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落第女子高生、幼稚園児はじめました(休載中)  作者: 062


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6話 誰にでもあること

朝、サトミはゆっくりと目を開けた。

昨晩、仕方なくつけた幼児用おむつが濡れていないか、そっと確認する。

ビッグより大きいサイズ。150cmの自分に、今のところこれが一番合うサイズだ。

大丈夫だ。

小さく息を吐き出し、昨夜の不安がほんの少しだけ和らいだ。


「よかった…おもらししてない」


リビングに行くと、母親が朝食の準備をしていた。


「おはよう、サトミ。今日から延長保育になるから。お迎えは五時半か六時くらいになるわよ」。


母親の言葉に、サトミの心は再び重くなった。 そんなに長い時間、大丈夫だろうか。

食卓に着き、パンとサラダを口に運びながら、母親が用意してくれた小さな錠剤を水で飲んだ。

ちょうどその時、テレビから冷たい声が流れてきた。


「文部科学省の青木千尋課長補佐が、内部資料を外部に漏洩したとして、守秘義務違反の疑いで調査を受けていることが分かりました」


画面には、黒塗りの車に乗り込む女性の後ろ姿。


「資料の内容は不明ですが、一部では教育現場への影響を懸念する声も――」

「まったく…どうして大人って、こうなんだろうね」


母親の口調は、どこか棘を含んでいた。 昨日の冷たい態度がふと思い出される。 それは怒りではなく、たぶん、失望とか疲れのようなもの。 サトミは手元のコップを見つめた。 淡い水色の底に、さっき飲んだ薬の残り水が揺れている。


(これで、少しでも良くなりますように…)


祈るように、でもどこか諦めるように、小さく呟いた。


制服に袖を通し、その下におむつをつける。 昨日の園の指示で、予備の着替えと一緒に、新しいおむつを数枚バッグに入れた。 鏡に映る自分は、どうしてもこの制服がコスプレのように感じてしまう。 昨日もしたこの準備が、もうすでに日常になりつつあることが、サトミを憂鬱にする。


幼稚園に到着すると、昨日よりも少しだけ騒がしく感じる子供たちの声が響く。


昨日と同じ年長組の教室に入ろうとすると、担任だった前田先生が近づいてきた。


「おはよう、サトミちゃん」。


優しい笑顔に、サトミは小さく会釈をした。


「あのね、サトミちゃん。今日から年少組に移ることになったのよ」


驚いて顔を上げると、先生は少し申し訳なさそうな表情をしていた。


「あちらはトイレトレーニング中の子供が多いから、竹中先生もこまめに見てくれると思うの。着替えの私服も用意してあるから、教室で着替えてね。何かあったら、遠慮なく言ってね」


それは、幼稚園内での「落第」を意味していた。


年少組の教室に入ると、昨日とは全く違う、幼い子供たちのエネルギーが溢れていた。


「おはようございます」


と小さな声で挨拶すると、担任の竹中先生が屈んで優しく微笑んだ。


「おはよう、サトミちゃん。今日から一緒に過ごしましょうね。着替えは済んだかな?もし何か困ったら、いつでも声をかけてね」。


周囲の子供たちの好奇の視線が、サトミの心をチクチクと刺す。


朝の会。


「サトミちゃん」。


先生の声に、昨日と同じように小さな声で


「…はい」


と答えると、竹中先生が優しい声で言った。


「サトミちゃん、もっと大きな声で、お返事できるかな?みんなも聞こえるようにね」


顔が熱くなるのを感じながら、もう一度、力を込めて「はい!」と返事をした。 周囲の幼い子供たちが、不思議そうな顔でこちらを見ている。


トイレの時間。

高校の個室トイレとは違い、ここは便器と便器の間が低い仕切りで区切られているだけで、ドアもない。さらに、その便器も園児の小さなサイズに合わせて作られている。

周りの小さな子供たちは、平気な顔で用を足している。

(昨日は、この列に並んでいる時に…)

サトミは、並んでいる最中に突然襲ってきた強烈な尿意と、間に合わずに漏らしてしまった時の絶望的な感覚を思い出した。 家を出る前にトイレに行ったばかりだから、そんなに溜まっているはずはないのに。


「う…」


小さく唸りながら、腹筋に力を込める。 周りの子供たちの排泄音が響く中、サトミは時間をかけて、ほんの少しだけ尿を絞り出すことができた。

それでも、すっきりとした感覚はない。 「先生、あの…」 声をかけようとしたのは、まだ残っている感じがする、と伝えたかったのかもしれない。

でも、結局、恥ずかしさが先に立ち、言葉は喉の奥に引っ込んでしまった。 周りの子供たちが、先生に促されて順番にトイレに行く。 小さな体から、ちょろちょろと音を立てて流れ出るおしっこ。

サトミは、自分の体だけが上手く機能しないような気がして、情けなくなる。 なかなか思うように排泄できないのは、やはりあの病気のせいだろうか? もうすでに、心も体も疲れてしまった気がする。


読み聞かせの時間。

昨日と同じように、物語に集中しようと努めるが、下腹部の重苦しい感覚が常にまとわりつく。 いつも膀胱が圧迫されているような、落ち着かない感じが続く。 ふとした瞬間に、まるで急にブレーキが利かなくなったように、じわっと温かいものが流れ出る感覚があった。


「また…」


慌てて確認すると、やはり朝つけたおむつが、 気がつかないうちに湿っている。 青いお知らせサインが、昨日と同じように無情にも現実を突きつけてきた。 もうすでに心が折れそうだ。


竹中先生が優しく声をかけてくれた。


「サトミちゃん、少しおむつを替えようか? 気持ち悪いね」


先生に促され、サトミは少し離れたおむつ替えのスペースに連れて行かれた。 そこには、低い台と、おむつや着替えが用意されている。

年少組には、まだトイレトレーニングが完了していない子が10人前後いると先生から聞いていた。 時折、他の先生が、同じように濡れたおむつを交換している姿も見かける。


竹中先生は手慣れた様子で、サトミのジャンバースカートを少し捲り上げ、Tシャツはそのままに、おむつを脱がせた。


「冷たかったね」


と優しく声をかけながら、お尻を丁寧に拭いてくれる。 サトミは、先生の親切がありがたいけれど、同時に、こんなことをしてもらっている自分が情けなくて、顔が赤くなった。

新しいおむつを当ててもらい、ジャンバースカートを元に戻すと、少しだけ気持ちが落ち着いた。


「ありがとう、先生」


と小さな声で言うと、竹中先生はにっこり笑って言った。


「気にしないでね。誰にでもあることだから。もし、また気持ち悪くなったら、いつでも教えてね」。


先生の言葉は優しいけれど、「誰にでもあること」という言葉が、サトミには突き刺さった。

これは、自分にとって「当たり前のこと」ではないのに。 他の子供たちとは違う、自分の体の異常を改めて感じさせられた。

9月に入って仕事が忙しく、不定期更新とさせていただきます。

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