第1話:「影の召喚」
冷たい風が村を撫でる。雪に覆われた小道の先、少女は一人、凍える手をこすり合わせていた。
「またか……」
アミナ・ヴェルンはこの寒村で生まれ育った。貧しさと孤独は友だった。だが今日、いつもと違う風が村を通り抜ける。王宮からの使者——白銀の鎧に身を包んだ騎士が、彼女の家の前に立っていた。
「アミナ・ヴェルン。あなたを王国の勇者に仕える者として召喚する。」
少女の心臓が跳ねた。勇者に仕える──夢のような響き。しかし同時に胸の奥で小さな警鐘が鳴る。
「私が……?」
騎士は無言で手を差し出す。何も言わず、ただ王宮の命令を伝える。アミナは息を飲み、ゆっくりとその手を取った。
次の瞬間、空が裂けるような眩い光に包まれ、アミナは世界の境界を越えた——王宮の玉座の間に立っていた。豪奢なシャンデリアが輝き、金と宝石が散りばめられた床に自分の影が映る。
「勇者は……どこ?」
そこにいたのは、笑顔を振りまく王国の英雄、シリウス・レオン。表舞台の勇者だ。だが、少女にはその笑顔が少しだけ遠く見えた。
「君が私の影になる者か。」
王宮顧問の老魔導士は、薄い笑みを浮かべてアミナを見下ろす。
「影としての任務は単純だ。表の勇者を支え、陰の問題を解決する。民衆には知られるな。」
少女の胸が締め付けられた。知られるな……偽者として生きろ、ということか。
だが、目の前の光景と王国の未来を思えば、逃げる理由はなかった。
「……わかりました。」
それが、アミナ・ヴェルンの“影の勇者”としての第一歩だった——。
玉座の間の外、王宮の庭では雪が舞い、民衆の小さな叫びが風に乗って届く。
少女は心の中で決めた。
「誰か一人でも救えれば、それが私の勇者だ。」
次の瞬間、王宮の掲示板に匿名の書き込みが流れる——
『勇者様、最近魔法事件が増えてます。影の方、助けてください』
アミナは小さく微笑んだ。
「……なら、やるしかないな。」
少女の影は、今まさに暁へと変わろうとしていた。