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落第女子高生、幼稚園児はじめました(休載中)  作者: 062


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10話 ユキとサトミ

幼稚園を後にして、タクシーに乗り込むサトミちゃんの声が耳障りだ。


「びっくりしたよ!合格おめでとう」


相変わらずののんきな声でよく言えるものだ。


「しかも、高3に飛び級でしょ?まだ11歳なのに凄いね」

「別に」


私の短い返事に、サトミちゃんは少し面食らったようだ。やがて、絞り出すようにポツリと言った。


「お母さんがいない今だから言っちゃうね。2年前はゴメン」


まるで少し約束に遅れたみたいな気軽さでサトミちゃんは言った。


(今更、そんなことを……)


私の心の中で、冷たい嘲笑が渦巻く。あの時、その言葉を直接聞けていれば、こんな回りくどい真似はしなかったのに。サトミちゃんは高3に進級して、幼稚園に落第しておらず。もちろんおむつもつけていない。


私はその時、どんな顔をしていただろう?


私の顔を見て思わず、ヒッと仰け反るサトミちゃん。その、本当に怯えた顔を見た瞬間、胸の奥に小さな引っかかりを覚えた。ずっとムカついてたんだけど、こんな顔が見たかったわけじゃない。


「お母さんに止められていたんだ。ユキの性格的に何をするかわからないって」


サトミちゃんの言葉が、ストンと腑に落ちた。そうか、本当の標的は母親だったのか。サトミちゃんは、ただの勘違いでこんな目に遭っている。小さな後悔が胸をよぎる。今から母親をターゲットにするのは簡単だろう。でも、あの人がいなくなるデメリットは大きすぎる。それに、サトミちゃんがこのまま近所や職場で好奇の目に晒されれば、間接的に母親にもダメージはいくはずだ。


やがて、タクシーは見慣れた家の前に静かに滑り込んだ。私が精算して先に降り、ドラッグストアで買ったゼリー飲料の入った袋を手に持つ。玄関のドアを開け、静かな家の中へ。

二階の寝室のドアを少し開けると、お母さんが薄い布団をかけて横になっていた。


「お母さん、これ」


私はゼリー飲料を差し出した。


「ありがとう、ユキ。ねえ……どうして、こんなことになっちゃったの?」


お母さんの声は弱々しい。疲労の色が濃い顔には、うっすらと涙の跡が見える。


「もう、職場でもサトミのことも、青木さんの件まで知られて……行きたくない」


弱音を吐くお母さんに、私は冷たい視線を送った。


「生活の為でしょ。お父さんだって同じかもよ?でも文句一つ言わないわ」


思わず突き放すような言葉が、私の口をついて出た。


一階のリビングに戻ると、サトミちゃんは制服のまま、タブレットで日曜朝の女児向けアニメ、『ドキドキ!プリズムエンジェル』(略して『プリエン』)を熱心に見つめていた。


「サトミちゃん、プリエンを見る前に制服は脱ごうね。シワになっちゃう。まるで本当に幼稚園児みたいだよ」


私が少し意地悪く言うと、サトミちゃんはなぜか笑った。


「あはは、そのセリフは高校生じゃなくてママみたい」


そう言って、プリエンを一時停止して制服を脱ぎ始める。スカートのホックを外しかけた時、サトミちゃんの手が止まった。


(ひょっとして!おもらし?)


私の思考に合わせるように、サトミちゃんが言った。


「ユキ。悪いけどおむつとおしり拭き持ってきて。動くと股の間から漏れちゃいそう」


口調は高校生の時のまま、高校生ではありえないお願いをしてきた。リビングが汚れてはたまらない。言われた通りに動く。


私が持ってくるのを見ると、いつのまにかスカートは脱いでいたサトミちゃんはサイドのギャザーを破っておむつを外し、おしり拭きでふきとる。新しいおむつを履いた。そのまま、部屋着に着替えて制服をハンガーにかけた。


「ユキ。ありがとう」

「いいえ、どういたしまして」


それだけ言ってタブレットでまたプリエンを見始めた。


「おもしろいの?」


と聞く私。4年前まで見ていた気がする。


「ほら、ユキと一緒に4年ぐらい前まで見てたじゃない。その時の『マジック!プリズムエンジェル』は放映してた時に今の同級生は生まれたばかりだったの。今日、『プリエン描いて』って言われてマジプリエン書いたら、知らないってさ」


少しジェネレーションギャップを感じながらも聞いた。


「園児に書いてあげるために見てるんだ?」

「それもあるけど、会話がないのよ。ないと言うより通じない。先生達ってすごいね。知ってたもん」


タブレットから目を離さずに答えるサトミちゃん。私は本命の質問をする事にした。


「ねえ、もし誰かのせいで幼稚園に落第して、おむつになったとしたら、怒る?」


タブレットから視線をこちらに向けて、サトミちゃんが答えた。


「怒らない」


意外にも、穏やかな声で続けた。


「ここまで完璧に私が気づかないようにできる人がいたとしたら、私はその人にそれだけ恨まれてるっていう事でしょ?」


そう言ってタブレットに視線を戻した。


「お姉ちゃん」


久々にそう呼んだ。「ん?」と短く答えたサトミちゃん。


「テレビで一緒に観ようよ。晩ご飯食べながら。私もひさしぶりに見たくなっちゃった」


そう言うと2人で笑った。

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