な調子で、さっきからポップコーンをパクついているが、何も考えて無さそうだ。

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