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第21話 日常

「ちかちゃん、少し元気になったみたいでよかったねぇ〜」

「うん、ちょっと落ち着いたみたい。本当に良かったよ」


 私と由乃は、クラスで集めたノートを職員室へと運んでいた。


「失礼しまーす」

 職員室の扉を開けて望月先生の机を探す。


「えーっとモッチーの机……あ、ここだ。」

「おっけぇー」

 するとちょうど置いたタイミングで望月先生が職員室に戻ってきた。

「ん。お前らありがとなー」

 先生はデスクの椅子を引き出し気怠そうに腰掛ける。

「……あれ。モッチー、それ」


 私の視線の先、机の上に立てかけられた複数の写真立ての中で、もこもこのトイプードルがカメラ目線で笑っている。


「また増えてません?名前なんだっけ……きなこもち?」

「あんころもちだよ」

「え、きなこのが可愛いくない?色もきなこっぽいし」

「俺のネーミングセンスにケチつけんな」


 望月先生は立てかけられた写真を見つめ、幸せそうに語り始める。

「この前トリミング行ったんだよ。ほら見ろ、この毛並み。ふわっふわでな――」

 

「失礼しましたー」

「しましたぁー」

「おい待て」


 ここで貴重なお昼休みを先生の犬の会話に取られてたまるか。

「時は金なり」

「金より大事なものもある」

「……例えば?」

「俺の愛しいあんころもちはなー」

「失礼しましたー」

「しましたぁー」

「お前ら、最後まで聞け!」


 望月先生は今日も通常運転だった。


 ――――――――――――


 教室に戻ると、私の席に千雅が座っている。隣の朔と何か話していたようだ。

 そのまま由乃と一緒に席へ近づく。


「あ、おかえり遥。一緒にお昼食べても良いかな?」

「全然良いけど……千雅、朔との話はもうよかったの?」

「うん。もう終わったよ」

「そっか」


 私は机の横からお弁当を取り出す。


「朔と由乃も一緒にどう?拓真と葵はお休みだもんね」

「うん。私も一緒に食べたいぃ〜」

「付き合う」

「じゃあみんなで中庭……」

 時計を見るとお昼休み開始から10分以上経っていた。


「今日は遅くなっちゃったからここでいっか」

「そうだねぇ」


 私は由乃の机に椅子を向け、千雅は拓真の席を借りる。

 朔は自分の席に座ったまま、体だけこちらに向けてくれた。

 四人で席を寄せ合うと、教室のざわめきが少し遠くなる。


 ふと、朔がいつものパンではなくお弁当を出していることに気付く。


「朔がお弁当って珍しいね?」

「今日は親が居たからな」

「いつもは居ないのぉ?」

「平日は基本仕事。あと、料理が得意じゃないんだ」

「そっかぁ〜」


 ……何か物足りない。静かだ。

 今日は拓真と葵が居ない。だからか、いつもよりとても静かに感じる。

 

「そういえば拓真大丈夫?風邪なんでしょ?」

「うーん、あんまり体調を崩すことがないから少し辛いみたい。学校後にまたお見舞い行くよぉ。あおちゃんは大丈夫かなぁ?」

 由乃は葵のことをとても心配していた。


「葵は……だいぶ落ち込んでるよね」

「……先輩も酷だよねぇ。」

「葵ちゃん、なんかあったの?」

 千雅は食べ進めていた箸を止め、こちらを見る。

 朔も言葉は言わないが、目線をこちらに向けていた。


「葵、今失恋したばっかりで。ちょっと今は精神的にキツいみたい」


 葵は夏休み、片想いしていた先輩と夏祭りに行った。

 なかなかいい雰囲気だったようで、葵から私と由乃のグループトークに報告が来ていた。

 夏休み明けもそのまま良い雰囲気だったのに。葵が覚悟を決め、告白しようとしたら、する前に振られたらしい。


「……そっか。それは、キツいね」

「明日には来られるといいんだけど」

「あおちゃん、心配……」


 その場の空気は重かった。

 葵のことは心配だ。でも私たちに出来ることは少ない。


「葵にドーナツでも食べさせるかー」

「いいね!甘いものは元気になるもんねぇ」

「気晴らしにみんなで遊園地とかもあり!そうなったら朔と千雅もいくよね?」

「もちろん行くよ」

「俺は……」

 朔は言葉を詰まらせ、悩ましげだ。


「もしかして朔は遊園地苦手?」

「……少しだけな」


 意外だ。


「朔くん、苦手なものとかなさそうなのにねぇ」

 由乃も同じことを思ったのか、意外そうにしている。


 朔は、見た目は言うまでもなく、勉強に運動も出来る。

 食べ物や生き物にも苦手なものはなさそうだった。

 だから勝手に、苦手なものはなさそうと思ってしまっていた。


「朔にも苦手なもの、あるんだね」

「人間だからな」

「ふふっ確かに人間だ」


 さっきまでの重い雰囲気も、気付けば流れていく。

 いつも通り、それがきっと一番いいよね。


「葵が学校来たら、変に気遣う事はせずに、『いつも通り』だね」


 私の意図は由乃にも伝わったようで、頷く。

「そうだねぇ」

 その様子を見ていた千雅は微笑ましく笑う。

「三人は本当に仲良しだね」


 千雅の言葉に私と由乃は目を合わせ、自然と笑顔になる。


『『友達だからね』ぇ』


 出会ってからはまだ短いけれど、葵と由乃はきっと私にとって三人がおばあちゃんになっても話すような、そんな存在だと思う。


「拓真も体調、良くなるといいね」

 葵の話ばかりしていたが、拓真のことのも心配だ。


「意外ともう熱下がってるかもぉ」

 そう言いながら笑う彼女の由乃も本当は心配しているんだろうと思う。


「あり得る」

 私は想像して笑う。

 拓真のことだ、明日にはあのテンションで普通に登校してきそう。だけど一応、早く治りますようにと心の中で念を送っておく。


「由乃、交代で熱出したりしないでよー?」


 窓の外では中庭で食事をする生徒達の声が聞こえる。

 少しずつ戻ってきた日常に、心がホッと落ち着く。


 まだいつも通りではないけれど。でも、確実にいつも通りに戻っていく昼休みを感じながら、穏やかな時間を過ごした。

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