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白い石・2

「昼と夜が同じ長さの日に、ヤナオルコのてっぺんのインティプンクに行って白い石に朝一番の光を当てればいいんです」


 ケツァールはのんびりした口調で答えたが、実行するとなるとなかなかに大変だ。

 ヤナオルコ、直訳すると黒い山って言う事になるだろうが、大地の女神パチャママの聖地とされるアイリュ領内の霊峰だ。正確な測量結果はまだ出ていないが、頂上は確実に五千メートルを軽く越える。


 インティプンクと言うのは太陽の門を意味する。


 ヤナオルコの頂上の一角に巨大な石柱が二本立っていて、そこは大地の女神が、夫である太陽の神インティと夫婦喧嘩を止めて仲直りをした場所なんだそうだ。パチャママの夫は別の神だとも聞くが、ヤナオルコ周辺ではインティ説が有力らしい。ともかくもその一対の石柱は、何時のころからか太陽の神の力を示す物とされるようになった。妻や夫とのイザコザの解決なり和解なり、あるいは亡くなった配偶者の来世での幸せを願う者は、石を一人当たり一個づつ二本の石柱の間に供えると、その願いがかなうそうな。


 特に亡くなった妻の魂の良き転生を願い、過去のわだかまりを浄化するには、インティプンクに白い石を供え、春分か秋分の日の夜明けの太陽の光を当てて祈ると良いんだそうな。生きている妻との和解を願う場合は夏至の日の朝日が、 まだ見ぬ将来の妻との良き縁を願うなら冬至の朝日が良いそうだ。


「夏がもうすぐ終わりますから、急いだ方が良いですね」


 急いだ方が良いと言うくせに、ケツァールの話し方はどこまでものんびりと長閑だ。


 地球で言うとアンデスの峰のどれかに相当するんだろう。

 ペルーのワスカランが六千七百メートル以上だが、それに近い状態ならば氷山を越えて絶壁を上る事になるし、黒い山だとするとエクアドルのチンボラソの様に安山岩が主体の火山と言う事も有り得る。アイリュ領内の最高峰らしいから、生易しい山ではないはずだ。それこそ酸素ボンベが必要ではなかろうか? でも、地元の連中は、ボンベ無しで聖地インティプンクまでたどり付くのだ。高山病なんて何のその、って事か。

 とにもかくにも、急がないと秋分の日に目的地にたどり着けない。

 まずは、可能な限り事前に現地の情報を集める必要が有りそうだ。


「誰か代理を立てる事は出来るかしら?」


 エミナも僕と同じように考えたのだろう。


「んー、そう言う例は聞いた事が有りません。アイリュの皇帝だって、自分の足でヤナオルコの聖地まで登って祈ったのですから。パチャママの恵みは豊かですし、怒りは強烈ですから」

「パチャママって、ケツァールは見た事が有るの?」

「見ると言うか、感じるんです」


 ふーん、感じるのか。ケツァールの表現は一種独特な部分が有って、人間の感覚からするとチョッとわかりにくかったりするが……絵空事ではなく、存在はする、そう言いたいみたいだ。


「恵みはともかく、怒りが強烈って困るよな」

「ともかくも白い石が出たのです。行かなければなりません」


 ケツァールにしては珍しい、断固たる口調だ。

 どうやら、代理人はNGらしい。古のアイリュの皇帝に倣って、自分の足で聖地に行くしか無さそうだ。


 時間に限りは有りそうだが、先ずはこちらで出来る限りの情報は集めさせた。

 エミナも言うようにアイリュもテツココも、色々な問題が吹きだしつつ有るようだ。


 帝国の直轄領扱いの新大陸西海岸のグスタフ港と東海岸のフレゼリク港は大いに繁盛しているが、その周辺はそれぞれの港に仕事を求めに来た各地の人々が無秩序に住み付き、それぞれ巨大なスラムが形成されつつある。それぞれのスラムは帝国の領土ではないから、帝国自らが管理に乗り出した事は一度も無いが、それでもモタさんが生きていたころは修道士会が医療や教育方面の活動を活発に行っていて、さほど住民の暮らしも荒んではいなかったらしい。

 それがここ数年で、ミッケリの犯罪的な組織が勢力を伸ばして来ており、様々な犯罪の温床となりつつあるのだと言う。そうした組織は神聖教会や貴族や地方領主にも抜かりなく献金をしているようだ。


「麻薬取引と売春が主要な活動か?」


 軍人や外交官、商人たちの報告や記録を、集められるだけ集めて目を通したが、なかなか厄介だ。


「モタさんが、焦るわけよねえ。それにしても神聖教会はどうなっちゃったの? 上層部に犯罪組織の資金が回って、風向きが変わったって事?」

「上層部の収賄は確かにあるようだが、一番の原因はモタさんの後継者の弟子が、路線の違いで二大派閥に割れちゃった事のようなんだ。片方の派閥は活動の舞台をドーン大陸の方に移しちゃったんだな」

「あらら……ドーン大陸の医療活動が近頃華々しいとは思っていたけれど、アイリュとテツココは事態が悪化していたのね」

「死んで聖人になったって、こんな状況じゃあモタさんの魂も安らげないよな。生まれ変わって、この状況をどうにかしたいって思って、当然のような気もする」


 アイリュもテツココも近代化ははかばかしくない。皇帝や大王の宮殿が近代化しただけと言っても良い様な状態で、政治体制も旧態依然としている。それだけならまだ良い。


 特にアイリュの方だが、更に悪い事に、政治の中枢まで外国の勢力に振り回されているらしい。

 アイリュの皇帝も当然ながら代替わりして、今はロカとテツココのユカテコ王女の孫のアマルの代になっている。どうもこの若い皇帝アマルに色々と問題が有るようだ。アマルが悪いと言うより、ミッケリなどの外国の商人と結託して利権を囲い込もうと言う大貴族の幾つかの派閥が内輪もめを起こしていて、アイリュの国民が疲弊しているなどと言う話も聞こえてくる。


「今も昔もアイリュの都ハトゥンカカは、魑魅魍魎の巣って所か」


 ちなみにチャスカの故郷であるワルパは、アイリュに組み込まれはしたが、我がテオレル帝国との縁とグスタフ港やテツココ領に隣接する地の利をフル活用して徐々に自治権を勝ち得て、ほぼ独立状態となり繁栄しているという。最近は疲弊するアイリュの他の地域から、ワルパへ逃亡する者が激増中らしい。


「ヤナオルコはワルパから入った方が早そうだな」

「ホントね、地図で見る限りでは、ワルパからまっすぐ行けそうね」

「チャスカや赤ん坊のキリャと出かけた天空の鏡と言う湖に、割合と近いんだな」


 取り寄せた最新の地図で見る限り、あの軽く二階建ての家ぐらいある太い石柱がドーンと立っていた地点で、道が二つに別れるようだ。以前通った時は道は一本だったと思う。古代の道を復活させたのか、良くわからないが、そこから天空の鏡方向とは別の道を進めば、ヤナオルコの中腹に比較的容易に到達出来そうだ。


 かつてならグスタフ港に到達するだけでトリアから六十日がかりだったが、今は大君主国にまで鉄道が伸び、汽船のスピードもアップしている。


「大君主国領・スールの軍港に帝国軍の最新艦を停泊させよう」


 つい最近、スールまで鉄道の線路が伸びたのを、早速利用させてもらう。大君主の姫であるエミナが一緒だから、様々な便宜も図ってもらえて、トリアの駅から御用列車を仕立ててスールまで一挙に向かう事になった。このルンドでは鉄道の規格は帝国で採用している一種類しかないので、国境の検閲さえクリアできれば、線路がつながった所はどんどん進めるわけだ。

 今回は大急ぎなのでエミナの両親には悪いが、都の宮殿にもよらずに一路スールへ急いだ。孫息子も今回は連れていないし、勘弁して貰った。ちなみにフレゼリク・グスタフソンはトリアで留守番だ。赤ん坊だが何せ中身は開祖の生まれ変わりだし、余り心配はしていない。でも、エミナはあれこれ心配していた。やっぱり母親は生まれ変わりであっても『お腹を痛めた我が子』って思うのかも知れない。


「それにしても、暑いわ。焼けてしまいそう。フレゼリクは留守番で正解だったようね」

「今度スールに来る時は、絶対船にしような」


 砂漠の鉄道は大変だった。幾度かヒートアップして、止まったり、レールが熱で歪んだり。ようやく船に乗った時は生き返る様な気がした程だ。でもまあ概ね順調だった、と言うべきなんだろな。スール周辺では普段は昼は列車を日陰に置いておき、夜間に貨物専用の列車を走らせるだけ、と言う運用実績らしいのも納得できた。


「私、テツココは北の端しか知らないし、アイリュは初めてだから、楽しみだわ」

「あの地域の人たちの暮らしを向上させる良い案が浮かんだら、ぜひ教えてくれ。出来れば実際に試してみたいし」


 エミナは農業の研究者でもあって、既に新大陸の北部の農業に関しては実績を上げている。船に乗り込むと、エミナとの話が数少ない楽しみだ。


「まずは、アイリュの困った連中をちょっとばかり掃除する方が先かしら?」

「石が出たのも、その石を持ってケツァールがヤナオルコに登れって言うのも、モタさんの転生させろって言う呼びかけも、恐らくリンクしてるよな」

「きっとケツァールなら『パチャママの導き』とか言うのかしらね?」

「ケツァールにとって、あの大陸全体が大切な場所なんだろう」

「良くわからないけれど、パチャママって、あの大陸の大地そのものを神格化したものなんでしょうね」

「ふーん、ケツァールと仲良しのエミナがそう言うんだから、そうなんだろうな」

「そのケツァールは、ヤタガラスと一緒に、先回りしてグスタフ港で待ってるって言うけど、大丈夫よね? 一応あれでも神様の仲間らしいから、ちゃんと約束の場所にたどり着くわよね?」

「ヤタガラスは、幾度も行き来した経験が有る。正三郎って人が死んでからは、あんまり行き来しなくなっちゃったけどさ」

「タルカ伯爵だったけれど、その爵位を返上してミズホに戻ったって人?」

「そうそう。ミズホに近代的な造船業を根付かせて、ミズホ起点の太平洋航路を確立した人だよ。有能で、働き者だった。あんな人材が今のアイリュやテツココにいれば、ずいぶん事情も変わるんだろうな」

「前の大宰相でチャスカさんが産んだキリャさんの夫のヤガーさん、あの方の業績も大きいんでしょう?」

「ヤガー君は……帝国全体にとっての宝みたいな存在だったさ」

「マサエさんとトシエさんが産んだ、ユキヒコさんとヤスヒコさんの育ての親でもあるんでしょ?」

「ああ。彼に任せれば、間違いないって僕も思ったしね」

「ユキヒコさんもヤスヒコさんも、穏やかだけど頼りがいのある紳士って感じよね」

「ほう? そうかい?」

「そりゃあ、貴方ほどは頼りにならないけれど」

「当たり前だろう?」

「あらまあ、気を悪くしたの?」

「いや……」


 息子でも、エミナが褒めると妙にあせった気分になる。年甲斐もないと言おうか、子供っぽいと言うか、ちょっと気恥ずかしい。が、気にしていない顔をする。エミナには口でどう言おうとバレバレなのだが……


「ヤガーさんて、レイリアの女王様との縁結び役でもあったの?」

「うん。帝国の国益にもかなうし、人助けにもなる、っていうような感じで話を持ってきた。今にして思えば、どう言うと僕が乗り気になるのか、十二分に計算していたのかも知れないな。当時ヤガー君が僕に示した調査結果なり資料なりに、嘘やごまかしは一切無かったがね」

「ヤガーって、地球で言うところの肉食獣のジャガーよねえ」

「ああ! そうか、そうだったんだ」

「あれまあ、知らなかったの? ジャガーはテツココ辺りじゃ、雨をもたらす神獣でしょ。密林の優雅な王者って感じ。大木で昼寝していると可愛いし。でも、泳ぐし、木登りするし、ワニでも捕まえちゃうのよね」

「ふーん、優雅で気品があって、賢かったけれど、獰猛な感じは無かったな。ああ、でも、攻略すると決めた相手は一撃必殺だったな」

「私がびっくりしたのは、そのヤガーさんてモタさんの弟子だったって事だわ」

「そうかい? 奴隷として売られていたヤガー君を、モタさんが助けたって言う経緯だったんだが、賢い子だったんで、学問をさせた。そうしたら非常に有能な人材に育ちあがったって訳さ」

「じゃあ、神聖教会の信者って言うより、モタさんに救われて育てて貰った感じ?」

「うん。モタさんの作った修道士会が布教活動よりも教育に力を入れるようになった原点が、ヤガー君なんだろうな。それにモタさんはレイリアの貧乏貴族の庶子で、そもそも学問がしたいから修道士になったんだし」

「あー、だからヤガーさんとしては、恩人の祖国を助けたかったのかしら?」


 エミナと話していると、過去の自分の行動の意味を新しい視点で見直す事が出来る。


 そうなのだ。レイリアはモタさんの故郷だ。そしてアイリュとテツココはモタさんが生前熱心に活動した地域だ。僕はモタさんが好きだったし、深い友情を感じていた。その魂が僕を呼んでいる。そして僕自身の未解決な霊的な障害を浄化するのも、その土地の霊山らしい。


「これからは、新大陸の事ももっと気を入れて配慮しろって、パチャママは僕に言いたいのかな?」

「そうね。きっとそうよ。貴方が真面目にパチャママの子供らの事を考えるなら、白い石の件も、きっと良い形で決着がつくと思うわ」


 あの大陸の人々は「パチャママの子供」と自称する事が有る。大地母神の祝福を受けるか、怒りを被るかは僕次第なんだろうが……エミナに軽蔑されるのは嫌だ。だから、どうしたって僕は頑張るしか無い。

正三郎は、伊藤姓でした。すみません

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