表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/113

【更に先の話・1】白い石・1

 僕とエミナとケツァールは、チャスカの墓の手入れをしていた。と言うより、チャスカの産んだ娘のキリャが作った花壇に新しい植物を追加したのだ。墓の周りを年中緑色の花で取り囲むように生前のキリャが工夫していたのだが、従来のままでは真夏と真冬がやはりちょっとさびしかったからだ。

 

「いい匂いのする綺麗な碧のハーブとか、緑色の綺麗な実が生るかんきつ類とか、植えてみたけどどうかしら? ケツァールが、生前のチャスカさんの雰囲気に似合ってるって言うんだけど」

「なるほどね。確かにいい感じだと思うよ」


 この黄金宮には庭師もいるし、ちゃんと手入れはしている。だが、別の大陸から持ち込んだなじみのない植物だと、専門家でもあるエミナに任せた方が間違いなかったりするのだ。


「これは、こちらに植えれば良いですか?」

「そうね。握りこぶし二つ分程度は、互いに離して植えて頂戴よ」

「はい。あのう、この苗を一本か二本、トシエさん、マサエさんの所に持って行ってあげて良いですか?」

「ああ、良いわよ。今から出かける? 残りは私一人でやれるから。ついでにヤタガラスたちとお茶でも楽しんでらっしゃいよ。そうそう、行く前に大膳職の方に声をかけて、お土産用のクッキーを下さいって申し出て、貰って行きなさいよ」

「あちらのお茶菓子用ですか?」

「そうそう。トシエさんとマサエさんの大好物だから」


 エミナとケツァールの会話は、聞いているだけでなんだか和む。

 ケツァールはヤタガラスと同様に見た目の年齢を七歳児程度に、ずっと保っている。言葉使いはおっとりして、姿形は生前のチャスカに似ている。

 トシエとマサエはラウル・ヤイレの孫だから、つまりはユリエの曾孫で、性格はかなり違うが容姿はユリエにそっくりだ。生前のユリエはチャスカと僕の関係が出来た頃から、僕を避けるようにしてほとんどミズホに行ったきりの状態になり、その後御褥すべり宣言をしたのだった。


「セルマ様が御自分は若くないから気が引けるなどとおっしゃいます。私はそのセルマ様より十歳年上なのですから、こうして臥所を御一緒させていただくのもそろそろ切り上げ時かも知れません」

「御不自由をおかけしないためにも、若い女子が必要だと思いますが、グスタフ様の御心に適いそうな者が居らず苦慮しておりました。その、セルマ様やヤタガラス様とも相談したのですが、チャスカをそのうち閨にお召しになったらいかがでしょう?」


 そんなユリエの言葉を思い出した。

 その言葉を聞いた時の、僕自身の悲しみと怒りに似た感情も思い出した。だが、僕なんかより、あの時のユリエはどれほど辛かったのだろうか? そのつらさを僕は理解できていただろうか? 正直な話、ユリエと別れると言う恐怖にも似た感情に引きずられないようにするのが精一杯で、ユリエの痛みが当時の僕に理解できていたとは、到底思えない。そう言えば、ほぼ同じころにセルマも女子修道院に引きこもるようになってしまったのだが、やっぱり真っ先に浮かぶのは臥所でのユリエの顔であり声なのだ。

 セルマがいつも自分は二番手だと言って、僻んでいたのも無理はない。僕が悪いのだ。だがセルマは僕の詫びも聞いてはくれないまま、この世を去った。

 ユリエの、そしてセルマの感触と香りを生々しく思い出してしまって、僕はひどくきまり悪く感じた。

 

 それにしたって、チャスカの墓の前でそんな事を思うなんて……何とも皮肉だ。

 チャスカは何時だって過剰な程、僕に献身的で、究極の癒し系のキャラクターではあったが、こんな風に僕が別の女の閨での姿形をありありと思い返しているなんて、嫌なんじゃなかろうか? 確かにチャスカが誰かに嫉妬すると言う情景を思い浮かべるのは、非常に難しいのだが……


「チャスカさんは、何だって受け入れてくれるわよ。何というか、清らかな祈りの波動で精神が出来上がっていたような人だったんじゃないかしら? だからケツァールが人型を取るときに、チャスカさんに似たのだと私は理解しているわよ」


 そう、そうなのだ。このエミナには意識的にブロックでもしない限り、僕が何を思い、何をきまり悪く感じているか全部わかってしまうのだ。それでも僕を受け入れ、穏やかな気配を保ったままでいるのは、やはり懐の深さだろうか? 転生回数の差だろうか?


「そうか。そうなんだろうな。あのさ、何というかここ数日、何かが頭の奥の方に引っ掛かっているような感覚が消えないんだ」

「チャスカさんの力で、すっきりするかもよ」


 エミナに以前説明された事によると、生前ケツァールの加護を受け霊的にも近い存在であったチャスカと、転生するにあたって母親のアティアを通じて、ケツァールの力の影響を受けたエミナは「霊的な因縁が有る」らしい。


「考えてみれば、頭の中身を整理したい時、なぜかチャスカの墓に行くと妙案が浮かぶって具合だったんだが、今回は特に重大な懸案事項は抱えていないと思うんだ」

「でも、ドーン大陸の部族間抗争とか、神聖教会の一部の会派とミッケリをはじめとした諸国の連中が結託して新大陸で不穏な動きを見せているとか、大君主国の近代化と宗教問題とか、火種は何時も存在するわ」

「それはそうだけど、早急にどうこうという状況ではないと思うんだけどね。僕の認識が甘いのかな?」

「ケツァールは、何か感じているんじゃないかしら?」

「なるほどね」


 エミナは、ケツァールに改めて尋ねる。


「ねえ、何か……近く問題の起きそうな予感が、有るの?」


 ケツァールは一度目をつぶって、どこか遠くに意識を合わせた後、ゆっくりした口調で答えた。


「アイリュもテツココも問題は山積みらしいです。早く会いに来て欲しいって、休んでいる魂が言ってます。迎えに来て貰えれば、生まれ変わりが早まるそうです」

「エガス・モタさんか。僕も今朝夢に見た」

「ああ、そう言えば私も修道士さんに深々と礼をされる夢を見たわ」


 エミナは当然ながら生前のモタさんとの面識は無い。しかも神聖教会とは縁もゆかりも無いアルラトの王宮で、僕と出会うまでの日々の大半を過ごして育ったのだ。そんなエミナに礼をするなんて修道士が生きているにせよ故人にせよ、そうそう居ないだろう。やっぱりモタさんしか、有り得ない。


 モタさんは皮肉な事に、列聖されアイリュの皇帝と同じように金銀珠玉で亡骸を飾り立てられ、連日多くの人々に礼拝される存在となってしまった事で、霊的な存在として、その亡骸の置かれた場所に固定されてしまったらしい。霊的に高度な人間が死んだ場合、普通ならもっと好き勝手に移動したり、場合によっては転生先を選択したり出来るものであるらしいのに、今のモタさんの魂は、恐らく皆の祈りの力で大きく自由を制限されているのだ。かろうじてモタさんのSOSを感じ取れるのが、人間では僕とエミナの二人きりなのだろう。


 ケツァールはモタさんのSOSは感じ取れても、転生には関与できないらしい。それにしても、神聖教会では悪魔かなんかに近い存在として扱われるはずのケツァールが、モタさんの霊的なメッセージを感じ取る事が出来るのに、弟子や修道士仲間には感じ取れないらしいのは、何とも皮肉だ。

 ケツァールと、モタさんがとどまっている土地との因縁も関係しているのだろうか?


 ケツァールの声までが生前のチャスカに似ているのは、霊的な関わりの所為だろう。

 そのケツァールとエミナの波動はなじみが良い。二人の側にいるだけで僕の気分は和む。生前のチャスカも人をホッと和ませる雰囲気の持ち主だった。そんな事を思った瞬間、僕の頭の奥に激痛が走った。


「どうしたの? 大丈夫?」


 エミナが僕の頭に触れると、痛みがすっと引いた。


「あ!」


 ケツァールが指差す方を見ると、白い小さなジャガイモみたいな歪な格好の石が大小二個転がっている。一個は幼児の握りこぶし程の大きさで、乳白色を帯びた半透明で中央部分にかけて微妙な濁りが有る。もう一個はもっとずっと小さくて、真っ白で、少しひび割れている。


「あれ? やっぱり、貴方の頭から出てきた?」

「ええ? そうなのか? ケツァールも見たか?」

「はい」

「僕の頭から、本当にこんなものが出たのか?」

「はい」


 ケツァールはコクコクという感じに首を振って、肯定した。ケツァールが嘘を言うはずもない。


「こりゃあ、一体何なのかな?」

「貴方の中に取り込み切れなかった、何かの思念?」

「何かの思念?」


 僕は訳が分からなくて、エミナの顔をまじまじと見てしまう。エミナはちょっと難しい顔をしたが、この石の正体について、何がしかの推理なり推論なりは出来たらしい。


「何かの、って言うより、誰かのでしょうね。穢れではないけれど、貴方と……少なくとも現在の貴方と一体化しにくい思念だと、思うわ。だって、相当痛かったみたいなのに、出血も傷も無いから。通常の物体とはちょっと性質が違う物よね。でも……握っても誰かの波動は感じられないの。私に読み取られるのを拒んで……バリアが張られているのかも知れないけれど」


 エミナは地面から拾い上げて二個の石を掌に乗せていたが、それを僕に手渡した。


「うっ!」

「どうしたの?」

「誰かに、睨まれた。いや、恨みがましい目を向けられたような、そんな気配を一瞬感じた」

「悪霊かな?  ケツァール、何か禍々しい気配を感じた?」

「いえ、何も。でも、私とはあまり相性が良くない波動を、微妙に感じました」

「穢れかな? あるいは亡くなった誰かの思念の残り? エミナは平気みたいだけど、ケツァールは触れる事が出来るかい?」

「触れたくありません。恐らく……触れると痛いはずです」

「それって、やっぱり誰かの穢れた思念と言う事じゃないのか?」


 そう僕は口にした途端、二人の女の後姿を見たような気がした。誰だ? 


「貴方が誰かの影を感じるなら、たぶん、その感じは正しいのだろうと私は思うの。ケツァールが触れたがらないと言う事は……穢れてはいないまでも、清らかとも言い難い思念の固まりなんじゃない? それ」 


 僕は結局その夜、謎の白い二個の石をベッドサイドに置いた。

 近頃は開祖皇帝の生まれ変わりであるフレゼリク・グスタフソンの夜中の授乳も必要無くなって、エミナも楽になった。エミナは自分の母乳で息子を育てているので、定まった乳母はいない。その代りにベビーシッターと言うか、育児経験が豊富でしっかりした女性を世話係に任命した。

 エミナが公務などでついて居てやれない時は、その女性の判断で良い母乳を出せる人に授乳を依頼したり、離乳食を与えたりしている。ちょっとばかり、帝国皇室も変化しつつあるのだ。 


 エミナは穏やかに眠っているし、僕も特段の体調不良を感じた訳では無い。だが、うまく眠りに入り込めないのだ。何か変だ。やっぱりこの石の所為か?


「どうしたの? 眠れない?」

「何か、こう、違和感が有るんだ。やるべきことが有るのに、やり忘れているような……エミナは、何で急に目が覚めた? 夢でも見たのか?」

「ええ。チョッと、このヴィジョンを見てくれる? 貴方の良く知っている人なんじゃないかと言う気がするのだけど」


 僕は額をエミナの額に付けた。こうすると互いの夢や急に思い浮かんだ情景などの映像なり画像なりが、そのまま読み取れるのだ。


「こ、これは!」


 まだ若いころのユリエとセルマの寝顔だ。すると……


「私のあくまでも推測だけどね、この、大きい方の石がユリエさん、小さい方の石がセルマさんの残留思念に由来するものだと思うの。二人とも生前の貴方に対する大きすぎる気持ちを、うまく処理しきれないまま苦しんで亡くなったみたいね。でも、悪霊とか穢れとかには絶対になりたくないと言う、すごく強い意志も同時に存在した。だから、この石は白いの、きっと。残留思念のかけらにも、貴方に対する想いが充ちているのね」

「だが、ケツァールは触れらたがらなかったし、僕の中から出てくる瞬間だろうが、酷く頭が痛かった。やっぱり、悪いものなんだよな。霊障……とでも言うべきなのかな?」

「そうねえ。貴方には霊障だなんて、思われたくなかったでしょうよ、おそらく」


 亡くなってずいぶん経つ人間の残留思念が、なぜ今のタイミングで、こんな形で出てくるのか? 僕にはまるで訳が分からない。


「自分は貴方との時間に限りがあったのに、私には無いって事が腹立たしい、あるいは悔しいのね」

「なら、完全な悪霊じゃないか」

「いいえ、そうじゃないの。そうであっても、貴方に迷惑をかけたくない。絶対にかけない、そう、強烈に思い定めて亡くなったのよ。ユリエさんもセルマさんも。だから、完全に浄化してあげれば良いんだと思うわ」

「なぜ、チャスカの墓の前でこの石が飛び出したのかな?」

「チャスカさんの浄化の力が大きいせいかも知れないけど、それだけではないと感じるの。チャスカさん、ケツァール、私が共有する、ある種の霊的なパワーとの融合に失敗した……そう言う事かもね」


 ユリエもセルマもまだ見ぬ「不死の皇后」を羨み、恨む気持ちをどうにもできなかったのだ。それでもなお、悪霊だの穢れだのにはならないと、強く自分を戒めてもいた。そう言う事ではないかと、エミナは言う。


「ユリエさんもセルマさんも、不死の皇后と共に、霊的にも貴方を支える存在になりたかったのよ、きっと。だけど、生前のチャスカさんに抱いた穢れた気持ちを整理したら、それで精一杯で、あとはパワー切れって事なんじゃないの? だから、この二つの白い石にパワーをチャージしてやったら、貴方の強烈な守りになりそうよ」

「どうやってパワーをチャージ出来るんだい?」

「この石を持って、パワーポイントで 祈りましょう」

「一体、それは、どこにあるのかな?」

「きっと、ケツァールが知っているわ。だからね、心配しないで。おやすみなさい」


 エミナに抱きしめられたとたん、ごく自然に僕は穏やかな眠りに入ったようだった。

誤字脱字、気付いた範囲で直しました。すみません

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ