26話 エピローグ
リアクションをしてくれた方、ありがとうございました。また、ブックマークしてくれた方にも感謝です。おかげさまでエンディングまで辿り着きました。もっと早く終わる予定でしたが励みになりました。
西海岸の港町に戻ってきてから、もう数ヶ月が経っていた。私は海岸沿いに腰を下ろし、海岸線の夕日が沈んでいくのをぼんやりと眺めていた。オレンジ色の光が波のうねりに揺らめき、遠くでカモメの鳴き声が響く。この町の空気は、王都の喧騒とはまるで違う。潮の香りと、どこか懐かしい塩辛さが、私の肺に染み渡っていく。
「その後、どうなったかって?」
「まぁ、想像つくだろう」
〜〜〜
あの『炎喰らいの巨狼』の件は、実に巧妙な芝居だった。最初の討伐失敗は全てセレナの仕組んだ演技で、彼女はすでに単独であの魔物を半殺しにしていたらしい。魔物の活性化が収まる前に、彼女は王に条件を呑ませ、俺を伴って“再討伐”へ向かった。あの巨狼は戦う前にセレナに屈服した。よほど恐怖を植え付けられていたのだろう。
「服従させてきた」
セレナが淡々と報告した時、王宮の重臣たちの顔が一瞬で青ざめたのを、俺は今でも覚えている。王都に戻る頃には、魔物の活性化は完全に鎮静化していた。
国王が必死に探し求めた「火も魔法も使わずに料理を温める技術」など、実は最初から必要なかった。笑える話だ。ただ、俺が同行したおかげで、二度目の討伐の旅は「かなり快適だった」らしい。そう言われても、あの“お股カップ”の苦労は一体何だったのだろう。思い返すだけで股間が疼く。あれからお股様の声は聞こえることはなかった。
王都に戻ると、盛大な凱旋パレードが行われ、その場でセレナ嬢とクリストファー殿下の婚約が発表された。民衆の歓声は街を揺るがし、花びらが雨のように降り注いだ。
セレナは王妃の座を得ると、すぐに商会を設立した。ピーラー、梅酒、マヨネーズ、リバーシ、自転車——彼女は私から引き出した数々の“知識”を武器に、殿下の後ろ盾もあって、瞬く間に王国随一の商会に育て上げた。市場を独占し、偽物が出れば自ら徹底的に叩き潰す。力と権力の両方を駆使するその手法は、正に“えげつない”の一言だった。
おかげで俺は商会の福副会長に据えられた。副会長はセレナのお姉さんだ。今では自動車の開発まで手がけている。どこまで成功すれば気が済むのか?セレナの欲望に終わりはない。
セレナ嬢は晴れてクリストファー殿下と結婚し、今では子育てに奮闘している。世間には政略結婚と映っているが、実は相思相愛なのだ。その真実を知っているのは、おそらく俺だけだろう。
〜〜〜
俺はというと、セレナの姉、エレナと強引に結婚させられた。彼女はセレナとは正反対で、裏表のない、私には勿体ないほど純粋な女性だ。幸せだ。本当に。
ただ、結婚式の夜、セレナがにっこり笑いながら私の耳元で囁いた言葉は、今でも忘れられない。
「お姉さんを悲しませたら、殺すよ」
あれは冗談ではない。本気の、それもかなりの本気だった。お股様がキュッとなったのを今でも忘れられない。こうして私は、王族の縁者という立場にもなった。
兄のレオンは無事で、家族は泣いて喜んでいた。彼はクリストファー殿下の直属護衛に抜擢された。多分、セレナが裏で手を回したのだろう。
あのイケメン冒険者、トーマスはアンリと結婚した。最初に聞いた時は驚いたが、考えてみればお似合いなのかもしれない。
魔法部門トップの老紳士は、俺のあの恥ずかしい詠唱を王都の子供達に教えまくっていた。王都の子供たちの間で大流行している。あのクソジジイ笑。
〜〜〜
空はすっかりピンク色に染まり、その周りを黒い夜がゆっくりと包み込んでいく。波の音が規則的に響き、遠くで漁船の灯りがちらちらと光っている。
俺はゆっくりと立ち上がり、砂浜に足跡を一つ残した。
「波乗りおじさんの、今日も平和な一日かぁ」
風が頬を撫でる。この町には、王都の華やかさも、商会の喧噪もない。ただ、潮風と静かな時間が流れている。
俺は小さく息をつき、ゆっくりと歩き始めた。家では、エレナが夕食を待っている。今日は何を作ってくれただろう。彼女の料理は、いつも少し塩加減が優しい。
ふと振り返ると、最後の一片の太陽が水平線に吸い込まれていった。明日も、この町は変わらず朝を迎える。そして俺の日々は、静かに、確かに続いていく。
波の音が背中を押すように、俺は歩みを進めた。もう、あの“お股カップ”の心配をすることもない——今思えばあの苦行も笑い話にできる。
西の空に、最初の星がぽつりと光った。
END
スライムがどうなったのかはまだ別のエピソードで後日談として気が向いたら書こうと思います。




