第4話:「影の決意」
冷たい雨が王宮の石畳を叩く朝。
アミナ・ヴェルンは傘もささずに、庭園の小径を歩いていた。雨に濡れた短い髪とコートは、まるでこの孤独な任務を象徴しているかのようだった。
昨日の暴走魔法事件で救えた民はいたが、同時に助けられなかった者もいた。
「……私一人では、まだ足りない」
少女は拳を握りしめ、深く息を吐く。王宮内でも、表舞台の勇者の陰に隠れている限り、誰もその努力を直接見ることはない。しかし、掲示板に書き込まれる民衆の声は、確かにアミナの行動を認めていた。
『影の勇者さん、ありがとうございます』
『あなたのおかげで助かりました』
その一行一行が、少女の胸を温める。けれど、同時に思う——
「それでも……私の存在は偽り」
そんな思いを抱えながら、アミナは今日も街へ向かった。王宮の裏通り、狭い商店街。ここには、表舞台の勇者では救えない人々の生活があった。
市場の角で、泣き叫ぶ幼子と困惑する母親。盗まれた食料を取り戻せず、途方に暮れている。
「……大丈夫、私が」
少女は短剣を片手に、盗賊の足音を追う。影として、誰にも気づかれず、素早く、正確に。数分後、盗賊たちは捕らえられ、盗まれた品は母子の手元に戻った。
母親の目に涙が光る。
「本当に……ありがとう、勇者さま……」
アミナは苦笑する。
「影です、私は……でも、よかった」
その夜、王宮に戻ると、掲示板に新しい書き込みがあった。
『影の勇者さん、あなたがいてくれるから安心です』
少女は小さく笑みを浮かべる。だが、その背後で冷たい声が響いた。
「君は、本当に影で満足か?」
振り返ると、老魔導士が黒いマントを翻しながら立っていた。
「表の勇者が倒れたとき、君は本物の勇者として立てる覚悟はあるか?」
アミナの胸が熱くなる。これは、王宮からの試練だった——影としての日常ではなく、暁として世界を変える覚悟を問う試練。
少女は雨に濡れた顔を上げ、静かに短剣を握る。
「……はい。影でも偽者でも、誰かを守れるなら、私は勇者になる」
老魔導士は頷き、闇に消える。
その時、遠くの街で小さな火の手が上がる——新たな事件の兆しだ。
アミナは息を整え、静かに言った。
「……誰も泣かせない。私が影であっても、暁であっても」
少女の影は、今日も暁への決意とともに、静かに伸びていった。