第2話:魔界の公衆便所と、偽りの聖人おじさん
それでは、第2話。舞台は予告通りの「魔界の公衆便所」。
**「善行を積まないと即死」**という縛りプレイの中、誠一郎の欲望が爆発します。
第2話:魔界の公衆便所と、偽りの聖人おじさん
【インターバル:女神のネイルサロン】
白い空間。
誠一郎は、戻ってきたばかりの自分の魂の形を確認していた。
まだある。大丈夫だ。
「おい女神! さっき公衆便所に送るって言うたな!?」
女神は巨大なビーズクッションに埋もれながら、足の爪に鮮やかな赤のマニキュアを塗っていた。こちらを見向きもしない。
「あら、元気ですね。次は少し難易度調整が入りましたよ」
女神はフーフーと爪を乾かしながら、空中に浮いたディスプレイを指差した。
「あなた、あまりにすぐ死ぬので、**『善行延命システム』**を導入しました。人に優しくすると、生きられる時間が伸びます」
「はぁ? 俺にボランティアしろってか?」
「ええ。挨拶すれば**+10秒**。気遣いの言葉で**+20秒**。人助けなどの行動をすれば**+2分です。逆に、何もしなければ初期値の30秒**で心停止します」
誠一郎は舌打ちした。「めんどくせぇ……」
だが、女神はさらに続けた。
「あ、それと、あなたのポケットに入ってる2万円。一緒に燃やされたので**『冥銭(あのよの金)』**としてあちらでも使えますよ。レート的に結構な高額です」
誠一郎の目が、かつてないほどギラついた。
金がある。寿命も(嘘をつけば)伸ばせる。
「……決めたぞ」
誠一郎は、58年の人生で一度も見せたことのないような、決意に満ちた顔をした。
「俺はこの無限転生を利用して……全異世界の風俗をコンプリートしたる! そんで、どこの世界でもいいから、俺のケツを優しく弄ってもらうんや!」
「目標が最低ですね。じゃ、いってらっしゃーい」
女神は除光液のボトルを振るついでに、誠一郎を突き落とした。
【転生先:魔界・第66層 歓楽街の公衆便所】
ドスンッ!!
強烈な悪臭が鼻を突く。
アンモニア臭と、腐った肉、そして謎の化学薬品が混ざったような匂いだ。
「ぐえっ……くさっ……!」
誠一郎が目を開けると、そこは薄暗く、ヌメヌメした液体で床が濡れている個室だった。
壁には見たこともない文字で落書きがびっしり。便器は生き物のように脈動しており、牙が生えている。
「なんやこれ……ここが魔界の便所か……」
その時、胸がドクンと鳴った。
心臓が締め付けられる感覚。
(やばい! 挨拶も人助けもしてないから、死のカウントダウンが始まってる!)
残り時間、あと25秒。
このまま個室にいては孤独死確定だ。
「誰か! 誰かおらんのか!?」
誠一郎はズボンを整えるのもそこそこに個室の扉を蹴り開けた。
そこは手洗い場だった。
鏡の前には、身長3メートルはある、牛の頭をした巨漢の悪魔(ミノタウロス族)が立っていた。鼻輪をし、革ジャンを着た完全に「ヤンキー」な風貌だ。
ミノタウロスがギロリと誠一郎を見下ろす。
「ブオォ? なんだぁテメェ、人間か?」
恐怖で足がすくむ。
普段の誠一郎なら「なんやワレ、見んなや」と心の中で悪態をついて目を逸らす場面だ。
だが、胸の痛みが強くなる。死ぬ。あと10秒で死ぬ!
誠一郎は震える唇で、顔を引きつらせて満面の笑みを作った。
「あ、あ、おはようございますっ!! いい天気ですね!!」
ピコン♪
脳内で軽い電子音がした。胸の痛みがスッと引く。
(伸びた! 10秒伸びた!)
ミノタウロスは怪訝な顔をした。
「ああん? 天気だぁ? ここは地下だぞジジイ」
「す、すいません! あ、あの、その革ジャン! めっちゃカッコいいですね! お似合いですよ!」
ピコン♪(+20秒)
「ブオォ? ……へへ、そうか? 人間のくせに分かってるじゃねぇか」
ミノタウロスは鼻を鳴らし、少し照れている。
誠一郎は冷や汗ダラダラだ。心の中では(うっせえわ牛野郎! 早く出ていけ! ステーキにして食うぞ!)と毒づいているが、口からは蜜のような言葉が出る。
「あ、あの! 手洗い場の石鹸、使いにくいですよね! 俺が押しますよ!」
誠一郎は必死でミノタウロスの巨大な手のひらに、ヌルヌルした紫色の液体石鹸を出してあげた。
ピコーン!!(+2分)
「おう、気が利くな新入り。ありがとな」
ミノタウロスは機嫌よく手を洗い、個室を出て行った。
誠一郎はその場にへたり込んだ。
「ハァ……ハァ……生き延びた……。なんやこのクソゲーは。俺のプライドがズタズタや」
現在ストック時間:2分40秒。
この時間内に、風俗店を探し、プレイに持ち込まねばならない。
【魔界歓楽街・ミッドナイトタウン】
便所の外に出ると、そこは毒々しいネオンが輝く夜の街だった。
空には赤い月が二つ。通りを歩くのは、サキュバス、オーク、スライム、一つ目小僧など、異形の者ばかり。
誠一郎は、ポケットの「冥銭2万円」を握りしめた。
この金があれば、王になれるかもしれない。
「店は……店はどこや……!」
キョロキョロしている間にも、時間は削られていく。
(挨拶せな! 挨拶!)
通りすがりのスケルトンに向かって頭を下げる。
「お疲れ様です!」(+10秒)
触手だけのバケモノに声をかける。
「お仕事大変そうですね!」(+20秒)
「キシャー(ありがとよ)」
誠一郎は、満面の笑みでペコペコ頭を下げる「腰の低いおじさん」として魔界のストリートを爆走していた。
その姿は端から見れば「礼儀正しい人間」だが、その目は血走り、欲望に飢えた獣のそれだった。
「あった……!」
通りの奥に、ひときわ妖艶なピンク色の光を放つ看板を見つけた。
『夢魔の館 〜極上の搾り〜』
「ここや! 間違いない!」
誠一郎は店に飛び込んだ。
【夢魔の館・受付】
「いらっしゃいませぇ〜♡」
受付にいたのは、露出度の高いボンテージを着たサキュバスのお姉さんだった。角が生え、背中にはコウモリの翼。だが、顔は絶世の美女だ。
誠一郎の股間は、58歳とは思えない反応を見せた。
「あ、あの! 俺、人間なんですけど、遊べますか!?」
「人間のお客様? 珍しいわねぇ。でも、当店はお高いわよ? 人間の通貨じゃ……」
誠一郎は、黒く焦げたような、しかし不思議な光を放つ2万円札をカウンターに叩きつけた。
「これで頼む!!」
サキュバスの目が丸くなった。
「これ……『真正・冥銭』!? しかも諭吉2枚!? ……お客様、これなら当店のトップランカーを3時間は貸切にできますわ!」
「よっしゃあああああ!!」
誠一郎はガッツポーズをした。
(勝った! 親父の年金で買った車より嬉しいかもしれん!)
「ご指名は?」
「誰でもええ! とにかく優しくて、テクニックがあって、俺の……その……『後ろ』を重点的に攻めてくれる子で!」
「かしこまりました。では、個室へどうぞ〜」
案内されたのは、真っ赤なビロードのベッドがある部屋だった。
誠一郎は服を脱ぎ捨て、全裸(トランクス一丁)でベッドに正座した。
ストック時間は残り4分。
ここに来るまでに大量の挨拶をして稼いでおいた。3時間コースだが、プレイ中も褒めちぎれば時間は伸びるはずだ。
「失礼しま〜す♡」
入ってきたのは、グラマラスな美女サキュバス。
尻尾の先がハート型になっている。
「担当のリルムですぅ。人間のおじ様なんて久しぶり♡」
「おお……おおお! リルムちゃん! 可愛いね! 最高だね!」(+20秒)
「あらお上手♡」
リルムがベッドに近づき、誠一郎を押し倒す。
甘い香りが漂う。
「今日はどうしたいの?」
「う、後ろを……指で……いや、もっと激しいのでもええ!」
誠一郎は興奮のあまり、我を忘れていた。
リルムの指が、誠一郎の背中を這う。
「ふふ、変態さんね。いいわよ、たっぷり可愛がってあげる」
リルムの手が、誠一郎の臀部に伸びる。
その瞬間。
誠一郎の脳内で、「お客様根性」という名の悪魔が囁いた。
(待てよ。俺は大金を払ったんやぞ。2万円分の冥銭や。なんで俺がいつまでも気を使わなアカンのや? ここはサービス業やろ? 俺は神様やぞ!)
58年間染み付いた、介護職でのストレス発散としての「店員への横暴さ」が、ここ一番で顔を出した。
リルムが潤滑油(スライムの体液)を塗ろうとした時、手が滑って少し誠一郎の背中にこぼれた。
「あっ、ごめんなさ〜い」
その一言に、誠一郎はカッとなった。
「おい! 冷たいやないかボケェ! 何してんねん!」
リルムの動きが止まった。
「え?」
誠一郎は止まらなかった。
「客の体に冷たい汁こぼすとか、教育どうなっとんねん! チェンジやチェンジ! もっとマシな女呼んでこい! 金払うとんのやぞ!」
シーン……
部屋の空気が凍りついた。
そして、誠一郎の脳内で警告音が鳴り響く。
【警告:暴言を確認。ペナルティ発生。残り時間を没収します】
「は?」
シュン……
目の前のタイムゲージが一瞬でゼロになった。
「あ」
誠一郎が声を発するより早く、心臓が動きを止める。
だが、今回はそれだけではなかった。
魔界のサキュバスは、プライドが高い。
「……あら、随分と威勢がいい人間ね」
リルムの目が赤く光り、口が耳まで裂けた。美女の顔が、捕食者の顔に変わる。
「客が神様なのは金を払う時だけよ。ナメた口きいてんじゃないわよ、このハゲ!!」
リルムの尻尾(ハート型に見えたが実は鋭利な槍状)が、誠一郎の希望していた場所――肛門めがけて、全力で突き出された。
ズドォォォォン!!!
「ギャアアアアアアアアアアアア!!!」
誠一郎の望み通り、後ろには何かが入った。しかしそれは指ではなく、致死性の尻尾だった。
お尻から頭までを貫通され、誠一郎は串刺しになった。
「そ、そんな……太すぎ……る……」
ガクッ。
浜本誠一郎、死亡。
死因:サキュバスによる刺殺(および心停止)。
享年:58歳と魔界滞在時間15分。
【死亡確認。2万円は回収されました。次へ行きます】
「痛い! 死ぬより痛い! ケツが割れた!」
白い空間で泣き叫ぶ誠一郎。
女神は呆れ顔でスマホを見ている。
「自業自得ですね。あそこで『ドンマイ、拭けばいいよ』って言えてれば、今頃天国だったのに」
「うるさい! 次や次! 次こそは優しく指を入れてくれる世界に行くんや!」
次回、第3話。
『勇者パーティーの荷物持ち(奴隷)に転生したけど、勇者が俺より性格悪くてストレスで死にそう』
「勇者様! 荷物が重いです!」「黙れジジイ! 盾として前に出ろ!」
誠一郎の「媚びへつらいスキル」が試される! そして勇者の性癖とは!?
お楽しみに!




