冰槽
僕と君の間には
ガラスのクジラが横たわっている
尾羽に腰掛けた君の長い髪を
撫でる夜風はどうやら星屑を飛ばそうと
必死のようだ
まるで水槽の金魚みたいだねと君は笑う
閉ざされたどこにも行けない僕たちを表している
二人の吐息が白く溶けて
窓ガラスに一瞬の模様を描く
名前を呼ぶその声はこんなにも震えていて
気付かないふりをして
僕はただ君の手を強く握りしめた
秘密の物語の主人公はいつだって
二人だけの水槽の中で
世界を忘れて呼吸している
君の言葉の端々に隠されていた
潮の香りのする切なさは残された残機
空になった水槽の底に座り込んだ君
映るのは歪んだ僕の顔とクジラの涙
この限られた時間だけが僕の全て
水槽の外は僕の世界にはなり得ない
止まったままどうか
想像させて
ずっと広くて美しい場所でありますように、と
そう願うことだけが
僕にできる唯一のことだった
君の言葉の端々に隠されていた
潮の香りのする切なさは
耳を塞いでしまいたくなるほどの
後悔で溢れていた




