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最終話  不確実な、どこまでも不確実な

「ふうむ。白玉団子はグスタフのが一番美味いな」

 白玉団子をしっかり冷やして、きな粉をたっぷりかけた物はヤタガラスの大好物だ。

「一番て、二番と三番はどこの誰のなんだ?」

「僅差で二番はエミナじゃな。三番はトシエ・マサエの所じゃな。黄金宮の若い連中は、まだまだじゃ」

 団子の次は、厚焼きの醤油味の煎餅をボリボリかじる。

「これはトシエ・マサエのところと同じ店の物かの」

「多分そうだよ。ユリエの腹違いの弟の孫がはじめた店だ」

「ふーむ。ユリエが亡くなって、もうずいぶん経つんじゃなあ……曾孫のトシエとマサエが婆になってしまったのじゃから。人の命は短いのう……のう、グスタフ、何をモタモタやっとるのか我にはよう分からんのだが、そろそろエミナを正式に嫁にすれば良かろうが」

「んー、ガブリエルの喪が明けたばかりだし、トシエ・マサエと子供たち、孫たちの感情を思うと、もう少し引き延ばすべきなのかどうか迷うんだ」

「レイリアには義理は立ったと思うがのう。最初のいきさつも有るじゃろう?」

「ガブリエルを皇后にしなかったいきさつか……王位を継いだセバスティアンは理解しているが、母親に一番べったりだったアルフォンソ辺りは……認めたくないって感じの反応だったからなあ」

「トシエ・マサエは遠慮する必要は無いように思うがのう。考えすぎではないか? その証拠にこれっぽちも嫌な波動を感じないぞ」


 その後ヤタガラスはどうやら、トシエ・マサエにエミナと僕の事を話したらしい。午後のおやつの時間に二人の出してくれる煎餅や饅頭をパクつきながら、バラバラと思いつくまま要らん事までしゃべってしまったようだ。いや、結果を見たら要らん事では無かったのかも知れないが。

 

 ともかくもヤタガラスのおしゃべりがきっかけになって、トシエとマサエの方からエミナに接触して来たそうだ。エミナにその話を聞かされた時は、予想外の展開で驚いた。


「私たちがボケたり寝込んだりしない内に、どうか皇后陛下となられて、皇帝陛下と御二人並ばれた喜ばしい御様子をお示し下さい」

「陛下がお生まれになった時から定まっていた本来の皇后陛下と、御無事に御一緒になられためでたい御様子を、どうかお示し下さい。老い先短い私たちにとって、冥土への良い土産となります」


 エミナはアルバイト先、つまりあのイップさんたちと僕が共同経営しているレストランだが、ランチタイムに客としてやって来た二人に、そんな風に話を切り出されたそうだ。


 エミナは田中美保だった頃、正確に言えばその後結婚して主婦で母親であった……浜川美保としての時期に修得した調理のスキルを持っているため、ヤタガラスが食べたがるものはほとんど全部作ってやれる。


「トシエとマサエは美味い饅頭や煎餅は出してくれるんじゃが、ミズホ風の美味い飯までは無理なんじゃ。エミナが作る物は牡丹餅でも煮物でも汁物でも魚の煮つけでも握り飯でも、実に良い味わいじゃ。あとはアイシン風らしいがギョウザとかシュウマイとかチャーハンとかも美味い」

 そう言やあカラスって、油っぽい残飯が好きだったな……

「グスタフ、お前何気に失礼な事を思い浮かべたな」

「ハハハ、だって、並みのカラスも一応眷族なんだろう?」

「そりゃあ、そうだが、異世界のカラスまでは知らんぞ」


 ヤタガラスとしてはトシエ・マサエ以外に、確実に自分の好きな食べ物や菓子でもてなしてくれそうな人間が身近に住み着いて欲しい訳なのだ。


「食いたいものを食うために、結婚話を進めようとしたんだな?」

「いや、それは……」

「違わないだろう?」

「じゃが、我もグスタフもエミナもその方が良いし、トシエ・マサエも祝福しておる。不都合はなかろう」


 ヤタガラスの「不都合はなかろう」に続き、ケツァールやモナも「そろそろ、良いのでは」と言うし、アルラトのエミナの両親は待ちわびている。

 そんなこんなで、色々有ったような無いような微妙な感じがしたが、いざ結婚に向けて事が動き出すと、全てが拍子抜けするほどすんなりまとまった。


 結局トシエとマサエは退職した。それは固い決意で……随分前からそうするつもりでいたらしい。


「陛下、どうかいつまでもエミナ様と仲睦まじく、お幸せにお過ごしくださいね」

「年末年始と、お誕生日ぐらいは黄金宮に伺わせてくださいね」


 そう言う二人は明るい穏やかな雰囲気のままで、本気で僕達の結婚を喜んでいるみたいだった。

 

 ヤタガラスは毎日のようにトシエ・マサエとお茶を飲む予定らしいので、僕もエミナも何か美味い物が手に入ったら、二人が住むユキヒコ・ヤスヒコの邸に届けるように心がけている。 


 こうしてルンドに転生して百二十五年目、僕とエミナは結婚した。

 以前の二人の皇后との結婚式もそれなりに大掛かりでは有ったが、今度の結婚の場合は各新聞が号外やら特別号やらを出し、ルンド中から祝電やメッセージ、プレゼントが黄金宮に届けられ、特別なラジオ番組も一週間にわたって放送された。何というか大盛況というか、大騒ぎと言うか、にぎやかだった。

 太田さんの力作のテープレコーダーで、ラジオ番組は録音された。デカいオープンリールだが、ここまでこれば小型化までそう年月はかからないかもしれない。

 更には僕らの結婚を境に、いっぺんに写真がルンド中に普及する、などと言う効果も有った。後何年かしたら、僕らはパパラッチに追い掛け回されるようになるんだろうか? そう考えると気が重いが……ともかくもバッチリカメラ目線の僕らは「素敵な両陛下」と言う事にはなったようだ。

 実際、ウェディングドレス姿のエミナはうっとりするほど綺麗だった。おかげでエミナが着用したタイプのドレスが、ルンドにおける世界標準の婚礼衣装になったほどだ。


 本当はハネムーンに行きたい所ではあったが、それは夏の休暇の楽しみと言う事にした。客船に乗って、全ての大陸を回り、それぞれの土地のゆかりの深い人たちに挨拶もしておこうと思ったのだ。エミナは未知の土地を訪ねる事を楽しみにしているらしい。地図を広げてあれこれプランを練っているようだ。


 ともかくも結婚に伴う初日の儀式を終えて、僕らがベッドに入ったのは深夜になってからだった。まだ七日ほど宴会やらパーティーやら茶会やら、色々有る。そのどれにも僕らはにこやかに参加しなくてはいけない。そういう訳で、初夜なのにセーブしなくてはいけないなんて……僕はちょっぴり憂鬱だった。


「まだパーティーがどっさりだけど、頑張りましょうね」


 エミナにそんな風に言われて、ちょっと気分が上向いた。気兼ねなしに、これからは夫婦として堂々としていられるのは、悪くないかと思い返す。


「初夜の儀、なんてやめさせて良かった」

「あー、だって、私達、とっくの昔にその辺は終わってるじゃない」

「昔ならギャイギャイ女官の婆さんたちに言われただろうな。時代が多少は移り変わって、良かったよ」

「アルラトはまだ有るのよ。本人同士が納得なら、いらないお世話よね」

「人工受精に人工子宮なんて時代になると、結婚する意味も愛情も、色々変質しそうだね」

「前世の私は人工授精で生まれたの、知ってるでしょ? 母マーシャの割り切り方って、ちょっとついていけない気がする。遠い未来の人はもっとドライなのかしら」

「そうだなあ」

「生殖活動って言うと、なんだか味もそっけもない感じ。実験動物みたいよねえ」

「僕らはやっぱり基本的には実験動物扱いだろうと思うけど、前回の定期交信はちょっと様子が違った」

「閉じ込めて餌やっている訳じゃなさそうだけど、家畜の種付けに近いものは有るのかしらね」

「人工授精や人工子宮の問題点を探る実験には使われているって気が、僕にはする」

「あー、多分それはそうよ。人間の考え付く取り合わせで人工的に作り出した次世代に未来を委ねていたんじゃあ、世代が進むごとに第一世代の見落としや切り捨てで生じた歪みやら欠乏やらが深刻になって行きそうだもの」

「全人類の劣化コピー化か。悲惨な未来予想だなあ。何か笑えない。今のこの奇妙な肉体は誰かさんの劣化コピーなのか何なのか知らんが、精神というか霊というか、そのあたりは君も僕もオリジナルって事かな?」

「でも、井沢亮太も田中美保もこの肉体に大いに影響されて、相当変化したわよね」

「容貌とか知能とかかなり人工的に弄繰り回されたけれど、それでもまあ、折り合いつけてどうにかやってこられたとは思っているよ。図太くも強くもなるよな」


 僕は久しぶりに井沢亮太だったころの家の辺りを探ってみた。力が強くなったせいで、金の笏に触れて軽く念じればそんな事が出来るのだ。隣に寝転んでいるエミナは胸飾りを変形させた指輪の力だけで前世の母マーシャ・レスコと会話が出来たようだ。


「そうなの。チョッともたついたけれど、先は長いから私達。心配しないで」


 マーシャが言った言葉までは、僕には聞こえてこない。

 僕自身の住んでいた家は取り壊されていて、空き地になっており、どこかの不動産屋の看板が立っていた。墓の方を見てみると既に老人となった弟の孫達が墓参りをしていたようだったが、曾祖父母である両親はともかく、早死にした大伯父である井沢亮太は、もはや名前すらも誰の意識にものぼらない状態であった。


「井沢亮太の故郷を見ていたの?」

「ああ。誰ももう、覚えていないみたいだ。家も無くなっていた」

「でも、ルンドの人は皆、貴方を知っているわ」

「僕って、いつの間にかグスタフになり切っていたんだなあ」

「そりゃあ、年季が違うでしょう」

「ねえ、君は亮太とグスタフ、どっちの僕が好き? 」

「田中美保は井沢亮太が大好きで、浜川さんと結婚しても一日も忘れた事が無かったわ。忘れられなかったのね。でも、今の私は……今の貴方が好き。それで良いんじゃない?」

「そうか。それもそうだな」


 過ぎ去った過去を思って感傷に耽るほど、僕らはヒマでも無いのだった。


「ルンドで皇帝なんてものの必要性が無くなるまで、働いた方が良いんだろうなあ」

「そうかも知れないわね……貴方が皇帝を辞めるときは、私も一緒に連れて行ってよ」

「ああ、無論そのつもりだ」

「多少の事が有っても、追いかけていくけどね」

「へええ、君が追いかけてくれるの?」

「ええ。貴方に何か有ったら、無論そうするわ」

「僕も君に何か有ったら、無論追いかける」

「信じてるわ」

「信じてくれて、うれしいよ。さて、大事な共同作業に移ろうか」

「ああ、約束が有るものね」

「そうだよ。開祖陛下だからぞんざいには出来ないだろ?」

「私、今朝がた、変わった夢を見たの」

「へ? どんな?」

「開祖陛下の次は、私もお願いしますって……神聖教会の聖職者の人みたいだったんだけど」

「名乗った?」

「ううん。でも変な事を言ったの。皆を眺めているのも、そろそろ飽きましたし、まだまだ働けるはずですから、陛下によろしくお伝え下さい、ですって」

「はああ、それなら……エガス・モタさんじゃないかな」

「へええ、聖人に列せられたって人ね。ねえ、私達、本来なら四人の子持ちだったみたいじゃない? ルンドに転生しても変わらないのかしら?」

「さあ、なあ。モタさん、僕らの息子にでも生まれ変わって、何か思い切り働く気なんだろうかな?」


 と言う事は……


「早い所、子供を二人作らなくちゃ」

「そんなうまい具合に行くかしらね?」

「行くんじゃないか? ねえ」

「なあに?」

「明日差し支えない程度に、どう?」

「そうよねえ。せっかくの初夜だもの、良いんじゃない?」


 初夜の成果か、それ以降の所為か不明だったが、すぐに子どもが出来た。おかげでハネムーンの予定もかなり短縮されてしまったが。色々あったものの、まずは順調にエミナは男の子を生んだ。かつての僕そっくり、いや、開祖みたいな元気な子だ。


「お帰り、ミスタートリアー。フレゼリク・グスタフソンと言う名前は、どうかな?」


 僕が生まれたての『彼』にそう語りかけると、まだよく動かない手で親指を立てた。

(いいぜ、イカス名前で気に入った)

 それだけを僕に伝えると、新生児らしく、すぐに眠ってしまったが……

 

 その後、相変わらず僕らの肉体は全く老化していない。

 一度、僕が将来的には皇帝なんて廃止して完全な共和制に移行するプランを提案したが、国会で全会一致で否決された所を見ると、まだ当分働く必要が有るらしい。


「僕はどっかで呑気に、夫婦二人きりで暮らしたいんだけどなあ」

 僕がぼやくと、エミナは甘ったれた息子をなだめる母親みたいに抱きしめてくれる。

「まだまだ無理みたいね。人口の増加と飢餓対策について、国家の枠を超えて考える立場になっちゃったみたいだもの」


 やる事が無いより、人にあてにされて働く方が幸せだとは思うが……いつまでヤル気が持つのかは、誰にもわからない。ともかくも、僕とエミナはやれる事をやって、頑張る。今のところはそれだけだ。

                                             (完)

 


 



 

これまで、お読みいただきましてありがとうございます。

本編は一応終了です。

九月に番外編ぐらい、書けたら、などと思っています。

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