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君がくれた声  作者: 中村雅
season1
10/12

隣には君がいる

結婚から、八年が経った。


夏帆は三十代に入り、1stアルバムである『隣には君がいる』は爆発的に売れ、単独での全国ドームツアーも開催された。

シンガーソングライターとして、“トップアーティスト”と呼ばれる存在になっていた。

代表曲である『君がくれた声』や『最前列の約束』はもう知らない人はいないぐらいだ。


それでも……

自宅での朝は、少し寝ぐせのついたままキッチンに立つ。


「ママ、今日の発表会ね!」


小さな声がリビングから響く。

夏帆と春人の娘である“ 奏 ” だ。

 

夏帆は笑って振り向く。

 

「うん、絶対行くよ」


ソファには、春人がコーヒーを片手に座っている。


「俺も午後から休み取った」

「え、仕事大丈夫なの?」

「娘の発表会より大事な仕事はない」


そう言って、少し得意げに笑う。




娘は、音楽が好きだった。

リビングには小さな電子ピアノ。

夏帆がツアーでいない日も、春人が隣で聴いている。


あの日の音楽室みたいに。




午後。

小さなホールの舞台袖で、娘は少し緊張していた。


「大丈夫?」


夏帆がしゃがんで目線を合わせる。


「うん……でもちょっとドキドキする」


その言葉に、夏帆は懐かしい気持ちになっていた。


「ママもね、今でもドキドキするよ」

「ほんとに?」

「ほんと……でもね、応援してくれる人の顔を思い出すと、ちょっとだけ強くなれる」


そう言って夏帆は客席の方へ指をさす。

娘が客席のほうを見ると、そこには春人が手を振っていた。


「……パパだ」

「そう。だから大丈夫」



やがて名前が呼ばれる。

小さな背中が、ステージへ歩いていく。


夏帆と春人は、客席で並んで座る。


「緊張してるな」

「うん。でも……似てる」

「どっちに?」

「両方」


春人は笑う。




ピアノの音が流れる。

少しだけぎこちないけれど、一生懸命に音を奏でる。


その姿を見ながら、夏帆はそっと手を握られた。

春人だった。


昔とは逆だ。


あの頃は、彼が支えてくれた。

今は、二人で誰かを支えている。


演奏が終わり、拍手が広がる。

娘は少し照れながらお辞儀をした。

その姿に、夏帆の目が潤む。


「泣くなよ」


春人が小声で言う。


「泣いてない」


でも声は少し震えていた。




夜。

娘が眠ったあと、二人はリビングで並んで座る。

窓の外には、静かな街の光。


「なあ」


春人が言う。


「俺ら、ちゃんとやれてるかな」

「何が?」

「夫婦も、親も」


夏帆は少し考えてから、笑った。


「完璧じゃないけど、悪くないと思う」


春人も笑う。




「ねえ...はる」

「ん?」

「もし私が、歌手じゃなかったらどうなってたと思う?」


少し考えてから、春人は答える。


「どうなっても、たぶん好きになってた」


夏帆は吹き出す。


「なにそれ」

「事実」


夏帆は、そっと春人の肩にもたれる。


「私ね」

「うん?」

「夢を叶えられたのも、今こうしていられるのも、全部つながってると思う」


音楽室で歌っていた日。

別れた日。

再会した日。

プロポーズの日。

結婚式。


全部が、今に続いている。




春人が、静かに言う。


「最前列、まだ空いてる?」


夏帆は笑って答える。


「ずっと予約席だよ」



何年経っても。


スポットライトの中でも、

静かなリビングでも。


夏帆の隣には、春人がいる。


そしてその物語は、

これからも、少しずつ続いていく。


〜fin〜

これにて「君がくれた声」season1は完結となります。season1は夏帆の夢と恋のお話でした。

物語はseason2へと繋がりますが、次回からは家族と絆のお話になります。season1をずっと見て下さった方、続きもどうぞご覧ください。

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