放課後の音楽室
中学から付き合って、高校時代に別れを告げられた彼の事を今でも想ってる。彼への想いは今もずっと続いている。夢を叶えて彼に胸を張って会える自分になれたらその時は、、、
放課後の音楽室には、いつも同じ歌声が響いていた。
窓際に立って歌っているのは、中学三年生の澤田夏帆。まだあどけなさの残る顔なのに、歌い出すと空気が変わる。透き通った声が、夕焼けに染まった校庭まで届きそうだった。
その歌を、少し離れたところで黙って聴いているのが、同じクラスで彼氏の吉川春人だった。
「また聴いてたの?」
歌い終えた夏帆が振り向いて笑う。
「うん。今日も上手かった」
春人は照れくさそうに頭をかく。
夏帆は将来、歌手になりたいという夢を持っていた。オーディションを受けてはいるが、あがり症が原因で不合格が続いていた。
「ねえはる?もしオーディションがずっと受からなくて歌手になれなかったら、私どうしたらいいんだろう」
ある日の帰り道、夏帆は小さな声で言った。
自販機の前で立ち止まりながら、春人は少し考えてから答えた。
「落ちてもさ、歌が下手になるわけじゃないだろ」
「……うん」
「俺は夏帆の歌、好きだよ。それに、プロの歌手じゃなくても、今は色んな方法で歌を聴いてもらえる時代だからさ。諦めなければ絶対叶うわけじゃないけど、諦めたらそれこそ全部終わっちゃうから」
夏帆は何も言えなくなって、ただ頷いた。胸の奥がじんわり温かくなった。
数週間後、夏帆は大手事務所のオーディションに応募した。
当日、会場の外で待っていたのは春人だった。
「来てくれたの?」
「応援係だから」
少し緊張している夏帆に、春人はペットボトルの水を渡す。
「いつも通り歌えばいいよ。音楽室で歌ってるときみたいにさ」
夏帆は深呼吸をして、小さく頷いた。
「……行ってくる」
ステージの上は、まぶしいライトで客席がよく見えなかったけれど、夏帆は目を閉じた。
音楽室の窓、夕焼け、静かな空気。
そして、いつも歌を聴いてくれる春人の姿を思い浮かべる。
歌い始めた瞬間、不思議と緊張は消えていた。
音楽室で歌っていたときのように、彼に届くように歌うことだけを考えた。
最後の音を伸ばし終えたとき、会場が静まり返ったあと、拍手が起こった。
審査員、客席の人達の反応は、笑顔で溢れていて自分はやり切ったのだと安堵した。そして、、、
数日後、結果の通知が届いた。
震える手で封筒を開けた夏帆は、しばらく動かなかった。
それから、勢いよく立ち上がる。
「……合格、してる」
自分の声が信じられないほど小さかった。
次の瞬間、夏帆は家を飛び出していた。
公園のベンチで待ち合わせをしていた春人は、走ってくる夏帆を見て驚いた。
「どうだった、、」
春人が言い終わる前に、夏帆が一言。
「受かった」
春人は一瞬きょとんとして、それから顔をくしゃっとさせて笑った。
「ほんとに?」
「ほんとに!」
二人は思わず顔を見合わせて、同時に笑った。
「すごいじゃん……夏帆、やったな」
その言葉を聞いた瞬間、夏帆の目に涙が浮かんだ。
「……怖かったんだ。落ちるかもって、ずっと思ってて」
「でも受かった」
「うん……」
春人は少し照れくさそうに言った。
「だから言っただろ。夏帆の歌、いいんだって」
夏帆は涙を拭いて、笑った。
「うん...はるの言った通りだった」
それから夏帆は、レッスンに通い始めた。
学校と練習の両立は大変で、帰り道にぐったりしている日もあったけど、それでも音楽室で歌う時間だけは欠かさなかった。
そして、そこには、いつも通り春人がいた。
「今日も聴いてくれるの?」
「当たり前だろ。俺、最初のファンなんだから」
夏帆は少しだけ顔を赤くして、歌い始める。
歌声は、前よりも少しだけ強くなっていた。
夢に近づき始めた未来と、変わらず隣にいる人。
その両方が、夏帆の心を支えていた。




