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君がくれた声  作者: 中村雅
season1
7/12

その声は少しだけ強く、優しく

夏帆と春人が、もう一度付き合い始めてから半年。


前とは違っていた。

会えない日があっても、無理に埋めようとはしない。

短い電話でも、たった一言のメッセージでも、お互いを信じていられた。


春人は仕事を始め、忙しいながらもライブに来られるときは必ず来ていて、客席の後ろの方で静かに見ているだけだったけれど、それが夏帆にはすぐ分かった。


それだけで、安心できた。



事件は、ある日のライブ終わりに起きた。

会場の裏口から出て、スタッフに見送られながら車に向かう途中だった。

少し離れたところに、春人が待っていた。


「お疲れ」

「ありがとう。ちょっとだけ話せる?」


ほんの数分。

他愛ない会話をして、最後に夏帆が小さく笑いながらハグをした。


「また連絡するね」


その瞬間だった。

遠くで、シャッター音が鳴った。

二人は同時に振り向いたが、暗がりに人影が動いた気がしただけだった。



数日後。

マネージャーから、夏帆は呼び出された。


「……落ち着いて聞いて」


差し出されたスマホの画面には、ネットの記事が表示されていた。


《人気歌手・KaHo 一般男性と熱愛か!?》


心臓が、強く鳴った。

そこには、ライブ会場の裏口で話している写真が載っていた。

はっきり顔は写っていないが、夏帆だと分かる。


そして、隣には春人がいた。



「……どうするか、事務所でも話し合ってる」


マネージャーは静かに言った。


「否定する方法もある。でも……完全には隠しきれないかもしれない」


夏帆は、しばらく何も言えなかった。


頭の中に浮かんだのは、ファンの顔だった。

応援してくれる人たち。

支えてくれるスタッフ。


そして……春人。




その夜、夏帆は電話で春人と話した。


「……ごめん。俺のせいで」

「違うよ。一緒にいたのは、私の意思だもん」


沈黙が落ちる。

春人は少し迷ってから言った。


「もし、俺と別れたほうがいいなら……」

「それは絶対に嫌」


夏帆は即座に答えた。


「もう、離れないって決めたから」


夏帆の声は震えていたけれど、まっすぐだった。



数日後。

夏帆は、自分の言葉で話すことを決めた。


ラジオの生放送。

最後のコーナーで、夏帆は静かに言った。


「今日は、少しだけ個人的な話をさせてください」


スタッフも、リスナーも、空気が変わる。


「記事に出ていた人は……大切な人です」


心臓が痛いほど鳴っていた。

でも、言葉は止まらなかった。


少し息を吸う。


「詳しいことは後日記者会見の方で話させていただきますが、恥じるような事は何一つしてません」


静かな放送室に、自分の声だけが響いていた。




放送のあと、反応はさまざまだった。


驚く声。

ショックだという声。

祝福する声。

 

そんな言葉も、たくさん届いた。



その夜。

夏帆は春人に電話した。


「……言ったよ」


少しの沈黙のあと、春人が言う。


「聞いてた」

「怒られるかと思った」

「むしろ、かっこよかった」


その一言で、力が抜けた。



「ねえはる」

「ん?」

「これからも、隣にいてくれる?」


電話の向こうで、少し笑う気配がした。


「当たり前だろ」


 


記者会見当日。

事務所の会議室で、夏帆は深く息を吐いた。


机の上で、手が少し震えている。

マネージャーが静かに言った。

 

「無理に強く見せなくていい。自分の言葉で話せば大丈夫」


夏帆は小さく頷いた。


会見場の扉が開く。

無数のカメラ。

フラッシュの光。

ざわめき。


一礼した後椅子に座ると、一斉にシャッター音が鳴った。

司会者が進行し、やがて質問の時間になる。



「交際はいつ頃からですか?」


記者の質問に、夏帆はマイクを握る。


「最近、改めて交際を始めました。

でも……出会いはもっと前で、中学生のころから高校生の時に交際をしていてそこで一度お別れをしました。」


会場が少しざわつく。

そこから夏帆はこれまでの経緯を話す。


 

「人気への影響を心配していますか?」


その質問に、夏帆は少しだけ考えてから答えた。


「正直、怖くないと言ったら嘘になります。

でも、応援してくださる方に嘘をつくほうが、もっと怖いと思いました」


静かに、言葉を続ける。


「私は歌が好きで、この仕事を続けています。

そして、大切な人がいることも、私の本当の姿です」


会場がしんと静まり返った。


別の記者が手を挙げる。


「その方は、KaHoさんにとってどんな存在ですか?」


その質問に、夏帆は少しだけ笑った。


「……歌手になる前から、ずっと私の歌を聴いてくれていた人です。

うまくいかないときも、何も言わずにそばにいてくれました」


一瞬、胸が熱くなる。


「今、私がここにいる理由の一つだと思っています」



会見は、穏やかな空気のまま終わった。

最後に、夏帆は自分からマイクを取った。


「最後に、一つだけ」


記者たちが顔を上げる。


「私はこれからも歌で応えていきます。ファンの皆さんを裏切るような事はしません。その気持ちは変わりません」


深く頭を下げた。

フラッシュが、もう一度強く光った。



会見場を出て、控室のドアが閉まった瞬間、夏帆は大きく息を吐いた。


「……終わった」


足の力が抜けそうになる。

そのとき、スマホが震えた。

春人からのメッセージだった。


『見てた』

『すごく夏帆らしかった』


その一行を読んだ瞬間、張りつめていたものがほどけて、夏帆は少し笑った。


『ありがとう。終わったよ』


すぐに返信を送り、春人からもすぐに返ってきた。


『今度、ゆっくり会おう』


真帆は画面を見つめながら、小さくつぶやいた。


「うん……会いたい」




数日後。

世間の反応は賛否両論でさまざまだったが、

夏帆の曲の再生回数は、むしろ伸びていた。


「正直で好きになった」

「応援したくなった」

「純愛で素敵」


そんな言葉が、たくさん届いた。




夜、ボイトレ中

夏帆は思った。


もう隠さなくていい。

夢も、恋も、全部抱えたまま、前に進める。


歌い出す。


その声は、前より少しだけ強く、少しだけ優しくなっていた。


そして、夢を追うことも、誰かを好きでいることも、

どちらも隠さずに歩いていける強さを、

自分はやっと手に入れたのかもしれない、と。

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